▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『とある男の、とある休日 』
ファーフナーjb7826

 某日。

 その日はファーフナー(jb7826)にとって、一日が丸々休みの貴重な休日だった。
 初夏の午前。自宅の居間。窓から見えるのは煌く快晴。まだ本格的な夏は来ておらず、午前中の室内ならば過ごしやすいもので。網戸ごしに吹き込んでくる薫風は爽やかに、部屋の中を吹き抜けてゆく。
 そんな風を頬に感じつつ……いつもなら学園に赴いている時間に、ファーフナーはソファに腰かけ新聞を読んでいた。紙面を彩るのはどれも、現在の情勢――人、天使、悪魔の世界のこれからについてだ。小難しい言葉で武装した専門家の主観、読者投稿、現在の状況。そんなものをファーフナーは漫然と眺める。最後に同じような眼差しで天気のコーナーを見た。ずいぶん晴れているが降水確率は20%。まあ、だいたい今日は晴れるだろう。

 さて。

 新聞を畳む。その膝の上にはネコがいる。「彼女」の名前は藍。大切な、ファーフナーの家族だ。丸くなってウトウトしている藍のフワフワな体を、ファーフナーの筋張った手が優しく――睡眠を邪魔しない程度のタッチで撫でる。掌から伝わる温かさ、足から感じる温かさ、存在の証に男の口元が我知らず緩んでいた。
 二人の間に会話はない――猫と半魔だから、というわけではなく、単にファーフナーの口数が少ないのと、藍が眠そうにしているのと。豆から淹れたアイスコーヒーを一口。男が見下ろすネコの目は、キュウと糸のように閉じられている。

(六月……、か)

 傍らに置いた新聞の日付を見て、ふとファーフナーは思う。もうすぐ六月、つまり、藍と出会ってから一年が経とうとしている。六月のアジサイが雨に咲く中、二人は出会って家族になった。あの日ふれた温度を、小さな命の感触を、アジサイの色彩を、雨の音を、ファーフナーは繊細に覚えている。
 思えばもう一年。時が経つのは早いもので、出会った当初は両手に収まるぐらい小さかったあの子猫が、今やすっかり腕にスッポリ収まるぐらいの大きさになった。ずーっと膝の上に居座られると、ちょっと血の巡りが悪くなるほどだ。まあそんな足の痺れる感触も幸せなんだが……と思うのは親馬鹿か、ネコ飼いのサガか、ファーフナーが従順気質だからか。

『俺は撃退士で、半分悪魔で、普通の人間よりはお前に構ってやれないかもしれないが』
『それでも、出来うる限りお前の世話をしようと思う。お前が老いて、最期を迎える時になっても。可能な限り傍にいると、約束する』

 あの日の約束を、藍は覚えているだろうか――? 男はふと思った。彼女が覚えていなくても、言葉を解していなくとも、構わない。約束は約束だ。だからファーフナーは、今日という休日を藍の為に過ごすと決めていたのだ。

(そうだ……一周年記念のプレゼントを贈ろう)

 藍の寝顔と、寝ぼけながらグーパーしている小さな手を見ていると、そんなことを思いつく。何を贈ろうか。いつもより高い猫缶? 新しいオモチャ? いや、もっと目新しいものがいい。そうだな、キャットウォークなんてどうだろうか。ファーフナーはネットでチラと見かけたモノを思い返した。うん、アレにしよう。ならば善は急げだ。
「藍、すまんが」
 むに、と藍を抱き上げて(ネコは抱き上げると凄まじく伸びる)、ファーフナーは立ち上がる。
「すぐに帰る。少し、留守番を頼むぞ」
 ソファーの上に彼女を下ろす。ン〜? と藍が口を閉じたまま鳴いた。そんな愛猫の頭を一度撫でて、ファーフナーはいそいそ身支度を済ませると、玄関へと向かった――。







 バイクで向かったのは県外のホームセンター。プロ向け仕様の特別店だ。やるからにはガチな男、決して妥協をしない男、それがファーフナーという男である。もちろんネットで下調べも済ませている。DIYコーナーへ直行し、手際よく必要な物を揃え、滞在時間は驚きの短さ。それはさながらタイムアタック。藍をいたずらに待たせたくはない親心。

 さてさて、戦利品をバイクの収納スペースに押し込んで、ファーフナーはフゥと一息を吐いた。空を見る。新聞の天気記事を思い返す。藍と出会った日も降水確率は20%で――あの日は「20%」の方だった。今日は「80%」の日のようだ。
 確率論に勝利したところで、帰ろうか。ファーフナーはヘルメットを被ろうとして……

「大変だ、ディアボロが出たぞ!!」

 駐車場に響いたのは半ば悲鳴。それから地響き。たくさんの悲鳴。ファーフナーは弾かれたようにそちらを見やった。車を踏み潰した大型のディアボロが獰猛な牙を剥いている。人々が叫びながら逃げ惑っている。
「……、」
 ファーフナーは眉根を寄せた。
(今日は仕事ではない……プライベートだ……早く帰ると藍に約束した……)
 じきに撃退士が派遣されるはずだ。人々も避難している。負傷者も現時点ではいない。一応ヒヒイロカネも持っているが依頼を想定していないので、武装も最低限だ。普段の依頼のように事前情報もない、チームメイトもいない……ヒロイックのままに挑むのは危険ではないか? ここは素直に避難した方が良いのではないか?

 いや、でも。

(ここで見て見ぬフリをして帰って、藍に合わせる顔はあるだろうか? 撃破せずとも、足止めや注意を引くぐらいならばできるハズ――)
 結論付けた。覚悟を決めた。ヘルメットを置いて、ヒヒイロカネを握りしめて。光纏する男は、ディアボロへと駆け出した――。







「帰ったぞ……」

 疲れた吐息と共に玄関のドアを開ける。廊下を歩けば、夕焼けの光で黄昏る居間がファーフナーを出迎えた。彼の肩口、ちょっとだけ切れてしまった服のほつれも茜色。
 幸い、アレは弱いディアボロで。ファーフナー一人でもなんとか撃破することができた。まあ、ちょっと一撃を掠めた所為で服がほつれてしまったが……本人にダメージはない。

 そんなこんなのなんやかんや、予定は狂って帰宅の時間がこんなに遅れてしまったのだ。

 ああ、やれやれ。部屋の電気をつけながら、ファーフナーは居間を見渡す。藍はソファの上で、ネコを辞めたかのようなだらしなさで、まさに「溶けている」という形容がピッタリな状態で眠っていた。
「……」
 薄目の片目、藍が目蓋を開く。夕日を映しこんだ瞳でチラッとだけファーフナーを見やると、またすぐに彼女は目を閉じた。帰宅が遅くなったことを全く気にしていないようで……。それがちょっと、ファーフナーには寂しいような、なんというか。いや、心配させたらそれはそれで申し訳ない気持ちになるけれども。男心としては「おかえり! もう、待ってたんだから! なにしてたのよバカ!」というリアクションも欲しかったりもして……「すまない、ちょっとディアボロと急に遭遇したものだから」と、そんな言い訳は心の中だけで呟いておく。男は肩を竦めて苦笑をこぼした。
 それから荷物を下ろして、ソファの前にしゃがみこんで。
「藍、ただいま」
 手を伸ばす。藍の大きくなった小さな頭を優しく撫でる。夕日を吸って、温かい毛皮。
 にゃあ。相変わらず目を閉じたまま、藍はそんな返事をした。



『了』


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ファーフナー(jb7826)/男/52歳/阿修羅
WTシングルノベル この商品を注文する
ガンマ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年05月31日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.