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『良い日、雨の日、出逢いの日 』
稍乃 チカaa0046hero001)&邦衛 八宏aa0046

 しとしと――

 雨の降る音。空からの水雫が地面に跳ね返る音。水溜りに波紋を広げる音。滴る音。
 ヒンヤリと肌にしみる雨の冷気、呼吸で感じる湿った空気。

 雨だ、雨が降っている――そこまで思って、稍乃 チカ(aa0046hero001)は己が目を閉ざしていることに気が付いた。はて、いつの間に眠っていたのだろうか。肌寒いほどの気温だ。チカは眉根を寄せながら緩やかに目蓋を開けた。

「……?」

 半ば曖昧とした意識のまま、瞬きを数度。見えたのは暗い空――どこかの路地裏だろうか? 見覚えのないほど高い建物に挟まれて、分厚い雲の空は狭い。夜、らしい。

 ――ここはどこだ。

 刹那に胸をざわつかせたのは、焦燥に似た疑問。どうしてこんな場所で眠って――倒れて? 気絶して?――いたのだろう。飛び起きて周囲を見渡せば見渡すほど、そこは見知らぬ場所だった。
「おいおい……こりゃ夢か……?」
 自嘲じみた、口元だけの引き攣り笑い。雨に濡れながら少年は呆然とした。夢なら早く醒めてくれと願った。つねった頬は痛かった。
 でも、けれど、もしかしたら……チカはそんな、根拠のない希望で自らを奮い立たせながら、雨の路地裏を歩き始めた。夢なら醒めるかもしれない。歩けばなにか手がかりが見つかるかもしれない。なにか、なにか、希望が見つかるかもしれない、と。

 ぴちゃ、ぴちゃ。頼りない足音は雨に濡れる。濡れきった靴から染み込む水が、チカの足を慈悲なく冷やした。そうして歩いて、路地裏の終わりにたどりついたのは間もなく。開けた視界、そこは――チカの中の常識が根底から覆るような光景。見たことのない人々の服装、見たことのない物体、見たことのない建物、見たことのない世界。チカは息を呑んだ。

 知らない、世界……。
 じゃあ、知っている世界は?

 ふと、思う。そうだ、知っていることは? チカは記憶を辿る。自分の名前、自分のこと、それは分かる。けれど、けれど……。
「――っ……!?」
 おかしいのだ。自分の記憶に関連する、自分以外の者のこと。仲間のこと、友達のこと、家族のこと、知り合いのこと――それら全ての、皆の顔が。思い出せない。思い出そうと努力しても、記憶の中の皆の顔は、まるでインクでグチャグチャに塗り潰されたようで。

「冗談じゃねぇぞ、どこだよ、なぁ、ここは」

 ゾッとした。「分からない」ということがこんなに心臓を震わせるなんて。
 雨中、愕然と立ち尽くすだけのチカ――その獣耳に尻尾という奇異な外見に、通行人の視線がちらほらと集まる。怪訝そうな雰囲気を見せるが、傘の中の彼らは話しかけてくることはなかった。チカが目をやれば気まずそうに見ていないフリをしつつ目を逸らすほど。なんとも言えぬ感情に少年は歯噛みする。
「……くそっ」
 こんな見知らぬ世界を堂々と歩いて行くのも快くはなかった。率直に言うと度胸がなかった。なにが起こるかも分からない。全てが分からない。自分自身の記憶すら分からないのだから。チカは逃げるように踵を返して、路地裏へと駆け込んだ。そのまま、感情を発散させるように走り続ける。目的地などない。どこに着くかも分からない。分からないまま、走るしかなかった。

 ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ――

 雨水が跳ねる、一人の少年が駆ける足音。
 どれぐらい走っただろう。やがて息も切れて、疲れ果てて、チカはようやっと足を止める。
「はあっ、はぁ――」
 息を弾ませ、膝に手をつき、呼吸を整えつつ……チカは顔を上げた。髪から滴る雨粒が伝っていった。どうやら、住宅街? のような場所にたどりついたようである。
 その時だった。ぴく、チカの獣耳が揺れる。

 何か……聞こえたような気がした。

「……?」
 チカはその方角へ無意識的に顔を向けていた。そこにあったのは東方風の一軒屋。夜雨の中で黒く濡れて、いっそ不気味な雰囲気すらある。
 けれど……不思議だ。そこから、なにか声のようなモノが聞こえる。今もしている。幻聴、なのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、チカは気付けばその家の前。
「誰か……いるのか? もしもーし……ごめんくださーい……?」
 声をかけてみる。返事は、ない。幾度か声をかけてみても、だ。だからチカはおそるおそる、半開きだった門から民家の敷地内へ。そっと、ドアをノックしてみた。やはり反応はない。そして――鍵もかかっていなかった。
 その間にも、声なき声がずっとしていて。呼ばれているような気がして。吸い寄せられるように、チカは民家へと足を踏み入れた。


 瞬間だった。


 どさ。真っ暗な廊下に、何かが倒れこんできて。
「ッ!?」
 急な出来事にチカは思わず飛び上がった。闇の中を凝視する。廊下に蹲る黒い物体――それは、一人の男だった。
「な――」
 立て続けの出来事にチカは思考が追いつかない。けれど、逃げるという選択肢はなかった。なぜならば、その男は酷く怪我をしていたからだ。血のニオイ。呻く声。男がチカを見上げる。苦痛に歪んだ顔をして。
「お、おい」
 大丈夫か、と声をかけるその前に。男が何か、口を動かした。声になっておらず、小さく、掠れていたけれど。男は確かに、こう言ったのだ。

 逃げろ――。

 その言葉の意味を、チカは直後に理解する。倒れた男を追うように、血のニオイを辿るように、ヌッと闇より現れたのは異形。肌がピリつくほどの殺気。純然なる敵意。血が滴るおぞましい爪。ヨダレを垂らす醜いアギト。
 一目で分かった。これは『敵』。これが、男を傷つけた犯人。

「は、よ、逃げ……っ 俺が囮に、なる、から……!」

 必死の声を、男が漏らした。男は死ぬことで、少年を生かすことを選んでいた。――瞬間。異形が爪を振り上げていて。
「ふ、」
 そこからのチカの行動は、もう無意識だった。
「――っざけんなッ!!」
 気付けば、チカは躍り出ていた。異形と男の間に飛び込んで、その左腕で凶器の爪を受け止める。防具などつけていない細い腕は裂けて抉れ、盛大に血が舞った。激痛。顔が歪む。それでも踏みとどまったチカは、乱雑に異形を蹴り飛ばす。
 そのまま、チカは男へと振り返り。「馬鹿野郎!」と怒鳴りつけた。
「ふっざけんな! てめぇの死で生き延びたってなぁ、こちとら胸糞悪ぃんだよ!」
「な、にを……」
「文句は後だ、今は生きるぞ! いいなッ! 生きろ生きろ嫌でもだ! 俺の目に留まったからには死なせてやらねぇぞ!」
 心のままに声をはりつつ、チカは男へ手を伸ばした。
 その背後では、あの異形が態勢を整えている。
 馬鹿野郎はこっちのセリフだ――男はそう思った。従魔に生身で勝てるわけがない、危険だ、早く逃げろ、左腕だってそんなに傷を負って――溢れてくるのはネガティブばかりで。なのにどうしてだろう? 男は、邦衛 八宏(aa0046)は、差し出された『英雄』の手を、力強く掴んでいたのだ。生きることを――選んでいたのだ。

 そして、無数の蝶が舞うような、幻想的な光が瞬いて、……。







 そう、あの後、台所の包丁を使って従魔を倒したんだっけ。AGWでもないモノを使って、初めての共鳴で、我武者羅に戦って。なんとかかんとか倒したんだ。それから、共鳴を解いた八宏が救急車を呼んで、H.O.P.E.に連絡して。

(いやぁ、あれ一歩間違ったら死んでたなぁほんと)

 まどろみから目覚めたチカは、温かい布団の中で『あの日』のことを回想していた。あの時は無我夢中で、H.O.P.E.エージェントとなった今にして思えば「素人はさっさと逃げろよ危なっかしい! 無茶すんな!」という感想が湧いてくる。正論である。苦笑する。
(あ、でも、逃げてたらあの従魔が他の人を襲ってた可能性があるわけで……)
 そう思えばやっぱりあの行動で正解だったのだろうか。うん、そういうことにしておこう。過去を後悔したところでやり直せるわけでもないし、ましてや腹も膨れない。
 そういえば、腹も膨れない、といえば……腹が減った。アクビを一つ。
「……ん?」
 ふわり、いいニオイが漂っていた。甘いニオイ。これは……。
(ホットケーキ!)
 猫のような機敏さで身を起こす。寝室のふすまをパーンと開けて、弾むように階段を下りる。廊下を渡る――あの廊下。あの時、八宏と共鳴して従魔と初めて戦った廊下。今、チカはこの家に住んでいる。八宏の相棒である英雄として、ここで生きている。

「食べる!」

 そして居間にたどりつくなり。「食べる?」と聞かれてもいないのにチカは声を張った。台所では几帳面にエプロンを着けた八宏が、チラリとチカに視線をやった。「うるさい」「もうすぐ焼けるから」という意味合いが込められていた。

 綺麗好きの男の家はモデルルームのように片付いており、掃除が行き渡っていた。純和風の家の、昭和を感じさせるちゃぶ台に、オシャレなホットケーキが乗った皿が登場する。それと、ピカピカのナイフとフォーク。やんごとない値段のバター。こだわりのメープルシロップ。ホットミルク。

 八宏は極端なほど口数が少ない。というか無口だ。だから居間に響くのは、チカの声だけ。見た夢のことを、あの日のことを、ホットケーキを頬張りながら話している。その間も、やっぱり八宏は無言だった。相変わらずだなぁとチカは思った。
 そういう、根暗だったりウジウジしたところが気に食わない――けれど。不思議と、八宏を見限るなんて気持ちはチカにはケほども湧かなかった。これまでも、そして、きっとこれからも。

 一人と独りだけれども、二人でいれば孤独じゃない。雨の中でも、寒くない。



『了』


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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稍乃 チカ(aa0046hero001)/男/17歳/シャドウルーカー
邦衛 八宏(aa0046)/男/28歳/命中適性
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2017年04月04日

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