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『春の陽光、煙草と酒と別れの花 』
ka3319)&松瀬 柚子ka4625
 春の日差しを感じさせるある日、リゼリオ市内の路地裏を飄々と歩く男がいた。高身長に細身の肉付き、年は40半ばといったところか。白衣を着た、サンダル履きの姿は不審者としかいいようがない。
「暖かいねぇ」
 春めいた気候に呟きを漏らす男の名前は、鵤(ka3319)。ゆっくりとした足取りで、同じ道を三回巡っていた。街を散策する風を装いながら、鵤は人の有無や一軒の家の様子を伺っていた。
 真っ昼間の住宅密集地に人影は少ない。全く誰もいないタイミングを見計らって、鵤は狙いを付けている家の窓から中を覗き込む。
 人気はなく、辺りは静寂が包み込んでいる。数分の間、鵤は様子を伺うも変化は訪れない。やれやれと独りごちて、窓から離れる。
 玄関側へと回り込むと、白い手袋を身につけた。ちらりと掲げられた番地を確認。間違いないとわかれば、白衣の内ポケットからピッキングツールを取り出した。
 ピッキングツールを鍵穴に突っ込む前に、一応ドアノブに手をかける。手首をひねれば、扉はわずかに開いた。
「……不用心だな」
 へらりと笑いながら、鵤はそう呟く。だが、今はありがたいと扉を開いて体を滑り込ます。サンダルのまま上がり込むと、部屋の中をぐるりと見渡した。
「こいつは妙だねぇ」
 部屋の中は、家主の趣味を感じられる可愛げのある家具が綺麗に配置されていた。本棚の上に置かれた一輪挿し、台所に積まれたオレンジ、パスタの入った色付きの瓶、机の上には茶の紙袋、羽ペンにインクの瓶。ハンターの仕事道具である武具や防具、ポーション等も小奇麗に整頓されている。
 だが、鵤はここに「人の気配」を感じられずにいた。もっといえば、過去、断絶、放棄……そういった単語がこの場を支配していた。
 むしろ、やりやすくて助かる――鵤は頭を切り替える。目的を果たすべく、鵤は室内を物色し始めた。本棚の本やファイルを片っ端から引っ張り出し、中をあらためる。
 ファイルはもとより、本に挟まっていた紙片一枚とってしても必ず目を通していく。

 ここの住人はいかなる人物か――。
 松瀬 柚子(ka4625)が部屋の住人……否、元住人である少女の名前である。鵤は彼女のことを詳しく知っているわけではない。そして、人間としての柚子にさしたる興味もない。
 鵤が手に取るファイルにおどるのは、異常、欠落、マテリアル、歪虚化の文字と様々な柚子を取り巻く数字だ。ファイルを作った人物は、医療関係者であったのか、カルテを用いた書類が多く混じっていた。
 鵤には薬学者としての知識があり、多少であればカルテを読み解くことができる。しかし今は時間がなく、軽く目を通すに留めた。
 その程度でも、わかることがあった。この資料を紡いだ者の執念である。被験者である柚子に対する異常な愛情を抱き、執着していたこと。柚子との永遠を目指していたらしいこと……である。
「ロマンチストだねぇ。いや、むしろ、エゴイストか?」
 資料の向こう側にいる、彼の者に鵤は問いかける。ファイルを閉じると、傍らに積み上げる。気がつけば、指に挟まっていた煙草を箱に戻す。
 万が一でも、痕跡を残すべきではない。あくまで冷静な判断で、欲を押さえ込む。
 さっさと仕事を終えて一服すべく、本棚以外の場所へ手をかけた。クローゼットやタンスをすべてあけ、中身を取り出して乱雑に散らかしていく。下着類なんかも気にせず放り出す。
 現金や貴金属、アクセサリーの類は集めて持ち帰る。金銭目的の空き巣の仕業に見せかけるためだ。
 キッチンに積まれていたオレンジも一つ拝借し、机の上に手を伸ばす。最も場所を閉めていた茶の紙袋の中には、ウィスキーの瓶を用いた一輪挿しが入っていた。枝分かれして、複数の紫色の小ぶりな花を咲かせている。だが、日にちが経っているのか数輪は花びらが萎れている。
 紙袋を持ち上げれば、その下には一冊のノートが置かれていた。薄い水色の表紙には表題がなく、全体的に使い込まれた印象を受ける。他の資料と違って、柚子の日用品と推測できた。
 表紙を捲る。
 年月日と柚子の日常生活に関するアレコレ。つまるところ、日記だ。手早く中身を確認していた鵤は、最後のページに行き着くと一瞬眉を上げた。
 綴られていたのは、別れの言葉だった。知人とよく似た筆跡に、鵤は小さなため息を漏らす。ぱたりと日記帳を閉じると、いつもの笑みを浮かべながら紙袋に突っ込んだ。後始末とばかりに、奪ったものをカバンと紙袋に分けて入れる。
 周囲に人影がないかを確認してから慎重を期して、柚子の家を後にする。少し長いをし過ぎたかと、提げた紙袋の重みを感じて思う。煙草を加えて、火をつける。紫煙をたなびかせ、見上げる空はまだ明るい。
 ふと去り際に、窓辺に置いた一輪挿しが目に入った。
「……そういや随分と久しく蒸留酒の味を忘れていた。何処かで上物でもクスねるかねぇ」
 へらりとした笑みを浮かべて、鵤は路地裏に消える。残っていた煙草の煙も、やがて空に溶けゆくのであった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【鵤(ka3319) / 男 / 44 / 人間 / 機導師】
【松瀬 柚子(ka4625) / 女 / 17 / 人間 / 疾影士】


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2017年04月10日

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