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『―混沌の象徴・1― 』
海原・みなも1252)&瀬名・雫(NPCA003)

「……お父さんの差し金じゃあ無いのね?」
「本当に知らないよ。嘘だと思うなら運営に確かめて御覧、不正操作の痕跡は無い筈だから」
 娘――海原みなもは、嘗てゲーム内に於ける不正操作の結果、不自然なレベルアップを体験した事があった。
 その原因が、彼――彼女の父親による運営への収賄工作であった為、またそれをやられたのかと疑い、確認をしていたのだ。
 しかし、飽くまでそれは無いと主張する父親の言に嘘は無く、運営側も外部からの関与を否定した為、疑問は振出しに戻ってしまった。
(お父さんの仕業では無い、とすると……一体あれは何だったのかなぁ?)
 みなもは、唐突に訪れた自身の能力アップに疑問を抱き、納得できないまま思考の闇に落ちて行った。

***

 『赤い大地』で襲撃を受け、瀕死の重傷を負い、意識を喪失していたみなもは、仲間たちの興した復活のイベントにより戦線復帰を果たした。
 その、復活の様を目の当たりにした青年――人化したレッドドラゴンと、パーティー仲間であるガルダ――瀬名雫は、興奮気味にその時の状況を振り返っていた。
「本当に、そんな事があったんですか!?」
「冗談でこんな事は言えないよ。俺の記憶に間違いが無ければ、あれはティアマトだ。俺なんかより遥かに強大な力を秘めた、神獣の中の神獣だよ」
 まず、みなもの質問に答えたのはガイドの青年だった。彼も神獣クラスのキャラで、しかも高レベルにまで上り詰めた実績を評価されたからこそ、運営公認で激戦地に於けるプレイヤーキャラのサポート役を担っているのだ。
 その彼曰く『自分をも凌ぐ力を持つ神獣に、君は変化したんだ』との事であった。
 尤も、それを見た直後に強烈なプレッシャーを受けて失神してしまい、気付いた時にはみなもは元の姿に戻っていたのだが。
「でも、自覚無いんですよ。強くなった感じはしないし、魔力だって元のままですし」
「みなもちゃん、前にも凄い力を発揮して、あたし達を助けてくれた事があったよね。あの力の正体って、謎だったけどさ……アレがみなもちゃんの本当の姿なんだとしたら、納得できるよね」
 そんなバカな……と、みなもは目を白黒させていた。然もありなん。彼女自身には、その際の記憶が一切ないのだから。
 しかし、同じような証言を受けた事が過去に数回ある事は、事実なのだ。
 そのうちの一回は、父親が裏で手を回した結果得られた不当なレベルアップの賜物であったが、船上での急襲と、『赤い大地』での不意打ちを退けた際に見せた謎の力はその都度証言されており、半信半疑ではあるがその事実は聞かされていた。
 そこへ来て、件の変身譚である。これらを全て共通の力が元になった事と仮定すれば、全ての説明が出来るのだ。が……
「ティアマト……水属性の竜族で、その力は最強レベル……その力が、あたしにある、と?」
 みなもはやはり、納得できない様子であった。
 外観も変わっておらず、ステータスにも変化は見られない。これで話を信じろと言われても、無理な相談である。
「っと、その話は置いといて。君たち、仲間を欠いた状態で、まだ此処に居続けるのかい?」
 ガイドの指摘を受け、事の無意味さを悟った二人は、この地を探求する事を一旦諦めた。
 確かに、みなもには強大な力が秘められている可能性がある。しかし、それは自由意思では発動も制御もできない、極めて不安定なものだ。そのような力を当てにして、強力なプレイヤーが集う激戦地を探索する事は、危険を通り越して愚行ですらある。
 ふと、みなもはパーティーリストに目を落とす。先日戦死・退場した彼――ウィザードのサムネイルが、グレー反転しているのが確認できた。これは、プレイヤーはログイン出来ないが、キャラ自体はまだ存在している事を意味している。
「……彼抜きで、冒険は出来ないです。元の大陸へ戻って、彼の復帰を待ちましょう」
「だね。再ログインして来たとしたら、スタート地点は最初に登録した街……ホームタウンになるからね」
 話が決まれば、善は急げ……とばかりに、みなも達は港に係留してある自分たちの船へ乗り込む準備を始めた。
「宿主さん、ガイドさん……お世話になりました」
「また、何処かで会えるといいね」
「旅の御無事を……」
 世話になった大人たちに別れを告げ、彼女たちは船を艀に手繰り寄せた。と、その時……
「キャ!」
「……ヒドラ!? ちょっと待ってよ、街の中は戦闘行為厳禁でしょ!?」
 驚く二人に、背後から『逃げろ!』と声が掛けられる。ガイドの青年だ。
「そのルールが適用されるのは陸上だけ、海岸線を越えたら攻撃可能なんだ!」
 何と云う事だ、とみなも達は愕然とする。確かにマップ上に於ける海洋は戦闘可能ゾーン。しかし、安全地帯との境界線ギリギリで攻撃を受けるとは、思ってもいなかったのだ。
「逃げようよ、艀から離れれば攻撃して来れないよ!」
「ダメ! あたし達は助かっても、船が!」
 そう、海上に浮かぶ船は攻撃の対象。本来なら沿岸警備のキャラに護衛される筈であるが、このヒドラはその警備網を突破し港内に侵入したらしいのだ。こうなると無防備な船は、このまま破壊されるのを待つだけである。
「冗談はやめて……この船は大事な船なの、彼と一緒に作った宝物なの!!」
 みなもの表情が鋭くなっていく。そして体を覆う鱗と頭髪のメタリックブルーが、金色に変化していく。
「これは……!」
「同じだよ、あの時と同じだよ! みなもちゃん、変身し掛かってる!」
 これが、彼女の身に宿るティアマトの力か……と、雫を後方に下げたガイドが目を見張る。
 こうなった場合のみなもは、過去の事例からすれば『自我を失っている』状態。仮に、その力が自分たちに向けられた場合、どう回避すべきか……という考えが彼の脳裏を過った。が、しかし……
「船には近付けさせない!!」
「あ、あの声! みなもちゃんのままだ!」
 ……そう。彼女は自我を保ちつつ、ティアマトの力も制御していたのだった。
 強い水圧を凝縮してロープ状にし、ヒドラの身体を捕縛して動きを封じ、何度も水面に叩きつける。
 どうやら、これは『赤い大地』に出現するヘビーユーザーではなく、一般のプレイヤーキャラであるようで、普段のみなもであっても充分に勝てるレベルの相手であった。
 が、大事な船に手を掛けようとした……その怒りがトリガーとなり、眠れる力を呼び起こしたのであろう。
 そして、戦意を喪失したヒドラが捕縛から逃れて去っていくのを確認すると、みなもは元の姿に戻って行った。

***

(やっぱり、分からない。自然にあんな力が備わるとも思えない。増して、ドラゴンさんよりも強い力を秘めているなんて……)
 あの戦闘の後、パラメータを見直してみたが、やはり以前と比しても変化は見られない。
(あたしは元々、マーメイドの末裔……だから、水属性の攻撃と相性が良いのかな?)
 その想像は、凡そ的を射ていた。選んだキャラは蛇女であるラミアだったが、それは『マーメイドに似た姿で、戦闘向き』という条件を満たすキャラを、無意識に選択していたのかも知れない。
(あたしはまだ、上手な力のコントロールが出来ない。なのに……)
 激戦地の一つ、『紺碧の大渦』。此処ならば戦えるのではないか……雫は、そう強調していた。
 しかし、それは早計ではないかと、みなもは難色を示していた。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年05月08日

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