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『暗黒の夢 』
イアル・ミラール7523)&巫浄・霧絵(NPCA024)


 それは、もはや屍ですらなかった。
 かつて霊鬼兵であったものの、残骸。原形くらいは、辛うじて感じられなくもない。
 それが、声を発した。
「……め……いしゅ……さま……ぁ……」
「お黙り」
 巫浄霧絵は、冷ややかに声を投げた。
「とち狂って、私に牙を剥いた牝犬が……今になって正気に戻るなど、お笑い種もいいところ」
 虚無の境界、本拠地。虚空に浮かび聳える城塞神殿の、中枢区画。
 不覚にも、こんな所まで攻め込まれてしまった。暗黒教団などという、小規模な新興勢力の軍勢にだ。
 その先鋒として中枢区画に突入し、盟主に戦いを挑んできた怪物を、叩き潰したところである。
「……後で、もう少し出来の良い霊鬼兵に造り直してあげる。しばらく、そこで無様な姿を晒していなさい。さて、それで」
 まだ姿を現していない何者かに、霧絵は目通りを許した。
「そこにいるのでしょう? 私の前に姿を現しなさい。恨み言を、聞いてあげるわ」
「……ありませんわ、恨み言など」
 黒雲のようなローブに身を包んだ1人の女が、いつの間にか佇んでいる。
「私の、貴女への思い……それは、言葉ではとても現し尽くせないから……行動で、お伝えいたします」
 彼女の周囲で、空間が歪んでゆく。
 その歪みが、いくつもの人型を形成する。
「死になさい巫浄霧絵……ウェイク! ゲシュペンスト・イェーガー!」
 その時には、しかし霧絵の周囲でも空間が歪み、無数の人面を成していた。それらが牙を剥きながら、物理的質量を有してゆく。
 もはや実体に等しいほどに濃密な、怨霊の群れであった。
 それらが、生まれかけのゲシュペンスト・イェーガーたちを食いちぎり、噛み裂き、咀嚼する。
「相変わらず……怨霊の使い方が全然なっていないのねえ、231号」
 霧絵の言葉に合わせて怨霊たちが、ゲシュペンスト・イェーガーの1個部隊を食らい尽くし、それらの発生源である女の細身に全方向から牙を突き立てる。
「呼ぶな……その名で、私を……」
 かつては霊鬼兵の失敗作、今は暗黒教団で聖母などと呼ばれている生き物が、全身を食いちぎられながら呻き、叫ぶ。
「巫浄、霧絵……私は、貴女を許さない! あれほど貴女に尽くした私を……まるで、ゴミのように……」
「そうねえ、貴女は私に尽くしてくれた。だから命だけは見逃してあげたのだけど」
 霧絵は苦笑した。
「失敗作の貴女が、教団など立ち上げて……私に、ここまで牙を剥いてくれた。大したものね、それだけは褒めてあげる」
「勝った……つもり? 私は貴女を……虚無の境界、そのものを……虚無を……滅ぼすために、来たのよ……」
 原形をなくしながら、聖母は笑ったようだ。
「切り札が……ない……わけは、ないでしょう……?」
 その切り札が出現した、と霧絵は感じた。
 まだ姿は見えない。その前に、力が迸っていた。
 聖母を喰らい尽くした怨霊の群れが、目に見えぬ力の奔流に打ち砕かれ、霧散したのだ。
『遅かったか……我が聖母を、よくも……』
 重々しい足音が、声と共に近付いて来る。
 石像の足音だ、と霧絵は思った。
『虚無の境界……お前たちの軍勢は、滅ぼした。あとは盟主、そして虚無そのものを』
「斃す……とでも?」
 霧絵は冷笑した。
「これだけの事をしてくれた、その力は認めてあげる。だけど思い上がりは良くないわよ? ねえ……」
 親身に忠告をしようとして、霧絵は息を呑んだ。
 あまりにも、おぞましく、美しいものが、そこにいたからだ。
「…………イアル・ミラール……」
 神としての力を取り戻したガーゴイル。
 今のイアル・ミラールは、言うならば、そのような存在だ。
「終末の時を過ぎても未来永劫、美しさを保ち続ける……支配の石像たる貴女が、一体……何という姿を、晒しているの……?」
『お前が何を言っているのか理解しかねるが……私はイアル・ミラールではない。ならば、いかなる者であるのか』
 暗黒の女神と化したイアルが、ゆらりと霧絵に迫り寄る。
『今……知らしめてくれようぞ』
「イアル……目を、覚ましなさい!」
 霧絵の声と共に再び、怨霊の群れが発生した。
「貴女が、こんな事をしては駄目。そんなところにいてはいけないのよイアル貴女は!」
 牙を剥き、暗黒の女神に襲いかかった怨霊たちが、ことごとく砕けて消滅した。
『死せる者どもの怨霊で、私を討ち滅ぼす事は出来ぬ……我が身には、生ける者どもの醜悪なる負の感情が満ち満ちて渦巻いているのだよ』
 暗黒の女神が、微笑んでいる。石造りの美貌が、霧絵の眼前でニヤリと歪む。
 間合いを、詰められていた。
 石の細腕が、凄まじい力で霧絵を抱き寄せる。
『美しき盟主よ。私は、お前を……それに、お前の崇める虚無という哀れな神を』
 霧絵は、押し倒されていた。
『……斃しは、しないよ。私のものに、するだけだ』
「イアル……駄目……」
 押し寄せる快楽の波濤が、霧絵の理性を、自我を、打ち砕く。その破片を、蕩かせてゆく。
(こんな事をしては……こんな所に、いては……駄目なのよイアル、貴女は……)
 霧絵の、それは人としての最後の意識だった。
(貴女は……こんな世界に、いては駄目……)


「ぐるっ……がぁあう……くん、くふぅん……」
 つい先程まで巫浄霧絵であった牝獣が、暗黒の女神に甘えてくる。石の身体の中にあって唯一、生身である部分を、愛おしげに美味しそうに舐め回す。
「ふ……かくの如し、というわけだ大いなる虚無よ。貴公に最も忠実なる女神官も、我が手にかかればな」
 まだ姿を現していない最後の敵に、暗黒の女神は語りかけた。
 ……否。虚無はすでに、そこにいる。姿など無いのだ。
「さあ、来たれ虚無よ。我が無限の器が、貴公を迎え入れるであろう……ひとかけらも、ひとしずくも残す事なく吸収してくれる」
 その挑発に応じ、虚無が襲いかかって来る。
 身も心も押し潰さんとする強大な力に、暗黒の女神は懸命に耐えた。
「くっ……さすがに虚無、圧倒的なる力であるのは確かだ。が……ふ、ふふふっ。人間どもの、おぞましき欲望と妄念に比べたらば何ほどのものか!」
 この宇宙で最も強大にして邪悪なる力……知的生命体の、負の感情。それが、女神の全身から溢れ迸って虚無を圧倒する。
 はっきりと、暗黒の女神は感じ取った。虚無の、怯みを。
「怯える事はない。さあ今、そなたを吸収してくれようぞ。我が器を満たすが良い、大いなる虚無よ……」
 女神の視界の隅で、その時、何かが動いた。
 肉の残骸が、弱々しく蠢きながら、何やら光を発している。
 暗黒教団の先鋒として先程、霧絵に叩き潰された怪物。最強の霊鬼兵の、成れの果て。
 光を発しながら蠢く、その残骸に、女神は苦笑を向けた。
「後程そなたを今少し見目の良い魔物に造り直してくれる。しばらく大人しくしておれぬか」
『……造り直すのは、私がこの世界をだ』
 声を発した。霊鬼兵の残骸が……ではなく、そこから溢れ出しつつある光がだ。
 五色の、光だった。
『待ったぞ、この時を……』
「鏡幻龍……」
 女神は息を呑んだ。
「小賢しくも、その怪物の中に潜み居ったか!」
『おぞましき虚無よ……イアル・ミラールを救うため今、この一時だけは貴公に与力せねばならぬ……』
 五色の光が、虚無と融合してゆく。
『暗黒の女神よ、返してもらうぞ……我が戦巫女を!』
「猪口才な、龍族の老いぼれが……ッ!」
 すでに、吸収は始まっていた。
 虚無が、凄まじい勢いで、女神の器を満たしてゆく。
 それを上回る勢いで、そこに鏡幻龍の力が流れ混ざり込む。
 虚無が膨張し、そして破裂した。
 女神の器も、破裂した。
 世界そのものが、破裂していた。


 はっ、とイアルは目を開いた。
 今まで自分は、眠っていた。それはわかる。
 どれほど眠っていたのか。数分のうたた寝か、一晩の熟睡か。あるいは何百年にも及ぶ眠りであったのか。だとしても慣れたものだが。
「おはよう眠り姫。いや……まだ半分は王子様、かな?」
 魔女が、からかい気味に声をかけてくる。イアルの肉体の、女としては有り得ない部分を、弄りくすぐりながら。
 思い出した。自分は確か今、この魔女たちに呪いの除去を任せているところなのだ。
「安心していい、ひとまず手術は成功さ。この部分から呪いが噴き出してくる事は、もうないよ。ふふっ、いくら出しても大丈夫さ」
「……ありがとう」
 イアルは軽く、頭を押さえた。
 夢を見ていた、ような気がする。とてつもなく珍妙な、他人に説明出来ない夢を。
「……どこか痛むのかな? 随分、顔色が悪いようだけど」
「少し、気分が悪いだけ……私の顔色、そんなに悪い?」
「鏡を見てごらんよ」
 魔女が、手鏡を貸してくれた。
 そこに映った自分の顔を、イアルは見つめた。
 確かに顔色はすぐれないが、それどころではなかった。
 鏡の中のイアルが、言葉を発しているのだ。
『世界は造り変えられた……暗黒教団も、かの聖母も、最初から存在しなかった世界へとな。だが暗黒の女神は存在し得る。イアル・ミラールよ、お前は暗黒の女神に成り得る器……これからは今まで以上に、身柄を狙われる事となるだろう』
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年05月08日

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