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『その手の温度を今は知らない 』
龍堂 直弥aa4592)&芦屋 乙女aa4588)&伴 日々輝aa4591

●心、見えず
 春。始まりと終わりが行き交う変化の季節。高校生である3人の少年少女にも大きな「変化」に向け、一歩進む時がやってきた。進路選択の時期が間近に迫っていたのである。
 龍堂 直弥(aa4592)。学力は中の上。志望学部未定。志望校は、ある意味で確定。
(二人と一緒のところに行くには頑張らないとな……)
 『二人』とは、幼馴染の芦屋 乙女(aa4588)と伴 日々輝(aa4591)のことだ。成績優秀な彼らに直弥が追いつく。逆は考えていなかった。直弥は拳をぐっと握り、気合いを入れる。
(お、返事きた)
 苦手分野の数学を教えてもらうため、日々輝にアポを取ったのだ。「今、家?」という問いがアポと言えるかは甚だ疑問だが。
『来ると思ってた』
 用件を説明するまでもなく、彼は了承してくれた。
「さっすが日々輝」
 直弥はくすりと笑みをこぼした。



「できるところまで解いておいてくれ」
 そう言い残し、日々輝は飲み物を取りにいく。
「って言ってもなぁ、できるところまではもうやったし……」
 ふらりと立ち上がり、何気なく彼の勉強机にあるラックを見た。
「え……」
 赤い背表紙に太い黒文字で書かれた大学名。――頭が理解を拒む。
 直弥は、うるさい心臓の音を感じながら赤い本に手を伸ばす。本はまだ綺麗だが所々にふせんが貼られていて、コピーされた解答用紙も挟まっていた。日々輝が使っているのは明らかだ。
「直弥?」
 日々輝の登場がえらく突然に感じられた。実際には帰ってきてもおかしくないほどの時間が流れていたのだろう。
「日々輝、これ何?」
「過去問のことか?これくらいの時期なら持っていてもおかしくはないだろう」
 訝し気に日々輝が答える。自分の行動に何の疑問も持っていないのだ。
「……俺たちまだ、進路の話とかしたことないよな」
「ああ」
「じゃあ、何でこんなもの……」
 日々輝は何の相談もなく、一人で別の大学を受けようとしている? 直弥は混乱する。
「……日々輝はこの大学に行くってもう決めちゃったってこと?」
 彼は頷く。考えるべき点はいくつかあった。成績、専攻したい分野、立地、それから学費。
「いろいろな条件を比較した結果、ここが一番だと……」
「どうして……!」
 日々輝の声を遮るように直弥が言った。それなのに「どうして」に続く言葉が出てこない。
「俺たち、小さいころからずっと一緒に……」
 違う。訴えたいのはこんなことじゃない。別に離れ離れがいやな訳じゃない。家だって近いのだから、その気になればいくらでも会える。
「今までは三人でずっと一緒だったが、大学ともなれば別にならざるを得ないだろう」
 直弥だってこの先も永遠に、などとは思っていなかった。けれど、少なくとも大学は同じところに行くつもりだと思っていたのだ。
「だって仕方ないだろ? 進路は真面目に考えなきゃ、今後の一生を左右しかねないし」
「仕方……ない?」
 もやもやと暗い霧に覆われたままの頭はどうでもいい言葉尻を捉え、さらに朦朧としていく。
「日々輝にとって俺たちは『仕方ない』で済ませられる程度の存在なのか!? お前の『今後』にとって、俺たちは要らない存在なのか!?」
「そんなことは言ってない」
 日々輝の穏やかな眼も、落ち着いた声も、今は怖い。あんなにも直弥に安心感を与えてくれたものたちが、得体のしれない怒りを引き起こす。
「……帰る」
 ここに来た目的は達していなかったが、そうとしか言えなかった。
「そうか」
 日々輝と自分の間に冷たく厚い壁が立ちはだかる錯覚。向こう側にいる彼のことを世界で一番よく知っているのは自分たちである気がしていたのに。
(今は……わからないや)

●夕日が映す思い出
 それから数日。直弥と日々輝はお互いを避けるようにして過ごしていた。
「ばんちゃん、お、おおお、お話があるの……!」
 そんな中、帰り支度をする日々輝を乙女が呼び止めた。事の顛末をポツリポツリと話しているうち、日々輝の実家の神社に到着した。もうすぐ日が暮れそうだ。
(私も、ばんちゃんの志望校は知ってた……)
 あの中にある問題を一緒に解いたこともある。後悔が胸を締め付ける。
「ばんちゃん、ちょっと待ってて」
 階段に座り待っていると、乙女が小走りで戻って来た。
「え、えへへ。たまにはお外で話すのもいいでしょ?」
 その手には2本の缶ジュース。受け取ればじんわりとぬくもりが広がる。
「昔はここでよく遊んだね」
「普通の家の庭より広いからな。3人で遊ぶのが一番多かったが、たまに他の友達も呼んだっけな」
「そうそう! だるまさんがころんだとか、花いちもんめとかやったよね」
 懐かしそうに目を細め、乙女は缶に口をつける。
「花いちもんめか。乙女はいつも俺と直弥の間に入りたがったな。違うチームに取られてしまうと、泣きそうな顔をして」
「そ……そんな顔してたかな? でもね、私が取られたら、すぐにりゅうちゃんが『乙女が欲ーしい』って歌ってくれるの」
「そうだった。結局ジャンケンに負けて、ミイラ取りになったりしてな」
 顔を見合わせ、思い出し笑いをする。見慣れた場所だけに、もう一人分のスペースがぽっかり空いてる気がしてならない。日々輝が口を開く。
「俺は、自分の志望を曲げてまで同じ進路を取るべきではないとも思う」
 直弥が気を悪くしたことには、戸惑い困惑するばかりだ。
「俺の選択肢には国公立しかない。私立理系は学費高いから。弟たちにも大学まで行かせてやりたいし」
「うん……。私たちは、大学別々になっちゃうよね」
 乙女は答える。その瞳には凛とした輝きが宿っていた。
「寂しいけど……私もやりたいことのためには、譲れないの」
 日々輝は思う。彼女はもう見守るべき存在ではないのだ。「自分がずっと一緒じゃなくても大丈夫」と思えるようになったのは最近のことだ。優しい性格の彼女だが、相棒と共にエージェント活動もこなせているようだ。彼女は彼女自身が思うより、ずっとしっかりしているのだ。
「ねぇ、もう一度りゅうちゃんと話してみようよ。一回じゃわかり合えなくても、次はきっと」
「……それは」
 日々輝の言葉はそこで途切れた。表情を覗おうにも、すっかり顔を隠した太陽がそれを許さない。――指先が冷え始めている。
「冷えて来たな。もう、帰った方が良いんじゃないか?」
「うん……」
 日々輝は乙女を送って境内を歩く。日々輝は両手を重ねて、冷えた指先同士をこすり合わせる。見れば乙女も同じような仕草をしていた。もう恋人でもない相手とは、手を繋いで歩ける歳ではないのだ。
 幼いころの思い出が、もうずっと昔のことのように思えた。日々輝は直弥と乙女の手の温度を思い出そうとしたが、上手くいかなかった。

●少女の奔走
 翌日の放課後、直弥は屋上に居た。近所に住む日々輝と帰宅時間が一緒になるのは気まずい。だからここ数日は、しばらく学校で時間を潰してから帰っていたのだ。
「りゅうちゃん、ここに居たんだね」
「乙女……何か用か?」
 現れたのはもう一人の幼馴染。ぶっきらぼうな声で直弥は答える。乙女は悲しそうに表情を曇らせた。
(日々輝の志望校、乙女は知ってたんだろうか)
 直弥はフェンスの向こう側を見つめる。せめて乙女に話してくれていたなら、少し救われる気がする。その場合、直弥だけがのけ者と言うことになってしまうが。
(聞きたくない……)
 どちらにしたって傷ついてしまいそうだ。疑問は投げかけることができないまま、直弥の心の底に沈んで行く。
「え、えっと……」
 気の弱い乙女が喧嘩の仲裁なんてものに慣れているはずはない。けれど今の状況をこれ以上見ていられなかった。
「ばんちゃんと喧嘩したの?」
 原因については尋ねない。彼の心の傷を抉りそうだからだ。
「別に喧嘩ってわけじゃない」
 直弥が一人で腹を立てていた、というのに近いと思う。
(りゅうちゃんがこんなに傷つくなんて……)
 乙女もまた、すでに志望校を決めていた。都内にある、有名私立大学の英文学部。そこでなら乙女の希望が一番良い形で叶えられそうなのだ。
(ずっと三人でいられたらそれは安心だけど……)
 引っ込み思案な乙女は、いつも二人の幼馴染に頼りきりだった。少し前なら、直弥のように取り乱すのは自分だったかもしれない。しかし英雄との出会いは彼女の心に、このままではよくないという思いをもたらした。乙女は変わることを決心した。幼馴染以外の世界にも目を向けよう、と。
「二人はもっと話し合わなきゃいけないと思うの」
 勇気を振り絞って乙女は言う。そうすればきっと分かり合えるだから。
「わ、私、りゅうちゃんの気持ち、ちゃんと聞きたいの。ばんちゃんもそうじゃないかって、お、思って、だから……!」
 直弥が幼馴染のことを大事に思ってくれてるのは本当にわかる。そして、その気持ちは自分も日々輝も一緒だと思う。だから、こんな風にすれ違うのは嫌だ。
「ごめん、まだ整理がついてなくて……」
 言い訳だ。ただ日々輝に会いたくないのだ。彼がひとこと相談さえしてさえくれたら、こんな気持ちにはならなかったと思う。
「……あいつ、俺と乙女の気持ちとか考えてるのかな? ……こんなの」
 ――裏切り。強すぎる言葉が脳裏に浮かんで慌てて掻き消す。けれど、完全には消えなくて。
「わ、私は、ばんちゃんの夢を応援したいな」
「え?」
 乙女が言った。
「りゅうちゃんも、無理して私と同じ学校じゃなくてもいいんだよ?」
 乙女はそこで言葉を切る。「いつまでも一緒じゃいられないかもしれないから」という言葉は飲み込んだ。
「乙女も、行きたいところが決まってるのか……?」
 頷く乙女。直弥の頭を殴られたような感覚が襲う。彼は自分の声が震えているのをどこか他人事のように知覚する。
「……その学校で西洋の騎士物語を研究したいの」
 彼女は続ける。
「りゅうちゃん、落ち着いてきちんと話し合おう? お、思ってもないこと言っちゃったんだって、私もばんちゃんもわかってるから」
 乙女の言う通りだ。心は素直に頷くのに、口が勝手に動く。
「……俺はいつだって本音で話してるよ……二人とは違って!」
「そ、そういうのよくないよ、まず冷静になろうよ、ねっ?」
 たまらず乙女が悲痛な声を上げる。目には涙がたまっている。
「ほっといてくれよ!」
 直弥は伸ばされた手を振り払う。そして乱暴にドアを開けて走り出す。
「りゅうちゃん、待って!」
 心配そうに自分の名を呼ぶ乙女の声。そういえばあの日も、呼び止める日々輝の声を無意識に待っていたように思う。それはついに聞こえなかったことを思い出して、また胸が痛んだ。

to be continued...


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【龍堂 直弥(aa4592)/男性/17歳/エージェント】
【芦屋 乙女(aa4588)/女性/17歳/エージェント】
【伴 日々輝(aa4591)/男性/17歳/紅の因縁】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はじめまして、高庭ぺん銀です。この度はご指名ありがとうございました。
ずっとそばにいたからこそのすれ違い。彼らはこの後どんな選択をするのでしょうか――。
作品内に不備や描写不足などありましたら、どうぞリテイクをお申し付けください。それではまたお会いできる時を楽しみにしております。
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2017年04月11日

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