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『公開ファイルNo.3 CERISIER_白花 』
CERISIER 白花aa1660

 薄い紗の向こうに座る占者は、どうやら少々困惑しているらしい。

「あ、あの……」
「どうかしましたか?」

 対面に座すのは、重ねた齢が艶やかなご婦人。
 この館に辿り着く者は多かれ少なかれ困惑が見えるものだが、ご婦人――CERISIER 白花(aa1660)にはそれがない。……いや、ないどころか、白花のまとう雰囲気は楽しそうですらある。

「……本職の方、っすよね……?」

 占者の用意したリキュール入りの紅茶がふわふわと湯気を立てている。
 酒の甘い香りが部屋をゆっくりと揺蕩う中、占者は困惑の視線を隠すことなく白花を見つめていた。

「いいえ? 私、H.O.P.E.のエージェントですので」
「えぇ……いやぁ……」

 にこにこ。占者の問いが――というか、反応が楽しいらしく、一層笑みを深めて小首を傾げる白花。歩んだ年月の濃密さを伺わせる落ち着いた所作だが、浮かべる笑みはまるで少女のよう。

「えええ……私、本職の方を見えるほど腕に自信ないんすけども……」
「あらあら、うふふ。そんなことはないわ。私、とても楽しみにしているんだもの」
「ほぁぁ……」

 にこにこ。そわそわ。対象的な反応を示す二人の沈黙が、不思議な館の一室を支配する。

「……うぅぅ、わかったっすよぅ。はぁ」

 折れたのは占者の方で。
 諦め混じりに肩を落として、ぐしぐしと両手で目をこする。
 そうして顔を上げた時、そこに居たのは、軽薄な笑みを浮かべた「占術師」だ。

「ようこそ、境界の占術館へ! さぁ、あなたの可能性の一端をみせてほしいっすよ!」

 若干投げやりの交じる口上に、白花は浮かべた笑みを更に深めるのであった。



「では、この先1年程度の健康運を」

 そう述べた白花の前に並べられたのは、13枚のカード。中心の1枚を囲むようにして、12枚のカードが並んでいる。
 周囲にある12枚のカードが、それぞれ1ヶ月毎の運勢を示しているのだ。

「そうっすね……まずは1年の総合運から。この先1年間は、総合して『不測の事態から体長を崩しやすい運気』っす。体調不良というより、大きな怪我に注意してほしいっすよ」
「あら。やっぱり寄る年波には勝てないのねぇ」
「そんなことないっすよぅ。随分とお若くいらっしゃるっすもの」
「あら、お上手ね」

 中心の1枚を残して全て開かれたカードを見つめる占者の視線は険しい。
 口元に手を当ててころころと笑う白花との対比がいっそ見事だ。

「じゃあ1ヶ月ごとに細かく見てくっすね。……注意月は2ヶ月先、5、6ヶ月先、そして10から12ヶ月先。この月は体調を崩しやすかったり、大きな怪我をしやすいみたいっすから注意してほしいっすよ」

 トン、トンとカードを指差しつつ、目を伏せる占者。
 白花はただニコニコと話を聞くのみ。

「じゃあ、1ヶ月毎の細かい運勢を」

 ふ、と吐き出す息に緊張が見える占者。

「……今月は気力充分、体力充分で心身共に健やか。何をするのも楽しい時期っす。
 来月は不測の事態に注意。特に大きな怪我をする暗示があるっすから、無茶なことは控えてほしいっすよ。
 再来月は、来月の不調を引きずる可能性が高いっすから、やっぱり怪我には気を付けて。
 4ヶ月先はちょっとした不調……そうっすね、風邪とかひきやすいみたいっすから、日頃からのケアをしっかりとしてほしいっす」
「あら、じゃあうちの優秀な補佐の出番かしら」
「そうっすねぇ。手助けしてくれる方がいらっしゃるなら、ご自身ではわからない部分とか、見てもらったほうがいいかもわかんないっすなぁ」

 つる、とカードを撫でる占者。だいぶ緊張が解れてきたらしく、口元の険しさがとれている。
 この占術館は占者の趣味であるため、本職――本人は違うと言っていたがどう見ても本職――の白花を視るのは心臓に悪いのだ。

「5ヶ月先は一気に体調を崩しそうな予感がするっす。怪我か病気か、それとも他の理由かはわかんないっすけど、長く患って家にひきこもりがちになるかもしれない。外部からの助けはあまり望めないみたいっすから、それまでに準備を整えてほしいっすよ。
 6ヶ月先は、不調を引き継いで寝付いてるかもわかんないっす。そんで、やりたかったことが志半ばで頓挫する可能性があるっすね。この時、もしかしたら他者の助けを拒んでしまうかもわかんないっす」
「あらあら」

 言いながら、白花の表情は笑顔のまま。

「7ヶ月先はようやっと体調も回復して、新たな目標が見つかる時期っすね。あと、あなたの長年の目標が叶う――チャンスが、得られる暗示が出てるっすね」
「……そう」

 その笑顔をなんと表現すればいいのか、占者は言葉を持ち得なかった。艶やかな、と言えば、それも間違いではない。だが、それよりも尚、凄みのある表情。ともすれば怒気を内包しているような笑顔だった。
 占者は黙し、ただ並べたカードに視線を落としている。

「8ヶ月先は、気力的には充実してるっすけど、体力面に不安があるっすから無理は禁物。そして、あなたにとって大きな決断を迫られる月でもあるみたいっす。とはいっても、あなたの中で答えは既に出てるみたいっすけども。
 9ヶ月先は体調そこそこ、以前決めた目標に向かって邁進してるみたいっす。あ、でも他者の忠告はきちんと聞き入れることっすね。
 10ヶ月先、息切れに注意っす。それまでの無理が祟って倒れちゃいそう。それにともなって、様々な悩みに囚われて身動きが取れなくなっちゃう暗示があるっすよ」

 瞳の奥に心配を募らせて、占者は目の前に座る婦人を見つめる。
 泰然としている白花は、その視線を受けてもただ笑みを深めるのみだ。

「……11ヶ月先は体調悪化の暗示が出てるっす。その不調は翌月まで続いて……穏やかな眠りに身を委ねるでしょう」

 どことなく不吉な結果だったが、やはり白花の浮かべる笑顔は輝きを失わない。

「ふふ。だって、私は花の名を冠する者。綺麗に散るのなら、本望なのよ」
「……これはあくまでも『占い』っすから、話半分に聞いてほしいっす」
「ええ、よぅく、知っているわ」

 譲らない白花に、占者は諦めの混じった吐息を零す。

「では、この1年の総まとめを」

 するり、と、占者が手を触れることなく裏返され、浮かび上がった最後のカード。
 優雅に微笑むTHE EMPRESS――女帝。

「この1年は、あなたにとってとても充実したものになるでしょう。その身に降りかかるすべてを受け入れ、すべてを愛し、すべてを許すことでしょう。あなたはもう既に、その身に降りかかる何もかもを受け入れてしまっている。……ただ、願わくば、ほんの少しだけでも他者を省みてほしい。そこにきっと、あなたの望んだものがあるだろうから」

 神妙な表情でそう言い終えた占者は、次の瞬間に「ニィッ」と口元を三日月のように歪めてみせた。

「さぁ! 私はあなたに『可能性』を開示した! あとはあなた次第ってわけさ。私は信用ならないだろう? そう、行きずりの辻占なんか信じちゃいけない。こういうのは話半分に聞くものさ」

 ローブの奥、殆どを闇に隠した口元が、愉しげに弧を描く。
 カァン、と甲高い音がする。占者が指を鳴らす音。
 いつの間にか椅子もテーブルもカードすらも立ち消えて、音もなく立ち上がった占者はゆるりとおどけて頭を下げた。

「どうか忘れないで、けれど真に受けないで。どうせここの記憶はあなたには残らないんすから。ではでは、またいつかの機会に。お気をつけてお帰りくださいませ!」

 白い闇がじわりじわりと侵食する中、白花は占者を見つめて優雅に腰を折る。

「こちらこそ、楽しいひと時をありがとう」

 にっこりと笑う白花をきょと、と見つめた占者は、白く霞む視界の向こうで、嬉しそうに破顔したようだった。



 これは、『忘れらるべき空間』で起こった、『誰も知らないおはなし』である。



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2017年06月09日

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