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『花閃 』
芳乃・綺花8870
 ショッピングモールの内はいつにない賑わいを見せていた。
 半魔の咆吼と、不幸にして人であるまま取り残された者の悲鳴とで。

「【弥代】から何人だせますか?」
 法力で作動する通話器へ赤い唇を寄せ、芳乃・綺花は外で控えている民間退魔組織【弥代】の“マネージャー”へ問うた。
『え? いやー、戦力になりそうなのはいないですねー。そういうの出しちゃうと手当がねー』
「戦力になってくれる必要はありません」
 ストッキングに包まれた綺花のすらりと長い右脚が舞い、客に襲いかかろうとしていた半魔の右腹を刈った。
「モール内に取り残されている人々の保護を。私だけでは、そこまで手が回りませんから」
 短く吸い込んだ息に押されるように後ろへ下がる綺花。
 一瞬前まで彼女の頭があったはずの場所を、摩擦で半ば溶け崩れた金属鍋が行き過ぎていった。
「ずいぶんと生活感のある弾ですね……」
 小洒落たキッチン用品を取り扱っているテナントの内から進み出てきたのは、頭部を砲身さながらに尖らせた半魔だった。
 長く伸びた両腕に掴んだ鍋を後頭部の口から喰らい、砲弾として飛ばす。
 砲口から軸をずらしてこれをかわした綺花はひとつ思案し、通路の一角に設置されていたゴミ箱を横蹴りで蹴り出した。
 砲半魔へ向かってすべっていったゴミ箱が、あと10メートルにまで迫ったそのとき。
 魔の後方から脇を抜けて飛んだ金属片がゴミ箱を撃ち据え、ズタズタに引き裂いた。
「囲まれていますね」
 半眼――森羅万象を見通す菩薩眼をつくり、視線を巡らせることなく周囲の状況を見て取った綺花はうそぶく。
 ケーキ、フレッシュジュース、フレグランスといった1階の各テナント。アクセサリー、シューズ、100円均一等々の2階のテナント。そこから続々と砲身を備えた半魔が這い出してくる。
「それほどに踊らせたいわけですか。創作ダンスよりは得意ですけれどね」
 綺花のため息を食いちぎり、半魔どもが装填した弾を吐き出した。
 食料品を始めとするやわらかな弾は綺花の足元と目を狙い、金属や靴といった硬い弾は人体の内でもっとも動きの小さい胴を狙う。
 綺花は半眼を保ったまま一歩を踏み出した。
 彼女を包囲し殺到する弾が、まさにはなやかにして麗しい花のごとき綺花のたった40センチの前進を捕らえ損ない、リノリウムの床へ落ちる。
「堅実な攻めではありますが、点を見ていては線を捕らえることはできませんよ――そして」
 朱塗りの鞘に修めたままの退魔刀の先が上を向き。
「線の軌道を見定める高さを求めるなら、当然上にあることもすぐに知れる」
 迸った幾筋もの法力の雷が、互いを足場に跳ね、紫光の網を成す。
「――!」
 綺花目がけて急降下をかけていたものが網を避け、宙で停まった。
「半魔ではありませんね」
 それは真鍮の体を持つガーゴイルどもであった。錬金の業(わざ)をもって生み出された、命なき番人。
 4体のガーゴイルがキチキチと音を交わし、そして。
 1列縦隊となって網へ突っ込んだ。
「押し通る、というわけですか」
 ひとつ処に留まる“点”の不利を、前進という“線”で覆した。それを押し潰すべく、ガーゴイルは“高さ”をとった。それは一次元を二次元が制し、二次元を三次元で制そうという戦いだ。
 このままであれば、翼なき綺花は高さを支配したガーゴイルどもに喰らわれるだろう。
 が。
 綺花は腰に戻した退魔刀へ手をかけ、深く腰を落とす。
 それは居合における一の型。刃を神速で抜き打つための基本中の基本を成す構え。
「次元の軛が私を縛るのなら、軛からこの刃を放す」
 ぞろり。刃が鞘から抜き打たれた瞬間。

 空が。
 裂けた。

 砲身を斬り飛ばされた半魔どもが駒さながらもんどりうって倒れ伏し。
 ガーゴイルどもの真鍮の体が、バターのように裂かれて宙へ散り、雷の網に焼かれてかき消えた。
「三次元を凌駕する四次元……と言いたいところですが、いかな法力といえども奇蹟を起こすことはできませんからね」
 刃を鞘に収めた綺花が薄笑みを投げる。
 彼女は斬撃を飛ばしたのだ。己を取り巻く空間へ。それも、人外の邪気に共鳴する“音階”を含ませた刃気をだ。
 場のそこかしこに邪気が存在している状況、反響した刃気を次の邪気へ飛ばす中継点に困ることはない。そして波紋のように拡がった気は、邪を余さず屠ってみせた。
「なりふりを構っていては、私を喰らうことはできませんよ」
 綺花はどこかでこの様子を見ているのだろう“主”へ言い放った。


 人々を半魔の手から救い、番人を斬り伏せながら綺花は進む。
 踏み入るごとに、邪気が濃度を増していく。
 施設の照明が灯されたままなのは、“主”に自信があるからなのか、それとも落としたところで意味はないと考えているのか。
「――それともやはり、気にもしていないだけ、ですか」
“主”のやりようは矛盾している。
 わずかなイレギュラーが命取りとなる繊細な魔法陣を、これほどに邪魔の入りやすい場所で起動させたこと。
 魔法陣を描き、大量の邪気を召喚しておきながら、番人に魔物を配することなく、錬金の業で造りだした人造の怪物のみを置いていること。
 さらには、それらの怪物や半魔の指揮を執ることもなく、潜んだままでいること。
 ここまでの騒ぎを起こした以上、なにかしらの目的なり取引なりがあるはずなのだが……まるで見えてこない。
「錬金の業の程を見れば、少なくとも二流以下でないことは明らかなのですが……」
 と。
 グオオオオオオオ!!
 吹き抜けの広場に咆吼が轟き渡り。
 大理石のオブジェを突き崩して巨大な獣が綺花へ襲いかかった。
「今度はキメラですか」
 胴の前部はライオン、後部は頭付きの山羊、そして尾は毒蛇――神話に語られる、古式ゆかしいキメラの姿がそこにあった。
 ゴォッ! 綺花目がけ、太い前足が繰り出される。
 綺花は鞘の先でその脚を横へ払い、反動を利して跳んだ。
 彼女のつま先がリノリウムを踏んだ頃にはもう、キメラは体を返して綺花へ向きなおっており、大きく開いた山羊の口から赤い炎を噴き出した。
 対して、大きく飛び退く綺花。
 床をなめた炎は消えることなく燃え続け、硫黄と共に水銀が焦げる独特の臭気をばらまく。多くを吸い込めば、その毒性で綺花は死ぬこととなるだろう。
「水銀を飲んでいるいうことは、このキメラもまたゴーレムというわけですね」
 言うまでもなく、生体にとって水銀は猛毒である。たとえ寄せ集めの命だとしても、その毒を活力とすることはできない。
 死体を繋いだのか、それらしい機械仕掛けのぬいぐるみを使っているのかは知れないが……思えば、表で斬ったゴーレムはともかく、ガーゴイルも、そしてこのキメラも、生命体ではなかった。
 ――“主”が魔物を使わないのではなく、使えないのだとしたら。
 尾の毒蛇が、牙から水銀をしたたらせながら綺花を横薙ぐ。
 柄頭でその顎を突き上げて逃れた綺花は、思いのほか重い手応えに心を引き締めた。今は“主”ではなく、キメラだ。
 続けて迫った鼻面へ綺花は抜き打った刃を叩きつけたが、硬い。外のゴーレムとは比べものにならないほどに。
 素早く刃を引いて折られることだけは防いだが、ただ斬り合っていたら刃が保つまい。
「体は金属製。真っ向勝負は避けたいところです」
 独り言ちた綺花だが、すでにその胸中には策があった。キメラがゴーレムであり、それも神話を模した番人なのであれば、試すべき手はある。
「まずは剥ぐ。予想が当たっていたら、斬る。問題は、脚が4本あるということですけれどね」
 こっ。息吹――瞬時に息を吐き切る、武道の呼吸法――で水銀に汚れた息を抜いた綺花は、息を止めたまま気を体内へ巡らせた。
 酸素という燃料を失くした体が最大のパフォーマンスを発揮できるのは、鍛えぬいた綺花でも30秒が限界だ。しかし。
 ――それで充分。
 山羊の吐いた炎を、ストッキングのすべらかさを利したスライディングでくぐり、跳ね起きた綺花が、その前進の慣性力に乗せて退魔刀を一閃。キメラの薄皮をそぎ落とした。
 果たして露わとなるキメラの肉。青銅を繋ぎ合わせた、金属(かね)の筋肉。
 ――やはり青銅でしたか。
 足裏でリノリウムを掴むように踏みしめ、綺花が横へ、思い切り身をよじった。ねじれが筋肉と関節、骨の継ぎ目に反発を溜め、引き絞られる。
 ゴウ!! キメラが青銅の爪をかざし、綺花へ襲い来る。その軸となる前足が床へついたと同時にバランスを崩し、横倒した。
 ――錬金では、硫黄と水銀は対なるものだそうですね。そしてそれを結ぶものこそが、塩。
 綺花に前足を叩きつけるため、キメラが踏み込まなければならなかった場所、それはようやく炎が消えたばかりのあの場所だった。
 炎の燃料が硫黄と水銀であることはすでに知れていた。そうである以上、触媒として塩が混ぜられていることも。錬金術ではこの3つを「三原質」と呼び、もっとも基本的な物質であると説くのだが、ともあれ。
 キメラが足をすべらせたのは、自らが燃やした炎の底に残された塩の粒だった。
 ――ただの炎であれば、塩も燃え尽きて煤になっていたのでしょうけれど。
 このときのために、綺花はここで待ち受けていた。かくして得た機を逃すことなく、撓めていた反発力を一気に解放し、退魔刀を抜き打った。
 狙うはキメラの4本の足の踵部分……古き神が命を吹き込んだ青銅の巨人、その弱点とされる、体内の“神の血”を留めている栓。
 ガアアアア!
 右前足の踵を斬り落とされ、倒れたまま蛇と爪牙とを振り回して反撃を企てるキメラ。栓はここではない。
 眼前でガチリと噛み合わされた牙をスウェーバックで置き去り、綺花は反らした上体を横から振り込んで左前足の踵を斬るが、ここでもない。
 もしかしなくとも、踵の栓などないのでは? “主”が神話を再現しているとは限るまい。なにせこれは巨人ならぬキメラではないか。そうささやきかける疑惑心の声に、心の内でかぶりを返した綺花がキメラの腹を踏み、跳んだ。
 ――手順や規則にならうことが“主”のやりようです。だから泥人形の額には呪句を刻まなければならなかった。だとすれば、青銅の獣には“神の血”の栓を与えずにいられないはずです。
 綺花の刃が左後足の踵を斬った、次の瞬間。
 黄銀の“血”がその踵から噴き出した。
 ゴ、ガ、ガ! 立ち上がろうとあがくキメラの挙動からなめらかさが失われ、ぎこちなく、機械的になっていく。
 15秒で完全に動きを止めたキメラを、毒を避けて慎重に息を吸い込んだ綺花が見下ろして。
「黄泉の縁であなたの主を待ちなさい。それほど待つ必要もないでしょう」
 踵を返す。
 読みが当たっているなら“主”は人ではあるまいが……従者と同じ黄泉路をたどることにはなるのだろう。
 綺花は腰に佩いた退魔刀の柄に手を置いたまま、“主”の棲処を訪れる。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年04月24日

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