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『2人で半歩ずつ 』
ヒース・R・ウォーカーka0145)&南條 真水ka2377

 小麦と卵黄が焼け、甘い匂いがキッチンから漂ってくる中、南條 真水はソファーで膝を抱えるようにして座っていた。膝と胸の間に挟んだクッションに顎を乗せ、ぐるぐる眼鏡の奥にある目は正面の壁を向いたままである。

 壁のシミでも数えていそうなくらいじっと睨みつけてはいるが、その実、目は目としての機能をあまり果たしていなく、映像を脳に届けてはいるだけにしかすぎない。肝心な真水の意識はキッチンに向いたままで、耳は鼻歌だけを拾っていた。

(南條さんが立ってる時はそんな余裕、なかったけどな)

 別にそこまで料理というか、菓子作りが苦手なつもりはない。あえて言うなら普通くらいで、料理はまだそこそこにしても普段から菓子を作る事はないが、なにかあればたまに作るといった具合である。おそらくは世の中の女子の8割がそういうものだろうと、真水は勝手に決めつけている。

(女の子はお菓子作りが好きだなんて、男性の妄想に決まってるよ。少なくとも南條さん、お菓子作りが好きってことはないし)

 膝を抱える腕にギュッと力をこめ、自分が変わってるだけかなどと考えてしまう。

 とはいえ今、キッチンに立っている人物だって普段からそこまで料理を――いや、料理は凝っていそうだが、少なくともお菓子作りに関しては真水と同じか、真水よりもやった事が無いはずである。もしかしたら、今日が初めてかもしれない。

 いや、きっと初めてに違いなかった。

 今日という日でもなければまず立つ事はないだろうし、真水の為というか、真水へのお返しという名目が無ければ、今日という日でも立つ事はなかったろう。

 今日――ホワイトデーというイベントが無ければ。

「……いや、イベントが無くても南條さんが作ってって言えば立つかもしれない」

 それだけ自分が愛されて――

「いやいやいや、そういう人だし。うん。南條さんだからどうとかじゃなくて、きっとそれなりの水準を満たした仲の良い人なら、誰にでもこうだよ、うん」

 うんのたびに力強く頷き、自分に言い聞かせる真水。

 ――自分なんかのためだけに動くなんて、あるはずがない。

 彼のことは信じていても根底にそんな想いがあるだけに、どうしてもひねくれて考えてしまう。彼のおかげで少しは軟化したとはいえ、昔から自分が好きではないのだから、ここはどうしようもない。

「それが南條さんだもん。しかたないよ」

「なにがしかたないんだい、真水」

 すぐ後ろの声に、真水は大きく肩をすくませるのであった。




 あまり使用されている感じがしないキッチンで、シャツの袖をまくった赤い髪の男、ヒース・R・ウォーカーは長方形に小さく切り分けた2枚重ねになっている生地の上一枚ぶんだけ、一心不乱にハートやスペードなどの形に型を抜いていた。

 そしてくり抜いた分と半端な生地にチョコを混ぜてこね合わせ、それをまたハートやスペードにくり抜くと、2枚重ねの生地の一枚目に刷毛で卵黄を塗って、そこへうまくチョコを混ぜた生地をはめ込むと軽く押し、圧着する。

 最後にもう一度、生地の上に卵黄を塗って、オーブンの中へ。

(さて、初心者はアレンジするべきじゃないと言うけど、どうだろうかねぇ)

 手慣れた様子ではあるが、そこまで手慣れているわけではない。ただ、やっているうちに少しコツを覚えたというだけの話である。

 オーブンから甘い匂いが立ちこめ、キッチンに充満している中、後かたづけを始めるヒース。といっても生地を寝かせている間に洗いものを終わらせ、しまうものも片づけてしまったので、たいしてすることはない。

 手を動かしながら、リビングでソファーに座り、こちらに背を向けている真水へと目を向ける。

 バレンタインにくれたチョコのお返しに、ホワイトデーでクッキーを作ると言った時に見せた、微妙な顔――はっきりと表情に出していたわけではないが、ヒースにはしっかりとそう見えた。

 そんな顔をする理由まではわからないが、そんな気持ちの顔であるということはハッキリとわかる。誰よりも真水のことを見てきたヒースなのだから、間違いはない。

 なにやらぶつぶつ言ってうんうんと頷いているその仕草が、とても可愛い。

「いや、真水はいつも可愛いかったねぇ」

 オーブンの音に隠れるほど、小さな声で。

 本人の前で言いたくはあるけど、前ほど緊張しないかもしれないが、さすがにそこまで言えるほど、まだ変われていない。

 言ったらどんな顔をするだろうか――

「きっとボクの目を両手で叩くようにふさぐだろうねぇ」

 赤くする顔を見せまいとそんな行動をするのが目に見え、苦笑する。

 そろそろ焼けた頃合いかもしれないとオーブンを開けてみれば、見事なトランプクッキーができあがっていた。スペードやクローバーはともかく、ハートやダイヤまで黒いのには少し不満な様子ではあるがヒースは満足げに頷いて、少し冷ましてから皿に盛りつける。

 そしてできたてを食べてもらおうと、皿を片手にリビングへ。

「それが南條さんだもん。しかたないよ」

「なにがしかたないんだい、真水」

 後ろへ立った時、真水が漏らした言葉が聞こえて問いかけると、大きく肩をすくませる真水は「別に何でもないよ」と、クッションに顔を埋めてしまうのだった。

 真水の後ろで腰を屈め、ソファーの背もたれに肘を乗せたヒースは真水の前にクッキーの皿を持っていく。

「色々と頑張ってみたよ。ボクなりの想いを込めて、ねぇ」

 目の前に皿を持ってこられた真水はクッションから目だけを覗かせると、一枚、手に取った。そしてそれを口にあて、端っこに歯を立てる。

 サクリ。

 その食感に真水は驚き、自分の眼鏡のように目を丸くする。

(とてもサックリしてる――家庭で作るクッキーってもっとこう、ボリボリって硬いものなのに、歯と唇で砕けるほどさっくりしていて、口の中でほどけて融けるように消えてく……)

 食感の軽さに驚き、食感もさることながらもちろん味も申し分ない。食感同様、ずいぶんと淡くて儚い味だが、むしろこの食感でこの淡い味だからこそ、食感の違うチョコ部分の甘みがとても強烈に感じる。

 初心者同然の男性が作ったとは思えない、出来栄えだった。

「真水のために作ったよ。どう、かなぁ?」

「うん、さすがヒースさんってば器用だよね。すごくおいしい。南條さんより上手でちょっと悔しいくらいに」

 もう一枚口に入れる真水。こうして自分のために作ってくれるというのは嬉しいし、味も文句なしにおいしい。だがやはりそこは女性としてのプライドか、悔しい部分もある。

 嬉しさ5割、おいしさ4割、悔しさ1割――乙女心は複雑なのだ。

 少しばかり固唾を飲み込んでいたヒースだが、おいしいという言葉に微笑むと、皿を真水の横に置いた。

(ホワイトデーだから、ねぇ)

 自分に言い訳という名の勇気を持たせると、真水の後ろから両腕を回し、そっと抱きしめた。

「ひょえ!」

 ヒースの思わぬ行動に、真水は変な声を上げてしまった。

 だがそんな声も気にせず、ヒースは真水の耳元に顔を近づけ「ボクもね、こういう事をしたくなる時があるのさ」と囁く。そしてわりと早く意を決して、その言葉を口にする。

「……愛しているよ、真水」

「にゅえぇぇぇっ……」

 愛を囁かれ、またしても変な声が出てしまうのだが、その声すらも上手く出ずにむせてしまった。

 真水がヒースの口から逃れるように首を伸ばし、そこで止まった。

(ああ、頭突きが来るねぇ)

 定番である照れ隠しの頭突きに身構えたヒースだが、一向に頭突きが飛んでこない。真水の脚に挟まれているクッションはさらにくの字に曲がり、やがて真水は伸ばした首も元の位置に戻して何度も呼吸を繰り返す。

(いつもここで逃げちゃうから、変わらないんだろうなぁ)

 その意地にも近い想いが頭突き衝動や逃げ出したい衝動を抑えつけ、荒くなる呼吸を整えながらも強張る身体の力を抜こうとする。

 次第に脱力が上手くできた真水はこてんとヒースの腕に頭を乗せ、体重を預けた。

 目を閉じて後頭部に感じるヒースの早鐘のような心音を聞き、すごい緊張しているなと微笑ましく思うと同時に、たまらなくかわいいと思えてしまう。

 ああそうか、これが愛しいって事なんだなと、納得した真水の口から、自然とその言葉が出た。

「……ん。ボクもずっと一緒にいられたらいいなって、そんな風に思うよ」

 その言葉を聞いたヒースは「嬉しいねぇ」と、想いの強さがそのまま現す様に、回した腕へさらに力をこめた。少し息が苦しい真水ではあるが、この力強さがそのままヒースの想いの強さだと思うと振りほどく事もせず、腕にそっと手を重ねる。

 ホワイトデーに後押しされ、ヒースは半歩だけ前に進めた。そして真水もまた、半歩だけ――こうして2人で一歩、距離を縮めたのであった――……





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0145 / ヒース・R・ウォーカー / 男 / 23 / やればできるヘタレ 】
【ka2377 / 南條 真水 / 女 / 18 / 大きな半歩 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご発注、ありがとうございました。ノミネートで受けたわりに結構期限ぎりぎりになってしまいましたが、それだけのものができているかとは思います。個人的にはトランプクッキーに懐かしさを感じました。
お互い半歩ずつ歩み寄り、大きな一歩前進となったかと思います――が、きっとこのあとはクッキーが落ちそうなのに気づいてしまい腕をほどいてしまい、いつも通りに戻る――そんな結末なのでしょうね。
またのご発注、お待ちしております
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年04月04日

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