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『ましろに染まる 』
砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192


 岐阜県多治見市。夏の猛暑で知られる街だが、冬の冷え込みも厳しい土地。
 が、今年は珍しく雪が少ない。
「過ごしやすくて、こちらは助かるけどねぇ」
 多治見市へ進出している七色薬品の企業撃退士・夏草 風太は、詰め所である会議室でテレビやら新聞やらから各種情報を集めていた。
 ニュース番組の画面端には、地方の天気予報が表示されている。
「おー、夕べから冷え込むと思ったら」
 カフェオレを飲み干してから、多治見の予報に気づいて顔を上げる。

 本日、雪が降るでしょう。




「……雪!!」
 同刻。久遠ヶ原にある、メゾネットタイプマンションの一室にて。
「夏草ちゃん!! そっちは雪って本当!!?」
 砂原・ジェンティアン・竜胆は、瞳を輝かせて風太へ連絡を取った。
 3コールと待たずに繋がり、おっとりとした声音が返る。
『え、どこで知ったさ? 今はチラチラ降ってる感じだけど、明日には積もりそうさ』
「やったね! 行くから駅で待ってて」
『了解ー ……え? 来る? 駅? え、これから?』
 学校は?
 その問いを風太が口にする頃には、竜胆は既に通信を切り路線検索を始めていた。

 ――天気予報で雪マークがついたら来るから!
 正月に告げた竜胆の言葉に嘘はなく、多治見の雪マークを心待ちにしてきたのだ。




 駅で、という事は陸路なので、久遠ヶ原から多治見までだと――
 所要時間を計算し、仕事を早めに切り上げた風太が駅へやってきたのは電話を受けて4時間ほど後のこと。
 片道だいたい5時間程度なので、妥当なところだろう。

「うん、これも妥当さね」

 駅に到着し、『雪のため運休』の表示を見上げて風太は呟いた。
 午前中はチラチラ程度だった雪が、勢いを増したのは昼頃。山間ではもっと酷いことになっているのではないだろうか。
(それならそれで、連絡は来そうだけど)
 仮に列車が止まって行けなくなったというなら、竜胆なら詫び或いは『迎えに来てくれるー?』くらい言ってきそうだ。
 それがないのなら、自分は恐らくここで待っていて良いはず。
 自販機でホットの缶コーヒーを買い、風太は駅構内のベンチに腰を下ろした。
 心配は、全くしていない。彼の事だ、何がしか上手くやって辿りつくだろう。


 それから1時間と待つことなく、竜胆が駆けこんできた。
「電車止まるとか予想外……! 困ってる外人がいるって思われて、乗せて貰えたけど」
「あはははは!」
「笑わないでよーー」
 日英ハーフの竜胆は、英国人の母である容姿を濃く継いでいるようだ。
 ブロンドの髪も宝石のような瞳も、『撃退士ゆえの変異』ではないだろう。
 当人は生粋の日本育ちだというが、黙っていれば勘違いする人もいる。
「優しい人に会えてラッキーだったさ? ようこそ、冬の多治見へ」
「むーー」
 複雑そうな顔をしている竜胆の背をポンポンたたき、外へ出ようと風太は促した。




 降って降って少しは気が済んだのか、降雪は少しばかり止まっていた。
 たっぷり積もった雪を踏みしめ、二人は歩く。
「お寺の庭園なんかがね、凄く綺麗なんだよ。今みたいな降りたては貴重さね」
「ほんと、修学旅行みたいだよね」
 風太の観光案内チョイスに、竜胆は笑う。
「そういう街ですし! 今日の夜は? うちに泊まっていく?」
 日帰りはできないし、竜胆が酔うと弱音を吐きたくなる姿を目にしている。話し込むなら宅飲みが良いだろう。
「いいの? それじゃあお言葉に甘える! ……そいえば、夏草ちゃんの私服って何気に初めて?」
 前回のお泊りは、私服というか部屋着であったし。
「あーーー、かも? 今日は仕事終ったしね」
 ダークブラウンのファー付きダウンジャケットに白のハイネックセーター。
 普段はうなじで一括りにしている紫紺の髪は下ろして、無造作に上の部分だけをさらうように結んでいる。
「……更に年上には見えない……」
「寒さには勝てないんさ!!」
「あ、その発言は年上っぽい」
「年寄りとは違うさね……」
 竜胆がくしゃくしゃと風太の髪をまぜっかえす。
「ええい、長身め!」
 その手を払いのけようとした風太が動きを止めた。正確には、竜胆が先に手を止めたのだけれど。
「観光客……かね?」
「ッポイね。僕、行ってくるよ」
 雪によって土地勘を喪ったらしい外国人観光客。
 地図を手に立ち往生しているところへ、竜胆が駆け寄って行った。
(おお……)
 風太は詳しくないが、語調からドイツ語だろうか。
 実に流暢に竜胆は観光客と言葉を交わしている。ところどころに笑いを挟み、最後は笑顔で見送っていた。
「僕の父は日本人なんだけど、貿易商でね。母は歌劇を学んでいたし、英語だけじゃなくて伊仏独は話せるんだ」
 使える言葉が通じる相手で良かった。
 そう付け足しながら竜胆が戻ってくる。
「勉強で詰め込むんじゃなくて、生きた言葉っていうの? そういうのいいねぇ」
「はは。同じ外国人に会って助かったって言われたよ」
 そして……竜胆は、やはり複雑そうな顔をして笑うのだった。




 水墨画のような、白と黒の世界。
 案内された庭園で、竜胆は感嘆の声を上げる。
「池にまで、雪景色が映るんだ……」
 写真で見るより、ずっとすごい。
「日本の心って感じがするよね。心が清められるっていうか」
「……そうだね」
 先ほどからの、竜胆の様子に気が付いていながら風太は話を切り出した。
 ここでも、青年の表情が陰る。
「僕さぁ……。この外見、コンプレックスなんだよね。日本生まれで日本育ちなのに、そう見てもらえない」
 弟は黒髪なのにさ。なんで僕だけ。
 羨ましさと、その裏側の気持ちと。そんなものを抱いているのだと、景色を眺めつつ竜胆は呟いた。
 感情はまっしろな息となり、なかなか消えない。
「でも、学園は人種どころか種族のるつぼじゃない? 気にしなくてよくて、居心地がいいんだ」
 多様性を良しとする。外見は判断材料にならず、あくまで個性だ。
 全てを認め、受け入れてくれる気楽さ。学園の雰囲気も、そこで知り合った友人たちも。
 今日は、久々に『外の空気』に当てられた。
 そういって笑う竜胆は、いつもの姿に戻っていた。
「夏草ちゃんは? なんか、コンプレックスとか無い?」
「身長」
「あっはは!!!」
 風太とて平均値はあるものの、やや中性寄りの顔立ちのお陰で幼く見える。
 その外見のお陰で、初対面の相手であっても警戒させることなく懐へ入りやすいという利点もあるのだけど。
 ただ、発した声の余りの低さに、竜胆は声を上げずにはいられなかった。
「そっか……うん、そうだよねぇ」
 そして目じりに浮かぶ涙をぬぐい、ひとりで納得。
(髪の色も身長も、おんなじ『見た目』だよねぇ)
 それも否が応でも付きまとうもので、予防線を張ることが難しい類。相手が勝手に思い込んでしまうもの。
「よし! 雪だるま作ろう、夏草ちゃん。僕は顔を転がすからボディは任せた!」
「へっ?」
「長身のイケメンにしよっ」
 ひとつ、吹っ切れた風に。
 庭園の片隅、景観の邪魔にならない場所を見つけて竜胆は走り出す。
 ましろの中に足跡を付け、楽しそうに走る。
「長身……足も付けるさ?」
「なにそれ、想像できないんだけど。やってやって!」
 巻き込まれているようで面倒見のいい風太と接していると、兄がいたならこんな感じだろうかと思ってしまう。
 仮面を纏うことになれた竜胆にとって、隠しきれない部分を見せられる気がした。

「夏草ちゃん、今日の晩御飯は?」
「砂原くんが辛いの好きって言ってから、お勧めのラーメン屋をピックアップしといたさ」
「うわ、染みる」


 多治見の街に、たくさんたくさん雪が降った日。
 他愛のない会話をしながら、雪だるまづくりに本気を出す青年が二人。
 それもまた、再び降り始めた雪の中に消えてゆく。
 まっしろで、あたたかな一日のこと。




【ましろに染まる 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7192 /砂原・ジェンティアン・竜胆/ 男 / 24歳 / 永遠の大学3年生 】
【jz0392 / 夏草 風太  / 男 / 27歳 / 企業撃退士 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
冬の多治見おおはしゃぎ編、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年03月31日

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