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『鬼は目覚める 』
邦衛 八宏aa0046


 ―ーその日は、邦衛 八宏(aa0046)が初めて葬儀屋としての務めを果たす日であった。


 邦衛家は、明治時代から続く由緒ある葬儀屋である。
 だから八宏が「家業」を継ぐのは、彼が生まれた時から決められていたようなものだった。そこに抵抗感はなく、八宏自身も当然のことだと思っていた。嬉しい、楽しい、心待ちにしていた……などと前向きな感情ではないが、ネガティブな感情もそこにはなかった。

「……」

 八宏は鏡に映った己を見つめる。黒い喪服――仕事着を着た己の姿。新鮮な感じは特にしなかった。むしろ見慣れたぐらいの心地がする。己を見つめ返す瞳にキラキラとした輝きはなく、むしろ死者のそれに近い。まあ、いつもの眼差しというわけだ。
 それから八宏は壁掛け時計をふと見上げた。そろそろ、時間だ。新品の数珠を手にする。ジャラリと堅い音、冷たい温度。窓から見えるのは真っ白い曇りの空だった。死装束のようだった。


 ――雨は降りそうで降らないまま、一日が過ぎていく。


 先祖代々、伝わってきた通りに。祖父母から、両親から教わった通りに。
 八宏は丁寧に丁寧に葬儀を執り行ってゆく。初仕事だったけれど、緊張や不手際はなかった。
 念仏、遺族の涙ぐむ声。線香のか細い香りと、飾られた花々の青い香り。一人の人間が彼岸へ旅立ったのだと理解して整理して、現実を咀嚼して嚥下しなければいけない儀式。
 彼岸へ旅立ったのは、まだ若い女性だった。交通事故、だという。車でカーブを曲がりきれずに、そのまま……。
 死者の友人だろう、彼女と同じぐらいの年齢の女性が酷く嗚咽を漏らしている。遺族――両親は「どうして私達より先に」と世の理不尽に嘆き、泣き崩れていた。

 昨今ではライヴス技術だとか、愚神事件だとか、リンカーだとか、そういうものがあるけれど……なんてことないことで、人の命はあっさりと散る。
 生きる者にとって、死は恐ろしい。けれど誰もが迎えねばならないモノ。遅かれ、早かれ……。

 粛々。八宏は葬儀を続けてゆく。
 貰い涙はなかったけれど、人並みに若くして散った者を憐れむ気持ちはあった。
 けれ、ど……。

 ――不思議なのだ。

 そう、それは、最初に死した女性を見た時だ。生まれて初めて、生きてはいない人間を目の当たりにした時だ。
 ざわり、と。
 妙な心地を覚えたのだ――まるで全身の血が泡立つような。
 最初は、本物の死者を直視して自分でも衝撃を受けたのだろう、と八宏は勝手に自己解釈をしていた。
 だが違う。どうも違う。何かが、違う。
 ざわ、ざわ、ざわ――血の疼きだ。
 どうして血が疼いている?
 何か、何か腹の底から湧きあがるようなこの心地。
 これは――衝動だ。
 何の、衝動?

『――タベタイ』

 その時、八宏は確かに聴いたのだ。己の声を。己の、内なる欲望の声を。
(…… ッ!?)
 これには流石の八宏も、思わず自らの口を片手で覆った。「どうなされました」と聞かれ、咄嗟に「いえ、なんでもないです」と小声で答える。
(食べたい、だなんて、そんな……)
 おかしい。ありえない。不可解だ。狂ってる。人の肉を食らいたいだなんて。滅茶苦茶だ。そんなのまるで……バケモノじゃないか。
(……気のせいや、気の迷いや)
 自分に言い聞かせる。
 なのに。

『タベタイ、タベタイ』

 衝動が、欲望が、頭の中に反響する。
 おぞましい四文字が、八宏の頭の中で響き続ける。
(そんなこと、ありえへん……!)
 それを、八宏は気力で捻じ伏せ続けていた。

 そして、無事に葬儀は進み。
 彼女の遺体を荼毘に付し、その遺灰の処理を、しようと、して、……。

「…… ?」

 一瞬、意識が遠のいたかと思えば。
 ざらり。舌に乗った、奇妙な感触。

「う、ッ !?」

 思わず噎せこむ。舌に乗ったモノを必死に吐き出そうとした。動転する意識の中、八宏は己が「何をしてしまったのか」を嫌でも理解し始めていた――何とも形容しがたい苦味、灰に汚れた袖口。

 己は、人の遺灰を口にしたのだ。
 己は、人を食らってしまったのだ。

(な、んで、こんな、なんてことを、僕は……)

 げほげほと咳き込みながらうずくまり、八宏は呆然と目を見開いている。床に這いつくばった己の両手。灰で白く汚れた指。
 信じられなかった。受け入れたくなかった。嘘だと心の中で叫んだ。
 今すぐ手洗いに駆け込んで、胃の中身を吐き出そうかと思った。なのに本能がそれを拒む。動けない。吐き出したく……ない。己の臓腑に、人のそれを留めておきたい。そんな強い欲望が、身体全てを支配していた。

 ――八宏は引きこもりがちな青年だったが、「人の役に立てること」を強く望んでいた。
 だから、葬儀屋を継ぐことは八宏にとっては本望だった。誰かの眠りを安らかに、誰かの別れを静粛に。それが誰かの役に立てるなら。
 そう。だから――こんな――こんなこと、人を食べるなんてこと、望んではいないのに。どうして。どうして。

 どうして――呻いて頭を抱える八宏の脳裏に、古い記憶が蘇る。

 それは母親との記憶。幼い頃からの記憶。ずっと、ずっと、何度も、何度も、母親は八宏にこう言っていた。「他人と関わってはいけない」と。
 どうして? 幼い八宏はその度に聞いた。けれど母親はどこか悲しい目をして首を振って、「いつか嫌でも分かるよ」と言うだけで。それ以上を教えてくれることはなかった。八宏も、なんだか悪い気がしたので、それ以上母親を問い詰めることもしなかった。だからずっと――その言葉の意味を、知らないままでいた。

 そしてもう一つ蘇る記憶は、いつか誰かに聞かされた言葉。
 ――「邦衛の人間は人を喰らう」。

 その瞬間、八宏はゾッとした心地を覚えた。
 理解した。理解してしまった。辻褄が、合ってしまった。
 母親の「他人と関わってはいけない」という言葉。
 誰かの「邦衛の人間は人を喰らう」という言葉。
 そして、己が今してしまった、人食らい。

「あ、あ、あァ、あぁ゛あ……」

 己の顔を覆う。嗚咽のような呻きのような、――鬼のような、奇怪な声が歯列から漏れた。
 八宏は思い知ってしまった。己が何者であるのかを。己が血筋が背負っていた、業の深さを。


 空は灰のように白く。
 雨は降ることもない。

 罪深い男が一人、うずくまるのみ。



『了』


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邦衛 八宏(aa0046)/男/28歳/命中適性
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2017年06月08日

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