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『はじまりの再会 』
ボーフォートaa4679hero001)&アークトゥルスaa4682hero001


 古びた喫茶店の中は、とても静かだった。
 黒い革張りの椅子も古いものだったが、心地よく体を支えてくれる。
 店内はとても静かで、床に敷き詰めた重厚なカーペットが、流れるような歩みで通り過ぎるウェイターの足音までほぼ完璧に消し去っていた。
 穏やかな音色のピアノ曲が流れているが、耳を澄ませてようやく何の曲かわかるぐらいの控えめな音量は、かえって静けさを強く意識させる。
 店内の客はまばらで、互いに少し距離を置いた場所に座っていた。
 時折かわされる低い囁き声が何を言っているのか、よほど耳の良い者でなければ聞き取ることはできないだろう。

 その店の奥まった場所に、テーブルをはさんで向き合っているふたりがいた。
 ひとりは、流れるように美しい銀の髪が人目を引く若い男。
 もうひとりはより若く見える、真っ直ぐな金の髪を青いリボンで結わえた男。
 ふたりの間にはずっと、重い沈黙が居座っていた。
 テーブルに置かれたカップでは、半分以上残ったままの紅茶がすっかり冷え切っている。
 音もなく近づいてきたウェイターが、淀みない所作で氷の溶けた水の入ったグラスをさっと取り上げ、新しいものを置いていった。
 ウェイターがテーブルを離れると、それが合図だったかのように、銀髪の男、ボーフォートがそっと息を吐きだした。

「なにも、貴方を責めようなどと思っているわけではないのですよ」
 ボーフォートはなるべくやわらかく響くように、慎重に言葉を選んで語りかける。
「ただ、理由をお聞かせいただきたいのです。何故――私から逃げようとされたのですか?」
 金髪の男、アークトゥルスの肩がぴくりと揺れた。
 その秀麗な頬には、隠しようのない緊張が張り付いている。
 まるで言葉を発した瞬間、世界が壊れるかのような悲壮で切羽詰まった気配。
 アークトゥルスは黙ったまま、言葉の代わりに指を伸ばして、カップを取り上げた。
 冷めた紅茶で唇を湿し、ようやくのことで言葉を絞り出す。
「相手が誰であっても、過去を知る者からは逃げろ、と。以前、俺にそう言った者がいたんだ」
 囁く声はピアノの音色と共に、ボーフォートの鼓膜を振るわせた。 


 ひょんなことで再会したかつての主を、ボーフォートは暫くの間、無言で見つめていた。
 ボーフォートには、一目見てアークトゥルスがわかった。
 そして、きっと相手も自分に気付いたはずだと思ったのだ。
 だが相手は無言のまま、即座に逃げ出してしまった。
 どうにか説得して、こうして向かい合わせに座ることができたのだが、アークトゥルスは何故か身を固くしたまま黙りこくっている。
 それでも、懐かしく慕わしい声に変わりはなかった。

 はやる気持ちを押さえながら、ボーフォートは静かに促す。
「相手が誰であってもとは、穏やかではないですね。誰がそのようなことを?」
「とある人物だ」
 その瞬間、アークトゥルスの顔に浮かんだ複雑な表情から、ボーフォートは何があったのかをおよそ悟った。
 そしてひとつの結論を導き出す。
「もし間違っていたら申し訳ありません。貴方は、かつての記憶をお持ちではないのですね?」
 アークトゥルスは答えないまま、再びカップを取り上げる。
 だがその無言が、どんな言葉よりもはっきりと彼の状況を物語っていた。


 アークトゥルスは自分の手が微かに震えているのを、銀髪の男に悟られないかが気がかりだった。
 彼はボーフォートと名乗った。
 アークトゥルスをみとめた瞬間、ヘイゼルの瞳に浮かんだ喜びの色を思い出す。
 ああ、この男もまた、過去の自分を知っているのだ。
 ――アークトゥルス自身は、彼のことを思い出せないのに。
 申し訳なさと、過去を取り戻せない悲しみに、胸が苦しくなる。
 ――覚えていないのだ。
 そうはっきり言葉にして、相手の顔から喜びの色が消えうせ、落胆が広がるのを見るのは余りに辛かった。
 だから、言葉を発することができない。覚えている、と嘘を言えるはずもない。
 アークトゥルスは苦しみを呑み下すように、紅茶を喉に流し込む。


 ボーフォートはウェイターを呼んで、新しい紅茶をオーダーした。
 それから居住まいを正し、僅かに眼を伏せて語り始める。
「私は貴方のことを……いえ、かつての貴方のことを、よく知っている者です」
 アークトゥルスにはわかった。
 自分が息苦しくないよう、ボーフォートはわざと視線を外しているのだと。
「貴方にとって誰が敵で、誰が味方なのかも分かっているつもりです。そして私は、どんなことがあっても、貴方の味方であると誓える者です」
 静かだが力強い声だった。
 抑制した表情に反して、溢れ出るような熱情が感じられる。
「ですが、真実を知りたいと思うかどうかは、貴方の心次第です」

 そこでボーフォートは視線を上げた。
 アークトゥルスが自分の言葉に耳を傾けているのを確認して、僅かに身を乗り出す。
「もし知りたいと思われるなら、私は全力をもって応えます。そして何があっても貴方を守るでしょう。知りたくないと思われるなら――いえ、それでも私は、貴方の傍にありたいのです」
 そこまで一息に言葉を紡ぎ、ボーフォートはふと我に返る。
 アークトゥルスにかつての記憶がないなら、この言葉は余りにも大げさに思えるのではないかと気付いたのだ。
(私としたことが……)
 気が急くあまりに言葉が先走ったことが気恥ずかしく、ボーフォートは視線をはずし、思わず頬を掻いた。

 アークトゥルスは自分の脳裏に、何かが閃いたような気がした。
 だがそれは捕まえようとした瞬間に飛んで行き、もどかしさだけが取り残される。
 誰も信じるなという警告は、信じるに値すると感じた。
 だが今、それと同じぐらいの強さで、目の前の男を信じていいと思ったのだ。
 アークトゥルスがひとつため息を漏らした。
「正直に言おう。知りたいのか知りたくないのか、その判断すらつかないのが今の俺の状況なのだ……」

 本当はずっと以前からわかっていた。
 結局のところボーフォートの言う通り、アークトゥルスがどうしたいかが問題なのだ。
 誰にも出会わないまま今の世界で過ごしていれば、ここまで思い煩うこともなかっただろう。
 だがずっと、心が違う何かを求めているのはわかっていた。
 それにもうすでに『出会ってしまった』のだ。
 動き出した流れは、誰にも止められない。
 流れの中でただ立ちすくんでいては、何も変わらない。

「だが」
 アークトゥルスの心は決まった。
「いつか知りたいと思ったとき、お前が傍にいてくれればとても助かる。それは確かだと思う」
 ボーフォートの顔に、喜びの色が広がる。
 それはアークトゥルスが期待し、そして恐れていたもの。
 だがボーフォートは失望しないと言った。自分を見放さないと言った。
 その言葉を信じよう。いや、ほかならぬ自分自身が信じたいのだ。

 不意にアークトゥルスの表情が緩んだ。
 小さな笑みが口元に浮かぶのを見て、ボーフォートは僅かに小首を傾げた。
 その動きにあわせて、銀の髪が流れる。
「何か?」
「いや。お前に騙されている可能性は捨てきれないとも思ってな?」
 ボーフォートが一瞬目を見張り、それからアークトゥルスと同じように微笑んだ。
「それは……これからご自身でしっかりとお確かめください」

 テーブルに淹れたての紅茶が置かれた。
 ふたりは同時にカップを持ちあげ、暖かな紅茶を口に運ぶ。
「そうそう。まずは美味しいという噂のラーメンでもご一緒にいかがですか?」
 騙されたと思って。
 そう言うボーフォートの声は相変わらず静かだったが、温かみを含んでいた。


 ずっと一緒だという誓いは、昔と変わることなく。
 長い時を経て再び出会い、物語はまたここから始まるのだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4679hero001 / ボーフォート / 男性 / 24歳 / バトルメディック】
【aa4682hero001 / アークトゥルス / 男性 / 22歳 / ブレイブナイト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、邂逅の一幕をお届けいたします。
台詞はご依頼の内容から文脈にあわせて多少変えましたが、ほぼそのまま反映したつもりです。
ご依頼のイメージから大きく変わっていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
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2017年06月02日

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