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『 光の中に消えた背中 』
煤原 燃衣aa2271

プロローグ

 ある昼下がり、日の光が強くなりはじめ、訪れた春は今年も桜を連れてきた。
 見れば、彼方の墓を見下ろせば桜の花びらでピンク色に染まっている。
 すぐ隣に桜の木があるのだ。誰かの計らいだろうか。少し嬉しくなって燃衣はその墓の前に座り込み少女に語りかけた。
「僕らが出会ったのもこんな桜の舞う季節でしたね」
 彼方。それは命を燃やして運命に抗った少女の名前。
 その少女の背を『煤原 燃衣(aa2271) 』は引き留めることができなかった。
「ぼくらが出会ったのは病室で、僕らの道が別たれたのも病室でしたね」
 そう燃衣は空を見上げた。あの日『平岸 彼方(NPC)』が示したものと同じ空が頭上にも。
 続いている。

   *   *

「今日も来てくれたんだねお兄ちゃん」
 そう病室の扉を開けると少女は燃衣にそう微笑みかけた。
 彼方の肌は以前より白さを増していた。痛々しいほどか細いその腕けれど燃衣は感動で差し入れの果物を取り落す。
「目が覚めたんですね!」
 燃衣は駆け寄って思わず手を取る。
「意識が無い時は来ても意味ないのに。ずっと来てくれてたんだってね? きいたよ、看護婦さんから」
「目覚めた時一人では寂しいかなと。あ、果物。落してしまいましたがバスケットの中に入っているので大丈夫だと……」
 彼方は、ここ最近新薬の実験によって昏睡状態が長く続いていた。試験薬の被検体に志願して様々な実験薬をその身に投与した挙句昏睡したのだ。
「もう、無茶はしないでくださいね」
「そうだね、うん、もうしない」
 そう彼方は頷くと、燃衣の手を取って、いつものセリフを告げる。
「外の話。聞かせてよ」
「ふふふ、じつはここ数日、グロリア社に入り浸って曲を作っていました」
「うそ!」
 そう彼方は身を乗り出してよろけた。
 いつもの事なので燃衣は肩を抱き留めると、あいた手で器用に鞄から音楽プレイヤーを取り出す。
「本当です、今日はちょうどお披露目でした。僕達のテーマソングにします」
「聞かせて!」
 燃衣は、彼方と出会った桜の日から、定期的にこの病室を訪れている。
 彼女の容態が気になったから、彼女が気になったから、彼女に恋をしていたから。
 ここにいると元気が湧いた、仕事で失敗して落ち込んでも彼女の笑顔を見ると次に生かそうと思えた。
 外にいても思うのだ、朝商店街を歩いている時、ふと可愛い物を見つけた時、おいしい物を食べた時、友人と笑い合う時、戦いで傷ついたとき。
 彼方ならなんというか、何と言ってくれるか。
 きっと怒るだろうな、悲しむだろうな、笑うだろうな。
 そんな記憶を沢山携えて、彼方の病室を訪れると、彼方はそれを聞いてくれた。
 怒ってくれた、泣いてくれた、笑ってくれた。
「お兄ちゃんは私にとって窓なんだ」
 彼方は言葉を続ける。
 あなたはここから一歩も動けない、自分自身の窓、世界を見せてくれる窓。そんな言葉。
「僕、物扱いですか?」
「違う……そう言うことじゃないの」
 その時彼方はチューブに繋がれていて、かすれた声で燃衣に言ったのだ。
「私の世界の、全てだから」
 今思えばその時くらいからだろうか。
 彼方が燃衣をお兄ちゃんと呼ぶようになったのは。
「どこにもいかないで、お兄ちゃん」
 だが。燃衣の呪いが囁くのだ。
 そうやって彼方と共にいる時間を重ねれば重ねるほど。
 思いが募るほど。彼女の笑顔が瞼の裏に刻み付けられるほどに。
 強く。
 強く強く強く強く。
 
「別れの時は、近いぞ。わかっているのか?」

「わかってますよ」
 燃衣は気が付けば自室の洗面台、その鏡の前で立ち尽くしていた。
 自分の顔を写したそれ。
 そこに拳を叩き込むと、刻まれたヒビの隙間には血が伝っていた。
「ガデンツァが待っています」
 神の月をめぐる物語の一幕が始まる。
 『ガデンツァ(NPC)』を討伐するための作戦が決行されようとしていたのだ。
 その中核を担う戦力は暁、しくじれば命はない。
「彼方さん、絶対に帰ってきますから」
 そう空に告げて燃衣は自室を後にした。

    *    *

 燃衣が意識を取り戻すと、まず聞こえたのは継続的な電子音、それが心電図の音だと気が付けるくらいに体力が戻ってくるころには。
 燃衣はその指先を温める体温に気が付いていた。
 ここはH.O.P.E.御用達の病院。
 であれば、彼女もいておかしくない。
 燃衣はゆっくり瞼を開く。
 そこには。
 燃衣の腕に涙を落しながらも微動だにしない少女の姿があった。
「ははは、いつもと逆ですね」 
 そう燃衣はかすれた声で告げると、彼方は顔を上げる、その瞳は怒りで染まっていた。
「なんで、こんな、こんなになるまで」
「無茶してしまいました」
「ここまでする必要なんてなかったじゃない!」
「それは違います……」
 燃衣は固く言葉を投げつける。
「僕がやらなければならなかったんです、ガデンツァは許せない、愚神は許せない。許してはいけないんです」
「それで自分が死んでもいいの?」
「構いません」
 その言葉に彼方は、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「どうして……」
「ボクは、かつて自分の住んでいる町を、家族を、弟を愚神に、壊されました」
 彼方はその言葉で目を見開く。
「全部です、僕の全部。僕を構成するすべての世界、それが一夜で、全部消し炭になりました」
 燃衣の拳が震える。頭が沸騰する。
「愚神は! 僕らからすべてを奪っていく! ルネさんもそうだ、僕らは奪われるばかりで弱い、今回だって」
 燃衣は徐々に思い出していた、戦場の一ページ。
 作戦は確かに成功を収めたかもしれない、名誉の負傷と言えば聞こえはいい。
 だが、目の前で仲間たちがあの愚神に蹂躙されていく様は。
 思い出しただけでも腸が煮えくり返りそうになる。

「頭を撫でて、お兄ちゃん」

 その時彼方は告げた、唐突にそう言って頭を差し出す、燃衣のお腹の上に頭を突き出す。
「どうしたんですか、いきなり」
「私はお兄ちゃんの全部を肯定するよ、それでいいと思う。それで」
 涙にぬれた瞳は、薄暗い病室の明りを受けて煌いていた。
 その視線が熱っぽく燃衣に注がれていて。
 燃衣は腕を持ち上げる。
 けれど。
「だめですよ。僕の手。ごつごつしてるし、今は裂けて血まみれだし。それに」
 こんな手で触れていいのか。そう思った。
 復讐に染まった手で。憎しみに染まった手で。
 こんな穢れのない少女に。だが、彼方は小さな声で、いいからと告げた。
 歌うように、撫でてと。
 燃衣はわずかな逡巡の後、諦めたように両手で彼方に触れる。
 そのまま二人は眠りに落ちた。

   *   *

 それからどれだけの年月がたったのだろう。
 ついに彼方は意識を戻さなくなった。
 ある日突然、夜眠るように意識を落して、今はもう、言葉を発しない。
 そんな中。ふと病院で聞いてしまったのだ。
 彼方が共鳴したと。
 燃衣は病室に走った。そこには長らく見ることができなかった二本の足で立つ彼方がいて。窓を開け風を浴びていた。
 茜色に染まる病室の椅子に燃衣は荷物を投げ捨てる。目覚めた時に食べさせようと思っていたフルーツのバスケット。 
 それは強く地面に打ち付けられ、果物は散乱した。
「どうして!」
 燃衣は問いかけた。
 その目を見返す彼方の瞳は、強い意思で染まっていた。
「お兄ちゃんのところにも、たぶん連絡が行くと思うけど。ガデンツァの研究施設? 私も行くから」
 その言葉を聞いただけで燃衣はだめだった。正気を失った、今まで感じたことのない焦りが全身を駆け巡る。
 なぜなら、そんなことをすれば、彼方は。
「絶対!! そんなの絶対反対です!!」
 燃衣は叫んだ。それを彼方は真っ向から受け止める。
「共鳴できたなら、その状態で症状を和らげることもできるはず。なのになんでそれをしようとしないんですか」
「そんなの、焼け石に水だよ。一日の命が一週間になってなんになるの?」
「それが、一か月になるかもしれない、三か月になるかもしれない!」
「でも明日死ぬかもしれない、明後日死ぬかもしれない。」
「長く生きられる! 絶対に……。研究の成果が出てきたって言ってたじゃないですか!」
「それは、別の人の命のために使ってもらうよ」
 眩暈がした。燃衣はこの時初めて知ったのだ。
 彼方は自分のために、自分の病気を治すために無茶苦茶な実験に付き合っていたわけでないとわかったのだ。
 全ては、自分の次に繋げるため。自分の命を燃やしてでも他の命を生かすため。
「だめです。ベットに縛り付けてでもいかせません」
「行く! 私絶対に」
「だめです!」
「行く!!」
「だめです!!」
 燃衣はこらえきれなくなって拳を窓に打ち込んだ。窓ガラスが粉々に砕けて空へ。
 風が強く強く吹き込んで。彼方を攫って行こうとする。
「なんで僕がここにいると思ってるんですか!! 彼方ちゃんの心臓が止まったって聞いて飛んできたんです! その間僕がどんな気持ちだったか分かりますか!」
「燃衣さんは弱くなったね! 変わったね! 愚神を倒すためなら手段は択ばない人だと思ってた。私の命で誰かが救われるならそれでいいじゃない、私と引き換えに……その愚神を倒せるなら、もう誰も悲しまないなら、私はそうしたい!」
「手段は選びます、選ばないなら愚神と一緒だ! 僕はそんなことはしない!!」
「それは本心? 普段の自分の言葉だって本当に言える? 私を引き留めるために嘘をつくの? 私と、燃衣さん自身に!!」
『燃衣さん』その単語が胸に、何より突き刺さった。胸が痛かった、自分が何を言っているかももう……わからない。
「いいですか僕たちがこれから行こうとしてるところは、H.O.P.E.の大部隊でも仕留めきれなかった、そんな相手の根城なんですよ! 怖くないんですか」
「怖ければなに? また病院で縮こまってみんなを見てればいいの? また私を置き去りにするの?」
「彼方さんは何も変わってない、ルネに、ガデンツァに騙されていた時と何も。自分勝手で頑固で、外の世界を観ようとしない!」
「当然でしょ! だって私にとって、ここが! 全てなの!!」
 彼方は両手を広げて見せた。真っ白な世界、真っ白で何もない。窓の外に見える景色だけが時の流れを伝えてくれる。
 そんな世界。
 そんな世界で彼女はいったいどれだけの時間を一人で生きてきたのだろうか。
「私はずっとここで生きてきて、誰も一緒に桜を見てくれなかった、いきたいよ。みんなといっしょにいきたい! いきたいんだよ! でも、だめなんだよ!!」
 彼方は燃衣の胸に額を押し付けた。拳を燃衣に叩きつける、その腕には確かな力が通っていて、それがとても、とても燃衣には悲しかった。
「でも、本物の桜を見せてくれたのは、みんなだけだったよ?」
「やめてください」
「あの時、すごくうれしかった。本当に本当にうれしかった。初めて生まれた気がした。愚神に騙されていったけど、でもみんなとの出会いは私にとってかけがえのない、思い出」
「やめてください」
「閉じこもってるだけじゃ、世界が綺麗だって気が付けなかった、私はもう一度みんなと、世界は綺麗だったって胸を張るために行くの。死ぬためじゃないよ」
「もう、話しても無駄ですね! 誰ですかこんなことを彼方さんに押し付けたのは。抗議してきます」
 そう告げて、燃衣は踵を返した。ゆらりと彼方の体が揺れる。
 それに見て見ぬふりをして、そして。燃衣は病室を去った。
 走る、廊下を走り抜ける、全ての考えを置き去りに、どうしていいか分からずに。
 けれど燃衣は病室に荷物を置き忘れてしまったことに気が付いた。
 踵を返す燃衣、少し冷静になり、話し合ってみようとも思えるようになった。
 だが、病室の前で足を止めた、話し声が聞こえる。
 彼方が。幻想蝶に話しかけているのだ。

「ねぇ。聞いてくれる?」

「私ね死ぬのが怖くないんだよ」

「でもそれはね、きっと私が弱いからなんだ」
 その言葉を聞きながら燃衣は扉を背に蹲る、頭を抱える。
 ああ、人を好きになることとはこんなにも、重たくて御しがたくて、そして胸を痛ませるものだったなんて。
「なにも残せなかった、私の人生に価値はなかった、そうなる方が怖いから。だから私は、ずっと戦ってきたんだよ。
 でも私を救ってくれた光があった、桜の木の下で私の事を待ってくれてる人達」
 そして彼方は大きく息を吸いこんで、一際大きく声を張った。
「私、燃衣お兄ちゃんのこと、すごく好きだった、何度でも立ち上がるところ、これと決めたら絶対それを忘れない強い意思。あの病室で見た二人は輝いて見えたよ」
 だから、そう彼方は小さくつぶやいてそして告げる。
「なくさないでいてね、負けないでね。私みたいに諦めてる人の事、何度でも怒ってあげてね。そして、私が願った、なにも諦めなくてもいい世界、その世界への憧れ、一緒にどうか連れて行って」

「約束して。負けないでね、諦めないでね、みんなの手を取ってあげてね。私みたいに、救ってあげてね」

「みんなの思い描く世界の果てに、きっと、それがある気がするから」
 燃衣は声を押し殺す。涙と胸の中の熱量。それを押し殺し、少女の啜り泣きを聞いていた。


 そして翌日、任務に連れて行く燃衣の手を。少女は晴れやかな表情でとった。
 しかし、走り出したのは少女。
 こっちだよ、燃衣お兄ちゃん。
 そう光の袂へ突き進み。そして、そして彼女はその光の中から帰ってこなかった。


エピローグ

 燃衣は今でも自分に問いかけることがある。あの少女にとって救いに慣れていたのか。支える人物になれていたのか。
 彼女のは幸せだったのか。
 わからない。たぶんわかるようになるためには、自分が生ききる必要があるのだろう。
 だからそれがわかるようになるのはだいぶ先の話だ。
「あれから沢山の年月が過ぎました、世界からいまだに愚神は消えません、僕の仇も姿を現して、ガデンツァも活発に」
 そう燃衣は近況を淡々と報告していく。耳元で彼女の声が聞こえた気がした。
「今の彼方ちゃんから見たら、僕はいったいどう映るんでしょうか」
 そう燃衣は綺麗になった墓石に問いかける。
 桜の花びらが舞い散って、そして、燃衣はその場を後にする。
 


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『煤原 燃衣(aa2271) 』
『平岸 彼方(NPC)
『ガデンツァ(NPC)』

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、鳴海です。
 今回は彼方とのノベルと言うことで、ちょっと恋愛要素強めにしてみました。
 ふだん、色恋のイメージが無い燃衣さんなので、新鮮に映れば幸いです。
 ちなみに彼方は、諸事情で春香と立場が入れ替わったキャラクターだったのですが。死なせてしまったことには強い罪悪感を持っていました。
 そんな死んでしまった人達。キャラクター。ルネともどもここまで愛していただけると嬉しいです。
 彼方にもたせたテーマは過ちでした。
 決して正しくない道を突き進む、けれど、それを人はよういには否定できない、そんなキャラクターに仕上げたつもりです。
 彼女が得られなかったハッピーエンドを皆さんが掴んだとき、その過程に少しでも彼方の存在があれば嬉しいです。
 それでは長くなりましたがここまでで、お暇させていただきます。 
 では、本編でお会いしましょう、鳴海でした。ありがとうございました。
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2017年05月10日

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