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『―混沌の象徴・2― 』
海原・みなも1252)&瀬名・雫(NPCA003)

 『赤い大地』での死闘から生還し、時折起こる謎のパワーアップの正体が体内に宿るティアマトの力なのではないか、と云う推測でほぼ間違いないと思い始めたある日。海原みなもは、瀬名雫に呼び出されて彼女の自宅を訪れていた。
「シェアハウス、ですか?」
「そ。ゲーム内に定住しようってんじゃないけど、2〜3日なら滞在しても大丈夫でしょ?」
 いきなりの提案に戸惑いを見せるみなもだったが、確かに最近はログイン中のタイムカウント圧縮によって数日間ゲーム内で過ごす事が多くなっている。その度に宿屋に泊まるのもコストが掛かるし、空室が無い場合は野宿確定である。
 ならば、パーティーで資金を出し合って家を買ってしまった方が良い、と云うのが雫の提案だった。
「丁度いい物件があるんだよ。あるヘビーユーザーが定住する為に建てたんだけど、拠点を別のエリアに変えたから売却したんだって」
「つまり、その空き家を買おうって訳ですね?」
「不動産屋に頼んで、商談中って事にして貰ってるんだ。あたし一人じゃ買えないし、どうせ皆で住むのならシェアハウスの方が良いかと思ってね。どう?」
 それは、モノを見てみないと何とも……と云う事で、二人は揃ってログインした。

***

 みなも達が、拠点としている街――いわゆるホームタウンの外れに、その家は建っていた。
 石造りの頑丈な建物で、ダイニングを兼ねたリビングに個室が3つ。リビングには暖炉もあって、ちょっとお洒落な雰囲気の家であった。
「作戦会議をするにしても、周りの目を気にしなくて済むし……」
「個室も結構広いですね。ベッドと机を置いても、まだ余裕がありますよ」
 この条件で、価格は2千万ハイト。因みに、レートは日本円と同じ額に設定されている。つまり、1ハイトは1円となる。
 『魔界の楽園』に於いても、相手プレイヤーを撃退したりエネミーを倒したりすれば、報酬としてゲーム内通貨が貰える事になっている。が、彼女たちの場合は格上のキャラと戦う事の方が圧倒的に多い為か、報酬額も大きかったのだ。
 加えて、余分な買い物をせず、宿に泊まったり、食事をしたりと云った最低限の出費のみに留めて来た事もあって、貯蓄額はちょっとしたものになっていたのだ。
「どうかな?」
「良いんじゃないですか? 新築同様で綺麗だし、その割に安いし」
「決まりだね。じゃ、取り敢えず500万ハイトずつ出して、残り1千万はローンで……」
「え? あたし2千万なら出せますよ?」
 えっ? と目を見張ったのは雫だけではない。同行していた不動産屋も、顎が外れんばかりに表情を崩して驚いていた。
 然もありなん、雑魚クラスのエネミーを倒して凡そ数百〜数千ハイト、ダンジョンのボスクラスで数十万ハイト程度と云った相場になっているので、2千万をポンと出せるなんて、どれだけ稼ぎまくったんだよと云う話になるのだ。
 が、みなもは少々、バツが悪そうに鼻の頭を掻きながら、目線を泳がせていた。
「えーと、実は脱皮の度に、鱗を丁寧に剥がして売ると結構な値段になるんで……」
 そう、みなもはエネミーを倒す以外にも、自らの身体から剥がれ落ちる鱗が武器や防具の素材になる事を知っており、それが脱皮の度に大量に手に入る為、それを売って蓄えを作っていたのである。
「はぁー……この鱗がねぇ……」
 確かに、考えてみれば彼女は上半身には防具を纏っているが、下半身は剥き出しのままだ。なのに、大怪我に至った事が無い。それはつまり、この鱗が鎧並みの硬度を保っている、と云う事に他ならないな……と、雫は納得していた。
「あたしも、最初はポイポイ捨ててたんですよね。けど、彼が『これって武器や防具の素材になるんだよ』って教えてくれて」
 成る程、彼の入れ知恵か……と、雫は思わずジト目になる。見れば、みなもは彼の事を思い出して、ほんのり頬を紅潮させている。
 ともあれ、意外にリッチであったみなもがポンとキャッシュを差し出して、アッサリと家を買ってしまったのだった。これがリアル社会での出来事であれば、とんでもないお伽噺を見ているかのようであったろう。

***

「あの後、『赤い大地』はレベル制限が施行されたんだってね」
「やはり、そうですか……確かに、一般のプレイヤーが誤って迷い込んだりしたら、大変ですものね」
 みなもは、早速設えたテーブルの上にティーセットを広げながら、当時の事を思い出して肩を竦めていた。
 彼はその為に戦死し、未だ再課金の手続きが終わらないのか、ログインして来ない。
 そして彼女自身も瀕死の重傷を負い、更には港でヒドラの奇襲を受けて船を壊されかけたのだ。彼女にとって、あのステージには良い思い出が無く、出来れば忘れたいと思っていたところだったのだ。
「他の激戦地も、程なくレベル制限が敷かれるって。ついでに、街中での危険行為についても少しルール変更があるらしいよ?」
「この間みたいに、境界線上から街中に向かって攻撃して来たらペナルティ、とか?」
「うん。それと、闘技場が新設されて、その中で『試合』をするのならバトル展開OKになるみたいだね」
 成る程、リアルな戦闘はゲーム初心者には些か厳しい。しかし、試合という形を取るのであれば、それは格闘技の道場で修業を積んで、ある程度レベルアップしてからフィールドに出る事も出来る。
「ゲームの内容も、ルールも。最初の頃に比べたら大きく変わりましたね」
「そうだね。最初は単なる通信型格闘ゲームだったのに、RPG要素が加わったり、VR空間操作でキャラに乗り移ったり……」
「今、こうして寛いでいるのも、ゲームの中なんですからね。これだけ機能が追加されれば、処理も大変になるでしょうね」
 まぁ、そういう舞台裏の話は夢を壊すから置いといて……と、雫はひと呼吸おいて話を続けた。
「でね? 今度のアップデートから、パーティーが任意制から登録制に変わるみたいなんだよ」
「要するに、共通の目的を持ったグループになる、って事ですか?」
「平たく言うと、そんな感じかな。今までは、単に仲間内で協力プレイしてただけだったでしょ? けど、それだと個人プレイの延長と大差ないから、あまりメリット無かったんだよね」
 言われてみれば、確かに互いの弱点を補いあったりした協力プレイは展開してきたが、それによるパワーの増幅や一斉攻撃と云った、一般的なRPGにありがちな攻撃や防御のパターンは無かったな……と、みなもはこれまでの戦いを回想していた。
「だから、彼が戻ってきたら、3人でギルド……と云うよりクランかな? を組んで、申請しようと思うんだ」
「賛成です。あたしは攻略が目的で参加している訳じゃないけど、少しでも危険を避けたいし、それに……」
「分かってるよ、彼との絆も強固になるって言いたいんでしょ?」
「そ、それは、その……そうですね、その通りです」
 あーあ、此処までオープンにラブラブ展開しといて、今更それかい! と、雫は苦笑いを浮かべた。
「……戻って、来ますよね?」
「アイツが、アンタを置いてゲームから去ると思う? 見て御覧よ、グレー反転はしてるけど、まだ抹消されてないじゃない。心配いらないよ、あいつは必ず帰って来るから」
「そうですよね!」
 そう言って、みなもは嬉しそうに居室の手入れを始めた。
 雫の目には、その様がまるで新婚家庭の新妻のように写ったという。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年05月18日

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