▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 絡みつく影 』
薫 秦乎aa4612)&智貞 乾二aa4696


 真の暗闇は悪くない。
 べったりと張り付いた、目を閉じているのか開いているのか分からないほどの暗闇なら、人は何も見ることはできないからだ。
 始末が悪いのは、目を凝らせば物を見分けられる闇だ。
 そして生きている人間の傍にある『暗闇』なら、普通は後者である。

 寝床の中で智貞 乾二は、大きく目を見開いていた。
 都会の夜に真の暗闇は訪れない。
 眠らない街の明かりはコンクリートの壁や曇った空をぼんやりと照らし、山の向こうの鉄塔では航空機を誘導するための赤い光がゆっくりと明滅している。
 明りを消し、厚いカーテンを引いていても、外の明かりで部屋の中にわだかまる物が見分けられてしまうのだ。
 だが、もし仮にここが本当の暗闇だとしても、智貞の目は見たくもないものを見つづけるだろう。
 それは現実にあるものではないからだ。

 暗闇を裂いて、白く鋭い光が閃く。
 続けて、視界いっぱいに広がる鮮やかな赤。
 同時に鉄臭い臭いが鼻を衝く。
 誰かの呻き声、何かが倒れる鈍い音。
 身体は熱を帯びているのに、衣服の下の肌は泡立っている。
 頭の芯が痺れ、血管が脈打ち、掌に残る重さに叫び出しそうになる。

 もう遥か遠い過去になった全ての感覚が、夜毎に夢という形で鮮やかによみがえる。
 そして智貞は荒い息を吐き、闇の中で目を覚ますのである。
 汗にまみれた身体の不快さを誤魔化すように、寝がえりを打った。
 それから全てを遮断するかのように、強く強く瞼を閉じる。
 閉じた瞼の裏側に、何とも見分けのつかない物が飛び交った。
 そこに混じる赤い光。
 智貞の身体がびくりと震える。
 全身に冷水を浴びせられたようだった。

 ――何故、今?

 息をすることも忘れ、智貞はひたすら残像を追い続ける。


 都会はふたつの顔を持っている。
 建ち並ぶビルの無数の窓硝子が光を照り返す、美しく明るい表の顔。
 そこには華やかな笑い声と明るいドレスの娘達や、楽しげな家族が行き交う。
 だが建物が窓のない側に隠しているのは、湿気と臭いのこもる裏の顔。
 そこを行き交うのは、声も物音もたてない、人の形をしたいくつもの影達。

 智貞はそんな街の裏通りをよく知っていた。
 お世辞にも綺麗とは言い難い通路の隅々まで把握していたし、目をつぶっていても迷う事などない。
 ――あの日もそんな裏通りを歩いていた。
 日が落ちて、表通りから一本離れたような通りはけばけばしい明りを灯して、けたたましい音楽と笑いで『裏通りのちょっと入口』を見せびらかす。
 だが智貞はそんな通りの更に裏側を、建物の陰に同化するように、足音も立てずに抜けていく。
 そこで突然、智貞の耳に誰かの声が届いた。
 
「お前がトモサダか」

 影に全身を絡めとられたかのように、智貞はその場に立ち尽くした。
 普段の彼が異変を察知したなら、すぐに身を翻すか、それが無理なら何らかの対抗手段をとる。それも、ほとんど無意識のうちに。
 だがそのときの智貞は驚きと、恐れとも呼んでいいような感覚に捉われていたのだ。
(こいつ、全く気配が……)
 名前を呼ばれたことより、そちらの方が驚きだった。
 黒い影そのものが蠢いて変化し、分離するかのように、ひとりの男の輪郭が徐々に明らかになる。
 それと同時に、赤い瞳が不吉な光を放った。


 赤い光。
 警告するような、糾弾するような。
 山の向こうに明滅する、あの静かな赤い光とも似ている、無機質な光。
 あの瞳が今まさに闇の中から現れ出るようで、智貞は強くシーツを握りしめた。
 だが手の中にあったのは布の感触ではなく、冷たく硬く重い感触。
 智貞が息を呑む。

 ――コンナモノハイラナイ。
 ――コンナモノハシラナイ。

 否定しようとする頭に反して、智貞の手は滑らかな動作でその硬い物を操り眼の前にかざした。
 しっくり掌に馴染む握りの感触。
 そこからは、ぎらりと濡れたような光を放つ刃の、鋭い切っ先が伸びている。
 あのときもそうだった。
 ……ような気がする。
 現実の記憶なのか悪夢なのか、智貞にはもうわからない。
 とにかく気配もなく近づき、自分の名を呼んだ男を警戒して、智貞は身体を固くしていた。
 男は人間の動きとは思えない、まるで地面を滑るかのような動きで近づいてきた。
 そして突然、智貞のコートのポケットにこいつを滑り込ませたのだ。
「使い方、分からねェワケ、ねぇよなぁ?」
 それが『何か』を智貞はすぐに悟った。
 そして次の瞬間、ポケットに手を滑り込ませ、布越しに仕込みナイフの切っ先を男に突きつけたのだった。

 男は小さく笑っていた。
 わずかに目を細めたその顔は何処か満足げで、獲物を前に舌なめずりする蛇にそっくりだった。
「お前の事は、ちゃぁんと、覚えたぞ」
 そう言って三日月のように口角をあげた細い唇の隙間からは、チロチロと炎のような赤い舌が見え隠れしていた。

 ――馬鹿馬鹿しい。
 智貞は手にしたナイフの刃を収め、ベッドサイドのテーブルに苛立たしげに叩きつける。
 一瞬でもしっくりくると思った自分の掌の皮すらひっぺがしたいほどの嫌悪感が、喉元までこみ上げてくる。
 どうしてこのナイフがここにあるのかがわからなかった。
 自分はもうこんなものを持ち歩かない。とうの昔にそう決めた。
 なのに……。

 そのとき、智貞の心臓が一瞬、拍動を止めた。

 ――プッ、――プルルルルル。

 ベッドサイドのテーブルの上、ナイフの傍で、携帯端末の液晶画面が光を帯びて震えている。
 智貞は、自分を呼んでいるそれに手を伸ばすことができなかった。
 
 そんな妄想は馬鹿馬鹿しいが、偶然にしてはあまりにタイミングが良すぎる。
 どうしようもない恐怖が智貞の体を押さえつけていた。
 あいつは、今でも自分をどこかで見ているのかもしれない。
 隙あらば智貞の体に絡みつき、締め上げ、細い舌で頬を舐めまわしていたぶろうとする、蛇に似た赤い瞳のあの男が。

 智貞は両耳を押さえ、硬く目を閉じる。
 だが残像が消えることはないだろう。
 どんなに忘れようとしても、過去は変えられない。自分のしてきたことを、なかったことにはできないのだ。
 それでも見たくない。認めたくない。思い出したくない。
 全部消えろ。消えてしまえ。叶うなら自分自身さえも……!

 ただそれだけを念じる長い夜は、智貞をいつまでも苛み続ける。


 暗い部屋の中、携帯電話の液晶画面だけが光を帯びている。
 薫 秦乎の赤い瞳が、その光を受けて輝いていた。
 その画面をたっぷりと楽しむように眺めた後で、薫はようやくコールを切った。

 ――過去(むかし)から逃げおおせるなんて、甘いコト考えてんじゃねェよなぁ?

 明かりのない部屋の中、くぐもった微かな笑い声だけがいつまでも響いていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa4612 / 薫 秦乎 / 男性 / 42歳 / ワイルドブラッド・攻撃適性】
【aa4696 / 智貞 乾二 / 男性 / 29歳 / 人間・回避適性】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お初にお目にかかります。
今回、文中の呼称は発注内容にあわせて姓で統一しております。
前後の繋がりや住居の状況など、ご発注の内容から多少アレンジを加えておりますが、ご依頼のイメージから大きく逸れていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
WTツインノベル この商品を注文する
樹シロカ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年04月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.