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『 Thicker than water 』
エクトルaa4625hero001)&クーaa4588hero001

●邂逅、あるいは奇妙な感覚

 それはクーにとって、余りにも唐突な出来事だった。

「ケイ……我が息子よ……!」

 ある日のこと。
 急ぎ足で通り抜ける街角で、不意に強く袖をひっぱられたかと思うと、いきなりそんなふうに声をかけられた。
 何事かと訝しんで振り向くと、相手は大きく目を見開いてクーを凝視している。
 白い頬は緊張にこわばり、唇は湧きあがる感情の奔流を更なる言葉に紡ぐこともできず、ただ薄く開いたままかすかに震えている。
 クーの上着の袖を捉える細い指は、力を込める余りに血の気を失っていた。
 そのただならぬ様子は、悪戯や冗談とは無縁のように見える。

 だが、実際の状況は冗談としか思えなかった。
 何と言っても相手は10歳ぐらいのほっそりとした少年で、あどけない顔はクーの胸辺りの高さでしかない。
 その少年が自分を『息子』と呼びかけたのだから、クーの困惑は当然だろう。

「……罰ゲームか? 悪いが忙しいんだ、遊び相手なら他を当たれ」

 そう言って相手の手をはらい、クーは足早にその場を立ち去る。

 忙しかったのは本当だ。
 だが『冗談としか思えない』呼びかけに、クーは自分でも驚くほどに動揺していた。
 あの少年が、自分を古い名で呼んだせいだけではない。
 まだ声変りもしない少年の声は、クーの心の奥深くに染み渡ってゆき、不思議な感覚を呼び起こしたのだ。

 懐かしさ。
 あたたかさ。
 信頼。
 尊敬。
 安らぎ。

 ――そういったもの全てが、体中を満たしていくような感覚。
 クーは『常識』と『感覚』との激しいずれに目眩を覚えた。
 思わずふらつきそうになる自分をどうにか立て直し、ひとまずはその場を離れるよりなかったのである。


 そして取り残された少年は、いくらか青ざめた唇を噛みしめ、クーの背中を見送ったのだった。


●回想、あるいは不確かな真実

 鏡に映る自分自身に納得させるように、エクトルは真剣なまなざしを向ける。
 かつての自分の名はエクター。
 それが自分でも本当のことかすらわからなくなっている今、大きな瞳は、子供らしい無垢な輝きを湛えている。

 だがこうしてじっと見つめていると、その奥に息づく何物かの気配に気づかされる。
 それはまるで、森の奥深くひっそりと静まり返った池を覗き込んだときのように。
 どこまでも深く、底知れず、けれど身を乗り出して正体を確かめたくなるような何かが息づいていた。

 エクターは王の信頼も厚い、立派な壮年の騎士だった。
 けれど今のエクトルには、『エクター』としての経験はまるで本で読む物語のように遠く思える。

 なのに、である。

 つい先日、街中で見かけた青年の姿に、『エクター』が目を覚ました。
 青年の歩く姿、どこか不遜にすら見える堂々とした横顔、鋭く引き結んだ唇。
 記憶に残るケイそのままの姿に、耳には自分を呼ぶ声、掌には肩を抱いた頼もしい暖かさが鮮やかに蘇る。
 今まで経験したことがないような激しい感情に突き動かされ、エクトルは何もかも忘れてその青年に駆け寄って行った。

 愛しさ。
 喜び。
 何より大切なお前に逢えた奇跡――。
 
 けれどエクトルの姿では、ほとんど何も伝えることができなかった。
 自分自身ですら持て余す記憶と身体のずれを、突然つきつけられたあの青年は到底受け止めきれなかっただろう。
 再開の喜びに舞い上がった心は、拒絶し遠ざかる背中を見つめ、冷たく暗く沈んでいったのだった。


 それから何日か経ったある日のこと。
 ふとしたことで、『エクターの息子』が見つかった。
 そしてエクトルは迷った。
 逢いたい気持ちに変わりはない。いや、むしろ日を追うごとに強くなっていく。
 そんなエクトルの眼前に、あの拒絶の背中がちらつく。

 何が自分をこの姿にしたのかはわからない。
 けれどこの姿に『意味』があるのなら、『息子』との再開はむしろ間違いではないのか。
 それでも、迷いはやがて強い感情によって押しやられていった。
 気がつけばエクトルは駆け出していた。

『逢いたい』

 この気持ちだけは間違いであるはずがないのだ。


●再会、あるいは再構成の試み

 クーはまたしても、いきなり現れた少年に驚かされる。
「おまえ……」
 食事していた手を止め、やや身を引きながら少年の様子を伺った。
 だが今度は、少年はいきなり袖に縋りついたりしなかったし、『息子よ』と呼びかけたりもしなかった。
 ただ頬を紅潮させ、大きく呼吸をすると、静かな声で話しかけてきたのだ。
「向かいに座ってもいい?」
「……ああ」
 面食らったまま、クーは思わず頷く。
 少年は育ちが良いのか、ぺこりと頭を下げる。
 それから向かいの席にちょこんと座り、真剣そのものという顔で真っすぐにクーを見つめた。

「ご飯なのにごめんなさい。……なにから話せばいいのかな」

 少年は少し迷っていたようだったが、まず自分の名をエクトルと名乗った。
 そしてかつての名――クーがケイだった頃の父の名――と、今自分が置かれている状況を語ったのである。
 過去の記憶は一応残っているものの、中身は見た目相応に若返ってしまっていること。
 自分の記憶に実感がなく、日々戸惑っていること。
 そんな中で、偶然見かけたクーのことだけは息子だとはっきり確信したこと。
 ……それらのことを伝えようと、言葉を選んで真摯に語る様子は、クーにも確かに覚えがある。
 エクトルは確かに自身の『身内』なのだろうと思えた。

「貴方にとっては見知らぬ僕だろうし、僕も、沢山の事を実感できないでいるんだけど」

 語るうちにやや視線を落としていたエクトルだったが、そこでまた真っ直ぐに視線を戻し、クーを臆することなく見すえる。
 幼い顔立ちに、どこか威厳のようなものさえ感じられるほどだった。

「だけどここ何日か、ずっと考えてたよ。それでやっと分かったんだ。貴方のことを想う度に満ちる暖かい気持ちは、きっと本当だって信じられる」

 例え、父と息子という形で、この世界で生きることができないとしても。
 互いが親子とは見えない形で、この世界に喚ばれたことに理由があるとしても。

「どんな形でも……また逢えたこと、それだけでこんなにも嬉しいんだもの」

 エクトルはそう言って微笑んだ。
 その瞬間、少年の顔によぎる面影に、クーは思わず息をのむ。
 見間違えようもない、懐かしく頼もしい面影。
 確かに、この人物を自分は良く知っている。
 ――それでも。
 どうしようもない事実がここにある。

「今の俺はクーだ。あんたの言うケイじゃないんだ」

 相手の言葉が誠実だからこそ、事実を伝えなければならないとクーは思う。
 けれど、それが全てではないこともまた事実で。

「そしてあんたも今はエクトルだ。だけど……」

 言葉が途切れた。
 一体どう伝えればいいのだろう。
 あんたを他人とは思えない、などという言葉は、あまりに陳腐すぎる。
 しかもどう見ても父とは思えない少年と、どう見ても彼の息子には見えない自分なのだ。
 互いの記憶、感覚、それだけが互いの関係を証明するもの。
 今、ふたりの間には、『事実』だけがないのだ。

 クーは髪を掻きあげながら、視線を落とす。その唇から独り言がこぼれ出た。

「Blood is thicker than water. ……って奴か」

 血は水よりも濃い。
 目に見える物が全てではない。
 この身体を流れる血は、確かに眼の前の少年と同じもの。
 ふたつの身体に分かれて尚、分かち難い何かを身体の隅々にまで満たしている。

 クーはテーブルの上に置いた手を拳に固める。
「俺はあんたを……エクトルという人間を、少しずつ知っていきたいとは思ってる」
 脈打つ流れを信じられるなら、『事実』はこれから作っていけばいい。
 父と子という形である必要もないだろう。

 ――それでいいか。

 クーが視線をあげる。
 言葉より先に、エクトルは穏やかに頷き、微笑みを浮かべる。
 
 ここから始めよう。
 この想いに間違いはないのだから。

 煌めく瞳がそう言っていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4625hero001 / エクトル / 男性 / 10歳 / ドレッドノート】
【aa4588hero001 / クー / 男性 / 24歳 / ソフィスビショップ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、リンクブレイブの英雄たちの邂逅エピソードをお届けします。
かなり発注文の内容から膨らませましたが、ご依頼のイメージから大きく逸れていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
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リンクブレイブ
2017年04月04日

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