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『いつか、同じ温度で 』
夕貴 周jb8699)&御子神 藍jb8679


 海沿いの春は、黄色が連れて来る。
 菜の花、スイセン、それにタンポポ――黄色の帯が広がるその向こうには、穏やかな青い海がキラキラと光っていた。
 日差しの下では半袖で過ごしたくなるほど暖かい春の一日。
 とは言え、海の水はまだ冷たい。
 ウェットスーツを着ていても、じわじわと寒気が染み込んでくるほどに。
 それでも、気の早い友人達はもうサーフィンに興じていた。
 いや、彼等にはそもそも季節など関係なかったか。

 久しぶりに地元に帰って来た夕貴 周(jb8699)は、早々に海から上がって身体を温めながら、元気な友人達の姿に目を細めていた。
「ここは変わらないな……」
 一面に広がる菜の花畑も、その向こうの海も、そこで子供のようにはしゃいでいる友人達も。
 そして、彼女――木嶋 藍(jb8679)も、ここでは何も変わっていないように見える。
 彼女は地元に帰るといつも祖母の手伝いを手際よく済ませて、残った時間でサーフィンに興じていた。
 むしろサーフィンが主で手伝いが従ではないかと思えるほど長い時間、飽きもせずに。
(「おじさんに教わったことだから、かな」)
 藍にサーフィンを教えたのは彼女の父だ。
 その記憶はもう、彼女の中には残されていなかった。
 大好きだった父親のことも、どんなふうに教わったのかも、弟と競うように波に乗った思い出も、それを浜辺で見守る母親がいつも楽しそうに笑っていたことも。
 ただ、波の乗り方だけは身体が覚えていた。
 あるいは彼女なりに、こうして海で遊ぶことで失った家族との繋がりを感じているのかもしれない――本人は全く気付いていないだろうけれど。


 目を閉じると、周の脳裏に幸せそうな家族の姿が蘇る。
 明るく元気でノリの良い父親と、優しく穏やかな母親、そして賑やかな双子の姉弟。
 幼いころは引っ込み思案でほとんど喋らなかった周に、藍はいつも優しい笑顔で変わらず話しかけてきてくれた。
 周の手を引っ張って、家族の輪に入れてくれさえした。
 それに甘えて周も一緒にサーフィンを教わったりもしたけれど、いつも双子より先に疲れてしまって。
 先に上がって浜辺で休んでいると、母親がバスタオルで身体をくるんでくれた。
 濡れた髪をゴシゴシ拭いて、甘くて温かいお茶を飲ませてくれた。
 お弁当はいつも、郷土料理のカラフルな太巻き寿司だったっけ。

 ある時、その全てが一瞬にして奪われてしまった。
 藍は倖せだったはずの幼い記憶を心の底に全部沈めた。
 それでも、いつも海に居た。
 思い出せない倖せに縋るように。

 なのに、周の前では元気で明るい藍のままでいてくれた。
 にこにこと楽しげに笑ってくれた。
 だから周もつられて、いつも明るい気持ちになれた。

 周にとって、たった一人の宝物――


「あーちゃん、ちゃんと拭かないと風邪ひくよー!?」
 物思いに耽っていると、頭上から声とバスタオルが降って来た。
 ちょっと手荒にゴシゴシと頭を拭かれ、周は思わずそれをはね除けそうになる。
「もう乾いてるよ」
「えー、じゃあもう一度海に入って濡らしてこようか!」
「なにそれ、意味わからない」
 それより自分の身体を拭くのが先じゃないかな、ほら雫がポタポタ落ちてるし。
「私は大丈夫、ほらこうして……藍ドリルー!」
 ぶるぶるっ、藍は勢いよく身体を震わせて水滴を四方八方に飛び散らせる。
 犬か。
 大学生にもなって、恋人も出来たというのに、中身はあの頃と少しも変わらない。
「サーフィンは堪能した?」
「うん、さすがにちょっと疲れたかなー」
 藍は周の隣に座って足を投げ出した。
 気付けば海にはもう人影はない。
 友人達は一足先に帰ってしまったようだ。
「少し休んだら僕達も帰ろうか」
「そうだね……あっ、あーちゃん今日ご飯うちで食べる? おばあちゃんが食べたいって言ってたお稲荷さんいっぱい作ったんだ」
「うん、いいね」
「太巻き寿司も作ったんだよ、あーちゃん好きでしょ?」
「うん」
 そうしてとりとめもないお喋りをしながら――大部分は藍が一方的に喋っているのだが――二人は日の傾きと共に変わりゆく海の色をのんびりと眺めていた。
「海はいつも変わらないね」
「うん」
「あーちゃんも変わらずにいてくれた」
「……」
「いつも傍に居てくれてありがとう」
「……うん」
「そろそろ帰ろっか!」
 自分の台詞に少し照れたように、藍は勢いよく立ち上がる。
 乾いた砂がパラパラとこぼれ落ちた。


(「僕はこの人の海でありたいと思っていた」)
 夕日に染まる波打ち際を歩きながら、周は先を行く藍の背を見つめる。
(「でも、この人の「海」は別にいる。男の自分でも見惚れる美しい桜の「海」――」)
 その時、足元に何かを見付けた藍が嬉しそうな声を上げた。
「みて、あーちゃん、ペアのガラス玉!」
 拾い上げ、飛び跳ねるように駆け戻って来る。
「こんなに綺麗な緑色、初めてだ! ほら!」
 嬉しそうに両手を突き出し、手のひらに乗せたものを周に見せた。
 美しい緑色に輝くその片方を差し出し、藍はにっこりと笑う。
「ひとつあーちゃんにあげるね」
 けれど、彼女とお揃いで何かを持つのは……持つことを許されたのは。
「……あのひとに持っていけば?」
 なるべく感情を込めないように努めながら、周は首を振った。
 しかし、藍はそれでも手を引っ込めようとしない。
「ひとつでいいよ、一緒に見ればいいから」
 その言葉に他意はないのだろう。
 藍にしてみれば、ただ事実を言ったにすぎない。
 けれど、その事実は周にとってあまり心地良いものではなかった。

 ああ、そうだ。
 当然のように、ひとつのものを二人で分け合うのだ……彼女と、あの人は。
 それはペアで持つことよりも、もっと強く二人を結び付けるのだろう。

 緑は嫉妬の色だと、どこかで聞いた。
 彼女の「海」を、妬まないと言ったら嘘になる。
 けれど、彼女の幸せを願う気持ちも嘘ではない。

 だから、せめてその緑色を濁らせることのないようにと、周はガラス玉を手の中に包み込んだ。
「じゃあ、もらっておくよ……ありがとう」
 家族として、幼馴染として。

 振り返れば、浜辺には二組の足跡が続いていた。
 共に並び、時には交差して、前になったり後ろになったり――所々で他の人達の足跡に紛れて見えなくなっていたり。
 この先もずっと、足跡は続いていくのだろう。
 時に近付き、また離れ……でも離れすぎない距離を保ちながら。

「あーちゃん何してるのー? もう暗くなっちゃうよー!?」
 いつの間にかずっと先を歩いていた藍が振り返り、大きく手を振る。
「来ないと私が全部食べちゃうんだからねー!」
「ごめん、今行くよ」
 ガラス玉をポケットにしまって、周は早足で歩き出した。


『いつも傍に居てくれてありがとう』

 その言葉を、同じ温度で、あなたにいつか伝えたい。

 あなたが忘れてしまったことも、僕が全て覚えているから。
 いつか、あなたに返せるその日まで――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8699/夕貴 周/男性/外見年齢18歳/澄んだ緑色のガラス玉】
【jb8679/木嶋 藍/女性/外見年齢19歳/明るい海色の幼馴染】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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エリュシオン
2017年04月17日

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