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『今日から魔物! 』
海原・みなも1252)&草間・武彦(NPCA001)
 アイデンティティってなんでしょうね?
 ――はい、今回は思わせぶりに始めさせていただきます、海原・みなも(中身)です。
「なにチャングリ、なんかあったー?」
 寮の1階にある大浴場の隅っこでぶくぶくしてたあたしの顔――中身ですので、着ぐるみはパージしてますよ――、アラクネさん(中身)がのぞき込んできました。
 ちなみに「チャングリ」というのは、「グリちゃん」をひっくり返したものらしいです。練馬の女子ラッパーみたいですね。
「そういうわけじゃ、ないんですけど、ねー」
 そうなのです。なにかあったわけじゃないのですよ。ただ。
 なんだか魔物っぽいこと、してないなーと。

 ある日曜日。
「ギョギョギョギョギョー! 我々は魔王様にお仕えする魔物軍ウオ! まずはおまえら悪い子どもをまっさ――ちょ、やめっ! 魚人は腕と脚が剥き出し――」
 地元の遊園地で実施されたお子様向け企画、【魔物軍をやっつけろ!】。あたしたちはお子様方にやっつけられる魔物役で雇われたのです。
「助けないとグリ!」
 魚人さんは頭脳労働専門なのです。なにせご本人がおっしゃるとおり、腕と脚が剥き出しですからね! ウレタンソード放り出して素手で殴りかかるお子様方には対抗する術がありませんよ……。
 と、あたしがバッサバッサさせた翼、ちょいと猩猩さんが止めながら。
「大丈夫サル。セクハラパワハラモラハラアルハラ……ありとあらゆるハラスメントを経験してきたサカナ課長サルからね」
 いやでもお子様方にのしかかられて「誰か三つ叉槍を――殲滅包囲陣で――」とか言ってますけど!?
「あんなパンチ屁でもねーワン。酔っ払った旦那のオーバーハンドフックに比べたらワンね」
 コボルトさんの過去が重そうなのはとにかく。あたしたちは興奮したお子様方のお相手を仕りまして、なんだか結構なダメージを負ったりしたのでした。

 この間の水曜日。
「風船はお一人様ひとつレムー」
 ゴーレムさんが大きな体をのんびり動かして、ショッピングモールにやってきた人たちに風船を配っています。あの中に入ってる人、身長142センチの元女芸人さんですけどね。
 あたしはお客さんを乗っけて歩いたり、吹き抜けを利用してちょっとだけ飛んでみたり。
 みなさんはあたしたちのこと、進歩した科学が生み出した機械とかだと思ってるでしょうけどね。残念ながら世にも怪しい錬金術が産み落とした怪物(もふもふ)なんですよー。
「アラクネ特製わたあめクモ! マジうめーしクモ!」
「唐揚げあがったトリよー。普通のとカレー味あるトリ」
 クモのわたあめに、ファイヤーバードさんの唐揚げ。どっちもシュールですね……。でも、魔王軍の資金稼ぎのためですからしかたなし。
「サカナさん(魚人さんのことです)いたら刺身も行けたんじゃねーすかクモ?」
「遊園地で受けたダメージがまだ回復してないトリからねぇ。あと、あの人料理ぜんぜんできないトリ」
 それはキャリアウーマンっぽいですけど、なぜこの方々は基本共食い発想なんでしょうか?
「もっと高くー」
 あたしの上で幼女センパイがじたじたしておりますが、安全第一なのでダメなのです。
 って。どうして魔物が敵たる人類の心配などしておりますやら。
 うーん。あたしたち、世界征服の尖兵なんですよね?

 などなど。
 あたしは今、中身ともふもふの狭間で思い悩んだりしているわけですが。
「ぬあー! あの店絶対裏で店員(ry」
 大浴場の引き戸がスパーンと開き、魔王様がご登場です。
 錬金で稼いだお金をどばどば溶かしちゃうこの方、あたしたちと同じ寮の一室に住んでるのです。
 しかし! それにしても! あいかわらずのナイスなバディがご開帳です! 実にこう、悔しいです! でもなにかしら百合百合なお誘いなどいただきましたら、ちょっと耐え切れる自信がありませんね!
 あたしが唇を噛み締めている間に魔王様はそっと戸を閉めて、体を洗ってかけ湯して、湯船へ入ってきました。魔王っぽくないお気遣いです。
「1000回も回して1回も大当たりせんとかサギじゃろサギ!」
 垂れた目尻をぷんすか怒らせる魔王様に、アラクネさんがげんなりと。
「マオーサマ、マジでパチやめたほーがいいっすよ」
「妾もわかってるんじゃがなー。今日こそ来るんじゃなかろうか、って思うとついついのー。ほら、昨日負けてても今日勝ってトータルで取り返せばいいじゃろ?」
 だめですよ、あたし! 色香に迷ってこんな人を抱え込んじゃったらもう、人生おしまいですからね。
「今日勝ったらおまえらに牛肉とか買ってやりたかったんじゃがー」
 アゴまでお湯につかって、ぽつり。
 クズなのにこういうこと素で言うんですよね、魔王様。なんだかんだで魔物のみなさんがついて行っちゃう気持ち、すごくわかります。わかるから、もうちょっとあたしも――
「あーもー、こんな世界滅んじゃえばいいのじゃー」
「だったらっ!」
 あ。気づけばあたし、立ち上がって叫んでました。
「お、おう。いきなりどうした海原?」
「チャングリ落ち着けし」
 左右からどうどうとなだめられて、あたしはお湯の中に戻りました。
 この寮は廃倉庫の奥――人間世界と繋げられた異世界(魔界)の側にあるのですが、魔王領(って魔王様が勝手に宣言した土地)はそのほとんどが山でして、温泉もたくさん沸き出していたりします。
 だから寮のお風呂も源泉掛け流し。効能は傷病回復と毒素排出ですが。あたしのもやもやは治癒も排出もしなくて。
 ぶくぶくぶくぶく。
「妾、意外に話のわかる魔王じゃぞ? 悩みがあるなら言うてみよ?」
 促されて、あたしは言葉を探しながら紡いでみます。
「こんなにのんびりしてていいのかなって。バイトとはいえあたし、魔物じゃないですか。もっとがんばらなきゃいけないんじゃないですか? こう、破滅の尖兵的に」
 魔王様はふむーと考え込んで。
「海原。おまえが真面目なのはわかる。じゃがの、魔物にいちばん大事なものをわかっとらんの」
 ちっちっち。魔王様は指を振り振り。
「オンとオフのメリハリじゃ。ワーク・ライフ・バランスのとれておらん魔物などもう魔物ではない。ただの魔畜じゃぞ? 心まで魔に飲まれてはならん。魔物は1日8時間までじゃ!」
 社畜ならぬ魔畜、ですか。雇用主的には魔畜のほうが都合よさそうですけど。それを強要しないのが魔王様なんですよね。
 なんだかちょっとだけ、もやもやが晴れました。
 そうです。あたしはこの、残念だけど気の優しい魔王様のために、もうちょっとがんばってみたいのです。
「あ、そういやこないだのエロ親父と連絡はつかんか? 倫理に触れない程度のセクシーショット撮らせてやるゆえ軍資金を」
「魔王様のパチンカスーっ!!」
 あたしはお湯をだばーっと魔王様に引っかけて、湯船を飛び出したのでした。


『おー、海原? 俺俺ー、俺だけどー』
 あたしの本来のバイト先、その雇用主であるところの草間・武彦さんからの電話です。
 ――そうなんですよね。あたし、魔王軍には草間さんの命令を受けて、潜入捜査的な目的で加わっているのですよ。
 ですが。
 とてもイラっとしたので、無言で切ってみることにしました。
『いやいやいやいや! おまえ、それはダメだろ!? わかるよね? 俺が誰かとか、忘れちゃってねぇよね?』
 むしろ忘れ去りたい気持ちでいっぱいなのですが、しつこく電話してきそうなのでしかたなく相手をすることに。
「なんですグリ?」
『いや、写真撮影んときにあの魔王のねーちゃんから聞いたぞ。おまえ、なんか悩んでるんだってな』
 魔王様……自力で連絡つけちゃったんですね。
『ああ。あれはいい取引だったぜ』
 しかもセクシーショット、撮らせちゃったんですね。
『そりゃまぁいいんだけどよ。おまえ、着ぐるみであちこち出歩いてるらしいじゃねぇか。おまえん家から連絡来てよ。1回家にも着ぐるみで――』
「あたしはしばらく帰れませんのでグリ」
『なんだよ。なんかでっかい動きでもあんのか?』
「大きな動きがあるんじゃないですグリ。大きく動くんですグリ」
 あたしは今度こそ電話を切って、マナーモードに。バイヴも切ってあるので、誰からかかってきても、あたしが見さえしなければわかりません。
 あたしは前足のかぎ爪にストラップを引っかけて、ぽいとカバンの内に携帯を放り込みました。


 寮の外に連なる山脈。魔界なので生えてる木がちがいます。杉っぽいというか、松っぽいというか。
「確認しますウオ。今日の作戦は魔王領の拡大ですウオ。攻撃目標は領地外に棲みついている野良オーガの一族。空戦部隊は先行して爆撃。そこへ左翼から陸戦部隊が突入、空戦部隊と連動して攻撃してくださいウオ。最後は魔王様」
「うむ」
 魚人さんの言葉を受けて進み出る魔王様。今日はプラスチック製の鎧で完全装備です。
「演説はかわいい系と色っぽい系、男の子、どの声でやるかの? こういう地道な練習が声優アーティストの」
「魔王様。売れるにはもう、十代後半で事務所に入っておりませんと無理ですウオ」
「んあー、せめて声聞いてから判断せいよー」
「そもそも3年くらいで使い捨てられるのがあたりまえの業界ですウオ」
「あー。ベテランとかなっても、出演料の値下げ断って下ろされたりクモねー」
 魚人さんといいアラクネさんといい、魔王軍はなぜか声優業界にくわしいのです。
「演説はいりませんので、魔王様は魔法攻撃をよろしくお願いしますウオ。できるだけハデで、殺傷力の低い爆炎などが望ましいですウオ」
「わかったのじゃ♪」
「かわいい作り声はいりませんウオ」
「若手にいっぱいいそうな声だしクモ」
「……ぐぐぐ」
 ともあれ。魔王軍は初めての侵略活動を開始したのです。

「おばちゃんに続くトリよー」
 ファイヤーバードさんを先頭に、あたしと天狗さん(語尾は「ハナ」)が編隊を組んで飛びます。全員、魔王様の錬金で造られたイガグリを詰め込んだカゴを持って。
 木々を越えて、山間に陣取ったオーガさんたちの集落へ。
「爆撃開始トリ!」
 目標を確認して、イガグリを投下。オーガさんの固い皮にもチクっと刺さる特製品です。
 オーガさんたちがうろたえている間に、木の影に隠れて待機してた猩猩さんたちが長い棒を槍みたいに構えて突撃します。
 棒の先には錬金の“金”が封じられていて、当たるとビリビリするそうですよ。
 ちなみに陸戦部隊は一点突破のくさび形陣形をとってまとまっているのですが、これは単純に数が少ないからですね。
「おばちゃんたちも攻撃トリ」
 ファイヤーバードさんが急降下、燃える翼で敵を薙ぎ。
 天狗さんがその炎を仰いで燃え立たせて。
 あたしはクチバシでつついたり、かぎ爪でひっかいたり……うーん、あんまり貢献できてない気がします。

『世界侵略の訓練が必要だと思うんですグリ!』
 おとといの夜、草間さんからの電話を切ったあたしは魔王様に訴えました。
 決意を見せるために、着ぐるみ姿で。
『海原。だからの、おまえはちと着ぐるみに適応しすぎて我を忘れておるんじゃって』
 なだめようとする魔王様。
 あたしは必死で訴え続けます。
『あたしより魔王様ですグリ! だってこのままじゃ魔王様、ただの社会のカスですグリよ!? 今はまだ若いからいいですけど、歳なんかすぐとっちゃって、ダメな男に引っかかっちゃったりして……そしたら魔王軍、どうするんですグリ?』
 魔王様は考え込みます。猛烈にダメな人ですけど、抱え込んだ部下をほっとける人じゃないですからね。
 そして部下の魔物たちだって、魔王様のことが心配でたまらないのです。……慕われてるわけじゃないところがまた魔王様っぽいですね。
『……訓練って、なにをどうする気じゃ?』
 こうしてあたしは、魚人さんたちに相談した案――オーガのみなさん追っ払い計画をお話したのです。

 もっと活躍しなきゃ!
 焦るあたしの中で、なにか音がしました。ファファファファーン、みたいな音。
 そして。
 あたしのクチバシの奥から、魔法の風――ウインドブレスが飛びだしたのです!
 もしかしなくてもレベルアップ! 着ぐるみなのにこんな機能があるなんて。実生活以外の魔王様はやっぱりすごいのです。
 ……そんなこんなで、魔王様の禁断魔法(手加減派)が炸裂して。
 あたしたちはオーガさんたちを追っ払うことに成功。領地を大きく拡げたのでした。


「海原、レベルアップで形が少し変わったのう」
 鏡で見せてもらうと、着ぐるみの形が少し変化していました。
 白鷲だった顔が黒鷲になって、表情もなんだか凜々しめに。なぜかもふ度もアップ。
 ほかの魔物のみなさんも、この戦いでレベルアップしましたし、なんだか行ける気がしてきました。
「世界の前にまず魔界征服して、魔王様には本物の魔王様になっていただきましょうグリ!」
「えー。妾、パチ屋だけ征服できたらいいんじゃけど」
「おばちゃんやるトリ!」
「しょうがないからがんばるサル」
「そのための企画書はすでに用意してありますウオ」
 魔王様の意思は完全無視!
 あたしは燃える心で宣言します。
「征服完了まで、この着ぐるみは脱がないグリ!」
 あたしのグリフォン生活の、本格的な始まりです!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年05月10日

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