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『月の雫、こぼれおちるもの 』
不破 雫ja1894)&不破 十六夜jb6122


 久遠ヶ原学園。斡旋所。
「はい、確かに報告書を受理いたしました。お疲れ様です」
 空にはすっかり月が昇り、星が美しく瞬く頃。
 それでも学園の斡旋所は休むことなく対応している。

 高位天使撃破の任を達成した雫は、帰りのバス内で纏めた報告書を提出すると、やや後ろで様子を見守っていた救出対象――双子の妹である不破 十六夜へ視線を合わせた。
「十六夜。今回の事でわかったでしょう? あなたは戦闘依頼を受けないでください。こんなこと、向いていません」
「!? おねえちゃん、そんな……」
 冷たい雫の声に、十六夜の顔から血の気が引く。
(ボクは弱くて……足手まといにしかならなくて……でも、お姉ちゃんみたいに強くなるには)
 経験を積むしかない、これまでの溝を埋められるまで戦いを重ね、学ぶしかないのに。
 崖から突き落とされたような心境で、妹は言葉を失ったまま姉を見つめる。
「それでは帰りましょう。みなさん、本当にお疲れ様でした」
 一礼し、雫は十六夜の手を引いて帰ろうとする。
 ……そこへ、なぜか響くホイッスルの音。

「確保ォ――!」
 同行者の一人であった学園卒業生にしてフリーランス撃退士の筧 鷹政が言い放った。

 異界の呼び手。
 スリープミスト。
 シールゾーン。
 あらゆる拘束術が四方から雫を襲う。
「えっ、ちょ、みなさん!!?」
「すみませーん、奥の休憩室、お借りしますねーー」
「筧さん! どういうことですか!!?」
 鷹政が斡旋所職員へ笑顔で声を掛け、仲間たちに雫を休憩室へ運ぶよう指示する。
 ジタバタと足掻く雫だが、多勢に無勢。友人を相手にガチ戦闘するわけにもいかない。
「悪いようにはしない。おとなしくしなさい」
 にこり。
 いつものような幼さの残る笑顔でありながら、何とも言えぬ圧力を感じさせる声音でもって、鷹政はダメ押しした。




 かくして、まったくもって不本意な形で、多対一という形で、雫は椅子に座り正面には十六夜と隣に鷹政、その後ろにずらりと友人たちが居並ぶという図式へ持ち込まれたのだった。
「君たち姉妹を、ここしばらく見守ってきた上で言わせてもらう。君たちは対話が足りない」
 雫と十六夜、同タイミングで逆方向へ目を逸らす。
「被告人、雫。
君は窮地に駆けつけた妹・十六夜に対して『助力は不要』と突き放し、逆の状況においては駆けつけながらも『今後は戦闘依頼を引き受けるな』と十六夜へ圧力をかけた。
このことに間違いはありませんね?」
「裁判!!? ……間違いない、ですけど」
 居心地悪そうに身をよじり、雫は答える。
 裁判だとしたら、えーと、この図式は……友人たちが、全て『向こう』についているということは。
(私には弁護人、無しですか……!!!?)
「せ、せめて、弁護人を……」
「被告人、雫。君は、自分の判断に間違いはないと確信している。どうですか?」
「……それは、間違いありません」
「だったら、お一人で論破してください。君はできる子、お兄さんは知っているよ」
「それとこれとは別でしょうーーー!!?」
 鷹政から慈愛の眼差しを受けて雫は立ち上がろうとするも、両手両足を頑強な鎖に繋がれていることを思い出した。
 なにこの猛獣扱い。




 さて、目の前では何が起きているのか。
 帰りの車内で姉の友人たちと鷹政は何やら打ち合わせをしていたようで、あれよあれよという間に椅子に座らされている十六夜は当事者にして蚊帳の外であった。
 ――一緒に帰りましょう
 助けに来てくれた姉は、確かにそう言った。
 バスの中では並んで座り、疲れ果てた十六夜は姉の肩にもたれかかって寝てしまった。
(ボクのことを……思ってくれてるんだと……勘違い、だったのかな)
 確信は無くても血縁者が、知らぬところで命を落とすことは迷惑だった、とか?
 やはり、自分は何処までも姉にとって邪魔でしかないのか、足手まといでしかないのか。
(お姉ちゃん……)
 眼前で、雫と鷹政がギャンギャン言い合いをしている。
 不安に胸をおさえる十六夜の背を、姉の友人の一人がそっと叩いた。
 『大丈夫』、そんな優しい表情をする。
「あり、がとう……」
 自分より、今の姉をよく知っているだろう人たち。
 姉が、十六夜を助けたいのだという求めに応じて駆けつけてくれた人たち。
 姉のことを思って、きっとこの場に残ってくれている。その上で、十六夜に味方すると言ってくれている。
(ボクは、まだ……お姉ちゃんのこと、なんにも知らないんだ)




「それでは、質問を。被告人、雫。なぜ、君は十六夜に戦闘依頼を受けさせたくないんだ?」
 罪状を読み上げるかのように、鷹政が問う。
「十六夜は古流剣術の家の娘です。天魔と戦う必要はありません。仮にそういった状況に直面しても、適正を考えれば後方支援が安全です」
「!!? いくらボクでも怒るよ、ボクが決めた道を、勝手に否定しないで!! 誰だって最初から強いワケないじゃない!」
 淡々とした雫の返答を聞いて、十六夜の思考は沸騰した。
 椅子を蹴るようにして立ち上がり、平手を上げる。
 ヴン、と唸りを上げて振り下ろされた手は――ヒョイと首を軽く捻ることで躱され、ブチンと頑強な鎖を引きちぎった雫の拳がミゾオチを突いた。
「うぐう……」
「…………」
「…………雫さん……」
「…………被告人……」
 どさりと倒れた妹を見下ろす姉。――を、白い目で見つめる友人たち。
「こっ、これは撃退士として当然の反射で―― そう、反射です! いつ如何なる時も、撃退士は心を強く持たねばなりません」
 いつの間にか足の鎖も千切っていた雫が、視線に耐えきれず問わず語りを始める。
「十六夜は、自ら買って出た殿にもかかわらず戦いの最中に戦意を挫きました。そもそもの、撤退判断が甘かったとも言えます」
 お腹を抱えてうずくまる十六夜の頭に、ザクザクと正論が突き刺さる。文字通り、ぐうの音も出ない。
「そこを補い合うのが『撃退士』だからね。ご覧の通り救援は間に合ったわけだし、そうやって失敗を重ねながら誰だって強くなるものだよ」
 失敗。
 鷹政はフォローのつもりなのだろうが、今の十六夜には追討ちでしかない。

「……それじゃあ、記憶の件は?」 
 
 声のトーンを少し変えて、鷹政が次の質問へ移った。
「それ、は……」
 仲間の一人にヒールを掛けてもらい、回復した十六夜が元の席に戻る。
 雫はうつむき、言葉を探していた。
「もし、記憶を取り戻して……『その時の人格』が、記憶を失う前の自分なのか・今の自分のままなのか……それとも、混ざり合って新しい自分になるのか……わからないんです」
 そのことが、怖い。
 膝の上で硬く拳を握り、雫はポツリと言葉を落とした。
 常に凛として、戦場では一分の隙も無い雫が見せた、初めての弱さのように十六夜は感じた。
「記憶喪失自体、なかなか前例がないというのに……天魔に奪われたものだとしたら、どうなるのか……。筧さんはわかりますか?」
「……ごめん」
 その場しのぎの気休めさえ、ここでは口にできない。
 記憶が無いまま学園へ来た時の不安。
 それを乗り越え、友と呼べる存在に出会えた喜び。
 想像すれば、『今』がどれほど大切なものか。
 そして、それとは別に自分の生まれを知っている肉親だって、無下にできるわけがない。
「十六夜や両親を、疎んじているわけではありません」
 記憶を取り戻すには踏み切れない。かといって、鍵となる『光球』を捨てることはできない。
 そこに、雫の葛藤がある。

「私は、久遠ヶ原の撃退士です。共に戦ってきた友人がいます。
けれど、私の存在が理由で学園へ来た十六夜は……まだ『戻る』ことができます。命懸けで天魔と戦わなくたって、両親と共に穏やかで幸せな生活を送ることができるんです。
……娘が二人とも、明日をも知れぬ戦場へ身を置かなくたって…………」
 『お父さん』。『お母さん』。記憶を取り戻すまでは、そう呼ぶことが憚られる優しいひとたち。

「お姉ちゃん……」
 十六夜の心から、何かがホロホロと剥がれてゆくように感じた。姉に拒絶されているかもしれない、という思い込みの壁だろうか。
 雫が抱える、雫自身の不安。雫が想う、肉親への不安。
 ……きっと、二人きりじゃ聞くことはできなかった。
「雫さんの気持ちは、よくわかった。わかったけど」
 ゴホン。
 鷹政が、わざとらしく咳ばらいを一つ。

「「二人で、よぉっっっく話し合いをしなさい!!!」」

 そこにいる姉妹以外全員が、声を揃えて言い放った。
 雫と十六夜、互いに思いあっていることは外部からはわかる。
 が、当人間で致命的なほどにすれ違っている。




 今度こそ釈放され、姉妹はトボトボと夜空の下、帰途を辿る。
『誰かを大切に想っていても、言葉にしなくちゃ伝わらないからね。”言わなくてもわかるでしょ?”なんて考えていると、逆方向に行っちゃうこともあるんだから』
 歩きながら、十六夜は去り際に鷹政に掛けられた言葉を思い出す。
『ありがとう、だいすき。そんな簡単なものだっていいんだ。相手がこの世から居なくなってしまえば、そんなことだって伝えられない』
 それはいつか、十六夜が依頼人へ掛けた言葉に似ていた。
(そうだ)
 あの時は、学園に居るという姉を探して必死だった。
 会えたなら、話したいことがたくさんあった。
 
「あのね、お姉ちゃん……聞いてくれるかな」

 戦うこと。
 欠落した記憶。
 二人の間で、話し合うべきことはたくさんあるけれど……


 今度の休みに行ってみたいお店があるのだと、十六夜は切り出した。
 二人で行けば、きっと楽しい。きっと。




【月の雫、こぼれおちるもの 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1894 /   雫   / 女 / 11歳 / 姉 】
【jb6122 /不破 十六夜/ 女 / 11歳 / 妹 】
【jz0077 / 筧 鷹政 / 男 / 32歳 / フリーランス 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
記憶を巡る物語『月の雫』逆転なき裁判編、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年04月03日

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