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『王女の矛盾 』
イアル・ミラール7523)&SHIZUKU(NPCA004)
「――」
 声も出せないまま、SHIZUKUはただひとつ拘束を逃れている頭を激しく振り乱す。
「声はともあれ、まだ出そうですね? 混入するハーブを漢方に変えてみたのは正解だったようですよ」
 イアル・ミラールの過去を知るべくSHIZUKUが訪れた漢方薬店の店主――だったはずの女は、作業用と思しき革のコートを翻した。
「先ほど採取したものの分析を急いでください。それからもうひとつの実験の準備は終わっていますか? 腐敗させる過程で余計な雑菌が混ざると効果が確認できなくなりますから」
 同じ革コート姿の女に確認した女は、手術台に拘束されたSHIZUKUへ向きなおり。
「SHIZUKUさんの“男”は一種のホムンクルスですが、その精には通常のそれと同じく、あなたの遺伝子が詰まっている」
 SHIZUKUの“男”は、現実に使える。と、いうことか。
 ハーブ、精、腐らせる、ホムンクルス。そして彼女のまわりを埋める炉と器具の数々。
 SHIZUKUの頭の中で、キーワードがひとつの答を成した。
 このオンナ、錬金術士だ!
 目を剥く彼女へ、女はさらに言葉を重ねて説いた。
「遺伝子には父体の記憶が含まれています。ですので分析を行えば、あなたの記憶が……素足の王女の情報が、間接的に得られることになるわけです」
 なんでそんなめんどくさいこと――SHIZUKUの疑問に、女は聞こえたかのようになずいて。
「素足の王女は強力な守護者の庇護下にある。薄汚い魔女どもの監視の目もありますしね。まずは足がかりが欲しかったのです。龍に護られし王女への」
 女はうっそりと笑み、SHIZUKUの“男”を指先でなぜた。
「そんなことよりも集中を。あと3回は採取させていただかないといけません。せっかくの機会ですので、ホムンクルスが引き出した女の精がさらなるホムンクルスの苗床になるか……そしてさらに、この“矛盾”が真理を成すのか。実験させていただきますので」
「――!」
 移植された“男”に繋がれた電極がさらなる刺激をもたらして、SHIZUKUは縛りつけられた背をのけぞらせた。


 イアル・ミラールは姿を消した親友の行方を捜し続けている。
 しかし彼女へ繋がる手がかりはまるで得られず……そのことが逆に、彼女の仇敵である魔女結社の周到さを示唆していた。
『どのみちまだ攻め込むときじゃないわ。行くべき先を少しでも見極められれば、今はそれでいい』
 イアルの姿をそのままに映す鏡幻龍が、彼女の内から声をかけてきた。
 イアル本人としては、凄絶な独り言を演じさせられているようで恥ずかしいのだが……鏡幻龍は表情や感情表現が容易いと言ってその姿を保ち続けている。
「焦ってもしかたないって、わかってはいるんだけど」
 イアルは苦い息をつく。
 そして今日も空手のまま、消えた親友と同居しているマンションへ帰ってきた。
「え?」
 リビングの真ん中に、水晶の像が置かれていたのだ。
 あまりにも見覚えのあるその姿は――
「SHIZUKUの像、よね」
『見慣れないものが付け加わってるみたいだけど』
 股間にてその存在を主張する“男”へ、イアルと鏡幻龍の視線が集中する。
「いたずらにしては手が込み過ぎね」
 イアルは遠巻きに像のまわりを巡る。
 完全に一致しているとまでは言い切れないが、少なくともSHIZUKUを細部まで模していると判断した。
『ちょっと待って。SHIZUKUのにおいがするわ。におい――残り香?』
 鏡幻龍の言葉にイアルはぎくりと肩を跳ねさせて。
「魔女結社の呪い?」
『ちがうわね、魔法の臭いはしないから。もっと近づいてくれる?』
 鏡幻龍に言われるまま、イアルはSHIZUKUの像へと近づいた。
「SHIZUKU」
 そっと指で触れてみる。完全に水晶化した少女の体は冷たくすべらかで、確かに芸術的な価値は高そうに思えるが。
「……生きていないって、こんなに寂しいのね」
『命は命であるからこそ尊いのよ――うん。やっぱり魔法的な呪いじゃないわ。原子変換されてる』
 イアルは眉をひそめ。
「原子変換?」
『基本的には卑金属を貴金属へ変える術なんだけど。ようするに錬金術よ』
 錬金術。イアルはさらに眉を強くひそめた。
 中世の欧州で盛んに行われた錬金術は、冶金という実質的な技術を高めこそすれど、本来の目的を果たすことははなかったはずだ。ましてや生体を鉱石化するなどできようはずがない。
『生体から生気を全部抜き取って、術的な無機質化状態を作りだしたんでしょうね。具体的には生気を精気に置き換えて……魔術も錬金術も、「見立て」が大きな意味を持つから』
 説明を終えた鏡幻龍は深いため息をつく。
『いずれにせよ、わたしたちには敵が増えた。そういうことでしょうね』
 どのような業(わざ)によるものかは知れないが、ガラスごと液化され、ベランダで液溜まりを作っているステンレスの窓枠を見やり、鏡幻龍は指さした。
『招待状も届いてるみたいだし。結局はいつものとおり、虎穴に入るしかないかしらね』
 液状金属の上に置かれたものは。低層ビル街の一角にある漢方薬店、その店名と住所が記載された名刺だった。


 漢方薬店に客はおらず、店主と名乗る女がいるばかりであった。
「どうぞおかけになられてください」
「できればこのまま話を聞かせてもらいたいわね」
 戸口を背に立つイアルが応えた。
 いつでもドアを蹴り破り、剣を振り回せる広さを確保する。もしくはドアを足がかりに前へ跳び、店主に拳なり肘なりを叩きつける。コートの下には、いつでも戦えるよう暖気を終えた体がある。
「この店はすべて私どもの手製です。内に入った以上は、たとえ王女であっても自由には動けない可能性が高い。そうお思いにはなりませんか?」
 確かに、戦士として高い能力を持っているイアルではあるが、鏡幻龍の力を存分に顕現することができない以上、怪しの業に対してそれほどの抵抗ができようはずはない。
 しかも。
「SHIZUKUさんはすでにこちらへ再納品されています。これ以上は申し述べる必要もないかと思いますけれど」
『腹を据えていくしかないわね。まずは敵を見極めましょう』
 鏡幻龍に言われたイアルは無言のまま、勧められたソファに腰を下ろした。
「ごあいさつがまだでしたね。私どもは……職人の組合というのが近いでしょうか」
『科学全盛の世界で、あえて錬金術を志すかび臭い輩がいるなんてね』
 内から声音を投げる鏡幻龍に、店主はまったく驚いた様子もなく苦笑を返す。
『今のでわかったわ。あなた、わたしのことを知ってるわね』
「ええ、鏡幻龍様。魔女どもとは別の理由で、私どももあなたに興味はあるのですけれど……今回はどうしても鏡幻龍様の加護を受けし素足の王女、イアル・ミラール様にご協力をいただきたくてお呼びしたのです」
 かなりのところまで知っていることを示す店主。腹芸を見せることすらせずに切り込んできたのは、自分がイアルと鏡幻龍に対してアドバンテージを握っていることを見せつけるためだ。
「わたしになにをさせたいの?」
 苛立ちを押さえ込み、イアルが問う。
 場は完全にコントロールされており、それを覆すことのできない自分が歯がゆい。
 イアルの諦念をにこやかに見守っていた店主は大げさにうなずいてみせ。
「SHIZUKUさんが持つ王女と龍の記憶では、やはり情報が不足していて精製が追いつきませんでした」

「私どもはこれまで、西洋で培われてきた思想を元に錬金を発展させてまいりました。結局は科学をも取り入れた“原子変換”に行き着いたわけですが……これでは錬金の本道から離れるばかり。そんなときです。東洋の思想と巡り会ったのは」

「陰中の陽・陽中の陰。色即是空・空即是色……矛盾であるはずのものが共に在ることを是とし、その矛盾が太極や阿吽を成す。私どもは考えたのです。錬金の究極もまた矛盾の果てに在るのではないかと」
『錬金の究極……やわらかな石、乾いた水』
 鏡幻龍のつぶやきに、店主の口の端がつり上がった。
「そうです。私どもは矛盾により、生みだそうとしているのですよ。乾いた水――エリクサーを」
 店主はさらに熱を込めて語る。
「王女の存在は矛盾しています。清らかならぬ身に清純の守護者たる龍を宿し、王女ならぬ身に王女を宿し、その上で王女として存在している。魔女どもにはその無二の価値が理解できていないのです。在りえようはずのないものが在る、その意味を」
 熱した鉛さながら、どろりと濁った眼でイアルを見つめ、耳元へ唇を寄せた。
「私どものお願いは、魔女どものような理不尽ではありません。矛盾したあなたに、もうひとつの矛盾を加えさせていただきたい。ただそれだけのことです」
 声音を濡らすその熱に、イアルはぞくりと身を震わせた。


 数日前にはSHIZUKUが寝かされていた手術台に今、イアルがいる。
「やわらかい石とまではいきませんが、軟質加工したタングステンの拘束具です。腕力で引きちぎるのはさすがに難しいかと」
 大の字に固定されたイアルは、それでも全身に力を込めた。彼女を拘束する銀色の帯はやわらかくしなりながら、わずかにも伸びはしない。
 店主の元に、透明なビーカーが届けられた。
 中に満たされた薄桃の液体のただ中で揺れるものは、今切り取ってきたかのように生々しい“男”。
「培養したホムンクルスのものです。陰たる女体に陽たる男を植え付ける。安直ではありますが、これ以上の矛盾もありませんので」
 SHIZUKUもこうして矛盾を植え付けられたのか……イアルはおののきながら、それでも声を低く保ち。
「SHIZUKUは解放する約束、守ってくれるんでしょうね?」
「ええ、私どもは魔女とはちがいますので。SHIZUKUさんの生体変換はすでに終わっています。移植物につきましては、しばらくすれば自然に腐り落ちます。無理に剥がせば女性としての機能も損壊する恐れがありますから」
 イアルは眼を固く閉ざした。
「じゃあ、いいわ」
「お気を安く。それほど悪いものではないようですよ」
 イアルの下腹部に、灼熱がはしる。
「――!」
 灼熱が激痛を成す。
 イアルは声を噛み殺し、耐えた。これまでの生涯で痛みは存分に味わってきた。この程度で泣き叫んではいられない。
 が。
「あ、ああっ!」
 食いしばっていたはずの歯が力を失くし、あられもない声が弾けた。
 激痛が蕩け、代わりに生じたものは、悦楽。
「ホムンクルスが王女の芯へ融合し、王女自身となる。今王女が感じているのは、ホムンクルスに与えられている悦びです」
 イアルは激しくかぶりを振り、唇を噛んだ。
 抗う……その意志が間断なく押し寄せる快楽に侵食され、崩れ落ちていく。
「ああああああ――」
 甲高い声をあげ、イアルは誇りごと意識を手放した。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2017年06月05日

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