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『おいかけっこ 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001
 日暮仙寿は縁側の縁に腰かけ、草鞋をつっかけたつま先を土の上に這わせていた。
「仙寿様!」
 高い位置で結わえた髪を弾ませ、駆けてくるのは彼の契約英雄、不知火あけびである。
 その脚を鎧う編み上げブーツの靴底は厚く、硬い。なのに、まるで足音が聞こえず、気配すら感じさせなかったのは、彼女が忍の家に生まれついた生粋のシャドウルーカーだから。……とはいえ本人、いたってまじめに『サムライ』を志しているわけだが。
 仙寿は思わず跳ねた心臓を、息を飲み込んで抑えつけた。
 ここで無様を晒すわけにはいかない。
 見せるのはそう。余裕だ。
 仙寿は胸を張り、腕を組み、顎を引いて、できうる限り低い声で。
「来たか」
 ……もう少し言い様があるだろう。よく来たな、とか。来てくれて俺はうれしい、とか。
 いくつか考えてみて、仙寿はぞわっと背筋を震わせる。
 そんなこと言うか! どうして俺があけびに媚びなきゃいけないんだよ!
 葛藤する仙寿。
 小首を傾げてその様を見ていたあけびは、いきなりぐわっと頭を振りかぶり。
「仙寿様! 気づかなくってごめんなさい!」
 思いっきり振り下ろされたあけびの頭が「謝罪」しているのだと気づくまで、2秒かかった。
「あ、ああ、いや、その、なんだよ?」
 のけぞった仙寿へ、あけびはずずいと押し寄って。
「仙寿様がこっそり“にじり足”の練習してたんだーって気づくのに時間かかっちゃって! これはサムライガール一生の不覚っ!」
 ちょっと待てよ! この足は! おまえを待ってる時間、持て余してただけで!
「別に、隠してたわけじゃ、ない、からな」
 仙寿はあけびから顔を反らし、こともなげに言った。もちろん、こともなげを装うことには失敗しているわけだが、本人は気づかなかったし、あけびは推して知るべしだ。
「精進。日々これ精進。よし、私も負けてられない! 仙寿様――」
「待て!」
 思わず掴んでしまったあけびの袖をあわてて離し、仙寿は咳払い……のつもりが、本気で咳き込むことになった。
「そんなにあわてなくても大丈夫だよー」
 笑顔であけびに背をさすられながら、慣れないことはするものじゃないなと思いつつ、ついつい尖った声音を紡いでしまう。
「……なんだよ。そんなに、おかしいか?」
「かなり深刻に仙寿様が」
 さらりと返され、息を詰める仙寿。
 俺はおかしい。そんなの、俺がいちばんわかってるんだよ。でも。それでも言わなくちゃいけないことがある。
「少し、そうだな。落ち着け。座れ。飲め」
 なんのために、どこに、なにを。せっかく夕べ書き出して憶えてきたはずのセリフ、その必要な箇所が出てこない。くそ、こんなにうまくできないなんて……!
 とりあえず自分の横にあけびを座らせ、ポットからアイスコーヒーをそそいで押しつけた。コーヒーは一晩かけて抽出した水出し。ぬかりはない。
「おいしい! けど……」
 あけびが仙寿の言葉を待っている。いきなり呼び出されて座らされてコーヒーを飲まされた。それだけですむとは、さすがにあけびだって思っていないだろう。当然だ。
 だから仙寿は言わなければならない。それも当然だ。が、いきなりこんなことを言って、もっとおかしいと思われないだろうか?
「仙寿様?」
 ああ、だからわかってるんだよ! 言う! 言うから息を吸わせてくれ――息をするのも忘れてたのか俺は。そんな、告白するわけでもないのにいや告白なんてしないけどな!
 胸の内で大騒ぎしながらも顔だけは平静に、仙寿は吸った息を大げさなため息へと変えてみせ。
「――様づけだ」
「はい?」
「前にも言ったと思うけどな。俺を様づけするの、やめろよ」
「無理!」
 ようやく言った。そう胸をなで下ろす間もくれず、あけびはきっぱり言い切った。
 そして、なぜだ!? と仙寿に目を剥く間もくれないまま言葉を継ぐ。
「だって仙寿様は私がお世話になってる人だし、なんていうかサムライ的に忠義捧げる人ーって感じだし? あ、いちばんぴったりかなって思うのは“若”!」
 おまえは俺の爺か!? ああそうだな、婆やじゃないな! 爺だな爺っ!
 叫び出しそうになるのをぐっとこらえ、仙寿は低い声を絞り出した。
「じゃあ俺がどうなったら様でも若でもなくなるんだよ?」
「仙寿様が私に、私が仙寿様に並び立てたら、容赦なく呼び捨てます!」
 これもきっぱりと言い切った。
「じゃ、私も修行あるから! 仙寿様、後でどれくらい使えるようになったか見せてね。――珈琲ごちそうさまでしたっ!」
 来たときと同じく、音もなく駆け去っていくあけびの背を見やりながら、仙寿は見せるためではない本当のため息をついた。
 忍のくせに、剣士として仙寿以上の力を持つあけび。
 口ばかりでなく、日々たゆまぬ努力を重ねるサムライガールと並び立つには、いったいどれほど、なにを積めばいいものか。
 いや、そんなものはわかりきったことだ。暗殺剣じゃない、真っ当な剣技を磨くよりない。ひとつひとつ確実に、今日の鍛錬を明日へ繋ぎながら。
「……俺は俺が蕾なんだって、思い知ったのにな」
 迷いはない、つもりだ。
 しかし、結局は急いているのだ。少しでも早くあの男――散り桜のただ中で剣を交えた、あけびの師匠という人外の剣士に追いつきたいと。
 でもあの男は、少なくともあけびと並び立つ者ではないだろう。今の俺どころかあけびよりもずっと高い場所にいる。それなのにあけびの心はあの男のそばにあって、俺の体にあの男を映す。
 もどかしい。
 結局俺はどうなればいい?
 何物に成り仰せたら、おまえの上でも下でもないとなりに並び立てるんだよ。


「むー」
 仙寿の気配が届かなくなったのを何度も確かめて、あけびはようやく息をついた。
 いきなりなに言うかな、仙寿様は!
 いや、ただ単に「様づけをやめろ」と言われただけ。それだけ。そのはず、なのだが。
「今までとなんだかちがうんだよ、ね」
 別になにがちがうわけでもないのに、なにかがちがう。
 なんというか、言葉に含められた重さが。
 愚神群との戦いの中で、仙寿の剣は確かに成長しているが。
 仙寿はふたつ歳下の若様で、剣の先達としては弟弟子のようなものであり、英雄としては護るべき契約主……いわゆる「殿様」である。
 でも。
 こうも心ざわめくのは、仙寿の成長が、剣だけのものではないような気がしてならないからだ。
 無闇に踏み出すのではなく、四国に関する情報へ細かに目を通し、対する相手を見定めるようになった。ただ剣を振るうのではなく、刃を抜く意味と意義とを体現できるようにもなってきた。
 剣とは斬るばかりのものではない。斬った後になにを成せるかが、剣の意味であり、意義なのだ。
 師匠はよくそう語っていたものだが、あけびはそれを「誰かを護るため!」と思い定めていた。が、それはもしかすれば片手落ちなのかもしれないなと、仙寿を見ていると思えてくるのだ。
 自分にはまだ、護る意味と意義がわかっていない。守護刀「小烏丸」を佩きながら、刃に込められた思いに応えられていない。……それを師匠ならぬ仙寿に教えられたことが、なんとも悔しい。
「なんで悔しいんだろ?」
 弟弟子だから? 護るべき人だから?
 どうにもしっくり来ない。
 が、焦りは確かな重みをもって、胸の真ん中に在る。
「……ただ迷っていても答は出ない。答に至るまで直ぐに歩め」
 師である天使の言葉を口ずさみ。
 小烏丸を鞘から抜き放ったあけびは、上段の構えから振り下ろす。
 切っ先から刀身の半ばまでが両刃という特殊な造りゆえ、同じ長さの刀よりも軽いはずの刃が、今日ばかりはやけに重かった。
「気の宿らぬ剣は刃ならず。身よりも気を込めよ」
 いつもならあけびを救い、導いてくれるはずの師の言葉が、心に響かない。
 おかしい。
 私はおかしいんだ。
 じゃあ、なんでおかしいんだろう?
 悩んで。悩んで。悩んで。悩んで。
「……多分、仙寿様のせい」
 仙寿が自分になにをした?
「様づけやめろって言われた。でもなぁ……」
 押し黙るあけび。
 私はサムライで、仙寿様は若様。うん、この関係は変わんない。
 剣は私が上だし、立場は仙寿様が上。うんうん、この関係も変わんない。
「並び立たない、よねぇ」
 どう考えても無理。
 晴れない気分を体から押し出したくて、あけびは大きく息を吐いた。
「こうなったら襲撃しちゃおっか」
 あけびは小烏丸を鞘に収め、先ほど逃げてきた道を舞い戻る。
 まだ縁側に座って渋い顔をしているだろう仙寿へ、奇襲をしかけるために。


「隙ありっ!」
 ここへ忍び寄る前に道場で拾ってきた木刀をそっと振りかざし、あけびが仙寿へ打ちかかった。
「……こっちはそれどころじゃないんだよ」
 そのへんにあった庭掃除用の竹箒を取り、仙寿がこれを打ち払う。
 かわすばかりか、見もせずに奇襲を払うなど……いや、できるはできた。だからこそ安心して打ちかかれるのだから。しかし。
 力もそんなに入ってないのに、木刀を竹で払うなんて! こっちの剣筋の芯を見られてるってことじゃない!?
 いったん後ろへ退き、間合をとって木刀を構えなおすあけび。攻撃特化の上段ではない。攻防どちらへも切り替えの効く正眼で。
「仙寿様、いつのまにか強くなってない!?」
「強くなった? 俺が?」
 やはり気の入らぬ正眼構えであけびと対した仙寿が、口の端を吊り上げて肩をすくめ。
「剣の高みを見た。挑んで、あがいて、蹴落とされた。それだけだ」
 仙寿の投げやりな物言いに、あけびの心は大きくかき乱される。
 自分の知らない場所で、自分が得られなかった経験を積んだ? 待ってよ。じゃあ、私はどうしてここにいるの? なんのために――仙寿様といっしょにいるわけ? 仙寿様がひとりでどこにでも行けるんなら、私はどこにいたら――
 我に返ったときにはもう、仙寿の間合へすべり込んでいた。
 ここまでくれば考える必要はない。いや、本当は考えなければならないのに、なにも考えたくなかった。
 だからあけびは無心で木刀を突き込んで仙寿の竹箒を切っ先で突き退け、返すひと振りで脇腹を打った。
「……仙寿様は私にだってかなわない。高みを見たとか、そんなこと言ってる場合じゃないんじゃない?」
 って、なんで私、こんなこと!
 自分の口が紡いだとげとげしい言葉が信じられなくて。
 あけびは木刀を投げ出し、逃げ出した。
 ああもう、なんでこんなことにーっ! 仙寿様がおかしいせいだよ! ――私がもっとおかしいせい!!
 ああもう。ああもう。どれだけ繰り返しても、もう、それ以上の言葉が出てこない。
 あけびは胸の内で叫びながら、息が切れても駆け続けた。


 公園で頭を抱えている間に夜の半ばが過ぎた。
 それだけの時間を費やしたのに、まったく心は落ち着かなかった。
「連絡、してなかったっけ」
 スマホを袂から取り出そうとして、止めた。月の高さからして、もう電話をかけていいような時間ではない。
 前に進みたくない足を、蹴り飛ばすようにして無理矢理前へ置いていく。ブーツの踵がアスファルトを打って固い音を立てる。まるでだだをこねているようだと、あけびは思う。
 どうしてこんなに怖がんなくちゃいけないの? そんな理由、なんにも思いつかないんですけど。
 嘘。思い当たる節が巨大過ぎてもう、目も当てられない。
「私、仙寿様に会いたくない」
 なのに会わなければいけないとも思う。
 心がこれほど泡立っている原因は仙寿にあるのだ。だとすれば求めるべき答もまた、仙寿にある。
「向き合った敵こそが敵自身を、そして己を教えてくれるものだ。ですよね、師匠」
 すがるように師の教えを口にして、あけびは仙寿のいる日暮家へ進んでいく。


 仙寿の部屋にはまだ灯がついていた。
 あけびはそっと近づき、障子の桟をノック。静かに引き開けて。
「仙寿様――」
 文机に仙寿が突っ伏していた。
 調べ物をしているうち、寝落ちてしまったらしい。
 机には先頃までの四国での戦いの報告書が広げられており、細かな書き込みが成されているのが見えた。
「仙寿様、どうしちゃったの?」
 当然のことながら、仙寿からの応えはない。
 起こさないよう、気配を殺してそばに腰を下ろし、あけびは仙寿の寝顔を見やる。
「なんだかさ、ひとりでどこかに行きたがってる気がする。すごい急ぎ足で、だだだーって」
 私だって足、早いのに。
 来いって言ってくれたら、どこにだっていっしょに行けるのに。
「そっか」
 私、さびしかったんだ。仙寿様がひとりで行っちゃうのが。なんだか置いてかれちゃうなって、やな気持ちになってた。
「……ちょっとだけだけどね。姉弟子として、弟弟子の成長は喜ばしいですぞ、若!」
 と。
「あけびか」
 思わずあげてしまった高い声に、仙寿が薄目を開けた。
 ひぅ。息を詰めるあけび。大丈夫。仙寿様はまだ起きてないから。このままにしといたら、またすぐ寝ちゃうはずだから。声を殺して、息を殺して、気配を――
「俺はあけびを負う気なんだよ。上でも下でもない、その横に並んで。……でもな、横に並んだら、負えないよな」
 寝ぼけてる! 仙寿様が思いっきり!
 あけびは必死で歯を噛み締め、口を手で塞いで声が漏れ出すのをがまんした。それなのに、仙寿はぼんやりとあけびを見つめ、また言葉を紡ぐ。
「俺はいつもあけびに手を引かれてる。自分がガキだなんて、わかってるんだよ。でも俺は……」
 仙寿は悩んでいる。
 あけびに導かれていることを、護られていることを、おそろしいまでの真剣さで。
 ああ、もう! オトコってどうしてこう、ごちゃごちゃわけわかんないこと考えて、ひとりで浸っちゃうのかなぁ!
 そう憤ってはみたが、結局あけびも同じこと。あけびに並び立とうともがく仙寿を見て、自分が置いて行かれるんじゃないかと、不安になった。
 あけびは仙寿の右手を取り、その手のひらに自分の左の手のひらを重ね合わせる。
「私たち、追っかけっこしてるみたいだね」
 お互いがお互いに並び立てていない、共に歩めていないと急ぎ、焦っている。
 馬鹿な話だと思うけれど、互いに本気だから、馬鹿になる。
 なんだろう、この感じ。
 師匠に対して思ってる、追いつきたい。となりに立ちたい。って気持ちとちがう。
 私、仙寿様と同じ道を、いっしょに――
「となりに並んだら繋げばいいんだよ、仙寿」
 これが最適解、なぜかそう思ってしまったから、あけびは仙寿の手を握った。
「そうか。そうだな」
 仙寿の手があけびの手を握り返し――するりと落ちた。
 眠りの世界へ戻った彼の顔は、やわらかく笑んでいた。
「残念でした。せっかく“様”、取ってあげたのにね」
 あけびはそんな仙寿へ笑みを向け、立ち上がる。そして静かに部屋を出て、静かに歩いて、門前に至り。
「――私ってばなんてことををををををを!!」
 抱えた頭を門に打ちつけ、悶絶した。
 雰囲気だ! すべては仙寿が醸し出したあの雰囲気のせい!
「穴があったら入りたい!! むしろ今すぐ私が私の墓穴を掘って跳び込みたいいいいいいいい!!」
「どうしたあけび!? いったいなにが」
 あけびの絶叫で今度こそ目を覚ましてきたらしい仙寿が駆け寄って来るが。
「うっさい仙寿様! こっち来んなもうお願いだから!」
「近所迷惑だろ。――そういえばあけび、さっき俺の部屋に」
「殺す! 仙寿様の記憶、全部殺す!」
「いきなりなんだよ! 意味がわから」
「大丈夫だよ! 死なないように殺すから!」

 明ける日に暮れる日が追いつく日はいつのことか。
 八重の桜の蕾ほころび、その紅を染井吉野の薄紅と合い咲かせる日は来るものか。
 それはそう。今は誰にも知りようのない先の話。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 16歳 / 穢れ祓う刃】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 18歳 / 闇夜もいつか明ける】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 追う者は負われ、追われる者は負う。さて。どちらが追う者なりや、どちらが負う者なりや?
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2017年07月03日

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