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『イチゴ甘いか酸っぱいか 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001


 春はイチゴ
 ようよう赤くなりゆく果実は
 すこし酸味のこりて
 コンデンスミルクの甘さ
 喉に染み渡りたる


 正月、年が明ければそこはもう春。
 どんなに寒くても、この先まだまだ寒くなるのだとしても、一月は春なのだ。
 そして一月五日はイチゴの日。
 単なる語呂合わせだが、食品メーカーはその日に合わせてイチゴ関連の菓子やパン、ケーキやデザートを売り出し、スーパーやショッピングモールではイチゴに因んだイベントが開かれる。
 その何でもかんでも商売に結び付けようとする商魂逞しい在り方は、不知火あけび(aa4519hero001)が英雄として存在するこの世界でも変わらなかった。

「苺フェアかぁ……」
 自室として与えられた小綺麗な洋間で、あけびは机に置かれた一枚のチラシを眺めていた。
 小さめの紙一面に踊る、苺、イチゴ、いちご。
 女の子に好まれそうな可愛らしいデザインに仕上げられたそれは、先日買い物で立ち寄ったショッピングモールで配られていたものだ。
 イチゴスイーツの販売はもちろん、品種ごとの食べ比べや、イチゴ狩りまで体験できるらしい。
 開催日は――今日だ。
 ちょっと行ってみたい気もする。
「でも一人で行くのもねー」
 任務で必要とあらば単独行動どんと来い、むしろ孤独を耐え忍ぶのが忍者流――いや、サムライだけどね?
 だが、まだまだプライベートでは皆ときゃっきゃしたいお年頃だった。

 そんなことを考えていると、いきなりドアが開いた。
「ショッピングモールに行くぞ」
 声と共に日暮仙寿(aa4519)が顔を出す。
 単刀直入、前置きも挨拶もなく用件だけを伝え、返事も聞かずにさっさとひとりで歩き出す少年。
 その背からは「断られるはずがない」という妙な自信と「付いて来なかったらどうしよう」という不安がごちゃ混ぜになった何かが滲み出ていた。
「仙寿様」
 自分を呼び止める声が固く尖っているように聞こえたのか、仙寿は悪戯がバレた子供のように身を固くする。
「なんだよ」
「私まだ返事してないよ?」
「じゃあいい、べつに。俺ひとりで行くから」
 後ろを向いたまま、仙寿はふて腐れたような声を出した。
 本人はいつも通りに振る舞っているつもりなのだろうが、お姉さんにはバレバレだ。
「行かないなんて言ってないし……もう、なんでそうやって自分だけで勝手に決めちゃうかな」
「悪かった、もう誘わない」
「だから行くってば!」
「だったら最初からそう言えよ!」
 待って、どうして喧嘩になってるの。
「わかった、ちょっと落ち着こう」
「落ち着くのはお前の方だろ。俺はべつに」
「いいから、口を閉じる!」
「……はい」
 きつい調子で言われ、仙寿は素直に黙り込んだ。
 けれどまだ何か文句を言いたそうで、不満そうで……いや、違う。
 これはただの照れ隠しだ。
 文句があるとか機嫌が悪いとか、そういうことではなく、ただ恥ずかしいだけなのだ、この男子高校生は。
 恥ずかしさを勢いで吹っ飛ばそうとした結果があの「いきなりドアばーん!」だと思えば納得もいく。
 育ちの良い仙寿が、そのあたりのマナーを厳しく躾けられていないはずはないのだから。
(「これが高校生の現実、なのかな……」)
 かつて、小学生だったあけびには高校生のお兄さんがとても大人びて見えたものだ。
 けれど自分の方が年上になってみると、高校生の男の子はなんと可愛くて不器用な存在なのかと、愛おしさすら覚えてしまう。
 仙寿が無類のイチゴスキーであることは、あけびも知っていた。
 だが、このいかにも女の子をターゲットにしましたという感じのイベントに男が一人で行くのは恥ずかしい。
 そこで一計を案じたのだろう――あけびに連れられてきた感じにすれば良いじゃねーか、と。
 実際こいつならやりそうだし、などと思われたのかもしれない。
(「うん、まあ、やるけどね! イチゴに限らず甘い物は好きだし!」)
 他に誰もいなかったら仙寿を誘うのも良いかな、なんて考えていたくらいだし。
「ちょっと待ってて、支度するから」
「支度なんてべつに……すぐそこだし」
「すぐそこでも隣でも、女の子は身だしなみに気を遣うものなの!」
 と言っても別にお洒落をするわけでもないけれど。
(「デートじゃないんだし、普段着でいいよね」)
 他の人からはそう見えるかもしれないけれど、本人が気付いていないなら黙っておこう。
「仙寿様」
「……なんだよ」
 支度をしながら、あけびはドアの向こうで待つ仙寿に話しかける。
「他の子にはあんな誘い方したら駄目だからね?」
「わかってるよ、っせーな」
 そんな反抗的な返事さえ、なんだか可愛いと感じた。
(「弟ってこんな感じなのかな?」)
 小さい頃あけびの周囲は大人ばかりだったし、久遠ヶ原でも年下の知り合いは少なかった。
 そのせいか、最初の頃は接し方がわからずに戸惑ったこともあったけれど、近頃はそれも慣れてきたように思う。
 今、あけびの気分はすっかりお姉さんモードになっていた。


「すごい、ほんとにどこを見てもイチゴだらけだね!」
 あけびが言う通り、ショッピングモールはイチゴのテーマパークにでもなったのかと思うくらいに、どこもかしこもイチゴで溢れていた。
 看板やディズプレイがイチゴだらけなのはもちろん、スタッフも真っ赤な服に緑の帽子というイチゴファッション、子供達に配られる風船もイチゴそっくり、店内用のショッピングカートもイチゴ色という徹底ぶりだ。
 そして漂う空気もイチゴ色……と言うか、イチゴの匂いしかしない。
「色々あるね、仙寿様はどれが食べたい?」
「べつに、なんでも」
 本当はすぐにでもイチゴだらけのフードコートに突撃したいだろうに、仙寿は「あけびに引っ張られて仕方なく来てやったんだぜ」というスタイルを維持するために自制心を総動員している様子。
「じゃあ私が選ぶね!」
 と言いつつも、あけびは仙寿が好きそうなものを選んで買って来る。
 まあ、ほぼ端から順番に全部買っていけば間違いはなさそうだけれど。
「でも一人一個ずつだとすぐお腹いっぱいになっちゃうね。半分こする?」
「はっ!? んな恥ずかしい事……!」
 とは言え仙寿の胃袋もそう大きいわけではない。
 されどイチゴフードは数限りなく、こうなれば背に腹は代えられないか、いやだがしかし……!
 悩む仙寿を、あけびはコーヒーを片手にそっと見守る。
 やっぱり可愛い、なんて言ったら怒って帰ってしまいそうだから、黙っているけれど。
 結果、最初から小分けになっているプチシュークリームや一口サイズのタルトなど、シェアしても違和感のないメニューが選ばれることとなった。

 イチゴスイーツを堪能したら、次は腹ごなしも兼ねて大きな特設ハウスでイチゴ狩り。
 ここのイチゴは摘みやすいように、腰の高さほどの台の上で栽培されていた。
「地植えにするとけっこう収穫が大変なんだよね、沢山あると腰が痛くなっちゃう」
「あけび、イチゴ狩りしたことあるのか?」
「イチゴ狩りって言うか、作ったことあるよ」
 借りていたアパートの菜園で。
「露地栽培だとイチゴの収穫期って五月ごろなんだよね」
「そうなのか、俺は今頃が旬だとばかり……!」
「そうだね、買って食べるだけだとそう思っちゃうのは無理ないかな……私も自分で作るまではそう思ってたし」
 あけびは別の世界にいた頃のことを思い出していた。
 でも、何故だろう。
 他のことは覚えているのに――
(「お師匠様のことだけは、上手く思い出せない……ううん、殆どのことは覚えてるけど」)
 最後の方だけ、記憶に靄がかかっているようで――ただ、モヤモヤとした寂しさのようなものだけが、そこにある。
 彼がまた、自分の記憶を操作したのだろうか。
 だとしたら、また何かのきっかけで戻ることがあるのだろうか。
 そう考えていると、仙寿が声をかけてきた。
「さすがにこの中は暑いな、外に出てなんか冷たいもんでも食おうぜ」
 またしても返事を聞かずに先に立った仙寿は、「そこで待ってろ」とベンチを指さすとソフトクリームのスタンドに歩いて行く。
(「もしかして、奢ってくれるのかな?」)
 そうならそうと言ってくれればいいのに、まったく不器用なんだからと、あけびはその後ろ姿を見送る。
(「そう言えば、お師匠様もあんな感じだったっけ……」)
 自分の優しさを素直に表現することが苦手なタイプ。
 今の仙寿ほど酷くはなかった気がするのは年の功だろうか、それともいわゆる「思い出フィルタ」のせいで美化されているのだろうか。
 彼と一緒にショッピングモールで食べたのは、コーヒー味だった。
「どうした、食べないのか?」
 その声にふと我に返ると、目の前にイチゴのソフトクリームが差し出されていた。
「ううん、食べるよ……ありがとう」
 どうしてもお師匠様と重ねてしまうけど。
(「違う人、なんだよね……」)


 ここは別の世界。
 ここにいる彼は、お師匠様ではない。
 それはわかっている。
 自分がお師匠様のことを思い出すたびに、彼の目に寂しそうな陰が宿ることにも気付いている。

 最初は怒ってばかりで怖かったけど、最近は少し近づけた気がする。
 最初の頃ならこんな風に誘われなかった。
 それはきっと、彼が変わろうとしてくれたから。
 なのに……自分は変わらない、変わりたくない。
 変わってしまったら、お師匠様を忘れてしまう気がするから。

 自分だって、あの世界に存在した「不知火あけび」と同一であるとは限らない。
 向こうの「あけび」は今も仲間達と一緒に目標に向けて頑張っているのかもしれない。
 そこではお師匠様も皆と一緒に暮らしているかもしれない。
 でも、ここにいる「あけび」も確かに自分自身だという感覚がある。
 確かに自分は今、この世界で生きている。
 これからも生きていかなくてはならない――少なくとも当分の間は。

 もし戻れないとしたら、いつかは忘れてしまうのだろうか。
 忘れた時にこそ、あけびは本当にこの世界で生きるものとして「本物」になれるのだろうか。
 だとしても、忘れたくない。
 忘れられない。
 
「食わないなら俺が食うぞ」
 業を煮やしたような声に、あけびは慌ててソフトクリームに口を付ける。
 もう少しで形をなくして崩れそうになっていたそれは、やたらと甘く感じられた。


 その様子を、仙寿は黙って見つめている。
(「どうせまた、例の師匠のことでも思い出してたんだろうけど……師匠師匠って、俺はお前の師匠じゃねーっての」)
 あけびの目は自分を通して、誰か自分ではない存在を見ている。
 それは自分と彼女が共鳴した時に現れる「サムライ」の姿。
 あけびが語る「サムライ」は、仙寿が思い描いていた理想を体現したような存在だった。
 だから彼は自分にとっても理想の存在なのだが――そうと認めるのは悔しいし、何故か妙に癪に障る。
(「俺は、もしかして……あのサムライが羨ましいのか?」)
 こんなにもあけびの心を捕らえて放さない、あの男が。
 自分から見ても格好いいと思う、あいつが。

 それがただの羨望なのか、それとも何か別の感情に起因する嫉妬なのか、今の仙寿にはわからない。
 ただ、乗り越えたいと思う――いや、乗り越えてみせる。

 あけびは強い。
 それにいつだって前向きだ。
 サムライを目指しているくせに忍の家にも誇りをもっていて、家業に後ろめたい思いを抱く自分とはまるで違う。
 それは彼女が明ける日で、自分が暮れる日だからか。
 明ける日は尊い。
 だから目を逸らしたくなる。

 けれど。
 暮れる日には全てを呑み込んで闇に沈む力強さがある。
 昼のうちに溜まった澱を、暮れる日がそうして連れ去ってくれるから、明ける日はあんなにも無邪気に朝を喜び、清々しく輝けるのだ。

(「俺は、師匠をも超える力強い夕日になる」)
 その時には目を逸らさずに、まっすぐに朝日を見返すことができるだろう。
 師匠に似た誰かではなく、日暮仙寿として。
 あけびにも、自分自身を見て欲しい。
 誰かの代わりでもなく、可愛い弟分でもなく――対等な相棒として。


「仙寿様、なにぼーっとしてるの?」
 今度はあけびが仙寿に問う番だった。
 視線を辿ると、その先にはイチゴ風船を配るスタンドが――
「あれが欲しいの? わかった、私がもらってきてあげるね!」
「ばっ、ちげーよ!」
 仙寿はそれを見ていたわけではない。
 そんなものがあることに、言われて初めて気が付いたくらいだ。
 そしてイチゴ味は好きだがイチゴ柄は遠慮したいと言うかさすがに痛いだろそれ。
 しかし盛大な勘違いをしたあけびは、仙寿が止めるのも聞かずに弾む足取りで駆けて行く。
「大丈夫、小さな弟がいるからって言うから!」
 そうじゃない、そういうことじゃない。
「やめろ馬鹿、恥ずかしいだろ……っ!!」

 まずはこの、弟的な扱いを何とかしなければ。
 師匠よりも先に、越えるべきはこのあけびお姉ちゃんかもしれない……



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4519/日暮仙寿/男性/外見年齢16歳/イチゴダイスキー】
【aa4519hero001/不知火あけび/女性/外見年齢18歳/世話好き姉さん】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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2017年04月27日

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