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『此処にある陽だまり 』
翡翠 龍斗ja7594)&翡翠 雪ja6883


 木の芽時、という季節がある。
 長い長い冬を乗り越えた木の芽や虫たちが、寒さを押しのけ動き出す頃。
 たくさんたくさん、エネルギーを必要とする頃。
 人の子は、その変化に引きずられるように睡眠を欲し、心や体調のバランスを崩しやすいのだという。

 なので。
「ううーーーん……」
「そういうことにしておきましょうか」
 ふかふかベッドの中、翡翠 雪の細い手首を握って離さない翡翠 龍斗へ妻たる雪は微笑する。
「五分、経過しましたよ。龍斗さま」
 夫の鮮やかな緑髪をかきあげて耳元へキスするように囁けば、彼はようやく目を見開いた。
「!!!!」
「良い夢を?」
「あー、うん……まぁ」
 どんな夢を見ていたやら。龍斗は赤く染まる鼻の頭をこすりながら目を逸らす。
 彼が無防備に寝てしまうのは彼女の前だけ。甘い夢に浸ってしまうのも、また。
「おはよう、雪」
「おはようございます、龍斗さま。朝ごはんにしましょう」
 六月が来れば、二人が籍を入れて三年が経つ。
 それでも、朝の空気はいつだって新鮮なまま。
 一日の始まりは、最愛の人の笑顔と声が迎えてくれる。
 

 出汁巻き卵に焼き魚、それから春野菜たっぷりの味噌汁。
 昔懐かし、日本の食卓風景だ。
「いつも、雪にばかり作ってもらってしまって悪いな」
「お口に合いませんか?」
「まさか! 美味しい、すごく美味しい。でも、大変だろう」
「龍斗さまに喜んでいただけるなら、大変なことなんてありません」
 雪がショボンとして見せると、龍斗が慌てて否定する。そんな姿が愛しくて、ついつい意地悪を言ってしまうこともあるのは妻のナイショ。
「何事も鍛錬だろう? 俺だって、このままではいけないって思っているんだ」
「ですが……鍛錬ではどうにもならないことも」
「くっ……」
 龍斗は、箸を強く握りしめた。
 ――料理の腕が、殺人級。
 彼の数少ない欠点の一つである。否、それを逆手に取ることもできるから一言で欠点とは言いきり難いが上手でないことは揺るがぬ事実。
 雪と一緒にキッチンへ立ち、懇切丁寧に指導してもらったこともある。
 同じ材料、同じ道具を使っているのに、なぜ最後に突然変異が起きてしまうのか。解せぬ。
「それに……もしも龍斗さまが料理の腕をあげてしまわれたら、私の朝食を召し上がる顔を見られなくなりますもの」
「え、それって見ていて楽しいものか?」
「楽しいです。朝は、その方の本来の姿を覗けますから」
 ふふっ。春の日差しのように、雪の笑顔は柔らかで温かい。
「俺だって、雪を喜ばせたいよ」
「それでしたら」
 料理以外の家事は充分以上に手伝ってくれる夫へ、何を言えよう。
 今日は休日、とり急ぐこともない。……だったら。
 雪は少し考え込んで、
「今日は、お買い物に行きましょう?」




 街中が、春一色に染められている。
 新作の服も、雑貨も、見ているだけで癒される。
「見て下さい、龍斗さま。あのぬいぐるみ、似ていると思いませんか?」
「ほんとだ。連れて帰ったら友達だと思うかな」
「ケンカしてしまったり?」
「猫は縄張り意識が強いからなぁ……」
 ショーウィンドウに飾られている白猫のぬいぐるみ。二人の愛猫によく似た姿をしていた。
 目当てのものが、場所が、あるわけではない。
 風の吹くまま気の向くまま、手を繋いで春の街を歩く。
 夫婦という絆で結ばれている二人だけれど、今だけは恋人気分で。
「ちょっと待って、雪。あのワンピース、似合うんじゃないか」
 通り過ぎて散歩戻り、龍斗が呼びかけた。
「わあ、素敵……」
 裾と袖口がレース仕立てのフレアワンピース。
 オフホワイトの生地に薄紅の花が肩から裾に向けてゆったりとした流れで刺繍されている。
「私には大人っぽいでしょうか」
「大人だろう?」
「……そうですけど」
 雪の好みを抑えていて、しかしながら普段は選ばないデザイン。
 けど、きっと似合う。これから何年も、着ていけるだろう。
「試着してみて。それから考えよう」
「考えるって、え、龍斗さま?」
「俺は、こんなワンピースを着た雪とも歩いてみたいな」
「〜〜ずるいです、そういうの」
 
 
 予算の範囲内で、龍斗も春物ジャケットを買うことで、おあいこ。
「こういうのは着慣れないな」
「よくお似合いです。大人なんですから」
 同じ言葉を返されて、龍斗は苦笑をこぼした。
 確かにそうだ。年相応という言葉があるけれど、互いに十代からの付き合いだから気づかず『いつも通り』を選んでしまいがち。
 龍斗が雪の新しい姿を想像したように、雪にもまた龍斗の新しい姿が見えているのだろう。
「そうだね、俺たちは大人なんだから」
「?」
 繋いだ手を少しだけ強く引く。
 建物の間へ入り、人通りから離れて。
「そろそろ、甘いものが欲しくならない?」
「……龍斗さまは、我慢が出来ないんですから」
 触れて離れた唇を抑え、雪は頬を染めながら愛しい人を見上げた。


 ふわふわパンケーキで有名なカフェで、ちょっと遅めのランチを。
「雪、デザートも食べるんだよな?」
「ええ」
「それは」
「主食です」
 胸を張る雪の前にはパンケーキ。
「……そう、なんだ」
「デザートには、この時期だけに採れる苺のパンケーキを頼んであります。一緒に食べましょうね」
「ああ、それは楽しみだな」
 家庭の味も良いが、外でしか食べられないものも良い。
「以前、雑誌で拝見していたんですが。ここのお店、デリも美味しいのですよね。夕食用に買って行きましょうか」
「いいね。ランチも美味しいし、これは当たりだな」
 また来よう。
 次は何を食べようか。
 そんな他愛もない会話が、風に乗って流れて行った。
 



「楽しかったです……。この季節は外が良いですね」
「花見の時期が待ち遠しいな。友人たちと騒ぐのも良いけど」
「ええ、二人でも出かけましょう。夜桜を見に行きたいです」
 帰宅して、雪が飲み物の用意をする間に龍斗がお風呂の支度をする。慣れた分担作業。
 学園や、そこでの依頼や、互いの実家のこともあり平穏な毎日ばかりとはいかないけれど、一日の終わりはこうして迎える。
 楽しいことばかりじゃない、辛いことや疲れたことを分かち合うのも家族である。

 冬から春へ、季節が変わり周囲の環境も変わり始めるこの時期は特にせわしない。
 乗り切るには、たくさんのエネルギーが必要。
 二人きりで過ごせる時間を大切にして、栄養にするのだ。

「龍斗さま。今日は一緒に入りましょう?」
「……え!!?」
「冗談です。でも、背中を流しに行きますからね。入れて下さいね?」
「う、うん……」
 時折、こうして雪はからかう。
 混浴の温泉には入ったことがあるし、自宅で何を恥ずかしがることも……とは思うのだけど。
 たまにドキッとさせてみたくて龍斗から仕掛けても、ことごとく攻守逆転してしまうのは何故なのか。
 どうにも、こういった駆け引きで彼女に勝てる日が来る気がしない。
 日本茶の入ったカップを握りしめ、龍斗は心の中でガクリと項垂れた。
 そうして、やはり雪は幸せそうにニコニコしている。


 夕食を終えて、就寝までの寛ぎタイムはレンタルしてきたアクション映画を。
 二人掛けのソファに座り、息もつかせぬ展開へ前のめりになる。
「今の蹴りは甘いな」
「防御の構えもなっていませんね。ただ、タイミングは良いと思います」
 視点がどこか違うのも御愛嬌。
 お約束のラブシーンで龍斗が目を逸らし、雪はそれを許さない。
「昼の強気はどこへ行ったんです?」
「どこにも行かないさ……」
 からかわれ、むぅと膨れて龍斗は額をコツンと合わせる。
「ちゃんと、ここにある」
 雪が重ねた手に他方の手を重ね返し、力を込める。
「……龍斗さま」
 雪が、ゆっくりと目を閉じた。
 外でたっぷり吸いこんだ、陽だまりの香りがした。




 可憐で、しっかり者の愛する妻。
 そんな彼女の無防備な姿を見れるのは自分だけだろうと龍斗は思う。
 映画を観ながら寝落ちしてしまった彼女の軽い体を抱き上げて、寝室へ向かう。
「今日もありがとう、雪。最高の一日だった」
 毎日が特別。大切な時間。
 川が流れるように、時には急に・時には穏やかに。そうした日常を、彼女と重ねることの出来る幸せを抱きしめる。
「……おやすみ、良い夢を」
 伏せられた瞼にキスを落とし、龍斗は寝室の灯りを消した。


 おはよう。
 おやすみ。
 いただきます。
 ごちそうさま。
 繰り返される、すべてが特別。
 自分だけが知っている、大切な人の素顔。
(明日は……)
 雪より先に起きて、『おはよう』を言いたい。
 そう考えながら眠りに落ちた龍斗の手を、雪がキュッと握った。



 おやすみなさい、良い夢を。




【此処にある陽だまり 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7594 /翡翠 龍斗/ 男 / 20歳 / 夫 】
【ja6883 /翡翠 雪 / 女 / 20歳 / 妻 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
新婚旅行が、あんなにも遠く……。糖分多めの休日風景をお届けいたします。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年03月15日

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