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『生贄の霊鬼兵 』
イアル・ミラール7523)&エヴァ・ペルマネント(NPCA017)


「ありがとうございます、またお越し下さいませっ」
 俺が頭を下げると、客が微笑み、一礼を返してくれた。
 若くて可愛い女性客、というわけではない。サラリーマン風の中年男である。
 それでも俺は、ほっこりと嬉しくなった。
 日々のささやかな幸せとは、こういうところにあるのかも知れない。そんな思いすら浮かんでくる。
 隣のレジから、店長が声をかけてきた。
「今日はちゃんと声出てるじゃないか。それでいいんだよ、それで」
 俺は、曖昧に笑って見せるしかなかった。
 声が小さい、手が遅い。そんなふうに俺の小さなミスを目ざとく見つけてはネチネチと罵ってくる店長である。俺が、この世で最も憎み嫌う人間だ。
 そんな相手に褒められ、嬉しくなっている自分が、俺はいくらか情けなくはあった。
 いくら褒められても、飯や酒をおごってもらったとしても、このクソったれな店長に対する俺の評価が好転する事はあり得ない。
 教団の集会で、俺は店長の死ばかりを祈願している。
 このクソ店長が、車に轢かれたり客に刺されたり、俺以外のバイトに頭かち割られたりしますように。
 そんな事ばかりを願っている。
 願い事など、叶うわけがない。頭では俺もわかっている。
 俺を含めてだが、あの教団の信者で、集会での願い事が叶った奴など1人もいないだろう。
 だが、どいつもこいつも脱退しようとしない。集会があれば、足を運んでしまう。
 そして、あの暗黒の女神像に向かって願い事をするのだ。金が欲しい、結婚したい、誰それが死にますように、と。
「お前さ、仕事そのものは真面目にやってくれてるんだから。今みたいな接客がいつも出来るようになれば、正社員だって夢じゃないぞ。頑張れよ」
 くそ店長が、また何か言っている。
 正社員の地位をちらつかせれば、バイトが皆やる気を出すと思っている。どうしようもないバカだ、などと内心で侮蔑しながらも、俺はつい元気な返事をしてしまっていた。
 褒められると嬉しい。この喜びを、俺は久しく忘れていたような気がする。
 褒められると嬉しい。そんな素直な気持ちを、このコンビニで数年働いて初めて持つ事が出来た。
 俺の心の中でモヤモヤとドロドロと渦巻いていたものを、あの暗黒の女神が吸い取ってくれたからだ。
 俺を含む教団の信者どもは全員、どろどろとした負の感情を願い事として吐き出し、女神像に向かってぶちまけているのだ。
 だから集会が終わると皆、晴れやかな心になる。
 暗黒の女神は、信者たちの醜い感情を全身に浴び、吸収してくれる。だから、あんなにも美しく、あんなにもおぞましい。
 あのおぞましい姿は、俺たちの心だ。俺たちの醜い部分を、あの女神は全て受け入れてくれる。
 おぞましくも神々しい、暗黒の女神。
 彼女のおかげで俺は、このクソったれな店長を許せる気持ちになれた。このゴミ溜めのような職場を、許す事が出来る。
 だから、明るい声も出せる。
「いらっしゃいませ、こんにちは!」
 いつもカップ酒しか買わない、見るからに不潔そうな老人客に、俺は元気な挨拶をしていた。


 イアル・ミラールが、魔女によって、あるいは暗黒教団の聖母によって、ひたすら玩具にされ続ける。
 エヴァ・ペルマネントは氷の中から、それをただ目の当たりにし続けてきた。
 何も出来なかった。氷に閉じ込められたまま、ただ思いをくすぶらせ燃えたぎらせるだけの日々だった。
(許せない……絶対に、許さない……)
 そんな、暗い炎にも似た思いをだ。
 暗い炎が氷を溶かした、わけではないだろうが、ある時エヴァは解放された。
 溶け砕けた氷の破片が、湯気と言うか水蒸気を朦朦と立ちのぼらせている。
 その中で、エヴァはゆらりと身を起こした。
 教団の聖母が、言葉をかけてくる。
「お久し振りねエヴァ・ペルマネント……貴女は私の事など、覚えてはいないでしょうけど」
「ユーは……」
「出来損ないの実験体が、次々と廃棄処分されてゆく。貴女にとって私は、そんな日常風景の一部でしかなかったから」
 聖母が、微笑んだ。
「落ちぶれても、さすがは魔女結社ね。その氷の棺、破壊するのは楽ではなかったけれど……感謝して下さる必要はなくてよ? 私は当然の事をしたまで。私たちは、言ってみれば姉妹なのだから。出来損ないの姉と、選ばれし者たる妹よ」
「そう……いう事……」
 エヴァは、この聖母の正体を理解した。
「実験に耐えられなかった連中が、片っ端から死んでいった……けど1人か2人は生き残っているんじゃないかって思っていたわ。せっかく助かった命、だけど無くしてしまう事になりそうねえ。お姉様」
 エヴァの両眼が、赤く禍々しく発光する。
 体内の怨霊機が起動しているのだ。エヴァの、殺意を動力源として。
「否……私にとって、お姉様はただ1人だけ。よくもユー、私の眼の前で……イアルお姉様に、あんな事やこんな事を」
「どんな事をしたのか、では貴女を相手に再現してみましょうか」
 聖母の言葉と共に、異形のものがエヴァの眼前に着地した。
 1体のガーゴイル。躍動する、邪教の神像である。
 サキュバスを取り憑けられた上に石化を施された、イアル・ミラール。
 動く石像と化した彼女の、一部分だけが生身である。
 隆々と屹立した、その部分を目の当たりにしただけで、エヴァは動けなくなった。
「お姉様……」
 後退りをするエヴァに、サキュバスかガーゴイルか判然としないものに成り果てたイアルが襲いかかる。
 石造りの美貌が、微笑みながら牙を剥く。
 イアルの笑みではあり得ない、おぞましい笑顔。
 その一方、イアルの秘めていた荒々しさが剥き出しとなった笑顔。
 牝獣の笑顔が、迫って来る。喰らい付いて来る。
 喰われた、とエヴァは感じた。
「宗教とは、人の心を救うためのもの……」
 聖母が語る。
「この美しくもおぞましい女神像に、教団の信者たちは願いをかける。己の負の感情を、自分勝手な願い事という形で吐き出すのよ。イアル・ミラールに向かって、ね」
 エヴァは聞いてなどいない。
 イアルに押し倒されたままエヴァは、もはや快感以外のものを知覚する余裕を失っていた。
 構わず、聖母は続ける。
「吐き出されたものを吸収し続ける事で、イアル・ミラールは日に日に成長を遂げてゆく……『虚無』よりも強大な、暗黒の女神として」
 虚無の境界の戦闘員としては、聞き捨てておけない言葉ではある。
 だが今のエヴァは、もはや戦闘員ではない。
 暗黒の女神に捧げられた、生贄である。
「私は教団の聖母として、暗黒の女神に身を捧げたわ。そう……今の貴女のように、ね」
 この聖母はまさしく夜毎、女神に仕えていたのだ。女神に、様々な奉仕を行っていたのだ。
 女神もまた、忠実なる聖母に様々な褒美を与えていた。
 それをエヴァは、氷の中から見つめるしかなかったのだ。
 今は違う。
 女神となったイアルに、喰われている。蹂躙されている。
 それは、聖母が得ていたものと同等……いや、それ以上の褒美が今、エヴァの体内に注ぎ込まれていた。
「貴女は、私が女神に奉った生ける供物にして……今、女神の眷属となったのよ」
 聖母が言う。
 もはや聞かず、エヴァは叫んだ。吼えた。
 快楽の絶叫が、獣の咆哮に変わっていった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年04月19日

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