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『Love the BITTER day. 』
海神 藍aa2518)&榊 守aa0045hero001)&荒木 拓海aa1049

「おう、やってるか?」
 繁華街から路地裏に入り、周囲がすこし寂れたころに現れる、冠を被った駒鳥の看板。『カフェ&バー:レッドブレスト』店主の海神 藍(aa2518)は、聞き慣れた声に顔を上げた。
「やってるよ、榊」
「お前の店かよ」
 しかし、答えたのはカウンターに肘をついた荒木 拓海(aa1049)だった。今来店した榊 守(aa0045hero001)と同じく、この店の常連客である。店主とはHOPEのエージェントとしても付き合いがある友人同士だ。
「仕事帰り……じゃなさそうだね?」
 藍は拓海の隣に掛けた守に問う。守は既に酒が入っているようなのだ。
「今日はオフだよ」
 エージェントの仕事と能力者に対する執事稼業。――働きたくなんてないのに、誰よりも働いている気がする。
「榊、今日は一人?」
「さっきまでは『ツレ』がいたんだがな」
 守の目が不機嫌そうに細められる。バレンタインにかこつけたナンパが失敗に終わった直後なのである。
「散々奢ってから彼氏いるとかふざけんなよ」
「やけ酒か。付き合うよ」
 拓海は笑う。伊達男の皮の下から守銭奴をはみ出させた彼も、人間臭くて嫌いじゃない。
「日本酒? いいな。寒かったから俺は熱燗で」
 辛口で手ごろなものを、と大雑把に指定する。藍がなかば趣味で開いているというこの店では、思わぬ名品や珍品に出会えることも多いのだ。ついでに合いそうなつまみも、とオーダーする。
「かしこまりました。拓海はおかわりでいいかい?」
「うん。さっすが気が利くね、マスター」
 口調はいつも通りながら、今日の拓海は覇気がないように思えた。藍は拓海が話し出すのを待っているようだが、既に失敗をさらけ出した自分ならば――と守は口を開いた。
「んで? この善き日に、坊ちゃまはお一人で何を?」
 冗談めかした執事口調にツッコミを入れるべき相手は、一瞬言葉を詰まらせた。
「お待たせしました」
 背中を押すように、藍が常温の日本酒を置く。
「蓬莱仙? いいやつじゃん。お前は俗世の煩悩にまみれた顔してるけど」
 『色即是空』の境地は遥か彼方もいいところ。
「いい酒呑まないとやってられないんだよ……」
 飲み込む前にゆっくりと舌の上で転がす。――気高く澄んだ味のご利益で少しでも浄化されればいいのに、なんて。
「どうぞ呑んでやって。好きな人の口に入るのが一番だから」
 藍は自分のグラスにウイスキーを注いだ。もとより閑古鳥が常。客は彼ら以外にはいないのだ。もっとも店主はこの状況でなくても呑んでいたと思うが。
「藍〜聞いてくれよー」
「おい、訊いたの俺だぞ」
 藍は熱燗を用意し終わり、完全に聴く体制に入る。守が猪口を満たすわずかな間を待ちきれないのか拓海が急かす。
「榊も聞くんだー!」
「扱いの差は置いといてやるよ。何かあったのか?」
 泣きそうに顔を歪ませる拓海。思えば、呑んでいる彼の顔はいつも楽しげなのだ。守は猪口を持ち上げるタイミングを失った。
「プロポーズ、したんだ」
 ガタン。ふたりして椅子を鳴らすものだから、まるきりコントの世界である。藍は申し訳なさそうに咳払いした。
「すまない。それで、相手の方は何と……?」
「断られた訳じゃないんだ。……まだ無理って、あいつは言った」
 ぽこぽこ、と音が鳴る。コンロにかけられた鍋の音だ。
「理由……訊いても答えてくれなくてさ」
 視線は白くつるりとした陶器へと注がれる。
「何か不安があるのか? 俺に不満なところがあるのかな? ってぐるぐるしちゃってさ」
 上手く聞き出す器用さを拓海は持ち合わせていなくて、かといって鈍感になんてなろうとしてなれるものではない。
「これでもけっこう気合入ってたんだけどな。……悲しむことじゃないし、怒りがわいてくるわけでもない。ただ、宙ぶらりんで……気持ちをどこにぶつけたらいいのかわからないっていうか、さ……」
 力ない笑み。どこへも分類できない感情を表すのに、これほど相応しいものはないかもしれない。沈黙が落ちる。湯だけがぶつぶつと独り言を続けている。
「……っはは。なんだこれ、すっごい反応に困る愚痴かもしれない。全体的にぼやっとしすぎだよな!」
「そんな簡単に割り切れるかよ」
 守はふっと短く息を吐き、熱燗を口に運ぶ。割り切れない思いなら、自分もしてきた。色濃く思い返されるのは一年前の幸せな日々と、それを失ったときの喪失感だ。――いけない。拓海にはまだこれからがあるのだ。できるなら明るい展望のきっかけでも見つけてやれればいいのだが。
「そうだね。拓海と全く同じ状況、っていうのは私じゃ想像が及ばないけれど……考えるべきことすらわからない状態は辛いと思う」
 藍もぽつりぽつりと言葉を落とす。
「せめて怒りのぶつけどころがあれば、少しはましなのにな。相手を責める気持ちもわかないんじゃしょうがねぇ」
「うん。それは何か違う気がしてさ」
「……わかるよ」
 藍は守の目の中に哀しみがちらついたのを見た。彼は空想する。フィクションの名探偵のように、拓海の何気ない一言から彼の恋人の真意を見抜く。そんな真似ができればいいのに。
 友たちはそれぞれに自分の不甲斐なさを嘆くが、悩みの張本人は彼らが一緒に悩んでくれること自体が力になったらしい。
「……よっし、今日は呑むぞー! 割りきれない出来事に効くのは酒しかなーい! そうだろ、メディック?」
 バトルメディックは真顔で頷く。
「Yes, Sir!」
「そうだろ、えっと……魔法使い?」
「はい、『薬』の支給はお任せを」
 景気づけに、グロリアビールによる乾杯が交わされた。ほとんど一息に飲み干して、また日本酒に戻る。
「こっちもそろそろかな」
「ん? 気ぃつけろよ」
 藍は立ち上がり、熱湯をシンクに流す。
「ササミ?」
 守が問う。
「うん、ネギも切るから待って。味付けはポン酢かな」
「あ! 藍、柚子胡椒ない? 最近ハマってるんだよな」
「あるある。じゃあ、ササミと和えよう」
 藍は冷蔵庫を開ける。
「意外とチーズなんかとも合うんだぜ」
「おお、そうなのかい?」
 そこではたと思い出した。
「これはサービスで」
 クリームチーズのクラッカーのせ。洋風のつまみだが日本酒にも合うと小耳にはさんだのだ。日本酒党代表として拓海が口にしてみる。
「あ……! いけるかも」
「それはよかった。フルーティな香りに合うのかな」
 そんな分析をする彼がウイスキーのお供にするのは、クリーミーさと優しい甘味にこだわったというレアチーズケーキだ。
「この時期はチョコレート系を買いづらくて嫌だね」
「でも買うんだろ」
 拓海は笑う。藍は真顔で頷く。
「買うね。お菓子屋が気合を入れるシーズンでもあるから」
 ――というか、もう買ってしまったのである。チョコレート専門店発のフォンダンショコラを。
「先にオーブンで温めて……アイリッシュと合わせてみるかな」
 気の置けない仲間だが、この嗜好にだけはついていけない。拓海が隣を見れば守も苦い顔をしている。酒へのこだわりはあまりない方だが、甘いもの全般がダメなのだ。
「次、これ!」
 拓海が注文したのは、柔らかな甘みを持つ銘柄。冠すのは『京女』の名だという。
「京女? あーいいよなぁ、京都弁」
「なんでも女に繋げるのやめようよ」
「ああ? うまい酒があったら、次は良い女が欲しくなるもんだろ。カクテルなんかは女を口説くためにあるんだぜ」
「まぁ、否定はできないね」
 藍はくすくすと笑っている。作業が一段落したらしく、カウンター内にあるスツールに腰を下ろす。
「そういや、バーテンとかモテる筆頭じゃねぇか!」
「確かに! こらー、涼しい顔しやがってー! 実はモテてるんだろ、藍!」
 あくまでじゃれ合い目的の売り言葉は、ろれつが回っていないのも相まって迫力の欠片もない。なのに。
「……あれ、藍? 怒った?」
 藍は顔を俯かせたまま動かない。顔を見合わせる拓海と守の耳に聞こえてきたのは、すぅすぅという呼吸音。
「藍、寝てる?」
「寝てないさ」
「もう復活!? いや、絶対寝てたよ今」
「ふあぁ……寝てないって」
 藍は口に手を当て、どこか上品なあくびをこぼす。守はツッコミの座から『一抜け』した。
「あー、もう拓海でもいいわ! ちょっと彼女役やって」
 コントの次は漫才らしい。
「183cmのカノジョ……?」
「感覚が鈍りそうで怖いんだよ! なんか、間とかそういうの!」
 藍は注文もされていないのに、次のビールを注いでいる。
「そんなに気張らなくても、自然体で行けばいいんじゃないかな?」
「自然体で行けばモテそうなやつは黙ってろ!」
「ああ、ではお言葉に甘えて」
 凛々しい顔で答えた次の瞬間にはかくーんと首が落ちる。どうせすぐに戻って来るとスルーして、守が思案する。
「なぁ拓海……。口説かれる側演じて見たら、気持ちわかるんじゃねぇか」
「榊……名案!」
 きらきら笑顔でサムズアップ。言う間でもないが、どちらも酔っている。
「この1年ばかり、俺の心はずっと絶対零度のままなんだ……俺の心を溶かしてくれないか。そう、君の……」
 胸の前でもじもじと手を組む拓海の肩に手を伸ばす。
「君の口付けが俺のケアレイン……うわあ肩ごつい」
「だろうな!」
 拓海は勢いよく守の手を振り払う。割と爽快である。ツッコミに目覚めるかもしれない。
「そう、榊 守の心は凍てついていた。不動の大地ではない。冷たいさざ波を立てる水面――氷の海だ。いつか溶け残った想いを流氷として浮かばせ、遊ばせ、彼は待ち続ける。全てを溶かす熱い愛を……」
「俺、藍がわからなくなってきたなぁ……」
 ただしダブルボケへのツッコミは激務ですのでご注意を。
「ああ、やっぱり美女じゃないと無理だ! アラサーの美女! こんな日に、なんで隣に居るのが拓海なんだ!?」
「失礼な! そんな『俺』が良い、っていう奴がこの世界にはいるんだからな!」
 間。
「おお〜」
 微笑ましそうに手を叩く藍。「お熱いね」とばかりに口笛を吹く守。
「……酔っぱらいめ」
「お互い様だろ」
「まぁまぁ。ビール、呑むだろう?」
 こっくりと深く頷く拓海と守。モーションが酔っぱらい染みてきた。守はかなり酒が強い方だし、藍も負けず劣らずの酒豪なのでなかなか珍しい光景である。藍は酒談義へと話題を移す。
「たまにはビールも良いものだね」
 強かに酔うと酒の種類などどうでもよくなったりする。そのパターンかもしれないが。皿に盛ったナッツを客たちにも勧める。
「榊はワインとかも呑むよな?」
 拓海は問う。
「甘くなけりゃ割となんでもいいけどな。人の金で呑む酒なら尚良しだ」
「おやおや。店主が酔ってるからって、踏み倒しは勘弁だよ?」
 藍は笑いながら、ずらりと並んだ酒瓶たちのワインが固まっている辺りを見遣る。
「重めの赤はチリワインがコスパいいんだぜ」
 守は美味い酒に希少な酒、酒と相性の良いつまみなどについても良く知っていた。交友の広さのお陰かもしれない。時折、節約という視点が話に混ざるのはご愛敬だ。
「この酔い様じゃ忘れてしまいそうだね。メモを……ん? インクが出ない」
 藍が首を傾げた。手にするのはボールペン。おしぼりへの筆記は無謀である。
「前の店のレシートあるぞ。裏に書けば?」
「ありがとう。……で、何の話だったかな?」
 お約束の展開にふっと噴き出す。
「藍ー、つまみ切れたー! なんか作ってー!」
「んー……と、これでいいかな?」
 ボウルに卵を割り入れ、牛乳と白い粉を投入して、慣れた手つきで混ぜる。
「って何作ってんだ、藍?」
「酔ってるから本格的なのは無理だけれど、ホットケーキなら」
「そういう問題じゃねぇ……」
「それは『藍の』つまみでしょ!?」
 がっくりうなだれる守。拓海はツッコミというより、大声を出すこと自体が楽しくなってきている。
「あ、たしか焼き鳥缶があったかな」
 喜ぶ二人だがあいにく在庫は一缶。やむなくでかい男たちが背を丸め、一缶を分け合う。藍は鼻歌交じりにホートケーキを焼いている。
「絵面が切なすぎるぜ……」
「けど、こういう焼き鳥って妙においしいよねー」
 飲んで騒いでいるうちに、落ち込む気持ちはどこへやら。気持ちが大きくなって来る。
「明日もめげずに頑張るぞー!」
「拓海うるせぇ!」
 古ぼけた調度品たちは、腹を立てることもなく彼らを見守っていた。



 店を出ると、強烈な朝の光に目を焼かれた。見送る藍を振り返りつつ、守は呟く。
「頭痛ぇ……」
「まぁ、あれだけ呑めばな」
 拓海は指をこめかみに当てている。
「じゃあな藍、また来る」
 幾分すっきりした心と重い体を連れて、彼らは帰途に就いた。藍も軽く片付けて帰ろう、と店内に戻る。と、床に落ちた紙切れに目が止まる。
「これは……レシート? ああ、何か面白い話を聞いたんだっけ」
 当然のように失われているその記憶を求め、拾い上げる。判読不能な暗号――もとい、これ以上ないほどに崩れた藍の筆跡が彼を指さして笑っていた。底抜けに明るく、呵々大笑と。
「……うん、だよね」
 ちなみにホットケーキは朝食として藍と相棒がおいしく頂きました、とのことだ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【海神 藍(aa2518)/男性/22歳/マーメイドナイト】
【榊 守(aa0045hero001)/男性/36歳/伊達男】
【荒木 拓海(aa1049)/男性/26歳/ただ生きる為に】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご指名ありがとうございました! 芋焼酎ソーダ割りを愛する高庭ぺん銀です。
日本酒・ワイン・ウイスキーに関しては、乏しい経験と友人への取材(笑)を元に書いております。その点を含め作品内に不備などありましたら、どうぞリテイクをお申し付けください。
タイトルは「ほろ苦い日も受け入れて愛そうぜ」的な意味でした。それではまたお会いできる時を楽しみにしております。
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2017年04月10日

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