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『湯煙談笑事件 』
ガルー・A・Aaa0076hero001)&十影夕aa0890

 たま〜には広い風呂で、めいっぱい体を伸ばして湯に浸かりたいな〜……。

 と、ガルー・A・A(aa0076hero001)は思ったのだ。同居人は任務で留守だった。というわけで、彼は近所の銭湯に向かったのである。

「「あれ」」

 長い夕暮れの影を踏んで、平和な住宅街を歩いて、昔ながらの銭湯の前にて。声が重なったのはそんな時――十影夕(aa0890)とガルーは、偶然にもバッタリ鉢合わせたのである。
「坊主もこういうところ来んのか」
 二人は顔見知りであった。というかご近所さんだった。とはいえ、銭湯で出会うとは。銭湯――しかもこんな古めかしい所に若者の夕が来るというイメージがあまり湧かなくて、ガルーは意外そうに眉を上げている。そんな彼の言葉に「実は」と夕は肩を竦めた。
「家のお湯、出なくなっちゃって。修理、明日だって。ガルーさんは?」
「あー、そりゃ災難だな。俺は、まあ、気まぐれってやつだな。……レディ二人も一緒なの?」
 聞きつつ、ガルーは周囲を見渡した。夕の相棒たちの姿は見えないようだが。「ああ」と夕がそれに答える。
「一緒に行くか聞いたけど、あいつらは幻想蝶にお風呂あるんだって。檜風呂とかバブルバスとか言ってた」
「幻想蝶に風呂ってすごいな、俺様のとこはねぇや。あーでも、そういえばうちのもう一人もサウナがどうとか言ってたっけか」
 幻想蝶って不思議。そんな感じで意見がまとまったところで、立ち話もなんだ。せっかくだから湯船で話そう。そういうことになり、二人は銭湯へと歩いて行った。







「これが、銭湯……」

 湯煙の中で夕の呟き。風呂場特有のエコー。機械の目で、少年はしげしげと手首につけたロッカーキーのリストバンドを眺めていた。
 そう、夕は人生初の銭湯なのであった。ガルーの動作を眺めて参考にしつつ、興味深げに周囲を見渡している。
「湯船に浸かるのは、かけ湯してからなー」
 お先にかけ湯をしているガルーの声に、「流石にかけ湯ぐらいは知ってる」と返す夕。表情こそ希薄であるが、好奇心がゼロかと問われれば答えはNO。広いなぁ……と率直な感想。プールみたいだ。とも思う。そんなこんなでかけ湯をして、まずは湯へ。

「っ…… だはぁ〜〜〜生き返るぅ〜〜〜……」

 ほぐれる心地にガルーがグーッと伸びをする。ちょっと熱いぐらいのお湯が、心の隅々にまでも染み渡るようで。湯に全身を預ける。ぐでんぐでんである。縮こまっていた血管が筋肉が解れて緩んで、疲労もパーッと飛んでいくような、夢心地……。
(おじさんくさいなぁ……)
 まあ、リラックスしきってだらしなさすらあるガルーの様子に、夕はそんな感想を抱いたのだが。
「……熱くない? お湯の温度……」
 とりあえず浸かってみたものの。家でいつも使うお湯の温度より明らかに高い。夕の言葉に、ガルーが小さく笑う。
「このあっついのがいいんだよ、あっついのが」
「すぐのぼせそう」
「そんな時は水風呂だな」
「水風呂?」
 夕が首を傾げれば、ガルーが「ほれ」と向こう側の湯船を指差した。「へえ……」と視線を巡らせた少年は瞬きを一度。まあ、まだのぼせてはいないので、しばらくこの熱い湯に浸かっているが。
「色々あるんだね」
「サウナもあるなぁ」
「サウナ……機械化部分がめちゃくちゃ熱くなりそう」
「あ〜。そっか、金属だもんな。アイアンパンクは大変ねぇ。てか、水に浸けても大丈夫なの?」
「うん。生活する上で、その辺はちゃんと防水とかしてあるんだってさ」
「へぇ〜〜……」
 感心した声で頷きつつ、ガルーは水面の奥で揺らめく夕の足を見やった。機械化されている、白銀の左足。この世界で体の一部を機械に置き換えた者は珍しくはない。ちらほらといる銭湯利用客――九割がご年配の方――の中にも時折、機械の四肢を持つ者がいる。
 と、まぁ。あんまりジロジロ見るのも不躾だ。ガルーは縁にもたれて湯煙越しの天井を眺め、ゆったりとした息を吐いた……。


 ――緩やかで、そして物理的な意味で温かな時が流れる。
 そんなこんな。身体も洗い、今一度湯船へ。


「彼女できたの?」
 なんとはなしのタイミングで、ガルーが隣の夕に聞いた。少年は縁にもたれてボーっとしながら、漫然と答える。
「好きな人いないから、そのうちできたらいいよね」
「夕坊は顔も整ってるし、すぐできるさ」
「そうかなぁ……」
「そんなもんだって。学校はどう? 楽しい?」
「学校は……三年生だからか、緊張感あるよーな気がする。俺も受験勉強がんばらなきゃなーって」
「受験かぁ。志望とかある?」
「ライヴスとか、義体化技術とか……そういうのを学べるとこに行きたいと思ってるよ」
「意外と勉強家なんだな。知識は人を裏切らねぇよ、応援してるぜ」
「どーも。勉強は、まあ、嫌いじゃないし」
「えらいじゃん」
「ま、任務もあるから、なかなか専念ってのは難しいんだけど。家事とかもあるし」
 そんな生活も悪くはないんだけどね、と夕は付け加える。「しっかりしてるねぇ」とガルーは感心している様子だ。「そうかなぁ」と夕は答える。

 そんな感じで、他愛もないやりとり。ありきたりな会話。日常の出来事。夕はあまり口数の多い方ではない。だからこそガルーから気さくに話しかけている。まったりとした時間。こういうのも悪くない。

「……さ〜て、そろそろ上がるかぁ」
 と、ガルーは湯船からザブリと上がる。「じゃあ俺も」と夕は続こうとして――ふと。ガルーの背中が視界に入った。鳥兜を象る刺青。
(背中すごいな。痛そう……)
 見入っていた。その花に込められた意味を、夕は知らない。
「おう、入れるのけっこう痛いからね、坊主はやめとけよ」
 その視線に気付いて、顔だけ振り返ったガルーがへらりと笑う。
「ここの銭湯、最初は刺青のお客はNGだったんだと。でも英雄とか――そういう異文化がこの世界にいっぱい入って来ただろ? そゆわけで、OKにしたんだってさ」
「へぇ……」
 ガルーの言葉に頷きつつ、夕はようやっと湯船から上がった。相変わらずガルーは他愛もない話を夕へ振る。そのいつもの笑みの奥で……ガルーは苦笑していた。刺青のことだ。
(別に、過去なんて隠すつもりはないけどよ――)
 あえて話すことでもない。それはガルーの一線。……そんな一線を置いてしまうのは、きと、この青い花のせいなのだろう。
(……)
 夕は黙したまま、先ほど見た刺青をふと思い返していた。それから再度、ガルーをちらと見やる。彼は夕にとって、困った時に頼れる人。気さくでいい人。でも……どこか壁があるような気がする。
(……そんなところも、大人だなあ)







 ビン入りの昔なつかしフルーツ牛乳。

 ガルー曰く、それを風呂上りに飲むことが様式美なのだという。夕はガルーにおごって貰ったビンを受け取る。キンと冷蔵庫で冷えたビンは、風呂上りで火照った手指に心地よかった。
「ありがと、ガルーさん。大事に飲む」
「大事に飲む? いや、一気に飲むのさ。それが銭湯でのマナーだ」
「えー……それ本当?」
「まぁ俺様の中でのこだわりだ」
「なにそれぇ」
 そう返事しつつも、夕はフルーツ牛乳のビンに口をつけて、ぐいと一息――風呂でたくさん汗をかいて水分を失っていた体に、冷たい甘みが心地いい。しみわたる。心が冴えるほどに。
「……うん、おいしい」
 流石に一気飲みはしなかったけれど。それでも一気に半分ぐらいは飲んでしまった。これはガルーがこだわりにしたがるのも分かる気がする、と思う夕。
「ぶぅはァーーーー! この一杯のために生きてるゥーーー!」
 その隣でガルーは豪快に一気飲みしていたのだが。幸せそう〜〜な顔をして、手の甲で口元を拭っている。
 夕はそれを、残ったフルーツ牛乳を少しずつ飲んで眺めつつ。
「……ガルーさん。あんまりおじさんくさい言動してると、チビにうつるよ」
「おじさ……、ナイスミドルって言いなさいナイスミドルって。いぶし銀も可」
 ビンを指定の箱に置きつつ、口を尖らせるガルーだった。

 銭湯の広間ではテレビがつけっ放しになっていて、野球中継が流れていた。その近くでは銭湯から出た利用客が、新聞を読んでいたりテレビを眺めていたり。まあ、人は極数人なんだけれど。
 寸の間だけ、ガルーと夕は特に理由もなく野球中継を眺め――特に戦局も動かない展開だったので、英雄の方が口を開いた。
「夕、飯一緒に食べてく?」
「マジで? ……あ、でも、カレーの残りが家に」
「あ〜、そりゃしゃーないな。春先でまだ涼しいとはいえ、あんまり置きすぎると良くない」
 この辺は薬屋らしく、衛生面には厳しいガルーである。
「じゃあ、ガルーさんがうちくる? カレーグラタンにしようかなーって思ってたんだけど」
「お、いいの? やった〜!」
「銭湯のこととか、色々教えてくれたし。フルーツ牛乳もおごってもらったし」
 言いつつ、先ほどのガルーのように、飲み終わったフルーツ牛乳のビンを指定の場所に置く夕。顔を上げて、ガルーを見やった。
「それじゃ、帰ろっか」
「そーだな、帰るか」

 銭湯を出る。かなりのんびり時間を過ごしていたようで、来た時は茜色だった空はもう星々に彩られていた。
 街灯に照らされた夜の道、遠くからかすかに電車の音が聞こえる町を、二人は他愛もない会話をしながら歩いていく――。



『了』


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ガルー・A・A(aa0076hero001)/男/31歳/バトルメディック
十影夕(aa0890)/男/17歳/命中適性
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2017年04月10日

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