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『もしかしなくても、王子様? 』
宮ヶ匁 蛍丸aa2951)&橘 由香里aa1855


『橘 由香里(aa1855) 』はそびえたつ門を眺めた、重たい旅行鞄が両手から落ちる。
 蛍丸にいわれてたくさん詰め込んだ旅行鞄。
「一泊で返してくれると……いいですね」
 そんな彼の困った顔が今や懐かしい。
『黒金 蛍丸(aa2951) 』は由香里の隣で爽やかな表情を見せている。
 たぶん彼の中でいろいろな思い出が錯綜しているのだろう。
 だからこそ由香里の戸惑いにも気が付かない。
「ねぇ、蛍丸くん。あのもしかして……」
「はい?」
 そう、切なげな視線を由香里に返す蛍丸。
 その背後で青々とした緑が風になびいた。

   *   *

 事の発端は二人で静かに部屋に引きこもっていた昨日のこと。
 由香里は旅行雑誌を眺めていた。
 どこか遠くに行きたいな、連れて行ってくれないかな。
 そんなアピールも混ざっていたのかもしれない。
 蛍丸はしばらく、そんな由香里を眺めて……何か思い立ったのか。
 あ! っと声を上げた。
「僕の実家、いきますか?」
 そう微笑む蛍丸、顔が赤くなっていく由香里。
 由香里の手の中で緑色のページがめくれる。
(え? そう言うこと? そう言うことなの?)
 由香里は雑誌を意味もないのにめくった。田舎旅行特集。
 その見開きに飾られていた豊かな自然。それが蛍丸の実家にそっくりだと、蛍丸は告げると、自分の故郷の思い出を淡々と話し始めたのだ。
「きっと癒されると思います、ご飯も美味しいんですよ。俵で保存するとやっぱり美味しい気が」
(……たわら?)
「おじいさんが厳しくて、でも道場はすごく賑やかでした。毎週三回は六十人くらいの生徒が道場に集まって」
(六十人も入れる道場……)
 由香里はそんな風に蛍丸の言葉を聞き流す。
 だって、仕方ないだろう。年頃の女の子が、実家にいきませんかなんて言われれば思うはずだ。
(実家って、ご両親に……挨拶ってこと? え? 早くないかしら。でも真剣に考えてくれているのは嬉しい)
 だがそんな妄想に浸っている間に、蛍丸の話は完結してしまう。
「じゃあ、今度の連休に、いきましょう、学校が終わって電車に乗って。とっても遠いのですけど、でも道中もきっと楽しいですよ?」
 そういつもの笑顔で告げる蛍丸の袖を、由香里はきゅっと握って顔を伏せた。
「……うん」
 顔が熱くて彼を観れない。
 その日からの由香里は幸福そうだったと、後に彼女の英雄が語った。

   *   *

 そして長い道のりをへて、現在。
 途中でいろいろあった、由香里の手作りのお弁当。だとか。
 乗り換えを間違えそうになる。だとか。
 山から下りてきた狐に威嚇されたりだとか。
 そんな困難を一緒に体感していると、由香里もなんだか楽しくなって。なにが本来の目的か忘れかけていたのだが。
 門構えを見せつけられた時に一瞬で我に返った。
 一言でいえば、武家屋敷である。
 ながーく続く塀。堀。
 門は大きく重たい茶色い木で組まれている。黒塗りのドアノブがやけに重圧感を醸し出していた。
「蛍丸くんって。お坊ちゃん?」
 由香里は問いかける。
 それに蛍丸は笑って答えた。
「いえ、そんなことはないですよ。一般家庭です」
 一般家庭に、門や塀があるわけがない。
 由香里は反射的にそう思った。
 これは侵入させないための機構。では一体何に攻められるというのだ忍者か。
(これは……とんでもないところに来てしまったかもしれないわね)
 そう額の汗をぬぐうと。蛍丸がハンカチを差し出す。
「盆地だと暑いですよね。はい、ハンカチです」
 由香里は思った。こういう気遣いはできて……。
(カッコいいのに)
 決定的な部分が抜けているというかなんというか。
「ありがとう。蛍丸くん。それにしても」
「どうしたんですか?」
「緊張してきたわ」
「いえ、そんな、みんな気さくですから大丈夫ですよ」
 そう蛍丸は由香里の手を握った。
(違う、そう言う緊張じゃないの。いえ。それもあるけど……)
 そう口に出そうとすると。大きな門が、ズズズと音を立てて開いた。
 普通、この手の二メートル近くある門は、内門というか、小さく備え付けられた扉を開けて出入りするのだが。
 この時は観音開きの重厚な扉が開いた。
 そして目の前に広がったのは。
 これまた、普段見慣れない光景。
 広がる庭園。石畳の通路。日本家屋。
 獅子脅しの音が軽快に響き、すだれ柳が風に揺れた。
「お父さん」
 次いで響いたのは蛍丸の嬉しそうな声、そして目の前に佇んでいたのは。蛍丸より少し細身の、少し背が高い和装の男性。
 一目でわかる。彼が父親なのだろう。
「一年半ぶりだね。元気にしていたかい?」
 蛍丸はまるで子犬のような笑顔を見せて父に駆け寄った。
 仲のいい親子なのだろう。
「橘さんも長旅御苦労様」 
 そう蛍丸の父は袖を翻すと、由香里の荷物を持ち上げた。
「まずは部屋に通そう、その後は御党首様がお待ちかねだよ」
「はい……」
 この親にして、この子ありと言った感じだった。蛍丸の優しい部分、気遣いができる部分。全てお父さん譲りなのだろう。そう思った。
「ありがとうございます」
 そう由香里が告げると、父は微笑んだ。
「いやいや、そんなにかしこまらなくていい。ゆっくりしていくといい」
 その後客間に通された。庭が近い角部屋でふすまをあけ放つと部屋の二面が外に面する。
 宿として泊まるといくらするのだろう、直近まで旅行雑誌を読んでいた由香里はそんな風に考えた。
「あ、由香里さん。荷解きはできましたか?」
 そう顔を出した蛍丸。
「同じ部屋ではないのね」
 そう何気なく由香里が口にすると蛍丸は頬を赤く染めた。
「あ、あの僕の部屋がありますし。それに同じ家の中にいるので、その……」
(こういうニュアンスは伝わるのね……)
 蛍丸の赤面ポイントがよくわからなくなる由香里であった。
「そういえば、党首様って。蛍丸くんのお父さんではないのね」
「はい、お父さんは争い事は苦手ですから」
「ふーん、じゃあ、おじい様?」
「いえ、お母さんです」
「え?」

   *   *

 由香里は居間に通された。畳が敷きつめられた宴会場。
 幼い頃ならわくわくして走り出していただろうが、今はそんなことしない。
 ただただ、周囲の視線に耐える。
「お母さん、お爺さん。ただ今戻りました」
「うむ、息災か」
「はい、元気です」
 目の前に座るのは、白髪だが背に一本筋が通った。姿勢をまったくぶれさせない老人。
 そして同じようにスッと背筋の通った。凛とした女性が。蛍丸の母だった。
「現党首はお母さんなんです」
「綺麗な人ね」
 蛍丸のお母さんは、美しい長髪を綺麗にまとめて真っ直ぐに由香里を見据えてくる。
 戦場での蛍丸に少し似ている。そう由香里は感じた。
「名はなんという?」
 その時由香里におじいさんが問いかける。
 由香里は居住まいを正して頭を下げた。
「私は、橘 由香里です。その、蛍丸さんとは。その……」
「お付き合いさせてもらっています」
 そう由香里の言葉を継ぐ蛍丸。
 驚き顔を上げると満面の笑みでお爺さんを見据えていた。
「ふむ……」
 そう顎に手を当てるお爺さん、由香里は身構えた。
 蛍丸はないと言っていたが。お前など孫に釣り合わん。
 そう言われたらどうしよう。
 そう思った、心臓がバクバクと動き回る、口から出てしまいそうだ。
 戦いに出る時より緊張する。
 だが、その時である。それまで引き結んでいたおじいさんの口元が緩んだ。
「ぺっぴんさんではないか。我が孫ながらやるもんじゃ!」
「ええ、由香里さんはとても素敵な人なんです、努力家で……」
「これはめでたい! 酒を持ってこい!」
「お義父さん、宴会は晩御飯まで待ってください」
 そう蛍丸の父が、お爺さんの暴挙を止めに入る。
 その混乱に乗じて蛍丸は由香里の手を取った。
「さぁ。早くいきましょう」
「え? どこに?」
「僕の部屋です、夕飯までのんびりしましょう」
 駆け出す2人。その背後から、お爺さんの笑い声がこだまする。
「ちょ……何で走ってるの?」
「お爺さんに捕まったら、ずっとお話につきあわされますから。それは宴会の時だけでいいでしょ?」
 そう悪戯っぽく蛍丸は振り返って笑う。
 夏に差し掛かろうという春。青々と茂る草の香りが風流で。
 水のせせらぎがどこからか聞こえる。そんな森の中で。
 磨き上げられた長い廊下を二人で走るのは少し楽しかった。
 由香里が少し笑い声を漏らすと、繋がれた手が少し強く結びつく。
 それがなんだかおかしくて、由香里はまた笑った。
「由香里さん、アルバムが見たいって言ってましたよね?」
 蛍丸の部屋につくなり、蛍丸は由香里を椅子に座らせて本棚を漁った。
「きれいなのね」
 そうあたりを見渡す由香里。
 もう由香里の気持ちは落ち着いていた。落ち着いて蛍丸の部屋を観察する程度の余力がある。
 本ばかりだった。あとは人並みに誰でも持っていそうなもの。パソコン、コンポ、竹刀や、木製の薙刀。
 そんな蛍丸の個人情報を見て楽しんでいるうちに蛍丸が発掘したのは分厚い表紙の大きな本。カバーを外すとまず目に入ったのは。上空からとった子供たちの集合写真。
「僕がどこにいるか分かりますか?」
「え? そうね……」
 実は由香里は蛍丸を最初から見つけていた。 
 これも恋のなせる業か、愛の病ゆえか。一発で見つけてしまったのだからクイズにならない。
 だから代わりに蛍丸をからかうことにした。 
「この子かしら」
 そう由香里が指をさしたのは女の子。
「え、僕……男の子です」
「ちがう。蛍丸くんが好きだった人」
 由香里は耳元で悪戯っぽく囁いた。
 ポンッと爆発するような音が響き(気のせいだったかもしれない)蛍丸の顔が赤く染まる。
「は、はひぃ」
 ……もしかしたら図星を引いたのだろうか。
 由香里は目を細めて微笑んだ。
「あたり?」
 追い打ちをかけていく由香里。蛍丸の肩が震える。
(それにしても、本当に当ったのかしら)
 当たったのだとしたら、愛のなせる業は本当にすごい。
「蛍丸くんはどういう子どもだったの?」
「ぼくは、そうですね。今とそんなに変わらないです」
 写真を見れば、人の笑顔の真ん中に蛍丸がいる。
 なるほど、今と変わらないかもしれない。今も彼の周りには男女。年上年下関わらず沢山の人が集まる。
 それでも幼さというか、あどけなさが残る蛍丸はなんだか。
(今より、イジメがいがありそう……)
 そう思ってしまう由香里である。
「この子のも好きだったんでしょ!」
「い! いえ、知りません。僕は何も」
 ひとしきりからかい終わると、アルバムのページに影が落ちたことに気が付いた。
 夕暮れ時。
 時計を見ると蛍丸はご飯だと告げて立ち上がった。
「行きましょう、由香里さん」
 そうつれられて戻った宴会場は御馳走で溢れていた。
 そしてお爺さんが二人を手招きする。
「なれそめを聞かせい!」
 すでに彼は一升瓶を抱え、真っ赤に出来上がっている。
「申し訳ない。久しぶりに会う孫が、女の子を連れてきたものだから喜んでしまって。よければ話を聞いてあげるだけでいいんだ、蛍丸と一緒に座ってあげてくれないかな?」
 そう蛍丸の父が料理を運びながら、由香里に告げる。すると由香里は微笑み告げた。
「はい、私もお話ししたいと思っていましたから」
 三人はいろんな話をした、まぁ主に由香里がらみの話ではあったが、
「由香里ちゃんか。では出身はどこだろうか」
「えっと、信州の山の中?」
 そうとぼける由香里。しばらくして手料理にも手を付け始めると、おじい様は一人で盛り上がり。それをなだめる父と、笑う蛍丸と。お母さんも楽しげに微笑んでいて。その中に由香里もいた。
 初めて、初めてここに来たはずなのに。疎外感を感じない。
 誰かと一緒にいるのに、誰とも一緒にいない。
 そんな奇妙な感覚はここにはなくて。
 とても暖かい、そう感じた。
「ねえ、蛍丸くん」
「どうしました?」
 二人は夜の川沿いを歩いていた。石で覆われている川沿い。
 小さい頃はよくここで遊んだんだと蛍丸が教えてくれた。
 夏になると蛍が沢山、空に舞い上がるんだ。
 そう教えてくれた。
「家族って、あんなに暖かい物なの?」
 その言葉に蛍丸は困ったような表情を見せる。
 由香里は蛍丸のこの表情が大好きなのだけど。
 でも今は少し申し訳なさを覚えてしまう。
「大好きな人がそばにいるって、楽しいことですから」
 そう蛍丸は言葉を返した、そんな言葉を残して先にすすもうとする蛍丸。
 だが由香里は立ち止まり、蛍丸に手を差し出した。
「足場が悪いわ」
 暗くてよく顔は見えない。でも赤面しているんだろうな。
 由香里はそう思った。
「ええ、危ないですから、手を離さないでください」
 そう告げる蛍丸の手は温かくてしっかりとしていて。
 この手が自分を引き上げてくれたんだと思うと、もう二度と話したくないと思えて。
「あ……」
 その時、蛍丸が指をさした。河原から立ち上る幾星霜の光の群。
「今年は早いんですね」
「え? これって」
「蛍です」
 見れば蛍丸の表情がよく見える、蛍の光のおかげか、夜に目が慣れてきたせいか。
「ここは誰にも教えてないんです。僕と由香里さんの秘密です」
 それとも愛の力か、今は蛍丸の赤く染まった頬もちゃんと見える。
「大切なことを教えてくれてありがとう」
 そう告げて由香里は、蛍丸を引き寄せた。ゆったりとした動作だったがそれに蛍丸は逆らうことをせず。
 顔が近付いた。髪の毛が触るくらいの距離、そして、二人のシルエットが重なる。
 甘いひと時はほんの一瞬で。だけど永遠にしてしまいたいくらいに幸福で。
「由香里さんからなんて……びっくりしました」
「お礼よ、素敵な休日をありがとう」
 ただ頑張り屋さんな二人である。もう一度だけその幸福が舞い降りてもいいだろう。
 そうもう一度、今度はもう少しだけ長く、息を止めて。
 その幸福を味わった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『黒金 蛍丸(aa2951)』
『橘 由香里(aa1855)』
『お父さん(NPC)』
『お爺さん(NPC)』

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、鳴海です。
 今回はツインノベルご注文ありがとうございます!
 いや、お二人の仲のいい姿を描いているのはとても楽しかったです。
 イメージにそうような、イチャラブを表現できていれば幸いです。
 今回のテーマは、外から見た蛍丸さんのかっこよさと。由香里さんの内側にある可愛さ。でしょうか。
 うまく表現できていれば幸いです。
 それでは、また本編で会いましょう。鳴海でした、ありがとうございました。
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2017年06月20日

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