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『See you later 』
レヴィンaa0049

 暇だ。
 三月も半ばを迎えた、まだ寒さの残るある日の事。
 レヴィンは事実上の休暇を持て余し、一人街をぶらついていた。
 そこかしこで白を基調とした花飾りが目に付く様を、不思議そうに眺めながら。
 ――……なんだ? セントパトリックにゃまだ早ぇよな。
 そういえば平日の昼日中だというのに、カップルが散見される。
 バレンタインは過ぎて久しいが、なにかそれに近しい祭典でもあるのだろうか。
 WNL支局や海上国際展示場といったお祭り向きの条件が揃う東京海上支部の事、何があっても不思議はないが。
「ん」
 かと思えば、今度は通りの向かいで人だかりができているのを見かけた。
 群衆は互いを押し退けるようにして、中央に居ると思しき誰かへ手を伸ばしている。
「やけに盛り上がってんな」
 有名人でも来ているのか――そう思った、矢先。

「テレサちゃーん!」
「握手してー!」

「…………?」
 風に流されてきた声に目を凝らしてみれば案の定、見慣れたハニーブロンドが黒山に囲まれている。
「やっぱりバートレットだよな」
 車通りに気をつけて通りを駆け抜けると、人垣の隙間から窺える彼女はやはり見慣れた笑顔を絶やさなかったが。
「あ――」

 一瞬。

 レヴィンと合った目は、どこか不安定に見えた。
「なにやってんだ――」
 次の瞬間、レヴィンは既に人だかりへ飛び込んでいた。
 そうして周囲のひんしゅくを無視して褐色の手を強引に掴み取ると、
「きゃ!? ちょ、ちょっと――」
 次の瞬間には、困惑するテレサを連れてなりふり構わず走り出していた。
「なんだお前!」
「テレサさんが誘拐された!?」
「待てー!!」
 幾つもの怒号が追いかけてきたが、所詮は常人の足。
 程なくその声は遠退き、やがて完全にフェードアウトした頃。

 レヴィンは適当なアパレル店に駆け込んだ。


 そうして。
 レヴィンは今、とあるファストフード店でハンバーガーをがつがつ頬張っていた。
 真向かいに座ってシェイクのストローに口をつけるのは、“普通の女の子”。
 落ち着きめな赤い花柄のワンピースに真っ白なニットカーディガンを羽織り。
 同じく白いニットベレー帽と、仕上げに伊達眼鏡を決めて。
 ちょっとばかりハニーブロンドで褐色肌で、おまけに某有名人そっくりな目鼻立ちをしているが、他人の空似で通せなくもないだろう。
「よく食べるわね」
「そーか? こんなモンだろ」
「……かも」
 誰かを思い出したのだろう、レヴィンの応えに“ただの”テレサは苦笑いを浮かべる。
「そういや相棒はどうした」
 レヴィンは五つ目のバーガーを完食し、ふと見慣れた食欲の権化がいない事に今更ながら思い至った。
「うん……そろそろ大阪に着く頃かな」
 テレサは腕時計を確かめて、ポテトに手を伸ばす。
「大阪?」
「“ちょっと復興支援の為に食い倒れて来るアル”とかなんとか」
 なんでも消費を拡大する事によって経済の循環を促し、かの【白刃】による被害からの復興を後押しするのだと言う。
「ふーん」
 よく分からないが、とりあえず食いに出かけたらしいのは理解できた。
「ところで、この後はどうするの?」
 おもむろな問いに自分もポテトに頬張りながら「おう」と応え、それを一気に飲み込んで。
 レヴィンは威勢よく言った。
「どっか行こうぜ!」
「どっかって……またシンプルな上に漠然としてるわね」
「お前休みの日まで予定詰め込むタチか?」
「え?」
 ポテトを食ってはコーラを飲んでは。
 図星を突かれたような顔の彼女を気にする風でもなく、レヴィンはなお趣旨を語る。
「そういうのも悪かねぇけどよ、たまにはなにも決めねぇでぶらぶらしてみろって」
「…………」
「分かんねえから面白ぇんじゃねーか」
 程なくトレーの上は丸まった包装紙と空き箱のみとなり。
 レヴィンは向かいの女の子を真っ直ぐ見て、「な」と笑った。
 少し目を瞬かせてから、テレサもまた笑う。
「そういうのも悪くない……か。いいわよ、どっか連れて行きなさい!」
「おう! 俺に任せろ!」

 * * *

 二人は当て所なく、白く彩られた街を散策する。
 どちらにとっても最早住み慣れたメガフロートの上には、けれど多くの発見があった。
 春が近づいてやっと葉が見え隠れするようになった街路樹が、実は通り毎で異なる品種のトチノキを交互に植えてあったり、一年前はさら地同然だった区画にいつの間にか公園が出来ていて、海上支部らしい様々なタイプの人間が集う憩いの場となっていたり、バスの路線が細分化されて増えていたり、知らないうちに前衛芸術をそのまま巨大化させたようなアミューズメント施設が建っていたり。
 新たに開店したフランチャイズチェーン、通信系企業の高層施設、どの交差点にも満遍なく配備された信号と横断歩道、更に建造中の使途不明な建物など。
 どれを取っても、レヴィンやテレサが日本に来たばかりの頃は影も形も見当たらなかった。
 かくも様々な物が集うという事は、それだけ人が増えたという事に他ならない。
「たった二年足らずで結構変わったよな」
 とある橋の上で、レヴィンは何気なく思った事をそのまま口にする。
 感慨深げなようでいて、どこかあっけらかんとした調子で。
 慣れ親しんでいるつもりでも、日々を忙しく過ごしてばかりいると少しずつ変わっている事に気がつかない。
 だから、時折こうして立ち止まった時、劇的なまでの変化が起きたと錯覚する。
 レヴィンですらそうなのだ、どこか生き急いでいるような節のあるテレサなど尚更だろう。
 だが、そんな彼女は今、レヴィンの隣でくすくすと笑っていた。
「……? なんかヘンだったか? 今の」
「そうじゃないわ。ただ……ね、ふふ」
「なんだよ」
「だって。私達お昼を食べてから今まで、ずーっと歩いてるだけなんだもの」
「つまんねーか?」
 立ち止まって橋の縁に両肘でもたれかかるレヴィンに、テレサは「ううん」と首を振る。
「お陰で地元の事が沢山分かったから。新しくできたお店や建物の数と規模でしょ、通行人の世代層でしょ、街路樹の本数や、そこに住む野鳥の種類だって完璧に網羅したわ。でも、なにより、」
 彼女は発見した事を指折り数えていたが、おもむろに両手を広げて目を輝かせた。
「いろんな人達が集まってすごく活気があるのに争いとは無縁で、平和な事!」
 彼女を知る多くの者の前では見られない、きっと本当の笑顔で。
「――だよな」
 レヴィンも笑みを見せると、テレサも隣に背を持たれて空を見上げる。
「こんなにのんびりするのっていつ以来かな……」
「頑張るのもいいけどよ、休みぐれぇゆっくり休んどけよ」
 誰もがこんな希望とゆとりに満ち溢れた日を謳歌する為に、H.O.P.E.は戦っているのだから。
 エージェントとて、例外ではないのだから。
「……そうね、今度からそうするわ」
 テレサは真っ直ぐなレヴィンの忠言をかわすように歩き出して。
 素直さを以って、恐らく誤魔化した。

 * * *

「ねえ、前から少し気になってたんだけど」
 所変わって公園にて。
 赤い日差しが、薄暗い地面が、蜂蜜色の髪が、弧を描いては視界を巡る。
 正確には、動いているのはレヴィンの方なのだけれど。
「あ?」
 レヴィンはブランコを立って漕ぎながら、隣のブランコに腰掛けるテレサを見上げながら、見下ろした。
 込み入った話だろうか、気のせいか少し声のトーンが低い。
「“世界蝕の寵児”ってどういう事?」
「ああ、それな――」
 何かと思えば二つ名の話だった。
 それなら隠すような事でもない。
「――前にドイツで闘り合った奴が居てよ」
 レヴィンは膝をタイミングよく屈伸させてブランコの勢いを強めながら、その出来事を語った。

 自らは何もせず、哀れな指揮者に罪を着せ続けた女型愚神との戦い。
 彼女は正義を振りかざすレヴィンを“世界蝕の寵児”と呼んだ事。
 あまつさえ彼のパートナーを自らと同様に“物騒な一角兎”であるとし、今際の際まで惑わそうとした事。
 口にこそ出さないが、パートナーはそれをずっと気に病んでいるらしい事。

「……なるほど。どうりで恣意的って言うのか、どこか呪いめいたものを感じるわけだわ」
 テレサは思案気に指を唇に当て、率直な感想を述べる。
「ハっ、くたばっても末永く俺に付き纏おうって魂胆か? 上等!」
 前後してほぼ百八十度の弧を宙に描きながら、レヴィンはそれを不敵に笑い飛ばした。
「危険だわ、愚神の言葉に囚われないで」
「ただの言葉じゃねぇか、どって事ねーよ」
「あなただけの問題じゃないのよ!」
「知ってんだろバートレット」
 言い合いになりかけたが、レヴィンは声を荒げず口を挟む。
 振り返れば、この二人の遣り取りは常にこの流れだった。
「呪いなんぞに潰されるほど俺はヤワじゃねえ」
「どうしてそう言い切れるの? 邪英っていうのはあなたが思うよりずっと、」
「俺が俺だからに決まってんだろっ!」
 叫び、レヴィンは飛翔した。
 酷くゆっくりなようでいて、実際は雷光じみた鋭さで随分遠くの地面に至る。
 宙で無人となったブランコはたちまち勢いを弱め、きいきいと物悲しい音を立てるのみ。
「レヴィン……」
「他人がどう言おうが関係ねえ、俺は俺だ。……その俺が居る限りあいつも狂わせたりしねえ。絶対にな」
 声を掛けられても振り向かず、レヴィンはただ背筋を伸ばして、言い切った。
「なにさ、かっこつけ」

「「バーカ、俺はかっこいいからいいんだよ!」」

「!?」
 間髪入れず返したとっておきの台詞をそっくりなぞられて、レヴィンは流石に振り向いた。
 テレサは「かかったわね」とばかり得意げに笑って、彼の元へ歩み寄る。
「言うと思った」
「分かってんじゃねーか」
「ふふ」
 レヴィンも負けじとドヤ顔を決めて、彼女を出迎えた。
 するとテレサが身を寄せて、肩にもたれかかって来た。
「……ね、レヴィン」
 西日が深く傾いで色濃くなった二つの影が重なり、ひとつとなる。
「バートレット……?」
「動かないで、そのまま」
 やや困惑するレヴィンを彼女は悩ましげな声で制し、徐々に顔を近づけて――

「セイ、チーズ」

 ――シャッター音が鳴った。
「オーケー、もういいわ」
「……あ?」
 レヴィンは一瞬遅れてそれを認識した。
 テレサが拳銃の抜き打ちさながらにスマートフォンを取り出し、二人を被写体に撮影したのだ。
「ホワイトデーの記念。あとでレヴィンにも送るね」
 彼女はぱっと離れ、今撮れた画像をこちらに示して悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 5インチ足らずのモニターの中で、テレサの方は幸せそうな笑顔でご丁寧にピースサインを出していた。
 対するレヴィンは――こちらもちゃっかり不敵な笑みを浮かべ、親指まで立てている。
「なーんだ、不意打ちしたのに」
「たりめーだ、出遅れたりするかよ」
 二人ともあの一瞬でカメラ目線を見極める辺り、能力者らしいと言うべきか。
 テレサはわざとらしく口を尖らせていたが、また小さく笑うと背を向けて、そのまま歩き始めた。
「あ、おい――」
 脈絡なく帰ろうとする彼女の後ろ姿に、レヴィンは思わず手を伸ばす。
 それに呼応するかのようにテレサは振り向き、大声を寄越した。
「今日はありがとう、楽しかったわ! ――またいつか遊ぼうね! “世界蝕の寵児(ジーニアスヒーロー)”!」
 そうして手を振ると跳ねるように踵を返して、こちらから挨拶する間もなく、足早に立ち去った。
「――……」
 レヴィンは暫しぼんやりしていたが、やがて満足気な笑みを湛えて、彼女を見送った。

「またいつか、な」


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0049 / レヴィン / 男性 / 23歳 / 世界蝕の寵児】
【az0040 / テレサ・バートレット / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こちらこそご無沙汰しております。藤たくみです。
 まずは非常に長らくお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
 また発注文のお言葉、ありがとうございました。
 光栄に思う一方、その多くにお応えできず心苦しい限りです。
 しかしながら、少なくとも本件の執筆が非常に楽しいものとなった事は、この場を借りて申し上げたいと思います。
 他にもお伝えしたい事は沢山あるのですが、その幾許かは本編(とおまけ)を通じて感じていただけるのではないかと信じております。
 なににもまして、レヴィンさんにとってお気に召すものとなっておりましたら幸いです。
 ご指名まことにありがとうございました。
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2017年03月21日

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