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『 白、黒、春 』
銀 真白ka4128)&黒戌ka4131

 春。
 それは始まりの季節であり――何かが新しく始まったということは、何かが終わった後ということでもある。

 その日は青々と晴れ上がり、日差しもキラキラ輝いて。

「麗らかでござるな」

 空を見上げ、黒戌(ka4131)は目を細めた。東方の平屋風の屋敷、その縁側に腰かけていると、春の日差しが体に優しく降り注ぐ。ポカポカ陽気な心地に、心が穏やかに凪いでゆく……。
「さようでございますね」
 静かな足音と共に答える声があった。黒戌が振り返れば、そこには彼の妹である銀 真白(ka4128)が。
「良いお日柄で何よりです。……さて、兄上」
 常の生真面目そうに引き結ばれた表情。真白の手には包帯やら薬やらといった医療道具が存在していて。「包帯を替える時間ですよ」と彼女が言う。対し苦笑する黒戌の体には――あちらこちらに包帯が巻かれていた。

 つい先日の出来事だ。
 大きな大きな戦いがあった。
 大きな大きな戦いの果て、それについに決着が付いた。
 黒戌は、真白の友人の手伝いとしてその戦いに赴いていた。そして戦場にて戦果を挙げ、無事に生還したはいいが……その代償は、あちこちの怪我。尤も五体満足で、再起不能に陥るような重大なものでこそないけれど。

「兄上」
「はい」
 そこはかとなくドスの利いた真白の声に、黒戌は本能的に正座をする。
「『必ず生きて帰ってこい』……それは常日頃から、兄上が私に申しておられるお言葉でございますね?」
「はい」
「されど当の発言者殿が、平然と死線を渡る無茶をなされのは、私としても腑に落ちぬのですが」
「はい……」
「そのうえ……今日に限らず、毎度のことではございませぬか」
「いやぁ……まぁ……」
「会釈で濁そうとも無駄でございますよ」
「ハハハ……」
「聴いておられるのですか?」
「聴いておるとも。いや、なに、兄にも事情があるのでござる。あまり頼みごとをせぬ可愛い妹の珍しき願いゆえ。ついつい力が入ったことは否めぬでござる」
「私の所為であると?」
「真白の所為ではござらぬ。結果として張り切りすぎたのは、事実この兄でござるゆえに」
「……分かっているならば、次は無理をしすぎないで下さいまし」
「もちろん、もちろん。真白を置いて、先になど死なぬでござるよ」
 拙者を誰と存じておるか。そう言って、ニコリ。包帯を取り替えられつつ、黒戌は優しく微笑みかける。ム、と真白は眉根を寄せた。なんだか言いくるめられたような透かされたような。

(……、)

 ――真白とて、分かってはいる。
 己の友人がため、と兄が奮闘したことを。

 そして心のどこかでは、真白は兄を信頼しきってしまっている。
 どんな戦いからでも、兄はきっと帰ってくる……と。
 残して逝かない、その言葉はきっと本心なのだ……と。
 きっと自分の心配なんか、杞憂に過ぎないのだ……と。

 信じてはいる、分かってはいる、けれ、ど……。

 いざ、負傷した兄を前にすると。
 動揺する自分がいる。心の奥底がざわつく自分がいる。
「無茶をするな」と己の言葉に「大丈夫」と兄は笑う。信じているし、これまでもずっとその通りだったけれど、心の奥で引っかかる。

 今回に限った話ではない。これまでも、兄はふらっと出て行っては、傷をこしらえ帰って来る。その度に、今日のような感情が心の底から湧き上がる。そのたび、真白は今日のような小言を言う。なのに兄はあの調子。まるで反省の色が見えなくて。

 ――心配の種は尽きず。

「……はぁ」
 モヤモヤ。心の中の感情を、溜息として吐き出した。真白が吐いた見えぬそれは、春の日差しに溶けていく。
「真白、溜息をすると幸せが逃げるでござるよ」
「さよーでございますか」
 一言一言強調するような物言いで、真白は兄の傷口にいっとう沁みる薬をつけた。「あいだだだだだだ!?」と悲鳴を上げる兄を、少女はジト目で見やる。「それでも男子ですか、ほら包帯を巻くのでじっとしていて下さい」とにべもない。
「承知でござるよ……」
 はは……と笑いつつも言われた通り、黒戌は真白のしたいように手当てをさせている。横目に見やれば、目を伏せた白い少女の整ったかんばせ。面影に思いを馳せる――思い返すのは亡き主の命。黒戌は、素直に己を『兄』と慕ってくれる『妹』に目を細める……。

 会話が一度とぎれれば――この屋敷には黒戌と真白の二人暮らし。春の平和な静けさが、穏やかな風と共に吹きぬける。
 縁側から見える小さな庭は、いつも黒戌がささやかながらも整えている。庭師ほどではない、素人知識ではあるものの、せめて雑草まみれにはならないように。
 そんな庭にも春の花が芽吹いている。小さな野花。どこから種が来たのだろう――名前も知らないけれど、色とりどりに咲くそれらは美しく、目を喜ばせてくれる。

「そういえば」
 最後の包帯も巻き終わったところで、真白が口を開く。
「戦線はどうでした」
「ああ、今日は休みでござるしな。ひとつずつ話そうか――」

 春爛漫の景色。聞こえてくる小鳥の鳴き声。
 そんな平和を謳歌できるのも、こうして戦いから生きて帰ってこれたからで。

「……真白の方はどうでござったか、後方にいたそうだが」
 話が一段落して――真白が茶を淹れて持ってきたところで、黒戌も真白へと問うてみた。
「こちらの話ですか?」
 兄の隣に腰を下ろしつつ。後詰め任務についていた、と真白が語り始める。ひとつひとつ思い出しては、丁寧に。その時の状況。その時とった行動。それから、戦友たちのこと……。
 雄弁に語られるそれを、黒戌は隣で相槌を打って聴いていた。思えば……。昔々、己の後をヒナ鳥のように付いて来ていたあの小さな少女が、ここまで立派に強くなるとは。そして……親しい友人を作るとは。
「うむ、うむ、さようでござるか」
 黒戌は親心のようなしみじみとした心地を覚える。妹の成長が、兄には心から嬉しかった。
「今回も、良く頑張ったのでござるな」
「そうでしょうか。されどまだまだ、精進の余地はあります」
「それは……はは、拙者も同じでござるなぁ」
 強さという道に、果てはない。この晴天の青がどこまでも続くように……。
「――もっと強く、なりたいものですね」
 ぽつ。真白は白銀の瞳で空の青を映しつつ、独り言つように呟いた。
「うむ、うむ。全くでござるな」
 その隣、黒戌も同じ方向を見つめつつ頷いた。これからも生き延びるために。戦場から生きて帰るために。黒戌にとっては、亡き主の願いを叶え続けるために。真白にとっては、兄の言いつけを守り続けるために。
「……傷が治ったら、鍛錬を手伝って下さいね」
「うむ。久々に手合わせするのもよいでござるなぁ……傷のおかげで少し、なまりそうでござるし」
「約束、ですよ」
「しかと承った」
 答えた黒戌はおもむろに手を伸ばし、隣の妹の頭をわしわしと優しく撫でた。普段は古めかしい武人然とした真白であるが、この時ばかりは昔々の幼き頃のように、兄の温かい掌の心地に目を細めている。
「……」
 その愛らしい様子に、黒戌は表情がふっと綻ぶのだ。幾つになっても、何年経っても、背が伸びても、剣が強くなっても、真白は真白。黒戌の大切な大切な、世界でたった一人だけの、愛しい妹。
 春の日差しが真白の青銀の髪をキラキラと輝かせている。一面の雪景色が、誰も踏み入っていない新雪が、日の光で輝く様に良く似ている――。
 その色合いは黒戌とは正反対だ。彼の髪は月の無い夜のように黒く暗い。男は紫の瞳を、静かに細めていた。月日と共に、真白は凛と美しく育ってゆく……。
「しかし、だ」
「? 唐突にどうなされました、兄上」
「真白、まだおぬしに交際は早いでござるよ」
「ええと……話が見えないのですが、」
 言いつつ真白が振り返れば、黒戌はかつてない真顔であった。
「男は狼であるゆえ、ゆめゆめ気をつけるように。男ともし出かけることがあっても、必ず夕刻までには帰ること」
「ああ、男性との交際についての話でしたか」
「交際などッ、この兄はッ、許さんでござるよッ」
「大丈夫です、そのようなお相手はいませんから」
「まことでござるな! まことでござるな!」
「まことです。二度言わずとも……」
「大事なことでござるゆえ」
「さようですか」
 まあ、良く分からないが心配はしてくれているのだろう。真白は溜息代わりに茶を飲んだ。世間では、黒戌のような者を心配性――というよりシスコンと呼ぶのだが、そんなことは真白は知らない。兄の教育という名のガードはどんな城塞よりも強固だった。おかげさまで、真白は色恋に疎い天然培養箱入り娘になってしまったのであるが、まあ。当然というか黒戌の計画通りというか……。

「それで、兄上。今日の夕餉ですが、どうしましょうか」
「そうでござるな、腕もちょっとずつ動かしておきたいし、共に作ろうか。真白は何が食べとうござるか?」
「ふむ……今日はことさら春めいていますし、春を感じるようなものを」
「それは名案でござるな。では、そうしようか――」


 ――春の一日。
 なんてことない、他愛ない、けれど幸せな、とある日常のひとひら――。



『了』


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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銀 真白(ka4128)/女/16歳/闘狩人
黒戌(ka4131)/男/28歳/疾影士
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2017年04月20日

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