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『 ■ Greenwood ■ 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 早朝。
 何の前触れもなく突然リビングの大窓がパターンと騒がしい音を立てて開いた。まるで突風にでも吹き飛ばされたような勢いだったが、おりていた錠は別段壊れた様子もない。
 ソファで暇を持て余していたシリューナはわずかに眉を寄せ、窓から飛び込んできたモノを一瞥すると、視線をリビングへとさ迷わせた。
 いつもなら、すぐさまやってきて、使い魔をもてなすティレイラが一向に現れない。
 そういえば、数日前に運び屋と称する――その実なんでも屋の仕事でココを空けていた事を思い出した。いや、今の今までティレイラの事を忘れていたわけではない。ただ仕事の内容は聞いていないが2、3日で帰ると話していたはずなのに、まだ帰ってこない事にようやくこの時不審感を抱いたのだ。
 遅い帰りに何の連絡もなく寄り道しているのかと思うと段々腹立たしくなってくる。帰ってきたらお仕置きを。いや、今のままではいつ帰ってくるのかもわからない。迎えに行くか。最近あった苦い思い出を噛みしめつつシリューナは、目下の用の方に視線を移した。
 気乗りのしない溜息を一つ吐いて腕をあげる。すると天井を旋回していた使い魔の白カラスがその腕に留まり主人からの手紙をシリューナに差し出した。
 手紙に目を通す。
 今はそれどころではないわ、と使い魔に返事を託してシリューナはティレイラの部屋に向かった。
 彼女の机の上に乗っていた台帳から今回の仕事の内容と場所を確認する。仕事の内容は運び屋さんだ。運んだのは足の不自由な老婆らしい。
「本当に世話の焼ける子ね」
 そう独りごちてシリューナは台帳を閉じると元に戻した。

 依頼主の老婆の家に行くと、ティレイラは老婆を家に運んだ後、その家の掃除をはじめ家事を一通り手伝って、4日前には帰ったという。いろいろ手伝ってもらったせいで深夜となり、随分遅い時間にさせてしまった事を申し訳なくもありがたいことであった、と老婆からティレイラへの感謝の言葉を預かってシリューナは老婆の家を後にした。
 そして首を傾げる。
 ここに来るまでもちろんティレイラには会っていない。行き違いになるにしてもだ、そもそも魔法道具屋から老婆の家まで竜族の力をもってすれば数十分の距離である。
「どういう事かしら?」
 考えられる可能性…その1 困っている人を見つけて、それを手伝って…を今も繰り返している。お人好しなところがある。あり得ない話ではない…としてもだ、自分に何の連絡もないというのは腑に落ちない。それにもう1つ。ティレイラに持たせている魔力を封じたペンダントがこちらの呼びかけに反応しないのだ。
 つまりその2の可能性の方が高いというわけだ。その2 何かの事件に巻き込まれた。おっちょこちょいなところがある。たとえば鍾乳洞の一件のような事が起こっていた場合、どこかで石のオブジェになっている可能性も否定出来ないのだった。
 本当に、何の因果か業が深いのか、ティレイラはちょっと目を離すとそういったオブジェになっている。あの時も、あの時も、あの時も!!
 以前は自分がティレイラをからかい半分にオブジェにして堪能していただけの筈なのに、最近は別の誰かの邪魔が入ったり入ったり入ったりして、オブジェを堪能したりされたりされたりされたり……。
 どうもまだ、鬱憤は冷めやらぬらしい。
 思考の脱線にシリューナは咳払いを一つして気持ちを切り替えた。
 とるものもとりあえず聞き込みから始めてみる事にする。
 ティレイラの目撃情報は残念ながらなかったが、最近、近くの美術館で盗難事件があったらしい。よくよく話を聞いてみるとティレイラが行方をくらましたのと同じ4日前の未明だという事だ。
 この事件と何か関係があるのか。
 そういえば最近美術館での盗難事件に関する話を聞いた気がする。そう。朝から飛んできた使い魔の手紙だった。

 使い魔の主人で旧知の仲でもある美術館の館長はシリューナの訪問に驚きつつも快く出迎えてくれた。
 館長にティレイラの所在を聞かれ、その為にここへ訪れた事情をかいつまんで説明する。
 いつだったか、ここで同様の盗難事件を解決した事があった。今回の美術品盗難も同じ魔族の盗賊団であるらしい。
 かの盗賊団は妙な魔法道具を使っていた。逃亡の際、それを使用しティレイラのナイスファイトがあって、その魔族はティレイラと共に魔法金属のオブジェになったのである。
 先に捕らえていた仲間の男がいたのでシリューナはそのオブジェを余すところなく堪能したのだが、男は完全に下っ端で、盗賊団の全容は皆目わからなかった為、解呪後は、犯人の魔族の少女を館長に引き渡した。
 館長は盗賊団捜査の為、その犯人を異界美術館ギルドに連行したというのだが、魔族の少女は魔法道具を使って再度逃亡をはかりまんまと逃げられていたらしい。
 そしてまた、あちこちで美術品強奪の悪事を働いているというのだ。
 一度、かの盗賊団と対峙した事から旧知の館長はシリューナに助けを求めるため使い魔を飛ばしたというわけだ。
 ティレイラが消息を絶ったのと同じ時刻、同じ場所であった美術品盗難事件。その主犯があの時の少女ならティレイラには面識がある。
 盗賊団はあらゆるものを魔法金属のオブジェにする魔法道具を持っていた。
 ティレイラの失踪。その近くであった美術品盗難事件。
 そこから導き出される一つの可能性に。
「盗賊団は正直どうでもいいのだけれど……」
 シリューナはそう呟いて旧知の館長の美術館を後にした。


 ▽▼▽


 4日前に遡る。
「ありがとうございましたー! また、いつでも呼んで下さいね!」
 元気よくそう言葉をかけてティレイラは依頼主の老婆の家を出た。2、3日で帰ると師匠であり姉のような存在でもあるシリューナに告げて出てきたのに、それにしては随分と夜遅い時間になってしまった。連絡を入れようと思ったがこんな深夜に起こすのも忍びないので、さっさと帰ってしまおうと帰路を急ぐように駆けだした、その時。
 1人の魔族の少女が窓から空へ飛び立つのを見つけた。記憶の片隅……というかあまり思い出したくない記憶の中にあって、思い出したくないのに思い出される記憶ほど無駄に鮮明だったりして、苦い記憶と共に彼女が盗賊団の少女である事を思い出した。
 それが美術館の窓からこっそり出てきたのだ。見るからに怪しい。
 そう思って少女を尾行したのが運の尽きだった…。少女を見失った時点ですぐに諦めればよかったものを、未練がましくうろうろしてしまったばっかりに当たりを引いてしまったのである。
 魔力により欺瞞された空間。その結界をあっさり越える事が出来たのはシリューナに貰ったペンダントのおかげ、とは終ぞ気付くことはなく、迷い込むようにティレイラはその中へと足を踏み入れていたのだ。
 巨木のアーチを越えるとお城のような宮殿のような豪邸が佇んでいた。光沢のある青緑の壁はまるで翡翠宮。
 先ほどまで何もなかった筈の空間に突然こんな大きな建物が出現したのだ。怪しまない方がおかしい。盗賊団のアジトに違いあるまい。
 ティレイラは早速、開いた1階の窓から忍び込んだ。結界に胡座を掻いているのか警備のようなものは一切なく、その小部屋に人影はない。魔導書のような本が壁いっぱいに並び、窓辺に大きな机があるところから書斎と推測される。
 一つだけあるドアを少しだけ開いて外の様子を伺って、かくてティレイラの謎の翡翠宮の捜索が始まった。
 結論からいえば、それは大して長くは続かなかったし、この翡翠宮の主は別に結界だけに頼りきっていたわけでもなかった。
 魔法道具や装飾品のオブジェが並ぶ大広間に圧倒されつつも、全てが計算され尽くしたように配置されている中、1つだけ統一感を乱すように置かれたオブジェに違和感を感じてティレイラは不用意にもそれに近づいてしまっていた。誘われるように。
 それは魔族の少女を象った彫像のようだった。
 否。
 象った――もの?
 その像は怯えた顔をしてこちらを見ているような気がした。その顔をティレイラは知っている。
「!?」
 突然襲う強烈な圧迫感に息苦しくなって反射的にティレイラは背後を振り返った。
 そこに4本の角を持つ妖艶な魔族の女が立っている。一目で分かった。この翡翠宮の主。
「本当、この子にも困ったものよね」
 その視線はティレイラではなく魔族の少女の像に向けられていた。口調は柔らかく、それを見上げる目も優しげなのに、ティレイラにかかる何とも言い難い重圧はそれらに反して更に強さを増していった。
「時々、やらかしてしまうの…」
 ティレイラは荒くなる呼吸と早くなる鼓動に胸を押さえるようにして膝をつく。
「だから、これはお仕置き」
 ふふふ、と女が微笑む。物腰は柔らかく穏やかで、口ほどに語る目は慈愛に満ちている。なのに。
「ああでも、その失敗のおかげでこんな愛らしいコレクションが完成するわね」
 まるで楽しげに独り言を語る女の目がゆっくりとティレイラを射抜いた。
「ヒッ…!!」
 恐怖に声をあげようとする。その悲鳴はあがったのかあがらなかったのか。とはいえ、あがっていたとしても聞く者は女だけであったろう。
 次の瞬間、ティレイラは魔族の少女と同じ像と化していた。恐怖に顔を歪め怯えきった2つ姿は互いに対を成しているように見える。最初にティレイラが感じた統一感を乱す違和感は、それをもって霧散していたのだが、その事にティレイラが気付く術はなかった。


 ▽▼▽


 ギルドや旧知の者もそれなりに捜査はしており、盗賊団の拠点となる空間座標の絞り込みもある程度は出来ていた。しかし、その座標には何もない。
 シリューナは溜まったストレスをぶつけるようにぞんざいで力任せにその結界をぶち破った。
 それによって起こる弊害など一切関知しない顔でずかずかと結界の奥へ入りこむ。
 一緒についてきていた館長の使い魔が壊された結界によって生じた空間の歪みにあてられたのか、シリューナの肩の上でビクッと体を震わせたが、もちろんそんな細かい事にも気付いた風もない。
 巨木のアーチをくぐると辺り一面緑の芝を敷き詰められた庭が広がり、噴水があった。その向こうに緑林を映す翡翠宮が佇んでいる。
 思わずシリューナは息を呑んでいた。
 イライラしていたのも忘れるほどのそれに。
 美術館を襲う彼女らの盗品リストを見た時も、魔族の少女がおかしな魔法道具を使った時も、もしかして趣味においては気が合うかもなどと思わなくもなかった。
 噴水の中央に置かれた美しい白亜の像。それは両膝をつき天に祈りを捧げる巨大な翼を広げた天使そのものだった。まるで生きているかのような息吹と鼓動を感じる。精巧にして大胆。製作者の魂が籠もっているかのような優美な逸品であった。
 さても、盗賊団の…この翡翠宮の主とはいかな人物なのか。興が沸くと同時にシリューナは些か頭の方に昇っていた血が沈むのを感じた。
 翡翠宮の入口を探しているとシリューナを招き入れるように扉が開く。
 臆する理由もないのでシリューナは促されるままに中へと入った。
 中は外のような荘厳さはなく“東京”の言葉を借りるなら近代的で機能美に溢れたような内装をしていた。
 ただ、長い廊下には等間隔に盗品と思しきオブジェが並んでいる。
 この盗賊団に盗まれた物はブラックマーケットにも出回らないと聞く。つまりは全て蒐集のためなのだろう。
 廊下を進み大きな部屋へ出る。並べられた魔法道具や装飾品に宝物庫のような印象を受けるがそうではない。しっかりと空間も計算された大広間。
 高い天井の中央には巨大なシャンデリアがある。その下に彫像を愛でる魔族の女の背中があった。
「いらっしゃい……なんて、招いた覚えはないのだけど?」
 そうして女はシリューナをゆっくりと振り返った。高位の魔族特有の4本角に黒いウェーブのかかった長い髪を腰まで垂らして、まるでアラビアンナイトにでも出てきそうな露出の高い服を身に纏い、金色の目を柔らかく細めて微笑んでいる。
 突然の闖入者に怒っている風は、ない。
「招かれた覚えもないのだけど」
 シリューナが笑みを返すと、女は少しだけ肩を竦めて拗ねたように言った。
「無理に結界をこじ開けるから歪みが出来ちゃったじゃない」
 大仰に。
「ごめんなさいね」
 心にもないことを棒読みすると女は小さく溜息を吐いた。
「それで、どんなご用かしら?」
 女はゆっくりとシリューナに歩み寄る。
 まとわりつく魔力のプレッシャーを意に介すでもなくシリューナは視線を女からその背後にある像に移した。
「迷子を迎えに来ただけよ」
「迷子?」
 わずかに首を傾げてそれからシリューナの視線を追うように女は後ろを振り返る。
「……ああ、もしかして、この子?」
「ええ」
「ごめんなさい。お返し出来ないわ。そもそもここを知られた以上、貴女も含め、返す事も帰す事も出来ないの」
 女のプレッシャー。
 さすがにウザいと感じてシリューナが払いのける。
 まるで心理戦のような表立っては現れない攻防。ただ、シリューナの肩の上にとまっていた筈の白カラスはとうの昔にシャンデリアの上へ避難している。
「お気遣いなく。帰るのに貴女の許可は必要としていないわ。勝手に帰らせて頂くだけ。もちろん、この子と一緒にね」
「まあ、ふふふ。強気なお方」
 女がくすくすと笑う。それにシリューナは珍しく大きな溜息を吐いた。
「…私も、まだまだね」
「!?」
 女が何かを察したように笑みを納めた。
「こんな事で感情を押さえられなくなるなんて」
「なっ……!?」
 シリューナは怒っていた。それは、魔族の少女とティレイラの対になった像の出来があまりにも良かったが故の憤りであった。
 ティレイラをからかっていいのも、ティレイラにお仕置きをしてもいいのも、何より、ティレイラをオブジェにして心ゆくまで堪能し飽きるまで鑑賞していいのも、自分だけだ。もちろん、その楽しみを友人と共有する事はある。
 だが、ティレイラの良さを誰よりもわかっているのはシリューナだけなのだ。だからこそシリューナには自分だけが切り取ることの出来る瞬間を独占出来るのだ。出来るはずだった。
 いや、わかっている。これは結果論なのだと。
 ともすれば、更に怒りを増大せしめるのは、たまたま偶然の産物をこの女が4日間も独り占めしていたという事実の方であった。
 口惜しい。これは独占欲だ。そんな事も充分わかった上で、シリューナは珍しく感情に身を委ねた。
「先に謝罪をしておくわ。加減が出来なさそうだから…」
 そう声をかけたのは、果たして魔族の女にか、はたまた頭上を旋回する使い魔に向けてであったか。


 …………。


「ティレ」
 シリューナが広げた両手の中にティレイラが飛び込んだ。
「お姉さま!! ごめんなさい!!」
 2人の後には結界が捻れひしゃげてモザイクがかかったようになった空間があるだけだ。
「帰るわよ」
「はい!」
 完全に歪みきった空間を残して2人は帰路についた。

 使い魔の白いカラスがかぁ〜と鳴いて主の元へ飛び去った。




■大団円■
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年06月02日

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