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『月の雫、いつしかみちる 』
不破 雫ja1894)&不破 十六夜jb6122


「ここで相手の太刀を巻き込んで――、こうっ」
「こうですか」
 ――ガン!
「やりすぎ、お姉ちゃん、やりすぎだよ!!?」

 久遠ヶ原学園中等部。放課後の校舎裏。
 実家に伝わる剣術を姉の雫へ教える不破 十六夜だが、呑み込みの早さを通り越した雫の返しに唖然となることもしばしば。
 遥か遠方へ吹き飛ばされた己の木刀を追掛け、拾い上げた十六夜は人知れず笑う。
(よかった……。こうやって、お姉ちゃんと一緒にいられて)
 幼い頃に生き別れた姉・雫は、記憶を失っていた。それも、天使の能力によって。
 そして学園で新たな人間関係を築き、充実した日々を送っていて。
 思い出すことのできない『過去』である十六夜は、雫にとって不要なのだろうか。迷惑なのだろうか。
 手にした『記憶の欠片』を受け入れようとしないのは、拒絶しているから……?
 不安が募るほどに言葉とすることが苦しくて、でも、それは雫も同じだった。

 ――記憶喪失自体、なかなか前例がないというのに……天魔に奪われたものだとしたら、どうなるのか……

(おんなじ、だった……)
 撃退士として規格外なまでに強い雫も、抱く不安は十六夜と一緒。
 少しでも姉へ近づけるように強くなりたいと、十六夜が無茶をした日。
 十六夜を護りたいと、雫が無茶をした日。
 その無茶を咎める友人たちから『裁判』を起こされ、二人そろって帰った日。

 ――今度の休みに、行ってみたいお店があるんだ

 十六夜の誘いへ雫が頷き、ゆっくりと過ごした休日。
 あの日から、二人の関係は少しずつ変わり始めた。
 今を、今として受け入れる。
 別々に生きた時間に重ねたものを、分かち合う。
 十六夜は不破家の剣技を。
 雫は、我流の戦う術を。
 伝え、知り、受け入れる。

「十六夜、どこまで行ってたんですか」
「お姉ちゃんが飛ばし過ぎなの。木刀だって、今まで何本折ったか……」
 戻ってきた妹へ、姉が呆れ気味に溜息を。
「力を真正面から受け止めるから、武器や体に負担が掛かるんです」
「むぅーー」 
 身体の小さな雫が強大な天魔を相手に切り抜けてきた術は、時に不破の教えに重なるところがある。
 そんな発見は、お互いに何処かくすぐったい。
「それでは、今度は私の番ですね」
「ウッ。ヨロシクオネガイシマス、先生」


 お姉ちゃんのスパルタ― 鬼― 悪魔――
「甘えたことを」
 ベンチに横たわりグッタリする十六夜へ、スポーツドリンクを差し出す雫の表情は涼やかだ。
 泣き言をこぼしても、投げ出しはしない。そこは、雫なりに評価している。
「あ。しまった」
 両手でドリンクを包んでひんやり感を堪能していた十六夜が顔を上げる。
「今日、スーパーの特売日だった! 今、何時だっけ!」
「18時を回ったところですね。……自炊、してるのですか?」
「もちろんだよ。健康維持の秘訣は手料理だからね!」
「…………」
 雫は姉妹であると明かされた日に差し出された、赤いクリームシチューを思い出していた。
 毒殺されるかと思った、あの破壊力。
「お姉ちゃんも一緒に食べる? 一人より二人が美味しいもんね!」
「待ってください。大事なことを忘れていました」
「大事……。今日、用事があったの? 無理に付き合わせちゃった……?」
「十六夜。よく聞いてください」
 両手で肩を掴み、真剣な眼差しで雫が訴える。

「あなたへ、料理を教えます」




 翌日。久遠ヶ原学園の調理実習室にて。
「お昼休みに、図書室で借りてみたよ」
 エプロン姿の十六夜が数冊の本を広げ、それを目にした雫は固まった。
「お菓子……ですか」
「このカップケーキとか、可愛いよね。日持ちがしてお友達にも分けられるものがいいかなって思うんだ」
「う……。すみません。普通の料理であれば人並みに教えられるのですが……甘いものは苦手で」
「えーと……食べるのが、苦手、なの?」
「いえ、作る方です。どうしてか、上手くいかなくて」
 意外だ。
 雫が、自らそんなことを言うなんて。十六夜へ弱みを見せるだなんて。
 すぐには信じられなくて、十六夜は何度も瞬きを繰り返す。
「だったら! なおさら、二人で作ろうよ! ボクが借りてきたのは初心者用ばっかりだもん、二人で確かめながら作れば大丈夫だよ!」
「ですが」
「お姉ちゃんも、プレゼントしたい人がいるんじゃないの?」
「…………それ、は」
 ふいっと雫が視線を逸らす。
 彼女に『好きな人』がいることは、ふとした会話から十六夜も知っていた。
 手作りお菓子だなんて、女子からのプレゼントとして定番中の定番。
 苦手を克服できたなら、一歩進むことができるんじゃないだろうか。
「本当に、簡単のもの、ですよ」
「もちろん!! 美味しいカップケーキを作ろうね♪」

(とはいえ、あのシチューはタダモノではありませんでした……。どこで間違いを起こすか、見張っていないと)
 どういうわけか、雫が甘味系を作ろうとすると迷走してしまう。
 しかし十六夜の通常運転程ではない(はず)。
 正しい材料を正しく計り、正しく混ぜて正しく焼いたなら、平均点のものは作れるはずなのだ。甘味に関しては、雫にも迷路なことだけれど。
 雫は出来る限り十六夜から目を離さないように、お菓子作りを始めていく。
「小麦粉をふるって……」
 雫は迷走しないよう、ここぞという時だけは手元に集中。
(あ、砂糖だけよりスパイス効いた方が美味しいかも)
 その隙を突いて、十六夜はサッとアレンジを投入。
「はいっ、お姉ちゃん。こっちはできたよ」
「卵は、泡立てる必要はないでしょう」
「ケーキと言えばフワフワに泡立てるんじゃないの!?」
「カップケーキは違います。ほら、よく読んで」
(せっかく泡立てたのになー。もったいないなー……)
「卵、まだありますよね。こちらを使いますよ」
(せっかくだから、他の材料でオリジナル料理も作っちゃお)
「それと、次は……」




 オーブンを開ければ、ふわふわ甘い香りのカップケーキが出てくるはずだった。
「!!!? な、なんですかこれは!?」
「ディアボロ……サーバント……? 学園内に、どうして!?」
 オーブンを突き破る勢いで、熱を纏った黒いモノがゆらりと具現化する。
「あっ、お姉ちゃん危ない! 後ろ……!」
「!」
 雫の背後。コンロの上に、何故か置かれていた鍋を融かし、その容量を明らかに超越した、白銀のスライム状の何かが現れた。
「十六夜、あなた、まさか……」
「何もしてないよ!? ボクはただ、残った材料がもったいなかったから鍋で煮込もうかなって……」
 薄力粉と間違えた強力粉、料理だと思って雫が用意していた肉や野菜各種、十六夜持参の秘蔵スパイス……
「最後のそれ! それが原因です!」
「えええええ、じゃあカップケーキは!?」
 姉妹が言いあううちに、二人の頭越しに黒きモノと白銀のモノがゆらゆら動きながら……一体化した!!

「これが……悪魔合体……」
「感心している場合ではないでしょう! 戦いますよ、十六夜!!」

 刻んだ数だけ分裂し、熱を帯びているので近寄ることもできない。
 果たして、二人で生み出した大変丈夫と書いて『大丈夫』なモノは、学園を巻き込んでの騒動となった。




 筧撃退士事務所。
 どこにでもあるようなワンルームマンションの一室に、簡素なプレートが下がっている。
 雫と十六夜は事件から数日後、その扉を叩くこととなった。
「おや、めずらしいお客さんだ」
「久しぶり、筧さん」
「折り入って、頼みたいことが……」
 フリーランス撃退士の筧 鷹政は、来訪者を笑顔で迎え入れた。

「――それで、雫さんは寮を追い出された、と」
 カフェオレとクッキーを応接テーブルに並べると、事の次第を聞いた鷹政が『ふむ』と顎に手を当てる。
「不動産屋ではブラックリスト入りになってたんだよ。ひどいよね、事情も聞いてくれなくて門前払いなんだから!」
「事情を聞いたなら、尚更ガードは固くなると思うよ。それで賃貸物件探し、ね。了解しました。……それにしても」
「笑い過ぎです」
「首が折れる!!」
 笑いをこらえきれずふきだしたフリーランスへ、雫がズビシと手刀をかました。首の付け根を狙ったそれは、綺麗に決まる。
(……お姉ちゃん、楽しそう)
 甘いカフェオレを飲みながら、二人の様子を眺めていた十六夜はハタと一つの考えに行きつく。
(そういえば、付き合いが長いとか聞いたことはあるけど……お姉ちゃん、困った時って筧さんを頼るよね……)
 雫の交友関係は決して狭くない、学園内にも相談できる相手はいるだろうに。
 『フリーランス撃退士』だからこそ頼めることがあるわけで、他意はないのだが。
(もしかして、もしかして、お姉ちゃんの好きな人って……。えっ、だったら……筧さんって!!)
 十六夜の背筋に、ゾワリと冷たいものが走る。
 いけない。これはいけない。許してはならない。姉を守らなければ。
「お姉ちゃん、ダメだよ! えっと、ボクが回復掛けるから。ほら、筧さんもいつまでも痛がってないで。大人でしょ!?」
 やりすぎたか、とヒールを施そうとした雫を制し、十六夜が『大地の恵み』を。そして……
「あたた、ありがとう。……。どうしてそんなに遠いの。椅子は此処だけど」
「お構いなく、ボクたちは充分お話しできるから」
 十六夜は雫を背に庇うようにして、部屋の隅まで下がる。
「……十六夜。もしかして、と思いますけど」
 雫もかつて、同じ疑念を抱いたことがあるだけに思考回路は想像しやすい。
「待って。雫さんがソレを言うってことは」
 流れから、鷹政も同じところへ行きつく。

「「ロリコンじゃないから」」

 鷹政には、学園内に恋人がいる。大丈夫だ問題ない。
 相手は十六夜も依頼で同行したことがあり、面識がある。
「……そう、なんだ」
 でも、世の中にはカモフラージュという言葉もあるし。
 疑念を払いきれないながらも、十六夜は渋々と椅子へ座り直した。
「それから、依頼はもう一つあるんです」
 仕切りなおし、雫が十六夜へ視線を投じる。
 カフェオレの入ったカップをテーブルに戻し、十六夜が頷き返す。

「不破家から、正式依頼なんだ」
 
 雫の、『記憶の欠片』を持つ最後の者の調査を。
「……良いの? 雫さん」
「不破の家で、……両親と。十六夜と。話し合いました。欠片を取り戻すことで、どんな変化が起きるかわかりませんが……私は全てを受け入れます」
 『両親』。どんな思いで言葉にしたか。
 その気持ちを考えて、十六夜は姉の手をキュッと握った。
「――そういうことなら喜んで」




 太陽が沈めば夜が来て、
 雨もいつしか止む日を迎える。
 月は欠けても、いつしか満ちる。満ちては欠けを、繰り返す。
 もとある形が、失われることは無い。

 特別ではない『特別』を、取り戻そう。



【月の雫、いつしかみちる 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1894 /   雫   / 女 / 11歳 / 姉 】
【jb6122 /不破 十六夜/ 女 / 11歳 / 妹 】
【jz0077 / 筧 鷹政 / 男 / 32歳 / フリーランス 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
記憶を巡る物語『月の雫』、満ちる時へ備えて。お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年06月02日

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