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『 潮騒 』
海神 藍aa2518

(私は思った。ひしゃげた姉の姿に刃を向けたあの時)
『海神 藍(aa2518)』は熱せられたアスファルトの上を、陰炎をかき分けるように進んでいて。
(自分が変われるのではないかと思った)
 遠くに屈折して見える光景、それへ夢の残り香を感じた。
(まどろみ……)
 手を伸ばしても届かない幻、それを追い求めていたのはいつの日か。遠い過去。
 相変わらず傷口は膿んで、血を拭きだし、張り裂けそうなところをあと一歩のところで耐えている。
 だが。そんな状態でも、信じるべき人と、貫くべき意志がはっきりしたから。
 今ここにいられる。

「ひしゃげたのよりその方が良い。……そのうち三途の向こうでね」

 そう姉に告げた言葉を藍はもう一度口にする。
 次いで仰ぎ見た空は、まるでいつか見た妹の世界の海のように透き通って見えた。
 上を観ながら歩く藍に、隣の少女が問いかける。
 どこにいくんですか?
「墓参りに行ってこようと思うんだ」
 その言葉に傍らの妹は笑顔で頷いた。

   *   *

 海神家の墓は町はずれの寂れた墓地にある。
 お寺の裏手にあるのだが、まずは管理している住職さんに挨拶をして。少し世間話をした。
 大きくなったねなんて話もした後。藍は妹を置いて石畳を上る。
 幼い頃から何度も足を運んだその場所。自分の家の墓はすぐに見つかり藍はまず石の前に座り込んだ。
 手を合わせて、長らく手入れしていなかった墓石を撫でる。
「まずは綺麗にしないとね。話はその後でゆっくりとしようか」
 そう欄は小さく微笑むと石にまず水をかけ、こする。
 すっかり掃除をし終り太陽の光を反射するようになった墓石。
「久しいね、姉さん。好きだったサクランボのクラフティ作ってきたよ。まずは一切れ」
 綺麗な姉だった、凛として藍に弱いところを見せない姉だった。その全ての行いが愛情だったと信じられる姉だった。
 そんな姉は藍が17の時に殺された。
「おっと、拗ねないでよ、母さん。母の日だからね、花は白いカーネーションにした」
 そんな姉のために鞄からお菓子を取り出し、次いで小脇においていた花を花瓶にいける。
 15の時に死別した母。
 彼女を思い出す時はいつも後ろ背中だ、そして自分が呼べば彼女は振り返る。
 その仕草が大好きだった。
 父が不在の家庭で、苦労も多くあっただろう。それを母は、自分たちに微塵も感じさせなかった。
 いつも力強い笑顔を浮かべる母。その姿を思い出しながら藍は線香に火をつける。
「あ、父さんにはウィスキーを持ってきたよ。あとでクラフティと一緒に仏壇にも備えておくからゆっくり楽しんでね」
 父と別れたのは九歳のころ。病死だった。
 静かに息を引き取った父の記憶は他の2人に比べて圧倒的に少ない。
 ただ、それでも父の膝の上に座り、いろいろと話をしてもらったのは覚えている。
 温かい父だった。
 そんな彼らを前にして、藍は線香を挿すと、再び手を合わせ祈る様に目を閉じる。
 やがって、数瞬間の迷いの後藍は目をあけると、意を決したように口を開く。
「……私は、そろそろ自分を許してみることにしようと思う」
 思ったのだ、あの時、まどろみの悪夢から帰還する少年少女。
 彼女たちの姿を見て。彼女たちは前に進んでいると。
「気が付いたんだ。自分を責めるばかりじゃ、何も変えられないって」
 その時風が吹いた、花が揺れる。髪が揺れる。
 まるでそれを祝福してくれているようだと。思える。

『藍、あなたは……苦しくとも、悲しくとも。今日まで支えてくれた人たちを護る為に、剣を取ったんでしょう?』

 そんな言葉を思い出した。
 掛け替えのない相棒、妹。彼女の言葉をずっと胸に抱いてここまで来た。
「仕事で、若い人が後悔で悩んでいて……なにか言おうかとも思ったけれど……私が前を見ていないんじゃ世話がない」
 かつて憧れた大人たち。自分の家族は悲しいことにもう行ってしまったけど。
 自分を導いてくれた皆に尊敬を。
 そして自分の命を救ってくれたエージェントに感謝を。
 今度は自分がそちら側に立つ。
 そう腹をくくってここに来た。
「思えば、世界を恨んだり、自分を許さなかったのも、悲しみから目をそらすためだった。私もそろそろ前を見ないと、ね」
 そう告げて蘭は立ち上がる。遠くに潮の香りがした。
 こんな山奥にそんな香り。あるわけないのに。
「……さて。この間話した妹分が待ってるんだ。この辺りで」
 そしてその視界の端に、見知った頭がひょっこり映る。
 痺れを切らして迎えに来た妹。
 そんな彼女に手を振って。お寺のお茶がしぶかったのかと問いかける。
 あるいは羊羹が御口にあわなかったのか。
「それとも鞄の中のクラフティーを狙っているのかな?」
 その問いかけの連続に気分を害した少女。その背中を押しながら藍は笑みをこぼした。
「またそのうち……遅くても彼岸にはまた来るから。」
 そう家族に向かって告げると、耳元で風が囁く。

『待っているわ。あなたが望むまで生きなさい』

 再び聞こえたその声に、今度は藍は振り返らない。
 空が青く見えた。それこそ、妹の故郷の海のように。
 妹と手を繋ぐと。潮騒の音が。耳に届いた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『海神 藍(aa2518)』

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております。
 鳴海でございます。この度はOMCご注文ありがとうございました。
 今回は藍さんの墓参り話ということでしたが、これから前を向いて生きていくと決心されたようでしたので。晴れやかな、爽やかなお話を目指しました。
 気に入っていただければ幸いです。
 それではまたの機会にお会いしましょう。
 それでは鳴海でした。ありがとうございました。
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2017年05月26日

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