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『君と歩いた帰りみち 』
真壁 久朗aa0032)&西条 偲遠aa1517


 自分の身の上は然して珍しいものではないだろうと、真壁 久朗は考えている。
 考えるように、している。


 幼い頃に両親と死別。引き取られた親戚の家では冷遇される。
 次第に口数は減り、感情を閉ざし、他者の心の機微に対してまで麻痺してくる。
 そうすることで『自分』を保つ。


 世の中の不幸の全てを背負っているわけじゃあるまいし、似た境遇、あるいはもっと悲惨な生活を強いられている人もいるはず。
 それは誰かと比べて優越感を得るのではなく、『自分は平気』という暗示をかけるためのもの。
 麻痺させてしまえば、どんな痛みにも耐えられるから。




 こどもという『檻』は、なんと窮屈なことだろう。
 走り去ってゆく他校の男子学生数名を見送りながら久朗はボンヤリ考えた。
 バケモノとか、二度とツラ見せんなとか、好き勝手吐き捨てながら逃げる彼らは同じ『こども』でありながら非常に自由だ。
 一方的な暴力に対し怒りも悲しみもわかない程度に、久朗少年の感情は麻痺していた。
「あ。まずい」
 ただ、ひとつだけ。
 切れた唇の端を拭い、腕時計で時間を確認する。
(また何を言われるか……)
 ただ、ひとりだけ。
 麻痺しているはずの久朗の『中』へ、ズカズカ入り込み居座っている存在がいる。
 こうしている間にも、彼を待っているはずだった。
 投じられる言葉を予想しては気が重そうに溜息を吐き、久朗は鞄を背負い直す。上着の土ぼこりを払い、常備している絆創膏で応急手当てを済ませると、いつもの場所へと向かった。


「やあ、今日はまた随分と男前だな」
 予想と寸分たがわぬ言葉でもって、幼馴染の偲遠は絹糸の髪を揺らし久朗へ振り返る。
 背まである美しい髪に、宝石のような輝く緑眼。全体的に色素が薄く美少女と思わせる容姿であるが、エンジのブレザーの下はスラックス。
 このご時世、女子でも望めば着用は可能だから性別の決め手とはならないが、いずれにせよ偲遠は『彼』とも『彼女』とも呼び難い雰囲気を纏う存在である。

 夕暮れが美しい河川敷。

 偲遠はこの場所を好み、放課後の待ち合わせ場所に指定している。
 だいたいは久朗より先に到着し、遅れてやってくる幼馴染の『男前度』を判定するのだ。
「あいつら、しつこいんだ」
 いつものようにからかわれ、不服そうに答える久朗の鼻筋には切り傷。左頬には殴られたアザのほか、絆創膏の上から血がにじんでいる。 
 握りしめる両の拳にも掠り傷があるが、反撃ではなく防御の際に負ったものだと偲遠にはわかる。
(仕様がないなあ)
 そんなことを、偲遠は思う。
 久朗には愛想が無い。目つきが悪い。
 笑顔一つで切り抜けられるような場面だったとしても、それができない。しない。
 だから仕様がないのだ。それが、不器用なまま大きくなってしまった久朗という人物なのだから。
 結果、こうしてタチの悪い不良共に絡まれたり、絡まれている他人を助けようとして絡まれたりする。
「キミが素直にやられてやらないからだろ?」
 ふふっと笑い、偲遠は立ち上がる。どちらからとなく、ゆっくりと帰り道を歩きはじめる。
「なあ、どうしてやり返さないんだ?」
 仕様がない。愛想が無いのも目つきが悪いのも、今更どうしようもない。
 とは言っても、殴られっぱなしでOKという理屈はないだろう。
 久朗がそれで良いならと放置していた疑問を、偲遠は思うがままに口にした。
 嫌がることを知っていて、彼の顔を覗きこむように聞いてやる。仏頂面の幼馴染が、僅かながら表情を変えるのが楽しいのだ。
「一度だけある」
 むぅ。答える横顔に、不機嫌が重なる。
「『いい加減にしろ』って殴り返したら、当たりどころが悪かったらしくて。ちょっと問題になって……」
 そこで言葉を切り、沈黙を挟む。言いにくいことのようだ。
「それから……向こうの親が出てきて。言われ放題だった」
「ふむ。私がその場にいたら言い負かしてやったのに」
「偲遠なら、そうだろうな」
 『親』という存在は、言葉は、久朗の傷だ。痛みだ。親を喪い親戚の世話になっている久朗としては、モメ事は回避したい。
 だが、この大胆不敵な幼馴染であれば如何様にでも立ちまわるだろうことが目に浮かぶ。

 ――うちの子が、こんなケガを!!
 ――危ないといっても一命は取り止めたのだろう? 何が不満かな。
 ――それより婦人、貴女は久朗が心に負った傷を知ることができるかね。これは重傷だ。
 ――見たまえ、このピクリともしない表情筋。犯罪者のような目つき。ボソボソとした発声。
 ――貴女のお子さんが負わせた傷だ、癒えぬ傷だ、見えぬ傷だ。嗚呼なんということだ!!
 ――親の顔を見たいと言ったな、生憎と彼の親は土の下だ。親無し子だから素行が不良だと? 親が居ながら素行の不良な場合は何の薬を処方しようか。
 ――物事の始まりには理由がある。親の貴女は子の言い分を鵜呑みにして現実を見ようとしていない、親が居る方が問題ではないかね。
 ――此処は親の出る幕ではない、お引き取り願おう。 私かい? 私は久朗の幼馴染だ、何の問題もない。久朗の美点も欠点も熟知している、任せたまえ。

(居なくてよかった)
 想像を一通り終えたところで、久朗は遠い目をした。
 居たら居たで楽しかったかもしれないが、毎回こんな騒動を起こすわけにもいかないだろう。
 長い間を置いてから、呼吸と共に結論を吐き出す。
「……それからは、『ただこいつらが気の済むまで俺が我慢すればいい』って思うようになった」
 反撃しなければケガをさせることもない。
 半端な人間の攻撃など、数をこなせば厄介な箇所の避け方くらいは見えてくる。
「でも、キミの事だからぴくりとも表情を変えないんだろう?」
「変える必要などあるのか?」
「……そりゃあ、向こうだっていじめ甲斐がないだろうなあ」
 真顔で問い返され、偲遠は肩を揺らして笑う。
 酷い言いようだが、偲遠の口から発せられると不思議と嫌味がない。
「そこまで満足させる義理はない」
「まあね。同意だ」
 そこで二人は視線を交え、どちらからとなく笑うのだった。




 久朗の少し先を、偲遠が歩く。
 右手には夕日を反射する川が流れ、子供たちの遊ぶ声。帰りを促す親の声。
 いつもと同じ、穏やかな帰り道。
 久朗が一を話す間に偲遠は十を語る。
 曖昧な返事しかできない久朗へ、意地悪く笑っては振り返る。
 音がするような白い髪が、その背で揺れる。夕日に透けて存在ごと溶け込んでしまいそうだ。
「――……、」
 久朗は無意識に手を伸ばしかけ、我に返る。
 幼馴染の儚げな外見に、不安を抱くのは何故だろう。そんな心配など要らないだろうに。
(俺とは違う)
 厄介ごとの払い方を知っている。空気を読む必要はなく自ら破壊する。
 暴力的手段に訴えることなく弁舌で躱すことができる。
 物理的に不器用な部分は、周囲の人間を利用する術を知っている。
 けれど時折、なんとも言えぬ不安に駆られる。
「そうだ久朗、明日私に付き合いたまえ。パティスリーの開拓だ」
 感傷を台無しにする一言を伴って、偲遠が足を止めた。
「それ、先週も連れ回されt」
「駅前に10時だ。忘れるなよ」
 ビシリと、久朗の鼻先に白い人差し指を突きつけ偲遠は言う。
 大の甘党の偲遠。甘味チェックに余念はない。
 季節の変わり目、旬の果物、話題の新商品は言わずもがなだがトラディッショナルも大切にしたい。
 中でもプリンをこよなく愛するが、これがまた時代の流れが速いのだ。『今』しか味わえないものが多い。
「10時でいいのか?」
「というと?」
「開店前から並んでおけとか」
「気が回らんな、言われずともするのが常識だろう?」
「…………」
 フッフッフと得意げに、偲遠は鞄からチェック済みの付箋がビッシリと貼られたガイドブックを取り出す。
「まったくわからん」
「わからなくても良いのだよ」
 何をして、偲遠をそこまで夢中にさせるのやら。
 久朗の問いを、しかして偲遠は意に介さない。
 同行はさせるが、好みを押し付けようとは思わない。
「では、また明日」
「ああ」


 そうして、幼馴染は夕日へ溶けて消えて行った。
(やれやれ……)
 毎日のように振り回され、嫌な気はしない。振り回されるうちに、自分の中で淀んでいる感情が消えてしまうから。




 こどもという『檻』は、なんと窮屈なことだろう。
 理不尽なことが多く、火の粉一つ払えない。痛みに、膝を抱えて耐えることしかできない。
 檻から早く抜け出して、己の足で立ち、生活していけたならと思う。
(偲遠が居れば)
 この辛い期間も乗り越えられる。久朗は、幼馴染が消えて行った方角を眺めたまま、ボンヤリと考える。
(この先も)
 いつか二人が大人になって、本当の強さと自由を手にすることが出来て。その先も。
 関係が変わることなく、同じ道を歩き、帰る道を辿れたら。

 ひとはそれを『願い』と呼ぶことを、久朗は知らず。
 やがて訪れるほんとうの『未来』を知る由もなく。
 暖かな気持ちを抱き、明日に思いを馳せ、帰るべき家の扉を開けた。




【君と歩いた帰りみち 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0032 / 真壁 久朗 / 男 / 24歳 / アイアンパンク 】
【aa1517 /エス(偲遠) / ? / 19歳 / アイアンパンク 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
大切な幼馴染同士の思い出話、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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2017年05月09日

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