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『日常を壊す無粋に鉄槌を 』
セルフィナ・モルゲン8581

 会社帰り、学校帰りの人で賑わう都会の駅のホーム。ただ普通にそこに居るだけで――ヒールを鳴らして歩いているだけで、列に並び電車を待っているだけで、老いも若きも男も女も人は皆その姿を振り返る。大抵の場合で二度は見る。目を疑う。目を丸くする。目を奪われる。呆然。驚愕。困惑。赤面。その恐るべき豊満な姿を――今にも弾け飛びそうなブレザーとタイトミニに無理矢理収められたむちむちな肢体の意味をはっきり理解した時点で、鼻の下を伸ばす会社帰りの助平もちらほら。…ただ、そうするまでにも幾許かの理解の間が要る程の――凄まじく肉感的なプロポーション。
 一度目、ぱっと見で常識的に脳内補完されてしまいそうな印象――「ただ太っている」と言うにはどうにも違和感が残る。その違和感に基づき見直せば、スカーフの巻かれた首やブレザーの袖に包まれた腕はそれなりに普通の細さで存在している事に気付く――つまり、決して肥満と言う訳ではないと言う事にも気付ける。後ろから見れば、肩から背の形もきちんとあり、腰にかけては普通にすらっとくびれている。

 ただ、胸と臀部が――常識外れなレベルで重量級に豊かである、と言う事で。

 …後方から見て、腕の外側にまで胸のその膨らみが揺れて見えると言うのだから尋常ではない。ボンキュッボンもいいところ。むしろ、ズン! とでもエクスクラメイションマークを付けたくなる程重量級に膨らんだ爆乳がそこにある――バストはおよそ三メートル近くはあると言えるだろうか。臀部の方も同様。歩くたび、むっちむちのお尻が揺れている。通勤通学でこの彼女と時間帯が合うような――彼女がここに来るのが毎日の事だと知っている者も、どうしてもその姿を見るたび目を奪われてしまう。…そう、どうしても。

 青く長いストレートの髪を後頭部で纏め、スクエアの眼鏡をかけたその貌は――やり手の秘書然としたクールさすら醸しているのだが。着ている服もよくよく見ればそんな地味な――シックな色合い、デザインのスーツ。ただ肝心のその服が包んでいる身体が色々とアレなので、総合するとどうしても――何と言うか、『その手のお店』レベルに(いやそれ以上に)エロい。いやそもそも秘書と言う属性があるだけで『その手』の食指が伸びる方々も居るだろうから――つまり、特定の人が見れば破壊力は何倍にもなりそうでもある。

 ともかく、そんな破壊力抜群の妖艶過ぎる肢体を持つ女性が、そこには居た。

 ――――――名前は、セルフィナ・モルゲン。

 …実のところ、人間ではない。
 異次元より来たる、サキュバスの女帝である。



 とは言え、仮の姿として表向きは巨大企業で秘書を務めている――人間モードの姿を取り、(これでも)まだ人間に紛れられる姿で、生活している。
 サキュバスの女帝としての――この都会で得た、自身の勢力圏内で。

 そして、今は。

 …表の貌、の帰り道。会社での仕事を終え、電車に乗って帰宅する。…それもちょうど混雑する時間を選んでの、満員電車に乗っての帰宅。満員電車など避けられるなら避けたいのが本来人の性であろうが、彼女の場合はまるで逆。わざわざ満員電車を選んで通勤している。

 そうしている理由は、面白いからと気持ちいいから。

 乗る前からぶつけられている多種多様な視線に、すぐ側に乗る事になった人間の反応。羞恥にか慌てて顔を逸らしたり、生唾を呑み込んでいたり。必死で何かを堪えているようだったり、色々困って鞄で何とかガードしようとしていたり。誰も彼もが様々な反応をする。すべて、彼女を意識してのその反応。…最低でも、完全に無視できる人間になどついぞお目にかかった事はない――けれどそれでも、車内の凄まじい人口密度は容赦なし。どんな反応をしていようと関係なく、ガタンゴトンと揺られるままに自動的にもみくちゃになる――そのたび、むちむちの身体と柔らかい胸が四方八方から意図せず押されて――押し付けられるその感触が、最高に気持ちいい。

(ハァアン…! この押し付けられる感触ほんとうに素敵…んふふ…!)

 押し付けられるたび、また人々の反応が変わる。慌てて謝って来る人間も居る。…お互い様ですわお気になさらず。そんな相手には言葉の上で卒無く伝えつつ、むしろ有難いのよ嬉しいの、んふ♪ と内心で独り愉しむ。次から次へと、最高の刺激が――電車の中に居る間だけ、引っ切りなしに続く。
 ごく短い時間の事ながら、彼女にとってはそれが毎日の密かな愉しみ。

 それが彼女の日常。
 なのに。





 ふと、窓の外に目が行って。
 …偶然ながら、窓の外が、見える位置にまで押されて自動的に移動していて。





 …とても見覚えのある、最悪なモノを見てしまった。
 荘厳な光やら「らしい」音楽やらを纏って舞い降りている――と思しき、貞淑とか平和とか謳いつつ、そんな自分の正義を押し売りする為にちゃっかり完全武装もしているろくでもない連中。
 敵対勢力である天界の使徒。
 …そんな奴らが、私の勢力圏内に堂々と。
 これは、襲撃でしかない。

 セルフィナの機嫌が、一気に下降する。

(…せっかく気持ちいいところなのに、最悪なモノ見てしまったわ)

 …んふ。…んふふ。





 ………………この代償は高くつくわよ。





 内心でそう、言い切った時。
 セルフィナの姿は――もう、満員電車の中には存在しなかった。瞬く間に消えた気配と質量――後に残された人々は、そこにそれまでセルフィナが居た事も、居なくなった事すらも――全く認識していない。



 とん、と中空から路上へと軽やかに降り立つ肉感的過ぎるボディの秘書然とした女性。大挙して訪れていた天界の使徒たちは、自分たちの信じる唯一絶対の正しい教えを力尽くで布教している――有態に言って襲撃に来ている最中、不意に現れたその人物を訝しむ。が、即座にその肢体故の不謹慎なスーツの着こなしに気付き、はしたないとばかりに目を剥いた。当然の如く、糾そうと詰め寄る――詰め寄ろうとする。

 が。

 その目の前で、肉感的過ぎるボディの秘書然とした女性――セルフィナは、幾分俯き加減になったかと思うと眼鏡のつるへとゆっくり指を伸ばしている。かと思えば、天界の使徒たちの不愉快な視線ごと振り払うようにしてその眼鏡を外していた。途端、その姿が――まだ何とか「人間」と取り繕える範疇だった肢体が、一気に膨張する――サキュバスの本性へと戻るその様を、目の前の禁欲主義者どもにこれでもかとばかりに見せ付ける。

 元々、人間モードでも身長は高い方ではあるが――サキュバスの本性を現す事によって、セルフィナの背丈はほぼ倍にまでむくむくと一気に伸びる。背丈だけではく、体躯もそれに見合う形で勿論膨張。胸もお尻も、ボォンと爆発するように膨れて一気に巨大化、女帝の貫禄と共に顕現する。…胸囲は驚異の十メートル超え。脚の付け根辺りにまで届く程の双球のサイズは、最早爆乳どころか魔乳と言っていい。…ここについては人間モードの倍どころか、倍以上とも言えるかもしれない。最早、妖艶と言うのも生温い。

 そして髪の色もまた、変わる。冷たい青から青紫、紫――毒々しい妖しさを醸す赤紫へと見る見る内に変化、髪質もまた鬣のように荒々しく波打ち揺らめき、一気に背に広がる――更には前髪の一部だけが、ワンポイントとばかりに鮮やかに艶めく緑色に変化する。その下、額には痣めいた星型――見ようによっては十字とも言えるだろう印も現れる。こめかみ辺りからは捩じくれた二本の――牛のものの如き悪魔の角が生え、お尻には先端に可愛らしいハートが付いた黒色の――いわゆる悪魔の尻尾がするりと伸び出した。…そこに通されている二つのリングが、俄かに重なり、微かな金属質の音を立てる。

 音を立てているのは、尻尾のリングだけではない。肉体の膨張に伴って、背を突き破るように伸び出し生えた――蝙蝠めいた悪魔らしい巨大な黒い皮膜の双翼。その下端にもリングとチェーンが穿たれ装われているのがちらりと見える。…悪魔の翼。それだけでも人間世界では充分過ぎる程存在感がある異形の筈なのに――彼女の持ち得たこの巨大な胸や尻と比較してしまうと、どうしても申し訳のような生え方としか思えない。…異形すら霞むその体躯。角や翼と言った悪魔ならではの印なんかより、今のこのセルフィナにはそのくらい、体躯自体に迫力がある。…いや、迫力があるのは今に限った事でもないが――人間モードの時以上に、女と言う性の色香をむせかえるばかりに強調した今の体躯は凄まじいものがある。…これこそがサキュバスと言うものか。

 着ていた筈のシックなスーツはいつの間にやら無く、代わりに纏っているのはいわゆるボンデージと言ってイメージされるような黒一色――扇情的なごく少ない布地。ただ逆に手足の方は――ぴっちりした黒の長手袋に黒タイツと確り布地の中に隠されている。その事自体がまた、見る者の欲情を刺激する。それまでしていた青いスカーフの代わりに、首元にも一回り黒が巻かれている――そこまで変わってのけた彼女のその肩に、何処からともなく仕上げのようにふぁさりとかかっていたのは、グレーのファー。それもまた、彼女の持つ迫力を際立たせる小道具と言えるかもしれない。

 極めつけはその貌――人間モード時のクールさとはまるで逆転した、情欲に火照り嗜虐に満ちたその表情。赤い隈取りと、針金のように細い眉が、唇の隙間からちらりと覗く小さな牙と赤い舌が――更にその妖艶さと迫力を際立たせる。
 …そこまでの変身を終えたセルフィナは、その赤い舌で、ぺろり、と挑発的に唇を舐めた。

 それだけでも、天界の使徒たちは反射的に後退る。さりげなくも淫靡な仕草。まるで目の前にあるのは害悪の具現。色欲にて堕落を誘うもの――即ち、敵。討ち滅ぼさねばならないもの。…いやそもそも、彼らはその為にこそここに来た――の、だが。

 これを目の当たりにしてしまえば、それがどれ程の無理難題かは皮膚感覚でわかると言うもの。…糾すどころの話ではない。本気でかからねば――否、本気でかかったところで歯が立たない気しかしない。思う間にも、ンフ、と目の前の悪魔からはわざとらしくも妖艶に含み笑う声。あらぁ、どうしたのかしらぁ? と弄うような声まで当たり前のように響く。

 それだけのごく些細な行為でも、セルフィナから醸される凄まじく暴力的な色気が――隠し切れない闇の淫気が、天界の使徒たちを威圧する。心から先に押し潰しにかかる。問答無用の誘惑――それを受け、明らかに怯んでいる天界の使徒たちのその様子に、女帝の中の嗜虐欲がイイ具合に刺激される。

 彼女のその唇に浮かぶのは、牙を剥いた獣のような、獰猛な笑み。

「ンフフ!!! 私を待っていたんじゃなかったのかしらぁ? まるで子ウサギちゃんみたい。天界の使徒ちゃんたちにこぉんな可愛げがあったなんて…ねぇ?」
「――っ…くっ!!」
「あらあら。まともに喋る事さえもう無理なのかしらぁ? ンフ! そうよねぇ、言葉なんかより、もっと愉しい事は幾らでもあるものねぇえ?」

 手取り足取り教えてあげるわ――カミサマの使命なんかどうでもよくなるくらい。

「ンフフフ!!! さぁ来なさい…最高に素敵な快楽の宴のハジマリよぉ!!! んふ!」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年04月17日

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