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『黄金色のプリンス 』
アルaa1730

 ――これは黒い人魚姫に捧げられた、もうひとつのエンディング。

 かつて哀しい事件があった。小夜霧市に住むストリートミュージシャンの女性が愚神に取り込まれ、自分と同じ音楽を愛する人々を襲ったのだ。愚神の依代となった鳴瀬 夕は、小夜霧音楽大学の出身者でもあった。
「アルちゃん、おっはよー!」
 ギター専攻の汐里(しおり)がアル(aa1730)へと駆け寄る。音楽の他にスポーツも好む大柄の少女だ。例の事件の際には愚神の歌に心を奪われかけた同窓生を励ましていた。アルは帽子とメガネの変装を解き、軽やかなテクノボイスで挨拶を返す。
「おはよう。この間は大変だったみたいだね」
 世界中で突如白い花があふれ出した事件のことだ。小夜霧もこの不思議な事件の舞台となったのだが、通りすがりに声をかけてくる生徒たちの様子はいつもどおり明るく、アルは安心した。
 しんとした小部屋。二人は向き合って椅子に掛ける。
「あ、この練習室にも飾ってあるんだ?」
「そうそう。最初はびっくりしたけど被害らしい被害は出なかったし、良かったよ」
 アルは事件後も頻繁に小夜霧音大へ通いつめていた。最初は被害者たちへの慰問という側面が大きかった。セイレーン事件で友を亡くした生徒たちは気丈にも愚神の討伐に協力してくれたが、やはり心配だったのだ。何度か訪れるうちに仲良くなった者の一人が汐里だった。
 アルは自分用のギターを取り出す。購入したのは去年の夏頃だから、まだまだ新品だ。
――黒い海 あたしに手を差し伸べた
 夕のものとは違うソプラノが旋律をなぞる。夕の遺作『黒い海のセイレーン』を受け継いだアルは、ギターによる弾き語りをしたいと考えていた。そのことを話すと、汐里が講師役に志願してくれた。
――あたしの元に来て 光届かない海の底
 歌い切ったアルは大きく息を吸う。
「どうでしょう、先生!?」
 汐里はしばし眉間にしわを寄せたかと思うと、ぱっと笑顔になる。
「よくできました! Fのコードも綺麗に出てたよ」
「やった!」
 大きく指を開かねばならないこのコードは、手の小さいアルの強敵なのだ。若い教師は生徒の手を取る。
「指もこんなに硬くなっちゃって。もう立派なギター少女じゃん」
 タコができて少しつぶれた指先に思わず笑みが零れた。アコースティックギターの弦は思いの外硬い。最初のうちは、抑える指が痛くてたまらなかった。
「お揃いだね」
 汐里に言いながら思い出すのは、眠るように死んでいた夕の亡骸。彼女の指もこんな風に硬くなっていたのだ。
「夕さんって……どんな人だったのかな?」
 年齢は20代後半。ストリートでは中堅どころの人気だったが、学内ではちょっとした有名人だったという。
「もともとの専攻は声楽。成績優秀だったけれど、エリートコース的な進路は選ばなかった。在学中にポップスの曲作りに目覚めて、ストリートを始めたからね」
 毎日のように小夜霧駅に立つ姿を、汐里もよく覚えていた。
「少しだけ寂しそうな、綺麗な歌声だったな。……けどね、ひどいこと言う子もいたよ」
 彼女がプロとして認められる日はついに来なかったのだから。アルは思う。自分と彼女との違いは何だったのだろう、と。答えのない問い。考えても仕様のない問いだ。
「この曲を演奏してるところは見たことなかったっけ」
 夕のひそかな応援者だった汐里は、惜しそうに言う。
「誰にも聞かせないつもりだったのかも」
 まるで代弁するかのように、アルの唇が動く。
「鎮魂歌っていうのかな……?」
 弔う相手は、夕の中で死んでしまった『もう一人の夕』。
「夢を見ていた夕さんへ、夢に背を向けた夕さんが捧げた歌。ボクにはそんな風にも聞こえるんだ」
 汐里はアルをじっと見つめる。光を浴びて黄金色の髪が輝いている。
「夕さんの思いと曲を踏みにじった愚神はもういない。これからはボクの戦いだよ」
 彼女は救済者。黒い海に沈んだ歌姫を救う者だ。
「アルちゃんならきっとできるよ」
 汐里は頷き、ポケットに手を入れる。そして取り出したICレコーダーを再生する。
――君は光、闇なんて振り払っちゃえ 背筋のばして、手をとって前へ進もう、世界はこんなにキラキラだ
 扉越しに録音したために少しくぐもった、しかし十分に力強いアルの声。
「これ、あの時のボクの歌?」
「実はね、私も愚神が歌う声、綺麗だなって思ったんだ。けどこれを聞いて正気を保つことができた。そんなアルちゃんの歌声なら、きっと……」
「ありがとう」
 アルは胸の中で決意を確かめる。
「それ、練習用のレコーダー? 消さずに残してくれたんだね」
「お守り、かな。大事な発表の前とかにこっそり聞いてるんだ」
 汐里は照れ臭そうにつけたした。不安という名の海に飲まれそうなとき、彼女はアルの歌声を灯台とするのだ。
「あのね、お願いがあるんだ」
 アルは考えていた。彼女の歌を引き継ぐ以外で、何かできることはないか。
「曲作りを手伝ってくれないかな?」



 イメージはすでに完成していた。人魚姫へと手を差し伸べて、光届く場所へ救い出そうとする者のお話。
――朝日昇る海 黄金(こがね)に輝く波
 何か色のイメージが欲しいと悩むアルに、汐里は「金色が良い」と答えた。暗かった海辺の景色が、黄金色の夜明けを迎えた。
――渚歩くのは 君に会いたいから
 主人公は人魚姫に恋をする王子様。
――きっと難しい恋なのだろう
 アルは次の訪問までに歌詞をかき上げ、アカペラでメロディーをつけていった。
――僕は君の国じゃ息すらもできない
 慣れない作業。なかなかしっくり行かない音の運び。しかし心は止まらなかった。そして――。
「こんな感じでどうかな?」
「すっごくいい感じ!」
 わっと歓声が上がる。アルの歌声を譜面に起こし、伴奏作りを手伝うのは小夜霧音大でできた友人たちだ。ピアノを鳴らしていた少年が汐里を呼び、何事が話している。
「おーいアルちゃん、ちょーっと演奏難しくなるかもだよ?」
 アルは彼らへと向き直り、凛と微笑む。
「頑張るよ! ずいぶん悩んだけど、ここに来て歌ったら何だかすっきりしたから」
 夕もこんな風に曲を作っていたのだろう。頭を抱えて唸ったり、積みあがった旋律に会心の笑みを浮かべたりしたのかもしれない。
――黒い海の中から僕を呼んでいる人
 伸べられる手を拒むかのように、腕がなかった『セイレーン』。愚神から解き放たれた夕の心は、今ならアルの手を取ってくれるだろうか。
――胸を揺さぶる歌声は何を嘆いているのだろう
 その答えはきっとアルの中にも存在している。彼女もまたセイレーンだから。
――暗い海の中から陸を恋しがる人
 失った声を取り戻し歌い続ける彼女は、希望の丘へと人々を呼び戻す善い魔物。
――喉を裂くような痛みを僕が止めて見せるよ
 アルは言う。
「小夜霧の学祭でね、歌わせてもらえたらなって。夕さんの魂の音と、セイレーンを救う音」
 殺戮の行進曲だった黒い海の物語は、誰かの哀しみにそっと寄り添う歌へと生まれ変わるのだ。
――歌声が聞こえるかい
 眠りについた夕にもどうか届いていてほしい。夢はまだ続いている、と。
――僕と共に来て
 光届かない場所はない。世界はこんなにキラキラなんだから。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【アル(aa1730)/女性/13歳/解け合うシンフォニス】
【汐里/ NPC 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご用命いただきありがとうございました、高庭ぺん銀です。
OPの時点で『黒い化け物』と成り果て、死が運命づけられていた夕。我ながら無慈悲なシナリオでしたが、皆様の優しい心遣いのお陰で『人魚姫のように綺麗に』送ってあげられました。アルさんには歌の後継者という役割を担ってもらい、感謝しています。
作品内に不備などありましたら、どうぞリテイクをお申し付けください。それではまたお会いしましょう。
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2017年04月28日

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