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『黒薔薇に愛と忠誠を 』
黒の貴婦人・アルテミシア8883)&紫の花嫁・アリサ(8884)

 教会を静寂が包む。
 深夜特有の静けさの中、降り注ぐ月光が祭壇とその前に佇む二人の花嫁を浮かび上がらせていた。

 黒薔薇を連想させる漆黒のドレスとヴェールを纏うアルテミシア(8883)。
 その足元には黒薔薇で飾りつけられた黒紫のドレスとマリアヴェールを纏うアリサ(8884)が跪いている。
 聖職者であるアリサがアルテミシアへ神の祝福を与えるといった風ではない。むしろ、アルテミシアからアリサへ何かを授ける儀式の様にも感じる。

「アルテミシア様」

 上目遣いでアルテミシアを仰いでいたアリサからうっとりとした声が漏れた。
 アルテミシアと視線が絡むのを確認してから、彼女の視線は自分のドレスを巡り再び黒薔薇の貴婦人へ戻る。上目遣いで貴婦人を見ながら、彼女に初めて帰依した時に授けられたそのドレスの裾をそっと摘まみ、愛おしそうに口付ける。

「……」

 次の瞬間、その口が紡いだのは過去を捨て去る言葉だった。今までアリサを作り上げてきただろうすべてを捨て去る誓いの言葉がよどみなく続く。

「アルテミシア様に私の全てを捧げます」

 その締めくくるその声に迷いや躊躇いは微塵も感じられない。むしろ過去を捨て去れることを誇りに感じてさえいる声だ。

「そう……」

 悦びに満ちた表情でつま先に触れるアリサの唇を見ながらアルテミシアはただ一言そう言った。

 様々なものを堕落させてきた彼女にとって、言葉だけの誓いも目の前で行われる崇拝の口づけも価値を持たない。人は言葉も行動も偽れる生き物だ。
 そんな小細工をすることなど、彼女の思考の片隅にもないだろう。それ程までに自分に心酔していることなど知りすぎるほどに知っている。アルテミシアが自らそうさせたのだから。
 だが。

「アリサ、そう言うのなら証を立てなさい」

 パチンと鳴る指に呼ばれるようにアリサの周りに様々な品が現われる。視線を落とすアリサを見てアルテミシアは思う。

−もっと深く堕落しなさい−

 忠実な使徒、そして情愛の奴隷。それだけでは足りない。存在全てで自分だけを求める。そこまで堕落して初めて、アルテミシアの愛を注ぐ花嫁として、奉仕を許す娼婦として完成する。

 アルテミシアはそう考えている。そしてアリサにはその素質があると確信している。
 だからこそ、もっと深く落とすのだ。

 アリサは品々に目をやる。
 例えば、彼女を拾い育ててくれた両親との思い出の品。例えば、彼女が聖職者であることを証明する証。
 そこにはすべてアリサに与えられた神や周囲の人からの愛が形となって横たわっている。

 一度だけアルテミシアの方へ視線を向けた。しかし女王は動かない。ただ優雅に佇み、見つめ返すだけ。

「はい」

 アリサは微笑み、すくっと立ち上がると、ドレスの裾を軽く摘まみ上げステップを踏み始めた。
 薄氷を踏むような乾いた音を立て愛の形が粉々に割れていく。音がすればするほど、得も言われぬ開放感が彼女の口角が上げる。

 完全に音がしなった頃、アリサの舞は止まった。

「……」

 彼女は己の足元を見やると小さく何事か呟いた。
 言葉こそ聞こえなかったが、彼女の侮蔑と快楽の混ざった表情からひどい言葉だったろうことは想像に易い。

 黒薔薇の女王が再び指を鳴らすと、粉々になった愛が青黒い炎に包まれ、幻のように一瞬で消えてしまう。
 アルテミシアは無言で満足げに微笑み、アリサの名が書かれた一枚の紙を差し出す。
「最後の仕上げをなさい。アリサ」

 いつの間にか祭壇の上に置かれた蝋燭にも先ほどと同じ青黒い炎が灯っている。

「はい」

 受け取った紙をアリサがかざすと、炎は紙をゆっくり黒いすすへと変えていく。
 その光景を見るアリサの脳裏を過去の思い出が駆け抜ける。
 つらい境遇。
 愛された思い出。
 愛した人々。
 信じた神。

「……くだらない」

 紙が燃え尽きた時、自然と彼女の口から言葉がこぼれた。

 そんなものが自分の世界のすべてだなんてなんて卑小で愚かな女なのだろう。
 さっきまでの自分に抱いた感想は、名も知らぬ他人に対するそれだった。知らない女が何を慈しみ愛していたとしても興味は沸かない。すべてどうでもいいことだ。

 もうここに、敬虔な聖職者である『アリサ』はいない。
 ここにいるのは、アルテミシアを崇拝し、彼女に奉仕することに悦びを感じる花嫁だけだ。

「さあ、愛してあげるわ」

 使徒へ祝福のキスを額に、花嫁へ甘い口づけを唇に授けると、ねだるようにアリサからキスが返されるた。
 応えるように何度も重ねる唇は回数を追うごとに深くなり、いつしか月光の差さなくなった教会は、甘い吐息と淫猥な水音で埋め尽くされていた。

「御覧なさい?」

 唇を触れ合わせたまま、アルテミシアがくすりと笑い視線を誘導する。その先には大きな姿見。

「あぁ……」

 アリサからうっとりとした声が上がる。

 鏡の中にいたのは、美しい主と淫らな自分の姿。
 その姿は、先ほどまで清楚な印象与えていた聖職者と同一人物だとは到底思えない。先ほどまであったドレスとの違和感は微塵もなく、彼女のために特注で作られたといわれれば誰もが納得してしまうだろう。
 ドレスに乱れはなく、ヴェールも彼女を覆ったまま。彼女を構成する外的要素は何も変わらない。
 変わったのは彼女の内面。魂のあり方の変化が彼女の雰囲気や存在感を変えたのだ。

「どう?この方が私の淫らな娼婦に相応しい姿だと思わない?」

 そう言いながら無粋な質問だとアルテミシアは心で思った。自分の姿を見る彼女には驚きも戸惑いもない。あるのは深い悦びだけ。

「あぁ、嬉しい……アルテミシア様……」

「あら。もう我慢できないのかしら?」

 花の蜜のような甘い香りを漂わせたまま、欲に濡れた瞳で見つめられアルテミシアは苦笑する。
 花嫁が何を望んでいるのかが手に取るようにわかるからだ。
 アルテミシアは周囲を一瞥してから、空でノックをするような動作をする。
 彼女の住居たる古城、その寝所への扉を作ったのだ。


 ***

 ぱたん。
 扉の閉じる音の後、誰もいなくなった教会には青黒い炎が点る燭台と淫欲を掻き立てる甘い香りだけがいつまでも残っていた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 8883 / 黒の貴婦人・アルテミシア / 女性 / 27歳 / 背徳の女神 】

【 8884 / 紫の花嫁・アリサ / 女性 / 24歳 / 堕落した御使い 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 アルテミシア様、アリサ様、はじめまして。
 今回はご依頼ありがとうございます。

 発注文から帰依の儀式でもあり、愛の契りの儀式でもあるように感じましたので、この後ある愛の時間の導入シーンになればと思いながら書かせて頂きました。

 お気に召されましたら幸いですが、もしお気に召さない部分がありましたら何なりとお申し付けください。

 今回はご縁を頂き本当にありがとうございました。
 またお会いできる事を心からお待ちしております。
東京怪談ノベル(パーティ) -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年06月21日

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