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『言葉にせずとも伝わるならば 』
クーaa4588hero001)&アークトゥルスaa4682hero001


 灰色の雲が空を覆う日だった。
 それでも雨は降らず、昼どきのラーメン店は多忙を極めた。
 そんな忙しい時間をやりすごし、ようやく店に空席が目立ち始めた頃、クーは密かに厨房で息をつく。
 店が繁盛するのはいいことだとは思うが、アルバイト店員としてはまあ、できれば『ほどほど』がありがたいというのが本音だろう。
 もちろん、客の前で疲れた表情を見せることはない。
 誰かが勢いよく入ってくる気配に、すぐに顔を出して声をあげる。
「いらっしゃいま……」
 クーはそこで言葉を失った。
 息を切らせ、白い秀麗な頬を紅潮させ、こちらを見つめる青い瞳の人物。
(アーク!?)
 声を押さえこむのが精いっぱいだった。
 アークトゥルス。
 決して見間違えることなどない、大事な大事な……

「兄上!」

 アークトゥルスの発した言葉に、クーはわが耳を疑った。
 青い瞳が喜びと期待に煌めいている。
 相手は明らかにクーのことを呼んでいる。
 一方でクーは、無表情のまま立ち尽くしていた。
 だがそれもほんの数秒のこと……そして。

「……兄上と呼ぶな」

 こぼれ出たのは、感情の彩りを全く感じさせない硬い声だった。



 アークトゥルスは息を呑んだ。
 硬い声を絞り出した相手の目尻に、僅かに光るものがある。
 アークトゥルスの青い瞳に宿る希望の光は、戸惑いに揺れ、不安げに陰る。
 頭の中で渦巻いていたたくさんの言葉は行き場を失い、冷たく凍りついてしまった。


 アークトゥルスにはかつての記憶がほとんどない。
 だがこの世界にやってきてから、自分を知る人物と出会うことができた。
 彼らが教えてくれた。アークトゥルスの兄が、クーであると。

 それはアークトゥルスにとって希望の光だった。
 自分のことをよく知っている人物なら、この足元も定まらないような不安をぬぐい去ってくれるかもしれない。
 語り合えば自分の記憶も戻るかもしれない。
 だからクーの所在を教えてもらったその足で、この店まで走ってきたのだ。

 なのに、クーは明確な否定の言葉を口にした。
 関係を否定されたわけではないのだが、アークトゥルスの期待は余りに大きすぎて、クーの言葉の意味をきちんと受け止めることができなかった。

(そうだ。俺はこの人を失望させたのだった)

 それは少し前の邂逅。
 記憶がない。大事な人の顔も、大事な思い出も全てが失われている。
 それは親しい人にとっては許しがたいことだろう。
 なのに、思いだせないのが申し訳ないという自分の気持ちだけで、相手を振りまわしてしまったのだ。
 しかも彼は何と言った?

『誰にも心を許すな』
『近づく者は全て疑え』

 そうだ。
 結果的に、自分はあの忠告を聞かなかったのだ。
 かつての仲間だという、自分に声をかけてくれた人の言葉に耳を傾け、ここまで走ってきたではないか。
 その人達のことを疑うわけではない。
 けれど、クーというこの男の言葉も間違いなく『本当』だと思ったのだ。


 アークトゥルスは密かに拳を握る。
 自分の身勝手さ、不甲斐なさに、情けなくなる。
 自分の身を案じてくれた人を傷つけ、今更兄などとどの口が言うのか。

「忙しいところを邪魔してすまない」

 頭を軽く下げる。
 アークトゥルスの表情は硬かったが、かすかな微笑をうかべていた。
 これ以上、自分の身勝手でクーの心を傷つけないように。
 今のアークトゥルスにできることは、ただそれだけだったのだ。
 踵を返し、扉を閉める。



 驚いて顔を上げるクーの目に、店の扉が閉まって行くのが見えた。
 隙間から見えたのは悲しげに曇る横顔、頼りなげな肩にかかる金の髪。
「ま……!」
 クーは厨房から飛び出した。
 足早に歩いていく背中を見つける。
 追いかけながら、声を絞り出す。
「アーク!!」
 足を止めて振り向く顔に、驚きが広がっていくのが見える。

 追い付き、相手の肩に手をかけた。
 何事かと目を見開く顔は、余りに懐かしくて、即座に言葉が出てこない。
「……違うんだ」
 どうにかそう呟き、あふれでようとして混乱する言葉を持て余す。


 ああ、なぜ言葉というものはこんなにも不便なのだろう。
 思う事を伝える術は他にないのに、想いの丈を表す言葉が見つからない。
 どれほどお前を案じていたか。
 どれほどお前を大事に思っていたか。
 覚えていないのが不安なら、本当は何度でも語って聞かせたいのだ。
 クーの頭に浮かんだ思いが全部そのまま相手に伝われば、これほどもどかしい思いをせずに済むのに。

 けれど言葉にしなければ自分の心は相手にはわからない。
 相手の言葉でしか、相手の心を知ることができないのと同じように。

「違うんだ」
 アークトゥルスは辛抱強くクーの言葉を待っている。
 クーはようやく自分の喉を動かすことができた。
「……兄様、なんだ」
 消え入りそうな声だった。


 ――それは遥か遠い昔のこと。
 ふたりがまだ幼い頃、クーを『兄様』と呼んで追いかけてきたアークトゥルス。
 いつもいつもそうだった。
 だがある日突然、クーの大事な弟は、自分を『兄上』と呼んだのだ。
 そのことにクーは大いに戸惑った。
 別にある程度の年齢になれば、おかしなことではない。むしろ自然なことだろう。
 それは分かっている。
 だがクーはその言葉を聞いた瞬間に、アークトゥルスが自分から離れて遠いところへ行ってしまうように感じたのだ。
 ――まるで、今のこのふたりを暗示していたかのようにすら思える。
 今、この世界で巡り合えたアークトゥルスが自分を『兄上』と呼んだ。
 その言葉に、兄と認めてくれたことの喜びよりも、あのときの喪失感のほうが強く呼び起こされてしまったのだ。
 だから咄嗟に『兄上』と呼ぶことを拒否してしまった。
 遠い昔、戸惑いのあまり呼び方を変えるなと言ったときのように……。

(俺は馬鹿だ)

 クーは自分を叱りつけたい想いに駆られる。
 ようやく巡り合ったアークトゥルスは記憶をなくしていた。
 忘れたいほどに辛い過去なら、思い出さないほうが幸せなのだろう。
 ならば兄である自分のことも思い出すべきではない。
 だからこのまま距離を取ろう。
 そう思ったのに、こうして引きとめてしまった。
 あのまま立ち去れば、自分から離れていけば、弟は今度こそ過去を捨て新しい人生を歩んでいけるかもしれないのに。

 クーはアークトゥルスの肩に手をかけたまま、うつむいている。
 自分の考えが間違っているのではないかという思いと、巡り合えた喜びが、クーの頭を押さえつけていたのだ。
 けれどアークトゥルスの肩に置いた手は、確かな暖かさから離れようとしない。

「……兄様」

 穏やかな声に気付き、クーはゆっくりと顔を上げる。

「兄様、なんですね」

 優しい声、少し困ったような笑みを湛えた優しい瞳。
 祝福の光に包まれたように、クーの戸惑う心は少しずつ喜びで満たされる。

「そうだ。……おかえり、アーク」

 いつしかふたりは互いの手を握り合い、言葉もなくただ立ち尽くす。
 灰色の雲の切れ間からは、この再会を祝すかのように天の梯子が幾筋も降り注いでいた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4588hero001 / クー / 男性 / 24 / ソフィスビショップ】
【aa4682hero001 / アークトゥルス / 男性 / 22 / ブレイブナイト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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再びの邂逅のエピソードをお届けします。
以前の続きという形になるように、ご発注内容を多少アレンジしております。
また口調は、基本情報に沿ったものとして執筆しております。
いずれもキャラクター様のイメージから大きく逸れていないようでしたら幸いです。
またのご依頼、有難うございました。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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2017年07月14日

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