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『雨の雫は流れとなって 』
グワルウェンaa4591hero001


 穏やかな春の日だった。
 街を行く人々の表情もどこかのどかで、春の花の香りがどこからともなく漂ってくる。
 日差しは全てを慈しむかのように降り注ぎ、穏やかな風が優しく頬を撫でていった。

 だがその風に、グワルウェンはふと微かな違和感が混じるのを覚えた。
 やわらかな花の香り、生き生きとした若葉の香りにひそむ、冷たく湿った空気。
 思わず空を仰ぐ。
 青色をやさしくぼかしていた薄い雲が、少し厚くなっているようだ。
 と思う間にも透明な白が次第に灰色を帯びていく。

「やべっ、降りそうじゃねえか!」
 グワルウェンの周りでは、他の人々も空を見上げて口々に何か言っている。
 近くの店に駆け込んでいく人もいた。
 グワルウェンは、自分がどうすべきか考える。
「今からダッシュで帰れば、そんな濡れずに帰れんじゃねーの?」
 春の雨なら、夏の夕立ほどには激しく降らないだろうし、濡れても冬の吹雪ほど冷たくないはずだ。
 グワルウェンは、傘を求めることなく駆けだした。
「久しぶりに、かなりマジなランニングだぜ!」
 鍛え上げた脚で、力強く地面を蹴る。
 この時点ではまだ、どこかゲームを楽しむような余裕があったのだ。

 だが雨は、思いのほか激しい春の嵐となってしまった。
 花散らしの雨というには余りに激しく、風は街路樹の若枝まで叩き折って吹きすさぶ。
「げーっ、さすがにこれはまずいんじゃねーの?」
 健脚も雨の速度には叶わなかったようだ。
 激しくなるばかりの雨に、さすがのグワルウェンもランニングは諦めるしかなかった。
 幸いにも、シャッターを下ろした小さな建物が見えたので、その軒先で雨宿りさせてもらうことにする。
「うひゃー……面倒なことになったぜ」
 グワルウェンはカバンの中やポケットをまさぐる。
 だが、そこに鍵はない。持って出ていないのだから当然なのだが。
「忘れたと思ったのは気のせいで、実は持ってましたー! ……なんて、奇跡はねえか……」
 グワルウェンは頭を抱えてしまった。
 今日、家の主は夜まで帰らない。
 それでもせめて、家の玄関まで辿り着きたかったのだが、これはもうどうしようもなかった。


 空は次第に暗さを増していく。
 だが風雨はまだ収まる様子がない。
 小さな庇の陰には風が躍らせた雨粒が舞い込んで、グワルウェンの蜂蜜色の髪を濡らし、雫となって頬を伝い落ちる。
 辺りには人影すら見当たらず、繁華街を外れた場所に佇む小さな建物は、灰色に縮こまって嵐が通り過ぎるのをひたすら待っているようだ。
 暗くなりきらないうちに点いた街灯が薄ぼんやりとした光を投げかけるが、濡れた街路はそこだけ白く光り、かえって侘しく見える。
「あーあ、ったく……」
 グワルウェンはシャッターに背中を押しつけ、恨みがましく空を見上げた。
 彼の瞳と同じ、煌めく新緑の緑色は今やどこにも見当たらない。
 全てが薄墨に塗り込められ、怯え、縮こまっている。

 不意にグワルウェンが身震いした。
「さむっ」
 春は寒暖の差が激しい。
 昼間の暑い程の暖かさが嘘のように、夜には冬の名残のような冷たさが忍び寄る。
 しかもグワルウェンの身体はすっかり雨に濡れてしまっていた。
 皮膚にべったりと張り付いた衣服は、容赦なく彼の熱を奪い取ってゆく。
「ちょ、なんだよこれ! 寒いっての!!」
 何かに対して文句を言いながら、自分の身体を自分でさすり、足踏みをしてみる。
 だがその動きは、すぐに止まった。
「なんでこんなに寒いんだよ……」


 グワルウェンは目を閉じる。
 閉じた瞼の中で、見えない物に目を凝らす。
 かつての彼は、雨に濡れても寒いなどと思ったことがないではないか。
 それに気づくと同時に、足が踏みしめる地面がぐにゃりと歪んだような気がした。
 グワルウェンはよろめき、荒い息を吐いて目を見開く。
 コンクリートの床は歪むことなく、彼をしっかりと支えてくれていた。
「なんだよ、これ」
 自分の声が僅かに震えているのも忌々しい。

 雨はまだやまない。
 このまま永遠にやむことがないのではないかと思うほどだ。
 馬鹿馬鹿しい、と太陽の下でなら笑えることが、なぜか今はこんなにも恐ろしい。
 グワルウェンの記憶は曖昧で、いつも薄墨に塗り込められた景色の彼方にある。
 今、吹き込む雨の雫は皮膚の上に流れを作り、そこにわずかに残った大切な何かまで洗い流していくようだ。
 ――やめろ!
 目の前の景色を遮断するように、強く目をつぶる。
 それと同時に、掌に微かな痛みが走った。
 いつの間にか拳を固く握りしめていたらしく、爪が掌に食い込んでいたのだ。
「おいおい、何をビビってんだよ」
 苦笑しながらゆっくりと開く。
 大きく力強い掌。
 そこには無数の古傷が、頼りない街灯の明かりを受けて白く光っていた。

 グワルウェンには、自分の手がここまでして守りたかったものすら思い出せない。
 ただどうしようもなく強い思いだけが、冷たい雨にも消えることなく胸を熱くする。
 ――役に立ちたい。
 ――守りたい。
 そのためならば、自分が傷つくことなど恐れはしない。
 激しい嵐にも、笑って立ち向かって見せる。

 今のグワルウェンが抱える、この恐ろしい程の虚無感は、大事な物がざっくりと欠けているから。
 とてつもない空虚を埋められる、この世で唯一の存在は……

「とても大切な人、俺の唯一人の主君。あんたの、名前は」

 グワルウェンの髪から雫が落ちる。
 頬を伝う流れは、まるで涙のようにも見えた。


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【aa4591hero001 / グワルウェン / 男性 / 22歳 / ドレッドノート】

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この度はご指名いただきまして、有難うございます。
ご依頼文の内容について、私の想像で解釈を加えた部分があり、その点でずれが生じていなければ幸いです。
また口調についてはご指定のノベルを参考にいたしましたが、今回はシリアスな内容ですので少し変わった部分もあるかもしれません。
余りにそぐわないようでしたら、修正可能期間のうちに運営までご連絡くださいませ。
ご依頼、有難うございました。
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2017年05月31日

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