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『わたしたちが、うまれる日 』
シキaa0890hero001)&十影夕aa0890)&結羅織aa0890hero002


 風の気配が優しくなる。
 木々の芽が膨らみ、一足先に桜の蕾がほころんで、薄紅の花弁が開く。
 誰の心も浮足立つ春。
 そんな季節に、十影夕は生まれた。




 朝日が昇る頃に合わせて目を覚まし、部屋のカーテンを開けながら朝食準備。
 夕がトーストを焼いている間にコーヒーを淹れて卵を焼いて、良い香りが漂う辺りで英雄たちが起きてくる。
 施設を出て、一人――英雄も一緒ではあるが私生活の戦力としてカウントして良いのかは悩ましい――暮らしをするようになってから、当たり前のような光景だ。
 付き合いが長くチビのシキだけではなく、夕と同年代の外見である結羅織が加わってからは少しばかり気を遣うものの大筋に変化はない。

「ことしのおたんじょうびは、4がつにするよ」

 全員がテーブルにつき、夕がトーストを齧ったタイミングでシキが言い放った。
「……!? ……、…………」
 夕は驚き、それでも何とか咀嚼してからトーストを飲み込む。昨年よりは、進歩した。
「『今年は』って、どういう意味なの?」
 カフェオレを流し込んで、冷静さを取り戻してから少年は訊ねる。
 そう。昨年の『誕生日』は、まったく別の日だった。
「わたしもユエラオも、じぶんのおたんじょうびをおぼえていないからね」
「ああ……、そうか」
 夕の視線を受けた結羅織は、事態を把握しておらず小首をかしげて微笑むだけである。
(誕生日がわからないなら『いつでもいい』のかな。いつでもいいから、祝うことに意義があるんだろうな。たぶん)
 この世界で出会ったことを喜び祝う。
 賑やかで、暖かなバースデーパーティー。
 シキの提案が唐突であることには慣れているし、結羅織という新たな『同居人』が加わって迎える今年の春を歓迎することに、夕も異論はない。
「わたしたちは、いちれんたくしょうなのだから、ちょうどいいだろう」
 シキが指定したのは、夕の誕生日。4月15日であった。
「ん。わかった。覚えやすくていいね」
「ケーキは3つ、よういしてくれたまえ」
「お誕生日会、初めてです!」
 両手を合わせ、結羅織も嬉しそうだ。
 シキはフフンと鼻を鳴らし、デザートのフルーツヨーグルトへ手を伸ばした。




 生まれた日を持たない場合、出会った日を記念日とすることもある。
 シキが知る限り、周辺でも決して少なくないようだ。
 けれど、夕とシキが出会ったのは――
(だれもきにしないことが、いちばんだ)
 幼い夕が、愚神の起こした事故で重傷を負った日。
 夕が、両親を失った日。
 忘れてはいけない日に違いはない。
 けれど、シキは積極的に触れたいと思わなかった。
 夕は、そんなシキの配慮に気づく風でもなく、もちろん結羅織は知る由もない。

 バースデーパーティーは、賑やかで楽しければ良いのである。




(当日言われなくてよかった)
 数日の余裕があることで、パーティーでの食事やケーキはもちろん、プレゼント選びにも時間を掛けられる。
 放課後、夕は街をプラプラと歩きながら、さて何を贈ろうかとウィンドウを覗いては通り過ぎる。
「あ。ケーキの予約も必要か……。……3つ?」
 ホールで?
 結羅織は見かけによらず、よく食べる。きっと軽く平らげるだろう。
 対してシキは、新しもの好き・食いしん坊な割に食べる量は少ない。残った分は夕に回ってくる。
「1つで良いよね」
 せめて、シキが好きそうなケーキにしよう。
 



 私たちは、一蓮托生なのだから。

 シキの言葉が嬉しくて、結羅織はついつい鼻歌まじりにステップしてしまう。
 フリースクールへ通う結羅織は、毎日が発見の連続。
 『一蓮托生』の意味を調べて、胸がホクホクと暖かくなったのだ。
 良いことも、悪いことも、どんな結果であっても最後まで命を共に。
 出会い、誓いを結び、その先は命果てるまで。
「この先も、ずっと。でしたら長く使えるものがいいですわね!」
 誰かを思って、何かを選ぶ。
 そのワクワク感と言ったら!!
 ふふふふ。
 笑顔を隠しきれず、結羅織は店へ入っていった。




 テーブルの中央には、美しいホールケーキが一台。
 真っ白な生クリームを、苺と淡紫のエディブルフラワー――食用花――が彩り、チョコレートのプレートには『たんじょうびおめでとう 0415 シキ 結羅織 夕』とある。
 花弁は蝶のようでもあり、花と花を繋ぐミントは三人の絆のようでもあり。
「ケーキは1つだが、かわいいのでゆるそう」
 とは、シキの感想。
「お眼鏡に適ってよかったよ」
 同じものを、あと二つ買ってこいなんて言われたらどうしようかと。冗談交じりに不安を抱かないでもなかった夕は、短く返答しつつ胸をなでおろす。
「そのかわり、ピザやサラダもたくさんあるし。こっちは俺の手料理。二人とも好きそうだったから」
「おおお」
「まあ!」
 普段の食事で評判が良かった数品を、前日から準備していた。
 夕も今年からいよいよ受験生という事で学業が大変になってくるものの、新学期が始まったばかりの今なら少しばかり余裕がある。
 緊張をほぐす、良いリフレッシュにもなった。
「それじゃあ……ハッピーバースデー?」
「ハッピーバースデーだな。ユウ、ユエラオ!」
「お誕生日おめでとうございます。夕様、シキ様。それからわたくし!」
 三人は顔を見合わせ、どことなくくすぐったい思いを抱えつつ。
 ロウソクに火を灯し、歌い、願い事はそれぞれ胸の中で唱え――

「「ふうっ」」

 三方向から、息を吹きかけ火を消して。
 誰からとなく、拍手が起きた。
「素敵なケーキ、切り分けるのがもったいないですわね……」
「一人で丸ごと食べるのは駄目だからな」
「えっ。わたくし、そんなつもりでは……!!」
 ほうっとケーキを見つめる結羅織に夕が釘を刺すと、シキは愉快だと笑う。
「だから、3つよういするようにいったじゃないか」
「まあるいものを、みんなで分けあうことに意味があるんだってさ」
「……ふむ」
 ケーキ屋の店員さんに言われたのだと夕が伝えると、シキはパチパチとまばたきをする。
「鍋をつつきあうみたいな?」
「……かになべのけんを、ゆるしたわけではないよ」
「いつの話だよ」
 まずい、墓穴を掘った。
 夕は目を逸らしつつ『まあ、そういうことなんだって』と締めた。
「素敵な考えですわね。それもまた文化の違いなのでしょうか」
 洋菓子は文字通り『洋』……海を渡って伝えられたもの。この国とは違う文化で生まれ、育った菓子には知られざる色々な背景があるのかもしれない。
 切り分けることをためらっていた結羅織だが、夕の話に納得し、勇気をもって三等分。
「いちご1つ、シキ様へプレゼントですわ」
「ありがとう、これはうれしい」
「ピザも切り分けたよ。それから――」
 ワイワイとパーティーが始まった。
 



 食後の飲み物も堪能したところで、シキがプレゼントの話題を持ち出した。
 夕も結羅織も、心なしか姿勢をただす。
「ふたりとも、おたんじょうびおめでとう」
 テーブルの下から、シキが小さな包み紙を取り出した。
 落ち着いた色合いの和紙に包まれていたのは、シキ手製の組紐ブレスレット。
 夕には橙と紺、結羅織には紺と赤、
「おもてとうらで、2しょくになっているよ。わたしは、あかとだいだいだ」
「お揃いですのね! とってもかわいい!」
 結羅織は歓声を上げ、さっそく自身の手首へ着ける。
「ありがと。大事にする」
 アクセサリー類は苦手とする夕だが、こういったものなら問題ない。
 もちろん、シキも知った上で作ってくれたのだろう。
 そっけない言葉・変化の薄い表情ではあるが、夕の感情を誰よりシキが汲み取っている。

「それじゃ、これは俺から。大事に……してくれればいいんだけど」
 続いて、夕が二人へプレゼントを差し出した。
「ふむ。ちいさいな?」
 昨年は大慌ての調達で、夕からシキへ贈ったのは昆虫と植物の図鑑を2冊だった。
 さすがに結羅織にまで同じ手は通じないだろうし、今年は選ぶ時間もあったし。
 薄紅色の包装紙の下は小箱らしい。
 ひっくり返したり振って音を確かめるシキが、中身を当てあぐねて包みを開ける。
「おお、これは!」
「幸せのお守りって書いてあったから」
 ガラス玉やビーズで飾られた、可愛らしいピンキーリングだった。
(二人にも、幸せを見つけてほしいな)
 何もない日でも楽しそうではあるが。
 ささやかな日常の他にも、幸せと感じられる何かとの出会い。
 夕が、大切な友人たちと育んでいるような、見つけているような、そういった。
 自分にとって大切な二人が、いつだって幸せになるように。
 感情表現は上手ではないけれど、夕だって日々、願っているのだ。
「こんなおくりものをえらべるなんて、おまえもせいちょうしたね……!」
 シキは純粋に驚き、感激し、己の小指へ着けると明かりに透かして反射を楽しんでいる。
「これが噂の『恋人でもないのに指輪をプレゼントしちゃう男』……?」
 対する結羅織は真顔でリングを凝視している。手を伸ばすのも恐ろしいといった表情だ。
「そういうでないよ、ユエラオ。これがユウのせいいっぱいなのだよ」
 色恋沙汰には疎いのだから。
 それに、わたしたちなら『勘違い』もしないだろう?
 角度によってガラス玉の色合いが変わるのが面白くて、シキは上機嫌なまま結羅織へフォローを入れた。
「シキ様の感激に免じて、大目にみます!」
「うん、ありが……と?」
(どうして俺、怒られてるんだろう)
 『色恋沙汰に疎い』というシキの言も解せぬ。
 綺麗なリングだし、願いが込められているというし、良いと思ったのだけど。
(『恋人でもないのに指輪をプレゼント』……指輪って、そういうものなんだろうか)
 夕の悩みは、翌日以降の宿題となる。

 そして、三人目。
 結羅織が、とっておきの贈り物を二人へ。
「なんともうつくしい。しゃれっけのある、ユエラオらしいおくりものだ」
「普段見られない外国の夜空なんですよ!」
 結羅織からシキへは、星空の写真集。
 洒落た装丁デザインで、表紙を開く前からドキドキする。
 ずっとずっと北、あるいは南の国でなければ見られない星や自然現象が、宝石のように閉じ込められていた。
 その一方。
 夕は、一冊の本を紙袋から出して反射的に戻した。
「どうしたんですの、夕様?」
「おまえほんとゆるさないから」
「ふむ、おだやかではないね。なにをおくったんだい、ユエラオ」
「巷で話題の、セクシーグラビアですわ。お好きかと思って!」
「そんなわけあるか」
「どこのお店も売り切れでしたし、女性の身で売り場へ行くのも勇気が要りましたし、買うの大変だったんですよ!」
「それはきょうみぶかいな。わたしもみたい、ユウ」
「シキ、見ちゃダメ!」
 椅子からヒョイと降りたシキが紙袋へ手を伸ばすも、夕は必死に躱す。
「喜んでくださると思ったのに!!」
 結羅織は逆切れする始末。
「気持ちは有り難くもらっとく。気持ちだけ」
「納得いきませんわ……」
 それでは、お兄様の好みを教えて下さいませ!
 そういえばわたくし、具体的なお話は聞いたことがありませんでしたわ!
 変な方向へ火を点けてしまったらしい。
 言い募る結羅織を制し、本へ興味を示すシキからは避難し、自分の家だというのになんだってこんなドタバタしているのか。

 自分の――自分たちの、誕生日に。
 夕は今日、18歳になり。
 シキは……結羅織は……何歳なのかは、さておいて。

 ふっと思い至って、夕は動きを止める。
「誕生日、おめでとう」
「どうしたユウ、やぶからぼうに」
「さきほど、祝いましたわ?」
「そうなんだけど」

 施設で祝ってきたようなパーティーとは違う。
 昨年の、慌ただしいお祝いとも違う。
 この感情は、何と表現したらいいのだろう。
 夕は考え、答えは見つからず。
 夕はシキと出会ってから、長い。なのにシキの誕生日を祝ったのは昨年が初めてだった。それもシキからの提案で。
(毎年コロコロ変わるのかな。それとも、今年からは今日で固定かな?)
 気まぐれなシキの言動を読み切るなんて夕にはできないが、去年があって、今年があって、きっと来年もあるのだろうと思う。

「らいねんも、たのしみにしているよ」

 悩む少年の心を察したシキが、にこにこと笑った。
 来年もまた、三人で。もしかしたら、親しい他の誰かも増えているのかもしれない。
 生まれたこと。出会ったこと。絆を結んだこと。
 祝い、喜び、来年も当たり前のように迎えられることを、願って。



 4月15日。
 お誕生日、おめでとう。




【わたしたちが、うまれる日 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0890hero001/ シキ / ? / 7歳 / ジャックポット 】
【aa0890hero002/結羅織/ 女 /15歳 / バトルメディック】
【aa0890   /十影夕 / 男 /今日で18歳/ アイアンパンク 】



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ご依頼、ありがとうございました。
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お楽しみいただけましたら幸いです。
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2017年07月04日

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