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『『公開ファイルNo.2 リューリ・ハルマ&アルト・ヴァレンティーニ』 』
リューリ・ハルマka0502)&アルト・ヴァレンティーニka3109

 薄絹を何枚もくぐり抜けた先に、その部屋は存在した。
 雰囲気たっぷりに焚かれた香。ふぅわりゆらりと宙に浮かぶ、穏やかな光をたたえたランプ達。視界に触りがない程度に明るいそこは、しかしその全貌を明らかにはしていない、「現世」には存在しない不思議な空間。

「ようこそ、境界の占術館へ!」

 にっこり。
 そう効果音でもつきそうな笑顔を浮かべた占者は、どこからともなく取り出したタロットを卓上に置いて、すぅ、と軽く息を吸い込んで。

「さぁ、私に、きみたちの可能性の一端をみせてほしいっすよ」

 言って、占者はひたりとリューリ・ハルマ(ka0502)を、そしてアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)を見つめた。
 その人がカードに触れる手つきはとてもやさしくて。現実味のない空間に知らず見を固くしていたリューリとアルトは、ようやっと、この空間に身を委ねるのであった。



「あのね、アルトちゃんと一緒に戦うのに、もっと強くなりたいんだ。どうしたらいいかな?」

 当たり障りのない身の上話や、軽い世間話に興じた後。
 まず先に、とリューリが告げた質問内容に、占者は軽く頷くと、おもむろにカードをシャッフルし始める。

「強くなりたい、とは、具体的にどういう強さか、教えてほしいっすよ」
「具体的、に……?」

 問われて、リューリは答えに窮した。まさか重ねて質問を受けるとは思っていなかったのだ。

「……アルトちゃんに、迷惑かけないくらい……?」
「りょーかいっす」

 酷く曖昧な答えだったが、占者にはそれでよかったらしい。
 手早くカードをまとめ、3つの山に分け、リューリに重ねる順番を指定させると、迷いない手つきでカードを7枚、場に並べた。

「ではまず、きみの望みの、そのルーツを」

 六芒星を模したカード、その頂点、右下、左下のカードを順に開く占者。
 現れたカードは、それぞれ「愚者の逆位置」「隠者の正位置」「女帝の正位置」。
 しばしカードを眺めていた占者は、ひとつ瞬きをすると、ふいにニコリと微笑んだ。

「過去のきみは、堅実なヒトだったみたいっすね。早く強くなりたい、本当に強くなれるだろうか、って焦りと不安を抱えながら、それでも一歩ずつ着実に努力してきたんじゃないっすか?」

 そこで、占者は一呼吸間を取って、ふっと表情をやわらかくする。

「けど、なんのために努力してるのかわからなくなって、ただ闇雲に足掻いていたのかもしれないっすね。周りから見ればそれは無謀に見えるような、強さを得るための努力以外は何もせず自堕落に過ごすような、そんな過去があったのかもしれない。……けど、今のきみは内面的にも成長して、物事の道理がわかるようになってる。強くなりたい、って言う目標に、何らかの光明を得たのかな。なんにせよ、きみはより幸福な未来を得るために様々な思考を巡らせているはずっす。誰にも言えないようなことを『やろう』と決めてる、なんてこともあるんじゃないっすか?」

 見透かすような占者の瞳に、リューリは知らず、コクリと小さく喉を鳴らした。
 その緊張を感じ取ったのか、殊更溌溂とした表情を浮かべ、楽しげに「女帝」のカードを手に取る占者。

「でも心配しないでほしいっすよ。未来は明るい。きみはきっと目的を達成して、多くの仲間に囲まれて豊かな生活を送れるっす。もしかしたら、子供を育ててるかもしれないっすな。なんにせよ、きみの望むものは須く得られるっすよ。不安に思わず、未来を信じて突き進んでほしいっす」

 目的は達成される、と聞いて、リューリは傍目にもわかりやすくホッと胸をなでおろす。たとえ占いでも、「願いは叶う」と言われれば安心するものだ。

「じゃあ続いて、きみの内面を見ていくっすね」

 言いながら、下、左上、右上のカードをめくる占者。開示されたのは「吊るされた男の正位置」「法皇の逆位置」「正義の正位置」。

「……現在のきみを取り巻く環境は、限りなく不安定っすね。きみ自身も人生の岐路に差し掛かっていて、ともすれば周囲に巻き込まれて不安定になりかねない。でも大丈夫、きみにはその状況を乗り越えるだけのチカラがある。今は忍耐の時っす、耐えて受け入れて、反撃の時を待ってほしいっす」

 その顔のほとんどがフードに隠れているくせに、占者の表情は嫌に雄弁だ。覗く口元に笑みを湛えて、言葉を紡ぐ。

「ところで、『今までできていたのに、急にできなくなったこと』はないっすか? たとえば、信じていたことが間違っていたり、正しいと思っていたことが通用しなかったり。もしかしたら小さなことかもしれないっすけど、積み重なれば不安定にもなる……。無意識に、きみは新たな指針を探してるみたいっすね」

 はた、と。
 何かを窺うように、占者の視線が揺らいだのがわかった。

「その指針は男性の姿をしているっす。大木のようにどっしりと構え、泰然とした、けれどどこか無邪気な笑みの似合う男性。その人が、きっときみをより幸福な未来へ導いてくれるっす」

 その意味を問う前に、占者は何事もなかったかのようににっこりと笑った。

「あと、気を付けてほしいことがあるっす。きみの心は、何かに大きく傾きすぎてるみたいっすね。それを守ろうとして、他者を傷付けてはいないっすか? 今、きみに必要なのは正しい判断とバランスの取れた心っす。傾きすぎた天秤に決着をつけることっすな。そうすれば、きみはより信頼できる仲間に恵まれるっすよ」

 天秤を戴く天使のカード。正義の名を冠するそれをただ見つめるリューリ。

「さぁ、最後にこの占いの結論を!」

 ピッ、と提示されたのは「死神」のカード。

「きみは今、保身に走るばかりに大切なことを見失ってるみたいっす。そうっすなぁ……私には、きみがとても死にたがっているように思えるんすよ。きみが本当にやりたかったこと、守りたかったものは何だったのか、もう一度よく考えてみることっす。……そして、本当はどうすればいいのか、きみはちゃーんと気付いてるはずっすよ。傷付くのが、傷付けるのが怖くて一歩を踏み出せずにいるんすね」

 いっそ慈愛すら滲ませる占者を、リューリは「怖い」と思う。なぜそう思うのかはわからない。けれどそれは、理解できないものを前にした恐怖に、とても良く似ていた。

「だいじょーぶ、恐れなくていいんすよ。その傷は、新たな出会いをもたらしてくれる。今、きみに必要なのは、自分の心と向き合うこと。そうすれば、『きみの望む未来』を得られるっすよ」

 そう締めくくった占者は、身を強張らせるリューリににっこりと笑いかけるのだった。



「よし、じゃあ次はそちらの方の番っすね!」

 そう言って溌溂と笑う得体の知れない者に、アルトは緊張を滲ませて頷いた。

「たはー、なんか緊張させちゃったっすなぁ。まぁまぁ、所詮占いなんすから、お二人ともリラックス、リラーックスっす」

 不信感しか無い風体をしてどの口が、と思わなくもないアルト。緊張感の欠片もない口調と仕草が、アルトにはどうにもこうにも胡散臭くていけない。
 先に占いを終えたリューリを横目に覗えば、いつも通りの快活とした表情の裏に、何事かを考えている影が見えた。

「マァマ、そんな身構えずに。さぁ、質問をどうぞ?」

 如何にも「人畜無害です」と言いたげなオーラを醸し出す占者。
 そこまであからさまだと、いっそ警戒するのが馬鹿らしくなってくる。

「……無茶をする親友を止めるのはもう諦めた。だから、守るためにもっと強くなりたいんだ。どうすればいいかな」
「ふむふむ。守る、の定義は?」
「何者からも。何からも、誰からも傷付かないように」

 リューリと違い、こちらはきっぱりと追加の質問に答えるアルト。
 その答えに満足げに頷いて、占者は先程と同じようにカードを混ぜ、まとめて3つの山に分け、アルトに戻す順番を指定させてから7枚のカードを場に並べ置く。

 ではでは、なんて言いながら開示されたのは、魔術師の逆位置、法皇の正位置、女帝の正位置。

「んー、過去のきみは、限定的なコミュニティーで、定められたルールを守って生きてきたんすね。自分の思うままにならず、決められた範囲でしか行動できなかった。その経験が、きみを狡猾な策略家へと成長させたんすなぁ。他者を誘導して、きみの望む結果を得ることがうまいんじゃないっすか?」

 狡猾な策略家、と聞いて、アルトはほんの少し顔をしかめる。

「そんな顔しないでほしいっすよぅ。いまのきみは、自分の『正しい行動』に確かな手応えを感じてるはずっす。信頼できる人や伝統ある組織から、明確な助言を得ることもできてる。ただし、油断は禁物っすよ。常に良識と常識を意識して、きみが目指している場所を見失わないようにきをつけてほしいっす」

 法皇のカードを指し、次いで女帝のカードに指を滑らせる占者。それは、リューリを占った時に出たのと同じ位置。

「まぁ、なんのかんの言いつつ、今のまま進む未来は明るいっすよ。これまでの努力は実を結び、きみの望む未来をえられる。重ねて言うっすけど、きみの望みをしっかりと見定めて、努力を怠らずに邁進してほしいっすよ」
「……ボクの望み、って?」
「それは私にはわからないっすよぉ」

 へら、と笑う占者はやっぱり胡散臭い。

「ま、その焦りもわからなくもないっす。環境のカードは『死神』……要するに、きみの周囲は今、希望も見いだせないような無力感に苛まれてるみたいっすね。まずはその状況を受け止めて、恐れずに向き合うことっす。そうすれば、自ずと希望が見えてくるっすよ。昇らない太陽はないように、ね」

 ね、の部分で占者の肩が軽く揺れた。どうやらウインクしたらしい。隠れて見えないのに、妙にわかりやすい。

 ジト目で睨んだのがわかったのか、占者は拗ねたみたいにちょっぴり口を尖らせると、手早く残りのカードを全て開示する。
 無意識に恋人の正位置、アドバイスに悪魔の正位置、そして結論に星の正位置。
 いくばくかの間、開示されたカードを見つめていた占者は、珍しく口元を引き結んで、ためらうように口を開いた。

「きみには、奪い取ってでも手に入れたいものがある」

 告げられた言葉は、今までになく重い。

「そのもののためなら何者にも負ける気はないし、そのもののために死んでもいいとすら思っている。そして、きみはまだ、その狂気すら思わせる感情に気付いていない」

 軽薄な口調は鳴りを潜め、見えないくせにまっすぐ突きつけられる視線が、鋭い。

「選択を間違わないことだ、何もかも失いたくなければ。それは報われることのない愛である。きみがどれだけ用意周到に策を巡らせ、情に訴え、時には暴力に頼ったところで、叶うことのない想いである。理性をしっかり保つことだ、その感情にのまれないように。向き合いなさい、己の身の内に潜む悪魔に。その恐怖から逃げ出さなければ、打開策は必ず見出だせるだろう」

 言い切って、占者はふっと纏う空気を和らげた。口元に薄い笑みが戻っているのを見て、アルトは知らず詰めていた息を吐き出した。

「思い出してほしいっす、きみが本当に望んでいたことを。子供の頃、寝物語に童話を語ってもらっていた頃、きみの思い描いていた夢があるはず。それは、いつも姿を変えず夜空を飾る星のように、きみの中で今も光り輝いているはずっすよ。大丈夫、直感を信じて努力すれば、その果てに、希望が光り輝いてるはずっすから」

 言うなり、「パチンッ!」と指を鳴らす占者。
 途端に、二人の居る空間は朧気に霞み、視界の端がじわりじわりと白い闇に侵食される。

「待っ!?」
「さぁ! 私はきみたちに『可能性』を開示した! あとはきみたち次第。私は信用ならないだろう? そう、行きずりの辻占なんか信じちゃいけない。こういうのは話半分に聞くものさ!」

 ローブの奥、殆どを闇に隠した口元が、ニィっと三日月に弧を描く。慌てふためく二人など、気にも留めていないらしい。
 カァン、と甲高い音がする。侵食する白の向こうで、この世ならざる空間は光の粒に包まれていた。

「深く考えるもんじゃない、どうせここの記憶はきみたちに残らないんすから。ではでは、またいつかの機会に。お気をつけてお帰りくださいませ〜!」

 占いの余韻もなにもあったものではない強烈な感覚。けれど不思議と気分は悪くない。
 白い闇に浮かんだ占者が、相変わらずへらへらとした笑みを浮かべて手を振っているのを最後に、二人の意識は急速に現世へと引き戻されていった。



 これは、『忘れらるべき空間』で起こった、『誰も知らないおはなし』である。



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2017年05月22日

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