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『くゆりちりぬる 』
aa0027hero001)&Лайкаaa0008hero001

 紫煙。

 春の中にゆるゆると立ち上るそれの行く先には、たわわに咲いた桜の枝。はらはら落ちる春のカケラが、タバコの煙を優しく引き裂いては自由自在に舞っている。

「紫じゃねェよなァ〜……」
 そんな様を眺めながら、鯆(aa0027hero001)が呟いた。紫煙、タバコの煙、紫色の煙と書くが、紫色には見えないような。一つ目に映るのは、どこもかしこも春爛漫の桜色――四月の公園、昼下がりの日差しが降り注ぐベンチの上。鯆はそこに寝っ転がり、タバコを吹かしながら漫然と桜を見上げていた。顔や体に桜の花びらが落ちてくるのもそのままに。傍らには空になった酒缶がいくつか転がっている。片手にはまだ中身が入っている酒の缶。風情や雅とは正反対な、遠慮のない大アクビを一つ。
「は〜、あったけ〜……」
 ポカポカ陽気。昼寝日和。このまま、まどろみに任せてしまおうか。時が止まったかのような平穏だ――と、目蓋を閉じかけたその時だ。足音が聞こえる。規則正しいそれは、鯆のところに近付いてくる。

「鯆」

 ついでに名前まで呼ばれたので、彼は閉じかけていた目蓋を開けてそちらへ顔を向けた。春だというのに真冬のように着こんだ偉丈夫が、寝そべった鯆をジロリと見下ろしていた。コートの襟で半ば表情の隠れたその男に、鯆は見覚えがあった。Лайка(aa0008hero001)――知り合いの英雄である。
「お前を探していた」
 ライカが続けてそう語る。背筋を硬く伸ばしたまま。
「探してた? なーに、俺になんか用事でも? 人生相談とか?」
 答える鯆は起き上がる様子すら見せず、へらりと冗句めいて言ってのける。「人生相談ではないが」とライカは崩れぬ口調と表情のまま、言葉を続けた。
「能力者が皆で花見をしたがっている。お前も呼ぼうとそちらの能力者に伝言をしたそうだが聞いていないだろうと思い、ここを訪れた次第だ」
「はァー、皆で花見、ねェ〜……」
 くわえたタバコを口先でゆらゆらと遊ばせつつ、鯆は煙と共に深い溜息を吐く。思案するように、視線をライカから桜へと巡らせる。
「……」
 そのまま沈黙。騒がしいのは好きである。しかしどうにも、今回ばかりは乗り気でなかった。己自身に問うてみれば、「面倒臭いから」という答えが返ってきた。
「俺は行かねェよ。めんどくせェー」
 というわけで。上体を起こし、鯆はライカの言葉にそう答える。伸びをしながら「生憎、一人のんびりと酒を飲んでいたい気分でね」と付け加える。
「そうか」
 対するライカは簡潔な一言と共に頷くのみだった。それがちょっと意外で、鯆は片眉をもたげた。
「なんだ、命令されたから何が何でも連れて行くーだの言うかと思ったぜ」
「そのようなことは命じられていない」
「ふーん、そうかい」
 短くなったタバコを、ベンチ脇の公衆灰皿に押し付けつつ。次の一本を取り出しながら鯆はライカを見やった。彼は黙したまま、そして立ち去る様子も見せず、鯆をジッと見つめている。
「俺はここで花見がしたいんだ。ライカ、お前も付き合えよ」
 頭上の桜を指差して。火をつけたばかりのタバコの煙を吐きながら、鯆はへらりと笑って見せた。
「分かった」
 やはりライカの反応は簡潔で、表情も変わらなくて。しかし返事はNOではなかった。
「おー、マジで? ノリいいじゃん」
「今後の予定も特にないゆえ」
「んだよ、単なる暇潰しってかァ? イルカさんさみしーい」
「暇潰しではない」
「じゃあ何?」
「予定が空白だったので断る理由が特に見当たらなかったのだ」
「堂々巡りかよォ……そこは上辺だけでも『ズッ友だから』とか言ってもいいんだぜ?」
「虚偽はよくない」
「お前な〜〜〜……」
 地味に傷つくぞ、と冗談っぽく笑ってみせる鯆。「そうか。申し訳ない」とブレないライカ。冗談だよと鯆が言っても、彼は不思議そうな仏頂面を浮かべていた。
「ほんっと、相変わらずだねェ……」
 鯆はくつくつ笑う。それからベンチの少し端に腰をずらして、空いた隣をポンポンと叩いた。
「立ちっぱなしじゃアレだろ、座りな」
「分かった」
 シンプルな頷き。鯆に言われた通り、その隣に腰を下ろすライカ。上官から命令された軍人然と、緩さのない動きであった。そのまま座って、ややあって……ライカがポツリと呟く。
「生温かい」
 先ほどまで鯆が寝そべっていたその場所は、彼の体温で生温くなっていた。ライカの率直な感想に、缶に残っていた酒を煽りながら鯆が答える。
「おっさんのヌクモリティだよ、良かったな」
「?」
 本当に意味が分からない、という様子で首を傾げるライカ。
「お前ほんっとボケ殺しよな〜」
 鯆は溜息と共に桜を見上げるのであった。まあ、そういう硬いところも嫌いではないのだけれど。なんだかんだでこうして付き合ってくれるし、飽きが来ない。

 さて。会話は一度ここで途切れる。ライカは極端なほど無口で、鯆もジュークボックスではない。喋らないライカに気遣ってアレコレ話題を振る……という義務感が湧くほど他人行儀な間柄でもない。ライカも「会話を途切れさせてはならない」などという命令を受けていない。
 そも、桜の下でオッサン二人がくっちゃらべっちゃら話し続けるのも風情がなかろう――鯆はそう結論付けては、ベンチの背もたれにしどけなく身を預けて桜を見上げている。ライカも同様に、桜を見上げていた。
 桜を謳う食品や商品はもっと露骨に色が強いが、実際の桜の色は華奢なもので。はんなりとした色付きは儚くも奥ゆかしい。ちょっとの風や、小鳥が枝に止まるだけでそれらがはらはらいくつも落ちてくる。上ばかり見ていたが、足元も桜で化粧をしていた。どこもかしこも、春の色。

「綺麗だなァ……」
 おもむろに鯆が呟いた。
「そうだな」
 ライカが同意を示す。静かな春の風が吹く。
 公園は二人きりで、聞こえてくるのは小鳥のさえずりと、公園近くの道路を時たま通り過ぎる車の音だけ。
 平和なひとときだ。正に、花は咲き鳥は歌い、風が優しくそよいで……という詩のような情景。春爛漫。
「こりゃ酒も進むってもんだ」
 鯆はすっかり上機嫌だった。時が過ぎるほど、空の酒缶や酒瓶が増えてゆく。勝手気ままに好きなだけ酒を飲んでいく彼を、ライカは横目に眺めていた。
「ライカ、お前も飲むか?」
「飲まない」
「遠慮すんなってェ」
「遠慮ではない」
「たまにはパーッと飲めよォ、ほれほれェ」
 馴れ馴れしいほどの動作でライカの肩に腕を回した鯆の吐息は、それはもう酒臭い。ポカポカする酔い心地のまま、彼はガハハと豪快に笑った。
「イルカさんはねェ〜〜〜、お前のベロベロに酔ってる姿が見たいの!」
「なぜ?」
「ほ〜〜ら、お前っていっつも、そんな感じで……カッタイだろ? 表情も変わらないし? そういうのほどぐちゃぐちゃにしたいってゆーの?」
 若干ろれつの回っていない物言いの鯆である。当然の帰結である。あれだけ酒を飲み続けているのだから。ライカがわずかに眉根を寄せた。
「そろそろ酒はやめておけ」
「はぁ〜〜〜? いやで〜〜〜す」
「かなり酒が回っているようだが」
「酔ってないれーーーす」
 完全に酔っている者のソレである。ライカが首を傾げる。
「酔っていると思われるが」
「酔ってないって言ってるから酔ってないの、酔ってない酔ってない」
「そうか……」
 どう見ても酔っているが、本人がそこまで言い張るのならそれ以上は言葉を投げかけないライカであった。相変わらず鯆に肩に手を回され、酒臭い息を吐かれている。ついでにタバコ臭くもある。
 と、その時だ。ライカは、鯆が己をじっと見つめていることに気が付いた。「何か用か」とライカが尋ねる前に――動いたのは鯆の方。おもむろに伸ばされた手。それはライカの帽子へと向かっていて……、

「だめだ」

 されど鯆の手は、寸でのところでライカにその手首を掴まれる。とはいえ力は強くなく、やんわりとしたものだった。言葉も同様で、静かで短い、たしなめるような拒否。
「へいへい」
 断られてはそれ以上をあえてすることはなく、鯆は叱られた子供のように唇を尖らせ手を引っ込めた。
「帽子に、桜の花びらがついててさ」
 ついでに奪ってやろうと思ったんだ、と鯆は新しい酒缶を開ける。「ライカの真似ーってしてみたかったなー」なんてボヤきつつ、開けたての酒を一口。そういえばこいつ、なんで帽子とりたがらねェんだろなー……そんな疑問は流し込むアルコールと共に飲み込んでおいた。
「そうか」
 やっぱり、ライカは相変わらずだった。膝の上に手を置いて、再び桜を見上げている。表情の変化はないが、桜をずっと見つめている辺り、桜の美しさは心に響いているようだ。

 そうして、また平和で麗らかな時が流れて――。

 ライカがふと気が付けば、鯆がずいぶん静かだった。ライカにグッタリもたれたまま、何一つ喋らない。どうしたのだろうとライカが覗き込めば、どうやら彼は酒の飲みすぎで酔い潰れているらしい。
 だから「そろそろやめておけ」と言ったのに。ライカは小さく溜息を吐いた。しばらくもたれさせてゆっくりさせたら、鯆を担いで帰るとするか……。



『了』


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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鯆(aa0027hero001)/男/47歳/ドレッドノート
Лайка(aa0008hero001)/男/27歳/ドレッドノート
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2017年04月14日

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