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『 グラスに満たすは 』
アークトゥルスaa4682hero001)&クーaa4588hero001


 力強いノックの音が、家じゅうに鳴り響く。
「はいはい。ちょっと待ってくださいってば」
 アークトゥルスは苦笑いを浮かべ、キッチンを出て急いで玄関に向かう。
 その間もずっとノックの音は響き続け、しかも次第に激しくなる。
「兄様、ドアを壊したら出入り禁止になりますよ!」
 冗談めかしてそう言いながら扉を開くと、ぎゅっと眉を寄せたクーが立っていた。
「寒ぃんだよ、とっとと開けろ」
 そして、仏頂面のままで提げていた紙袋を、無造作にアークトゥルスの胸元に突き出す。
「早く受け取れ。重いだろう」
「いつもありがとうございます」
 アークトゥルスが微笑むと、ようやくクーの表情も和らぐ。

 連れだってリビングに入る。
 この家はアークトゥルスの相棒の住居だ。彼の都合で、アークトゥルスは夕食をひとりでとることが多い。
 それを知ってから、クーが手土産持参で時折押しかけるようになったのだ。
 今日も受け取った紙袋の中身は、見なくてもわかっている。
 高級輸入食品店の包み紙を開けると、五桁は下らないだろうとんでもない赤ワインだった。
「こんないい酒に合う料理の準備なんてありませんよ?」
 アークトゥルスはいつもの苦笑いを浮かべる。

 クーがこちらの世界で器用に資産を増やしているのは知っている。
 アークトゥルスと一緒に食事をとる時間を大切に思うからこそ、奮発してくれるのも知っている。
 だがこちらの世界に来てから覚えた料理の腕で、美酒を好むクーの舌を満足させることができるのかはいまひとつ自信がない。
 それでも前の日から仕込んだ鶏を唐揚に、今年の新じゃがいももフライにして、刻んだキャベツをいっしょに添えて。
 大皿に盛った心づくしのつまみに、クーが目を細めた。
「まさかお前が料理するようになるとはな」
「もう少しレパートリーを増やしたいと思っているのですが。さあ、冷めないうちにどうぞ」
「では栓をあけるぞ。お前とまた飲めんのに、いい酒開けねえ道理があるかよ」
 アークトゥルスが置いたワイングラスに、ワインが注がれる。
 クーはグラスに口をつけた後、軽くゆすって立ちのぼる芳醇な香りを胸一杯に満たす。
「うむ、悪くない」
 満足げに頷くクーは、アークトゥルスにもグラスを持つよう促す。
 持ちあげたグラスをあわせて乾杯。
 光にかざせば血のように赤い液体をふたりで分け、共に口にする。
 気心の知れた同士の楽しい会食の時間は、どこか儀式めいて始まった。


 ワインの酔いが程良く回ってくると、クーがぼやき始めるのもいつもの通りだった。
「最初の忠告の話をしたら、仲間に随分文句を言われた」
 不満げにグラスの中身をあおると、またふたつのグラスにワインを注ぐ。
「だがな、俺だって驚いたんだ。お前の状況もすぐには呑み込めなかったし――なあ、わかるだろう?」
「もちろんわかっています」
 アークトゥルスが穏やかに微笑むと、クーはその顔を暫くまじまじと眺め、続けてくすくす笑い始める。
 それから力強く何度も義弟の肩を叩き、更に腕を肩に回して寄りかかってきた。
「そうだろう? お前だけは、昔から俺のことをよくわかってんだ」
 しんみりとした口調でそう言って、アークトゥルスの目をじっと見つめる。

 だがアークトゥルスは穏やかな笑みを浮かべたままで曖昧に頷き、わずかに首を傾げた。
 彼は今、『ええ、その通りですよ』と答えることはできないのだ。
 暫く経って、互いの状況がつかめるようになると、少しずつ会う機会も増えていった。
 最初のぎこちなさ、違和感が少しずつ薄れた頃、クーは自身を『兄様』と呼ぶようにと言った。そう呼ばねば機嫌が悪くなるので、アークトゥルスは従っている。
 だが自身はクーのことを、いやそれだけではなく、自分自身の過去すらほとんど覚えていないのだ。
 周りの人々が色々と彼について教えてくれた。
 何よりもアークトゥルス自身が、クーのことを悪人だとは思えなかった。
 ちょっと口が悪くて誤解されやすいが、心根はまっすぐで、信頼できる人間と思えたのだ。
 そして今、こうして一緒にいると、単に見知った人間というだけではない不思議な安心感に包まれるのも事実だ。
 ――きっと昔から、自分はこの人を深く信頼していた。
 だがその認識は、アークトゥルスを苦しめてもいた。
 思い出せない。
 覚えていない。
 そんなにも大事な人のことを忘れてしまった自分は、今、この人の好意を受けるに値するのか?
 何度そのことに悩んだか、わからないのだ。


「おい。どうした」
 クーの咎めるような声に、アークトゥルスは我に返った。
「え?」
「急に黙りやがって。何か心配事でもあるのか」
 クーはアークトゥルスの顔ではなく、掌を両手で挟んでまじまじと見つめている。
「ああ、少しぼんやりしていました。でもたいしたことではありませんよ」
「一緒にいて黙りこくられちゃ、酒がまずくなるだろうが」
 クーの言葉づかいは乱暴だが、本音をうまく表現するのが得意ではないだけだ。
 今のアークトゥルスには、それは少しずつわかってきた。

 ――心配事があるなら俺が聞いてやる。

 ああ、その貴方の気遣いゆえに、自分は苦しんでいるのだと。
 アークトゥルスはそう語ることができなかった。
 けれど一緒に過ごすひとときが、何よりも心を慰めるのもまた事実だった。
 何もない空間を漂うようだった自分に、手を差し伸べてくれた人。
 力強く手を握り、自分の存在を認めてくれた人。
「すみません、ではもう一杯いただけますか」
 クーが顔をあげてにやりと笑う。
「そうこなくちゃな」

 クーは新しいワインの栓を抜き、新しいグラスに注ぎ入れる。
 迷いも悩みも全て清めるように、アルコールの熱さが喉を流れ落ちていく。
 アークトゥルスは身体を巡る熱を味わうように目を閉じた。
「さすがは兄様。すばらしいワインですね」
 だがその言葉に直接の返事は返ってこなかった。
「……アーク、俺は……お前と兄弟になれて嬉しい」
 少し照れくさそうに微笑みながら、クーは呟いた。
「兄様……」
 何か答えなければ。
 そう思った瞬間、クーはがくりとテーブルに突っ伏してしまった。

 一方で、アークトゥルスもまた、激しい眠気に襲われていた。
(あ……何か毛布……でも……)
 急激に回ってきた酔いに、そんな判断力も失われて行く。
「俺も同じですよ、兄様……」
 目を閉じながらぶつぶつと呟く。
「兄様は……相手を想って損することも、厭わない。そんな兄様の兄弟になれて……よかった……です」
 でも、本当はちょっと心配なのです。
 何故いつもそんなに寂しそうにしているのですか――。

 誰も聞くことのない呟きが、部屋の天井に消えて行った。


 気がつけば、窓の外が明るい。
 アークトゥルスは目をしばたたかせながら、暫くの間ぼんやりとあたりを見回す。
 身体を起こすと、ブランケットが肩から滑り落ちた。
 遅くに帰った相棒がかけてくれたのだろう。
 クーも眉を寄せたまま、ブランケットに身体を包んで眠りこんでいる。
 アークトゥルスは少し迷ったが、さすがにこの状態のままで起きてきた相棒と顔を合わせるのも申し訳ないような気がした。
「兄様。もう朝です」
 そっと声をかけると、低い唸り声が返ってくる。
「もしかして、具合が悪いのですか?」
「……大丈夫だ」
 いや、大丈夫ではない。
 二日酔いの頭はがんがんするし、何より昨夜の記憶が蘇ってきてアークトゥルスの顔を見ることができない。
 ――頼れる兄でありたい。そして弟の支えでありたい。
 ずっと昔からのクーの望みだった。
 だが今日ばかりは、寧ろ――。

「兄様、冷えた水です。すっきりしますよ」
「ああ……すまん」

 グラスに満たされた冷たい水を、ひといきに喉に流し込む。
 それはまるで、胸にわだかまる全てを洗い清めてくれるようだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4682hero001 / アークトゥルス / 男性 / 22 / ブレイブナイト】
【aa4588hero001 / クー / 男性 / 24 / ソフィスビショップ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、ささやかな酒宴のエピソードをお届けします。
今回は以前より随分とおふたりの距離が縮んだようですが、変わった部分と変わらない部分をうまく描写できていましたら幸いです。
またのご依頼、誠に有難うございました。
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2017年04月17日

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