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『思い出の未来 』
ソーニャ・デグチャレフaa4829)&キルデスベイベaa4829hero001
「……今のご命令を小官に復唱せよと、本気でおっしゃっておられるのか!?」
 60センチの体をぴんと伸ばして直立不動を保ったまま、ソーニャ・デグチャレフは豪奢な天井目がけて濁った声音を噴きあげた。
「背が足りておらんな。次までになにか台を用意しておこう」
 ソーニャの前に立ちはだかるプレジデントデスクの向こうから、落ち着いた男の声音が投げかけられる。
 声の主はソーニャの所属する亡命政府統合軍の大将であり、亡命政府の臨時代表者でもある男だ。
「お気遣いいただけるなら、適材を適所へ配するを徹底していただきたくありますな」
 直立不動を崩さぬソーニャ。
 それが礼儀ではなく、命令撤回を勝ち取るまでここを動かぬ! というソーニャの決意であることを男は察した。お互いに遺憾ながら、付き合いはそれなりに深く、長くもなっているからだ。
「貴官の意見を率直に述べることを許可す」
「頭が沸かれたか、閣下!?」
 最後の「る」まで言わせず、ソーニャが噛みついた。
 実際に剥かれた彼女の犬歯は鋭い。これに噛みつかれたら痛そうだなと男は思いつつ、かぶりを振ってみせる。
「人手不足は深刻だ。それは貴官も知っているはずだな」
 ソーニャがぐっと息を飲む。
 そんなことはもう、知りすぎるほど知っていた。
 そうでなければ自分のような子どもが戦場へ駆り出されることはなかったろうし、彼女を含む国民が祖国を亡くした激戦の中で体機能のほとんどを失い、頭部から下をすべて機械に置き換えたこの男が、亡国の全権を担わされることもなかったはずだから。
「しかしながら。戦争しか知らぬ小官に務まろうはずが」
「貴官が初めて袖を通した軍服は、果たして貴官の体に合わせて縫われていたか?」
「はい、いいえ。そうではありません……でしたが」
 女性兵士用どころか少年兵用の軍服の裾と袖を自分で切り落とし、ぶかぶかの首元にはスカーフを詰め込んで体裁を整えた。
 そのとき配属された大隊の長こそが目の前の男なのだから、ごまかしようがない。
「ならば同じことだ。貴官の心を任務に合わせたまえ。――復唱っ!」
 叩き上げの元佐官が腹の底から噴いた命令に、ソーニャの心身は自動的に反応し。
「ソーニャ・デグチャレフ観戦武官、国民の慰問任務へ赴きます!」
 満足気にうなずく男の顔へ、ソーニャは『ああ』と恨みがましい目線を向けるのが精いっぱいだったのだ。


「……というわけで、小官は同胞への慰問をせねばならん。案があれば忌憚なく述べよ」
 床を這うがごとしなソーニャの薄暗い声音に、彼女の契約英雄たるキルデスベイベは鋼めいた体を傾げ。
「慰問の目的とはストレスの緩和にあります。でしたら機銃撃ち放題祭で」
「却下する。軍の物資を浪費するわけにはいかんし、なにより日本政府がゆるさんだろう」
“歩く戦闘機”然としたキルデスベイベの体には、祖国の空軍で小隊――2機編成で1分隊、2個分隊で1小隊が編制されていた――を組んでいた4人の魂が混在している。
 が、彼らは専門教育を叩き込まれたエリートではなく、戦争の都合で空へ押し上げられた一般兵だ。基本的にお上品な発想とは縁がない。
 それでも彼らは一丸となって考えてみた。

 撃つのがダメなら……殴るとか?
 慰問って、やらしい女歌手のコンサートじゃね?
 細マッチョのポールダンスでしょ。
 全年齢向けでそっち方面は叱られるぞ。
 少年兵の慰問について知ってる奴いるか?
 確か、お菓子の支給があったような……
 ボーイスカウトみてぇに歌いながら作ったりなぁ。
 あと、お笑いとかか。
 階級ちがいのコンビが出てくると目も当てられないけどね。
 上官がボケだと特にな……。
 しかし、方向性はそれでいいだろう。外国暮らしでいちばん辛いのは祖国の味から離れることだ。
 祖国の味、祖国の歌、つまらない笑い――うん、支持するわ。
 つまらない笑いってどうよ!?
 大事なのは一体感だからね。つまらないを共有できればそれでいいのよ。
 それしても落としどころは必要だろう。
 じゃあ、少尉殿の見かけを生かしてもらうか。
 ああ、うむ。たまにはそうだな、いいんじゃないか? せっかくの機会だ。せいぜいハデにやらかしてもらおう。
 数少ない同胞に愛される軍人になろうってことで、賛成。
 異議なし。
 了解。

「……慰問案がまとまりました。これ以上ない良案かと愚考いたします」
 キルデスベイベはうきうきと弾む心を隠し、平らかに語り始めた。


 臨時政府領内――とは名ばかりの、元大使館の中庭に、数十人の人間が集まっていた。
 その、老人と子どもがほとんどの数十人こそが、ソーニャに残された守るべき同胞であり、現在の国民のすべてであった。
「ソーニャ・デグチャレフ観戦武官であります……きききが、気軽にににゃ、『ニャーたん』と――て、呼んでくだされろ」
 敬礼するソーニャの姿は。
 普段の彼女を知る者が見れば、上もしくは下へテンションを振り切ってしまうだろう、ピンクでミニでフリフリな、軍服風のアイドル衣装であった。

『閣下、これはいったい……!?』
『貴官の副官より打診を受けてね。日本のとある企業に提供してもらった。代償は貴官の写真集の販売権だ』
『しゃし――っ!? いやそんなものよりもこの服は、明らかに我が統合軍の制服を模したものではありませんか! う、売り渡したのでありますか、誇り高き我が都合軍の誇りを!』
『誇りはひとつでいいと思うのだが……まあ、外貨獲得の機会は我が国としても逃したくない。祖国復興の踏み石となることも、軍人に課せられた義務だよ』
『お言葉ですがっ! 小官は慰問において、祖国の味わいであるところのハーブクッキーを製造、同胞に配布するということ以外、聞いておりませんっ!』
『すでに提携先からは、貴官をモチーフにしたウェブアニメーションの製作企画があげられている。我が国としては当然受けざるを得ない。理由の説明が、これ以上必要かね?』
『はい、いいえ。不要であります……』
『この慰問は貴官にとって練習の場となる。これから出演することになるいくつものイベントのな。提携先からのキャラクター案に従い、演技をしてくれたまえ。さあ、復唱を』
『うう……』
『ソーニャ・デグチャレフ観戦武官、復唱したまえ!』

 ――衣装を前にかわされたやりとりが、ひきつった笑顔の裏によぎる。
 すべては祖国のためであり、同胞のためである。そう言われて軍人が、こんな頭の悪い布きれを着るものかーなどと叫べるはずがない。
「にゃにゃニャーたんといっしょに、クッキー、つくる――ちゃう、のだ」
「『だにゃー』であります、ニャーたん少尉殿」
 ソーニャの隣、器用に主翼状の両腕を後ろに組んで立つキルデスベイベがしれっと。
「貴様ら……小官に憤死せよと言うのか?」
 フリルで飾られた眼帯に覆われていない左眼でキルデスベイベをにらみつけるニャーたんもといソーニャ。
「これもまた戦争ですよ。後方の戦意高揚は前線を支える最重要資源となりうるものです」
 言っていることはもっともだ。
 が、納得ができない。できるはずがない。
 ――小官は転がされている! 代表やキルデスベイベという無慈悲な大人どもに!
 せめて一矢。その思いだけで、ソーニャは砕けそうなほどの力で食いしばっていた奥歯をギギギと開き。
「ひとりでは死なんからな!」
 そして気味が悪いほどの笑顔を国民へ振り向け。
「こっちのひこーきはベイベくん! みんなー、おっきな声で呼んだげるんだにゃー。せーのっ」
 と、ここまで言ってからようやくソーニャは気づく。そういえばキルデスベイベ、今日はなぜかいつもと色味がちがう。ポップに青い、いかにも男子にウケそうな……
 進み出た人型飛行機の姿に、興奮した男の子たちが「べーいべーっ!!」、高い声をあげた。
「自分等はベイベくんでありますギュン! いっしょに遊ぼうでありますギュンよー!」
 くるくる回って翼をぱたつかせ、喝采を浴びる。
「なぜそんなに自然なバカっぷりを!? あとそのギュンとかいう語尾はなんだ!?」
「ふふふ、年の功でありますよ。薄い記憶ではありますが、どうやら下士官時代にアホな飲み会をくぐり抜けてきた経験値が生かされているようですな。ちなみにこの語尾は戦闘機の爆音をイメージしております」
 キルデスベイベは顔なのかなんなのかよくわからない機首を下からソーニャへ突きつけ。
「児童の戦意高揚にアニメーションは有効です。自分等もぜひ貢献したいものですねぇ」
「まさか貴様ら、アニメへの出演を狙って――」
 と、彼女の戦慄はともあれ。
 ソーニャにとっては地獄のクッキーづくりがスタートしたのであった。


「ニャーたん少尉殿! まずはみんなでお歌をうたうギュン!」
「う……本当に、こんな人前で歌うのであるか、にゃーっ!」
「ヤケになっちゃいけないギュン。さあみんなでいっしょに」

 今は戻れぬ、
 愛しき祖国――

「……ベイベくん? この叙情あふれる沈黙の中で、いかようにして愉快にクッキーを作れというのかにゃー?」
「全員が歌える曲といえばこれですギュンからなぁ。祖国を思う気持ちがクッキーに愛国を注入してくれるはずギュン」
 しんみりとしてしまった人々の間へキルデスベイベがギューンと滑空。
「これからニャーたん少尉がクッキー作ってくれるギュン! いっしょに作ってみたいオトモダチは自分等に続いて突貫突貫!」
 ハンドサインでソーニャに合図を送るキルデスベイベ。
 ああいいだろう。
 こうなればなんでもやってやる。
 倉庫に死蔵されていたバーベキューセットを活用した簡易キッチンに立ったソーニャはくわっと左眼を見開き。
「バターを右手、サラダ油は左手、ボウルにどぼんでぐーるぐる」
 棒読みですな。もっと楽しげに、リズムに乗って!
 キルデスベイベが軍隊式手話で細かに指示を飛ばしてくる。
 死ぬ。憤死しなくとも悶死する。
 ……思い込め! 敵に捕らえられた拷問訓練だと! 笑え! 我が鋼鉄の魂、こんな恥辱に崩されるものか!
「お砂糖ざらっと卵黄さん! バニラの香水ぱっぱっぱ!」
 雄叫んでどうするのでありますか。記録映像を見た大将閣下とスポンサー諸氏はさぞや気落ちされることでしょうなぁ。アニメ製作の話が流れれば、輸出産業などあろうはずもない我が国は……
 そんなこと、貴様らに言われずともわかってるわ! ――ここは戦場。ここは敵陣。小官がしくじれば、後方で待つ隊の全員が死ぬ。
 ソーニャ・デグチャレフよ、“ニャーたん少尉”を演じ抜け! 自らを生還させ、同胞を救うために!
 ソーニャはしばし眼を閉ざしてコンセントレーション。そして。
「衣装は小麦粉薄力粉 ヘラでぺたぺた着せましょう♪」
 ソーニャの唇から紡がれる甘い歌声。
 子どもたちが引き寄せられ、それに引かれるように老人たちも踏み出した。
 あちらこちらで子どもたちが老人に習いながら、ソーニャの歌のとおりに作業を進めていく。
「よーく混ぜたらぽーろぽろ お手々でぎゅーぎゅーまとめたら 涼しいお部屋でお昼寝よ♪」
 冷蔵庫にクッキー生地を放り込んで、ここから1時間。
 ソーニャがこの時間をどう切り抜けようかと悩むことはなかった。
 老人から教わった古い歌を皆で歌い、子どもたちに自分が知る歌――全曲が軍歌ではあったが――を教えて歌い、下ネタ訓練歌をかまそうとしたキルデスベイベにニャーたんパンチをお見舞いし……あっという間に時間が過ぎる。
 ――そうか。歌とは兵士を高揚させるばかりのものではなかったのだな。
 今さらながらソーニャは思い知った。人は戦場のみに生きるものではないのだと。
 だからこそ。戦場しか知らぬ小官は戦おう。同胞を二度と戦場へ引き出さずにすむように。

 寝かせ終えた生地に、祖国でよく使われるハーブを混ぜてひと口大に切り分け、余熱したオーブンで10分強。
 伝統的ハーブクッキーのできあがり。
「ニャーたん、どうぞ」
 子どもから差し出されたクッキー。
 ソーニャは甘いものが苦手だ。が、好意をにじることはできない。覚悟を決めてかじる。
「――甘い、にゃー」
 あの日に「生じた」彼女に記憶があろうはずはなかったが……ひどくなつかしい甘さがその口にふわりと広がった。


「またきてね」
 名残惜しげに手を振る子どもたちと、うなずく老人たち。
 ソーニャはキルデスベイベに支えられ、手を振り返す。
「おつかれさまでした、少尉殿。慰問は成功と報告できますな」
「いや、まだ成功とは言えん」
 ソーニャはライヴスの巡りの滞りにより、自由の利かない体を引きずって歩く。
「こんな場所ではなく、我が家で味わってもらえねば……成功とは、言えん」
 取り戻した祖国に建つ、彼らが本当に安らぐことのできる家で。
 しかし。子を亡くした老人たちと、親を亡くした子どもたちに帰るべき国などないのかもしれない。それでも。
「ですな」
 キルデスベイベはソーニャの杖代わりを務めながらうなずいた。
 彼らに祖国の姿を思い出すことはできなかったが、どうせなら借り物ではない、自分等だけの空を飛んでみたいものだ。
「それまで――どこにでも、どこまでもお付き合いいたしますよ、少尉殿」

 後日。意図的に流出した「ニャーたん」の姿がネットで話題となり、一部のコアなマニア間で爆発的人気となる。
 もちろん今の彼女はそれを知らないし、そのときには知りたくなかったと悶絶するわけだが……それはまた別の話である。

追記
 ウェブアニメ『突貫! ニャーたん少尉』、鋭意制作中!!


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) / 女性 / 13歳 / 卓越する戦略眼】
【キルデスベイベ(aa4829hero001) / ? / 18歳 / エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて少女は、やさしき昨日と明るき明日の狭間――鉄と火とにまみれし今日を行く。
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2017年05月26日

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