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『日常を乞う 』
砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192


 もはや形式的な物になっているとはいえ、エンハンブレおよびその乗組員の監視は未だ学園の任務として残っている。
 とはいえ、何度かの共闘実績もある上、乗組員のノリが学園生に近いケッツァーという面々である。今更敵対するとは学生はおろか教師陣も思っていない。
 そのため、その日監視任務に参加した砂原・竜胆・ジェンティアンに真面目に仕事をする気など更々無かった。
 最低限の義理として最初の5分ほどは真面目な顔で甲板に立っていたが、すぐに船内に入りあちらこちらを歩き回り始めた。
 船内の見回りとは称しているものの、やっていることはただの散歩である。

「……ん?」

 乗組員の船室があるフロアまでやってくると、その一室、扉の開いた部屋が目に入る。
 鍵をかけないのが悪いのだと、砂原は何の遠慮もなく扉の空いた部屋に足を踏み入れる。
 足を踏み入れる――とは表したが、足の踏み場も無いほどに散らかった部屋だった。そういう部屋の持ち主に、砂原は一人心当たりがある。

「あー、やっぱりロウワンの部屋っぽいね、ここ」

 漫画やら脱ぎ散らした衣服やらをかき分けながらベッドにたどり着き、その下をめくり、部屋の主の予想はほぼ確信に変わる。
 ベッドの下を覗いてみると、出てきたのは所謂エロ本である。ケッツァーの中でこんな思春期の少年みたいな隠し方をするのは彼以外に思いつかない。
 ベッドの上に腰を下ろし、引っ張り出したエロ本をパラパラとめくる。やたら金髪で胸の大きい女性が多い所を見るに、そういうのが好みなのだろう。何とはなしに持っていたマジックを取り出すと、モザイクのかかっている部分を黒く塗りつぶしておく。
 本をベッドの下に戻すと、改めて部屋を見渡す。積み上げられた漫画の単行本、洗濯した後片付けもせずに積み上げられた衣服の山、大量に常備されているお菓子の数々。

 勝手にお菓子を失敬しつつ、まだ読んでいない漫画の単行本があったので眺めていると、外からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

「やー、参った参った、お頭呼び出すの唐突なんすよねー…」

 足で扉を開けて入ってきたのはロウワンという悪魔だった。彼がここに入って来た、ということは砂原の予想通りここは彼の私室なのだろう。
 室内の砂原を認めて目を丸くするロウワンに、砂原は緩く手を振って。

「お疲れ様だったみたいだね、ロウワン」
「そうなんすよ、ほら兄さんたちのボス…センセーって人のトコにお使い行ってたんすよ……ところで、」

 足で扉を閉める間を挟んでから、ロウワンは首をかしげて。

「……なんで兄さん、俺の部屋で菓子食ってマンガ読んでるんすか?」
「あ、適当にお邪魔してたけど気にしないで」
「気にするっすよ! ていうか兄さんが読んでる奴、俺もまだ読んでないんすけど!?」
「激戦の果てに主人公が一回死んじゃうんだよ」
「あぁーー!! ネタバレ禁止っす!」
「まあほら、暇だったんだよね。あ、そうだ。ちょっとこれで遊ばない?」

 暇つぶしになるかと思って持って来たんだよね、と砂原は鞄の中からとある遊具を取り出す。
 8×8に区切られた盤面に、裏表が白と黒の石。日本に住む者ならばすぐにそれがオセロのゲーム道具だと分かるだろう。

「『白黒裁判』じゃねえっすか」
「知ってるの?」
「相手の石をひっくり返す遊びっすよね。知ってるっすよ」

 七並べのようなゲームもあるのだからオセロがあってもおかしくはない。合ってる合ってる、と頷いて盤面の中央に石をセット。
 ロウワンが対面に座ってから、ケースに収められていた石の半分を彼に手渡す。

「俺先攻でいいっすか?」

 良いよ、と軽いノリで返事を返し、直後後悔した。
 先手を取るや否や、石を持ったロウワンの右腕に尋常ではない力が籠められた。盤面が親の仇とでも言いたげな右腕は、今にも盤を破壊せんばかりの剣呑さである。

「――おらっ!!」

 待って、と砂原が止める間もなかった。
 叩き付けるように右手から放られた石は文字通り盤面に突き刺さり、その衝撃で盤上の石たちは残らず宙に跳ね上げられた。
 回転しながら宙を舞っていた白黒の石が、重力に沿って盤上に戻る。それを見てロウワンは満足げに一つ頷き。

「上々っすね。次、兄さんの番っす」
「……ねえロウワン。『白黒裁判』だっけ。あれ、どういうルールか聞いてもいい?」
「今やってるじゃないっすか。この石を叩きつけて、その衝撃で相手の石をひっくり返す遊びっす」

 彼が認識していた遊びはどちらかと言えばメンコ遊びに近かったようだ。

「……ごめん、ちゃんとルール説明するよ」

 このままメンコをしても良いのかもしれないが、それをプラスチック製の遊具に求めるのは酷だ。
 ロウワンが叩き付けた結果、盤面にめり込んだままの石を見ながら、砂原はそんなことを思うのだ。


 ルール自体はロウワンもすぐ理解したようだが、案の定ロウワンは非常に弱かった。
 その時に一番多く石を取れる選択肢しか取らないので次の手が読みやすいし、隅が取れる状況でも石の数を優先するので負ける要素がほぼ無いのだ。
 砂原の方は普通にやったら一方的な展開にしかならないので、自身が設定した数だけロウワン側の石を残すように盤面を操作するという詰将棋的な事を始めてしまっている。

「頭の体操にはいいよね…はい、返った」
「ああー!?」

 砂原がにやりと勝利宣言を下しながら、盤面を一気に自分の色に塗り替えていくと、対面のロウワンが悲鳴のような声をあげる。

「も、もう一回っす!」
「はいはい、気が済むまで何度でも付き合ったげるよ」

 このやり取りも何度目だろうか。飽きもせずに盤面をリセットし、数分後には当然のようにロウワンが不利になる状況が出来てしまっている。

「あ、ロウワン。なんか飲み物とか無いの?」
「俺ちょっと考えてるんすけど」
「持ってきてくれたら今の一手待ってあげるけど」
「今持ってくるっす!」

 隅を取った一手をチラつかされて、ロウワンは即座に掌を返した。
 現金だなー、と苦笑いしながら、一手前の状況に戻してやる。
 そうこうしている内に、ロウワンがペットボトルのお茶を持ってきた。学園からエンハンブレに提供された物資だ、とすぐにわかる。

「お酒とか無いの? ほら、船って言ったらラムとかさ」
「あるっすけど…酒呑み始めるとお頭が匂い嗅ぎつけて呑みにくるんすよ。きったねえ部屋だって文句言われるのヤなんであんま呼びたくねえんす」
「一応部屋汚いって自覚はあるんだ」
「そりゃまあ…あー、でも。やっぱ他のメンツ呼んだ方が良いっすか? オセロに限っちゃ俺とやっても兄さんつまんねえっしょ」
「そんなことないよ」

 微笑みながらの否定の言葉は、嘘ではなかった。
 彼の一挙一動を眺めているのが面白いということもあるが、それ以上に、ロウワンと接している時間は楽なのだ。
 肩肘張らずに喋ることの出来る相手が貴重だということを、砂原はよく知っている。

「ねえ、次は春のお菓子でも持ってこようか」
「お、そういうの大歓迎っすよ。楽しみっす」

 任せといてよ、と微笑む中で、いつか彼がいる日が日常になる日が来るように、と砂原は願う。
 その願いが叶うかは分からないが、今だけは運命も余計な茶々を入れることをやめたらしい。
 春の暖かな日差しの中、誰からの邪魔が入ることもなく、オセロに興じる二人の声は日が暮れるまで止まることがなかった。

(了)
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エリュシオン
2017年04月24日

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