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『ゆるゆると縁は歩き出す 』
夜城 黒塚aa4625)&龍堂 直弥aa4592

 部活も予定もないそんな珍しいある日、龍堂 直弥はスマホを前に目を閉じ、上を向き下を向き指を動かすというのをただ繰り返していた。

(お返し……はしないとだよな)

 もらったのだから返すべきである、そうは思っていても相手が相手である。くれた相手は夜城 黒塚――幼馴染の知り合いらしいが、見た目のガラも悪ければ幼馴染にちょっかいもかける。

 ハッキリ言って、あまり好きではない。だからと言って嫌いというほどでもないが、とにかく少し警戒してしまう相手だ。そんな相手なら放っておいてもいい気もするのだが――

「何もしないのもなんだか子供じみてるようで、癪だ」

 ならば今日が数少ないチャンスなのだから悩んでいる暇なんてないものだが、それでもやはり尻込みしてしまう。

「いい加減、腹をくくらないと」

 アドレス帳を開き、夜城 黒塚に合わせ――

(電話……いや、そんな大げさな話じゃないし。メールで)

 と、結局メール画面に切り替える。

「渡したいものあるんだけど、いま暇」

 件名は空白のまま、しばし躊躇した後に送信。一息を吐く間もなく、躊躇した時間よりも短い時間のうちに「暇だが」という質素で短い返事が。

 部屋着を脱ぎ着替えながら、「じゃあ行く、どの辺」と簡素に送りつけ、チョコを持って家を出ようとしたあたりでちょうど返信が来た。住所の他にどんな建物かなど、ずいぶん事細かに書かれた返信を見る限り、変なところに気を使う人なのだなと思いながらも、少しばかり急ぎ足で向かう直弥だった。




(律儀なもんだ)

 チョコのお返しをというメールを受け取って、直弥へそんな感想を抱く黒塚。

 お返しなんて当然期待していなかったというか、お返しがあるかもしれないということすら思いつかなかった。

 ただ自分が同じようにもし受け取っていたら、同じようにお返しをしなければいけないだろうなと思ってしまった。

 友人から少しばかり話を聞いていただけの存在に、バレンタインデー前にチョコの買い出しを付き合ってもらった。その時にお礼代わりとしてチョコを渡した縁から、少しずつ対話するようになっただけの存在――だが、似ているところのある直弥にもう少しだけ、興味がわいてきた。

 そこにチャイムが鳴り響く。

(もう来たのか)

 思ったより近かったのか、それとも足が速めてきたのか――どことなく後者のような気がしていた。

 鍵を開け、黒塚が玄関から顔を出すとわずかに汗ばんでいる直弥が「……はい、これ」と、出会い頭から押し付けるようにチョコをつきだしてきた。

 すぐに受け取らず、直弥を上から順に見下ろしていく黒塚。直弥が不信な目で「……なにか?」と問うのだが、黒塚自身も別に何かあって見ていたわけではないので、「何も」と答え、チョコを受け取った。

 チョコを渡した直弥は「それだけだから」とすぐに踵を返し立ち去ろうとするのだが、黒塚は「待て」と反射的に引き止めていた。

 前のめりになりながらも止まれた直弥が胡乱な眼差しで振り返り、「何?」と警戒心を露わにしている。

(そこまで警戒しなくても、な)

 そう思いつつ苦笑するのだが、考えてもみればお互いにそれほど親しいと言える仲ではないし、そもそも自分が警戒されそうな人相をしているのだから仕方ないかと納得してしまう。

 人相のせいばかりでもないことも自覚しつつ、かけるべき言葉を考えてはみるものの、やはりうまい言葉が出てこないので普段通りに。

「……このあと暇なら、これから買い物付き合うか? あとで茶でも奢るわ」

 当然深い意味などあるはずもなく、思いつきでしかない。あえて言うならば、少し膨らんだ興味からどのような人物像なのか探るためだろうか――それが直弥にもわかったかどうかはわからないが、胡乱な眼差しを向けたまま「……行く」と答えていたのであった。





 スポーツ用品店に向かう途中、やはり沈黙しかなく、直弥はどこに行くのとかすらも聞いてこない。聞いてこないが気にはなるだろうと、気を遣い、黒塚の方から声をかける。

「ロードワーク用のが欲しいんだ」

「……へえ」

 興味がなさそうな返事――だがそれにわずかながらの安堵を感じる――とはいえ、それでお互いの緊張や距離がいきなり縮まるわけでもなく、沈黙は続く。

 黒塚が喋る方ではないので仕方ないが、直弥は黒塚とは本来真逆で、快活さと人懐っこさに爽やかさまで持っている、性別問わず多くの友人を持つようなコミュ充で、そこまで喋らないはずもない。はずもないのだが、やはり苦手意識と警戒心が先に働いてしまい、どうしても普段通りにはいかない。スポーツジャージを見繕っている最中も、ただ黒塚の後ろをついて歩くだけで、直弥から話しかけてくることはない。なにかしら話題を振ろうという気はあるのかもしれないが、黒塚相手にどんな話を振ればいいのかわからないというのもあるのだろう。

 だから見繕いながらも、黒塚の方から「龍堂」と声をかけた。

「……学校は、どうだ?」

「どうって……」

「楽しいか?」

「別に……ふつー」

「勉強の方はどうだ?」

「……ふつーかな」

「部活は?」

「バスケ部だけど……」

 ここでも「どうだ?」としか聞いてこない黒塚に怪訝な顔をする直弥。

(どうだって聞かれても、そんな普通の事、ふつーって答える以外にないだろ)

 友達はどうだ、ふつー。教師はどうだ、ふつー。校舎はどうだ、ふつー。こんなやり取りがただ、繰り返されるだけ。

(なにが言いたいんだ、夜城さんは!?)

 黒塚の質問の意図が、さっぱりわからない。そんな事を聞いてどうするんだろう、としか思えなかった――だがとうとう直弥が「ふつー」以外の反応を示す質問が飛んできた。

「英雄はどうだ?」

「……ッ!」

(おや)

 これまですぐに「普通」と答え続けてきた直弥が初めて言葉を出し渋り、姿見越しにその表情を盗み見れば少し嫌そうな顔をしていた。

「……まあ、それなり」

(良いも悪いも普通もなく、それなり、か。英雄の出現で変化がもたらされ、なにかしら複雑な想いを抱いているのだろうな)

 その複雑な部分に立ち入ってしまい、不快な思いをさせてしまった。

「……悪い」

「え……?」

 謝られるとは思ってもいなかったのか、直弥が目を丸くして会計へと向かう黒塚の背中を目で追った。

(謝った……? 俺がアレの話で不機嫌になった事に気が付いた? そんな気遣いができる人なのか――!)

 ぶっきらぼうで何を考えているのかよくわからない怖い人というイメージしかなかったが、そこに「不器用だけど気遣いができる人」を加えると、これまでの不毛とも呼べる質問も何となく意図が分かった。

(沈黙を気遣ってくれていたんだ……)

 半分は黒塚自身が訳ありで学生生活が送れなかったための興味でもあるが、それは今、直弥が知らなくても良い事である。

 相変わらず沈黙のままカフェまでやってきて、「コーヒーでいいか」と問われ、そこで直弥は初めて「はい」といつもの調子で返事する事が出来た。

 直弥の変化に今度は黒塚の方が訝しむ様子を見せたが、それでも伝えようと思った事を伝えるために、口を開いた。

「日常に劇的な変化があっただろうが――お前は自分の大事なものを守ってりゃいい。キめる時にキめる覚悟さえありゃあ、後はなるようになるだろうさ……」

 これまでならいきなり何を言っているのだと最初から聞く耳をあまり持たなかっただろうが、今なら何の事かとその言葉を考えるだけの余裕が直弥にはある。

 そしてこの直前に尋ねられたのは英雄についての事――そう考えると話の脈絡がつながった。

 目の前のこの人は粗野な言葉使いとかで色々と損をしているし、とても分かりにくいが、人を気遣う人なのだ。だから直弥はその言葉をへんに勘ぐったり、何も知らないくせにとか思わず、素直に「わかりました、夜城さん」と頷くのであった。

(急に素直になったな……いや、これがもともとの性質か)

 直弥という人物の普段が見え始め、黒塚はわずかに口角をあげる。それに気づいた直弥もまた、怪訝や胡乱ではない、いつもの笑みを浮かべた。

 お互いを認識し、2人の奇妙な縁はゆるゆると今、動き出すのであった――……




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4625 / 夜城 黒塚 / 男 / 25 / 見た目と口調で損している】
【aa4592 / 龍堂 直弥 / 男 / 17 / やっと彼を見た】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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遅れてしまい申し訳ありません、この度のご発注ありがとうございました。どのように距離を縮めていこうかとは思いましたが、このように気づきから、一気に進んだような形となりましたが、いかがだったでしょうか?
またのご発注、お待ちしております
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2017年04月12日

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