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『感染 』
松本・太一8504

 ひと昔前、ネット上で1つの都市伝説があった。
 それは、ホームページを開い時に右上に現れる広告、つまりポップバナーと呼ばれるモノを知らずにクリックすると、不気味な笑い声と共に画面に恐ろしい顔が画面一杯に映し出される。
 そして、それを見たものは無惨な姿で死んでしまうのだ。
 しかも、部屋は血で真っ赤に染まっていたそうだ。
 その都市伝説は、若者を中心に掲示板を通して広まっていき『赤い部屋』と呼ばれ、瞬く間にネットを通して人々に知られていった。
 年月も流れ、そんな噂は人々の記憶から葬り去られ、若人は知らずに育ちネットの海底に沈んだ。

 休日、普通の会社員である松本・太一は自宅のデスクに座り、馴れた手付きでマウスを動かしキーボードを叩く。
(ネットニュースは新聞要らずで便利な世の中になりましたね)
 と、思いニュース一覧に目を通しながら太一は、気になった事件や出来事の記事を読んでいた。
 大手サイトなので、記事の邪魔にならない位置に様々なバナーが表示される。
 太一はそれに気付かないまま、画面を下に下げるとカーソルとバナーが重なった。
「……て! ……す……て!」
 その声に気が付いた太一は、きょろきょろと周囲を見渡すが誰も居ない。
 それもそうだ、部屋には自分しか居ないのだから。
 耳を澄ませると、パソコンのスピーカーから聞こえているのが分かった。
「カーソルが当たると声が出る仕組み、ですか」
 カーソルが当たってるバナーをじっと見つめた。
 金髪碧眼という姫らしき容貌のキャラ、『いかにも』な中世の映画等で使われている様な鉄製の拘束具を着けていた。
「最近のゲームの広告は凝っていますね」
 見るくらいなら、と小さく呟くとバナーをクリクックし、直ぐにゲームの公式HPへと飛ばされた。
 最初に目に入ったのは、地下牢に佇む金髪の姫が悲しそうにコチラを見ていた。
 そのイラストの下に説明が書かれていた。

 助けてください。
 私は、悪い魔王に囚われてしまいました。
 ここから出るには、様々な障害がありますがアナタなら出来ます。
 『逃げなきゃ』と、画面の中の姫が唇を動かし言葉を紡いだ瞬間。
 猛烈な眠気が太一を襲い、薄れていく意識の中で姫の『逃げなきゃ』という言葉が頭の中で響く。

 このゲームは囚われた姫となって、魔王から逃げながら強くなり倒す物語ですが、もし途中で魔王や悪魔等に捕まったら最初からやり直しというルールの、脱出RPGです。
 姫はアナタ。

 説明が終わると、太一は瞼を擦りながらゆっくりと上半身を起こす。
「ん、今のは……? 何か、薄暗い?」
 太一は立ち上がると違和感を感じた。
 カシャン、と鉄同士がぶつかる音がし、手足が少し重たく感じた。
「え……まさか」
 つー、と冷や汗が背中に流れる。
 太一は古びた鏡に己を映し出す。
 同じだ、と小さく呟いた。
 鏡に映し出されるその姿は、先ほど見ていた姫そのものだ。
「うそ、でしょ? 本当に、都市伝説が」
 1歩、後ろに下がる。
 何度、視線を鏡に向けても金髪碧眼の姫。
『ここから出るには、このゲームをクリアするしかありません』
 鏡の中で姫は言葉を紡ぐ。
『脱出に成功したら、アナタを現実に戻してさしあげます』
 と、鏡の中の姫はいい終えると、古びた鏡は砕け散った。
 カラン、と音を立て太一の足元には『小さなカギ』が1本落ちていた。
「カギ、この枷のカギかもしれないです」
 太一は足元の小さなカギを取ると、手足に装着されている枷の鍵穴に入れる、が。
 カギは回らない。
 どうやらハズレの様だ。
「ダメですか……なら、他にありそうなのは」
 薄暗い地下牢をぐるりと見回す。
 ボロボロのベッド、引き出し付のサイドテーブル、蝋燭立ての計3つだけだ。
「最初ですから、分かりやすくサイドテーブルの引き出しでしょう」
 ボロボロのドレスの裾を両手で掴み、馴れないヒールでよろけながらサイドテーブルへと向かった。
 カギを差し込み、軽く捻った。
 カチャリ。
 と、音がし、取っ手を掴み引いた。
 木が軋む音と共に引き出しは開き、中には大きなカギ1本と小さなカンテラが入っていた。
「この大きなカギは牢のだと仮定し、このカンテラはどうやって点ければ?」
 カギをサイドテーブルに置き、絵本やゲームなんかで見たことのあるカンテラを手に取る。
 上下逆さかにすると油壺から油が零れてしまい、ボロボロのドレスにかかってしまい危険な状態だ。
「わっ! これでは、カンテラに火を点ける事が出来ないうえに、私自身は火に近付いたら危険でしょうね」
 油の独特な臭いがドレスから放たれ、太一は眉間にシワを寄せながら鼻と口を手で覆った。
 カギはある、地下牢から地上へ続く道に光源を置かれている事を願いつつ、太一は牢のカギを静かに開けながら出る。
「姫が逃げたぞ!」
 これもまた、ゲームや漫画等に出てくるような悪魔が太一を指して声を上げた。
 すると、視界は暗転し再び目を覚ますと見たことのある風景が視界に入る。
(また、牢の中ですか)
 牢を見渡し、太一は小さくため息を吐きながら手元に視線を向けた。
 違う。
 さっき、太一はドレスに油をかけたのに『普通のボロボロのドレス』に戻っていたのだ。
(なるほど、捕まると状態もリセットされるのですね)
 姫になってしまい、現実と混合してしまった太一は『ゲーム』だという事を頭の中から抜けてしまっていた。
「ようは脱出RPGゲームですから、ルートやアイテムを取り逃さなければクリア出来るハズです」
 この歳になってリアルなゲームを体験する事になるとは、普通の同年代はあまり出来ない体験であろう。
 そう、自分が招いた都市伝説であれ、今はゲームの世界から出ることを考えなければならない。
「条件、アイテムの取得、フラグ、何度か挑戦すれば先が見えるでしょう」
 と、言いながら太一は、ボロボロのベッドの下を覗いたりして、可能な限りの手を尽くす。
 進んでは、悪魔達に見付かり振り出しに戻るを何度も繰り返す。
 最初はひ弱な姫も、探索してアイテムや装備にお助けキャラの助力もあり、魔王にたどり着く頃には熟練の魔法使いとなっていた。
「魔王! これで、終わりにしましょう!」
 姫(太一)は、白銀の杖を掲げながら玉座に座っている魔王を見上げた。
 魔王はニッと口元を吊り上げ、玉座から立ち上がり姫(太一)に掌を向けた。
「紅蓮の炎よ。焦がせ」
「凍てつく風よ、炎を鎮めたまえ!」
 ごうごうと渦巻く熱い炎と、びゅうびゅうと雪を巻き上げながら冷たい風が渦を巻く。
 2つの魔法はぶつかり、そしてカッと光ったと思ったら大きな爆破音が鼓膜を震わせる。
 視界が白くなり、光に呑まれ灰と化していく魔王のシルエットを見た太一は、ゆっくりと意識を手放した。

「はっ!」
 太一は、目をばっと開けると重たい頭を上げた。
 パソコンの画面には、『このページは存在しません』の1文が白いページに浮かんでいた。
 太一の頭や体は覚えている。
 ひ弱な姫としてゲームを開始し、地下牢から逃げ出し魔王を倒すまでの物語を。
 ゲームに没頭し過ぎたのか、それともーー……
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紅玉 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年03月30日

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