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『チョコレート・リキュール・ボンボン 』
ショコラ・ヴィエノワka4075)&シフォン・ヴィヴィワールka4076

 曖昧な記憶――舌に乗せたボンボンキャンデイが薄く砕けて蕩けるような。
 甘くて、一瞬で、儚くて、そして……幸せな記憶。幸せだった一瞬。

 鏡合わせの小さな手……始まりの記憶。
 ショコラ・ヴィエノワ(ka4075)とシフォン・ヴィヴィワール(ka4076)。淡い桜色の髪に、紫と青の双眸を持つ双子。互いの目に映す片割れの姿はいつも笑顔だった。幼い耳にするのはいつも、二人の楽しげな笑い声。手を繋いでいた。双子はいつも一緒だった。どんな時でも。幸せだった。

 こんな幸せがずっとずっと続くのだと――どこまでも純粋無垢に、思っていた。
 けれど。飲み込んだ飴玉が、もう味などしないように。
 幸せとは、無惨にも有限だったのだ。
 
 悲劇の始まりは事故による両親の他界。
 残された幼い双子は、まるで物のように売り飛ばされた。……それまでずっと一緒だったのに、引き離されて別々の場所に。
 そして。
 そこから待ち受けていたのは、どこまでも残酷な現実で――。







 は、と。
 ショコラ――双子の姉は目を覚ました。

 窓の外はまだ朝日すら昇っていない。けれど、もう「働き始めなくてはならない」時間だった。薄暗く、狭く、古く、汚らしい部屋に今日も「今日」が「来やがった」。ショコラはボロきれ当然の布団から這い出した。その身にまとう衣服もまた、粗末でツギハギでおよそ人権というものを感じられないモノだった。

 あの日、ショコラの幸せが崩壊した日の後。彼女は貰い手が見つからず転々とした挙句に売り飛ばされた。成金くさい、ゆえに貧乏くさくて金不足の、とある屋敷の召使同然として――否、その境遇は奴隷と断言しても過言ではあるまい。

 寒い空気の早朝の中、冷え切った水を使って屋敷の掃除。早くも指先の感覚はない。ぐう、とお腹が鳴った。うつむいて黙々と床を磨き続けるショコラは歯噛みする。昨日から……おとといから? もう覚えていないほど、何も飲み食いしていない。……させてもらえていない。それでも、栄養失調気味の枯れ枝のような腕で、ショコラは無心でやらねばならないことをこなし続けていた。

(生き抜いてみせる……)

 繰り返す自己暗示。己を保つ唯一の糸。身の回りのことは全て一人でできるようにした。馬鹿にされないように。嘲笑される隙を作らないために。弱さは罪だ。強くあらねばならないのだ。誰にも頼るな。隙を見せるな。一人で全部、乗りこえるんだ。そうしなくてはならないのだ。

(屈してたまるものか……!)

 媚びるくらいなら食事を抜かれた方がマシだ。負けるものか。たとえどれだけそしられようとも。殴られようとも。年相応の可愛げは、あの日あの時、妹と共に置いてきた。

(私は生き抜いてみせる)

 これでよかった。妹ではなくて、私でよかった。
 何度でも繰り返す心の言葉。大丈夫、だから私は大丈夫。大丈夫。大丈夫。繰り返す。何度でも何度でも。何度でも何度でも――。







 は、と。
 シフォン――双子の妹は目を覚ました。

 窓の外はまだ朝日すら昇っていない。けれど、もう「起きなくてはならない」時間だった。広く、美しく、真新しく、整えられた部屋に今日も「今日」が「来てしまった」。シフォンは贅沢を限りを尽くされた天蓋つきの寝台からそっと身を起こした。その身にまとう衣服もまた、まるでお姫様のように美しく柔らかく、豪奢だった。

 あの日、シフォンが家族と引き裂かれた日の後。彼女は親戚の裕福な家に貰われた。貴族の一門であるその家には財の力で何もかもが揃っていた。けれど。そこにたった一つ、ないものがあった。それは愛情――シフォンは家の「物」として扱われていた。

 寒い空気の早朝の中、庭で馬術の稽古が始まった。シフォンは「物」だった。物だから、道具だから、完璧を求められた。失敗など許されなかった。

「何度言ったら分かるんだ!」

 失敗の度、鞭が暴言と共に飛んで来た。犯したミスがたとえ些細なものであろうと。殴られた拍子に落馬したショコラはあまりの痛みにうずくまる。痛くて痛くて涙が出る。
「泣く暇があるなら立て!」
 うずくまる小さな背中にまた、容赦なく鞭が飛んだ。

「どうしてこんなことも出来ないの!?」

 稽古は続く。今度はピアノ。一音でも間違えれば、鞭が少女を打ち据えた。
 稽古は続く。今度はバレエ。鞭の音。鞭の音。罵詈雑言。
 稽古は続く。今度はバイオリン。鞭。怒鳴り声。鞭。鞭。
 稽古は続く。続く。続く。鞭。鞭。鞭。鞭。体罰。暴力。完璧であれ失敗するな。

「ごめんなさい、できます、がんばります、ごめんなさい、できます」

 その度に顔を上げて、シフォンは笑った。涙でぐしゃぐしゃの顔で笑った。作り物の笑顔をしていた。鞭で殴られ切れた唇から真っ赤に血を流しながら。殴られすぎて腫れ上がった頬をしながら。
 人形のように言われたまま。安らぎのない日々。頑張ればきっと報われる、ショコラもどこかで頑張っている、いつかきっとショコラに会いに行けると信じて。その度、凍った心が削れながらも。
 そこに、あの日の――少し人見知りで、優しい少女の面影は、最早どこにもありやしなかった。







 少女達は瞠目する。
 淡い桜色の髪に、紫と青の双眸を持つ双子。互いの目に映す姿は――紛れもなく、ショコラとシフォンだったのだ。

 あの日から。
 全てが壊れたあの日から。
 なんて数奇な運命だろう。
 今、双子は再会し、お互いを見つめている。

 ショコラはずっと、シフォンのことを思っていた。「こんな生活を、シフォンが送らなくて良かった。私でよかった」と。
 シフォンはずっと、ショコラのことを思っていた。「ショコラもどこかで頑張っている。だから私も頑張れる」と。

 けれど……。
 なのに……。
 あんなにも、再会を望んでいたというのに……。

 ショコラは拳を握りしめた。シフォンがまとう、上質な服。傷一つない手。手入れされた柔らかい髪。裕福な生活。妹は何も悪くない、そう知りつつも――可憐に微笑むその気品に、おぞましいほどの嫉妬を覚えた。
 ……いつも後ろをついてくる、純粋な妹が好きだった。人見知りで、でも花のように優しくて。ずっと隣にいたかった。でも、それは叶わなかった。
 今だって、妹は変わっていない。あの日のように、花のような笑みを浮かべて。そう、変わってしまったのは私だけ。汚れてしまったのは私だけ。堕ちてしまったのは私だけ。
 愛する妹を妬むまでに変わってしまった、こんな……こんな罪深い自分は。浅ましい自分は。
 もう、二度と、妹の隣では笑えない――。

 シフォンは笑顔が凍りついた。ショコラの、あの、なんて自由な様! 力強い己の意志を秘めた眼差し! 人に囲まれ愛されて、風のように炎のように生きていて。ああ、なんて、なんてなんて妬ましい。羨ましい。
 ……明るく笑う、元気な姉が好きだった。引っ込み思案な自分の手を、いつも繋いで引いてくれた。離れても、心はずっと一緒だと思っていた。
 そうだ、姉は、変わっていない。強くて、いつも前を向いていて、前を進むことができて。愛されることができて。私だけが置いてけぼり。あんなにもあんなにも姉が遠い。
 愛する姉を憎むまでに変わってしまった、こんな……こんな失敗作の自分は。おぞましい自分は。
 もう、二度と、姉と手を繋ぐこともできない――。

(どうして貴方だけ)
(どうして私だけ)

 あんなに大好きだったのに。たった一人の肉親なのに。

「……消えてちょうだい、私の前から」

 ショコラが言い放ったのは、棘だらけの言葉だった。シフォンを睨みつけるその目には、嫉妬と憎悪がどろどろに混ざった真っ黒な「敵意」が宿っていた。

「わかりました」

 シフォンはニコリと微笑んだ。全ての感情を隠して、人形のように。そして品よくスカートを翻し、豪奢な靴で優雅に歩み去ってゆく。その間にも、シフォンの顔には人形のような笑顔がへばりついていた。

(私は、ただ、愛されたかっただけなのに)
 教えられて強要されたままに生きてきただけなのに。完璧であろうと努力していただけなのに。失敗だった。失敗していた。失敗作だった。……だからこそ発狂しそうなほど、姉が羨ましくて憎かった。

(私は、ただ、大事にされたかっただけなのに)
 辛くて辛くて、だからこそ幸せを掴もうと精一杯もがいてきただけなのに。妹はあんなにも大事にされて。世話をされて。優雅で美しくて。……だからこそ発狂しそうなほど、妹が羨ましくて憎かった。

(私だって綺麗なドレスを着たかった! おいしいご飯をお腹いっぱい食べたかった!)
(私だって自由にありたかった! 自分の意志を許されたかった貫きたかった!)
(どうして!)
(どうして!)


 ――私はこんなにも頑張ってきたのに、貴方だけ!!







 心の叫びは届かない。
 二人の願いは届かない。
 二人の想いは交わらない。
 届かぬ声は心の中、どろりどろりと淀んでゆく。
 どこにもやり場なんてなく。
 淀み溜まる感情は、じくじくズキズキ膿んでゆく。
 もう二度と治らぬほど、病んで壊れて崩れてゆく。

 淡い桜色の髪に、紫と青の双眸を持つ双子。互いの目に映す片割れの姿はいつも笑顔だった。幼い耳にするのはいつも、二人の楽しげな笑い声。手を繋いでいた。双子はいつも一緒だった。どんな時でも。幸せだった。幸せになる、ハズだった。

 ……これは哀れな双子の、傷にまみれたとある悲劇……。



『了』


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ショコラ・ヴィエノワ(ka4075) /女/11歳/魔術師
シフォン・ヴィヴィワール(ka4076) /女/11歳/魔術師
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2017年04月06日

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