▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『楽園回帰 』
氷鏡 六花aa4969)&アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
 氷雪の女神アルヴィナ・ヴェラスネーシュカと出逢い、宿縁を繋いでライヴスリンカーとなった氷鏡 六花。
 彼女はアルヴィナと共に世界へと踏み出した。父母を殺した愚神を討つ、そのために。
 とはいえ。仇の姿を思い出すことのできない少女と、力あれど世界と人とを知らぬ女神とがなにを為せるはずもない。ふたりは闇雲に世界をさまよい、さまよい、さまよい――疲弊していくばかり。
 途方に暮れて座り込んだ東京の街角。手を伸べられたのは腰を下ろしてからどれほどの時間が経ったころだったか。
 ライヴスリンカーか? 行くあてがないなら、あてくらいは紹介するぜ。
 その機械眼はやさしくありながら、激しい焦燥と冷めた喪失感を湛えていた。だからだろうか。どこか自分と似ている男の声に六花がうなずいてしまったのは。
 かくて六花とアルヴィナはH.O.P.E.東京海上支部へ至り、エージェントとなった。聞けばこの組織は愚神と戦っているのだという。ならばここにいれば、あの愚神を見つけられるかもしれない。

 H.O.P.E.へ誘ってくれた男の運営する孤児院に身を寄せながら、六花は必死で自らを鍛え始める。アルヴィナの力を自在に扱えるようになり、愚神を滅する力を得るために。
 倒れるまで六花はアルヴィナと駆け、意識続く限り凍れるライヴスを放ち続けた。その間にも過去の影は彼女を苛み、激しい頭痛をもたらした。しかし、幾度倒れ、意識を失くし、頭痛にその身を悶えさせても、六花は頭を振って立ち上がった。
 そして。
 彼女は仇がいる【絶零】の地、ロシアへ立つ。

 レガトゥス級の誘導作戦を担い、その討伐を仲間に託した六花は、【絶零】の終焉を告げる通信を聞く。
『六花の仇、見つからなかったわね』
 内のアルヴィナが重いため息をついた。
「うん」
 たとえ思い出せずとも対すればわかる。その瞬間にどれほどの苦痛がこの身を侵したとてけして退きはしない。そう、決めていたのに……結末はこの肩すかし。
「どうしたらいいのかな、これから」
 白雪を映す長い髪をたなびかせ、六花は遠くを見やる。
 地平の果てまで続く凍雪の荒野。その寄る辺なき茫漠が――限りなく寂しくて、どこまでも空虚で。それはまるで六花の心を映すようで。


 支部へ戻った六花とアルヴィナはなお仇を探し続けたが、これという情報を引き当てることはできなかった。
 気ばかりを焦らせる六花を気づかってか、職員のひとりがこんな話題を切り出したのだ。
「そういえば南極支部から短期休暇で帰ってくる人たちがいるんだよね。単身赴任してる人も多いから、ほんとはゆっくり休んでもらえるといいんだけど……人手がねぇ」
 南極支部は、世界蝕がこの世界に及ぼし続ける異世界交錯現象の観測点としての任を担っている。H.O.P.E.としては手薄にできない重要拠点だ。そして今、人員の充足率は60パーセント前後で、支部員に長期休暇を与えられる余裕がないのだ。
「……ん、そう、なんですか」
 六花は考える。
 家族の幸せはみんなで暮らす毎日の中にあるはずなのに、離れて暮らさなければならないなんて。それはどんなにさびしくて辛いだろう?
 そういえば。父母は仕事で数年、他の国々と共に日本もまた設置していた南極基地にいたのだという。愚神の攻勢が激しさを増した今は閉鎖されたそうだけれど――彼女のペンギンの血のルーツ、もしかすればそこにあるのかもしれない。
「……ん、あの、南極支部……求人とか、あるんです……か?」


「南極より北極のほうが近いんじゃない?」
 孤児院への帰り道、アルヴィナが傍らを行く六花へ声をかけた。
 故郷である北海道も宿敵が潜む可能性の高いロシアも、地球の北側にある。もし情報を集めて来たるべき復讐の時に備えるなら、南極支部と同じく観測点である北極支部のほうが近いのではないか?
「……ん、でも、北極支部は、無人……だから。それに……」
 六花は顔を上げて。
「行ってみたい……パパと、ママが、いた場所……六花の、ルーツが、あるかもしれない、場所に」
 アルヴィナは六花と見たあのロシアの雪原を思い出す。
 ただ冷え冷えと広がるばかりの命なき氷雪。あのとき六花が感じたものはきっと、昨日の復讐と今日に散る決意の空しさだったのだろう。
 六花は今、閉じこもっていた妖精の国から本当に踏み出そうとしている。昨日の復讐と今日の決意を思い出のポケットにしまい込み、まだ見ぬ明日で「生きる」ために――
 アルヴィナはかすかに目をすがめ、そして笑んだ。
「行ってみましょうか、南極支部に」

 六花の転属願いはH.O.P.E.を巡る。東京海上支部から飛びだして、ニューヨーク本部の人事部までも。
 南極はエージェントだからといって誰もが適応できる環境ではない。そんな場所へ年端もいかぬ少女を送り込んでいいものか?
 悩む人事部に決断を促したのは、その実力と人格とでH.O.P.E.を牽引し続ける老紳士、その鶴の一声だった。
 迷うことはない。H.O.P.E.が優先すべきはエージェントの“心”だよ。
 かくして六花に南極支部異動の辞令が下る。


 ワープゲートを抜けると、そこはやわらかな日ざしを受けて白くきらめく雪原だった。
「わあ……」
 踏みしめる地すらも氷である北極とはちがい、ここには確かな大地の気配があった。そして。
「……ん、ペンギン、さん」
 物珍しげに寄ってきてはびくりと逃げていくペンギンたち。
 ファ、ファー! ファファッ。トランペット鳴き、もしくはラッパ鳴きと呼ばれる独特の鳴き声をあげる。
「怖く……ない、よ」
「せっかく女神が降臨したっていうのに、不敬なペンギンね」
 アルヴィナは鼻を鳴らしたが、氷雪の女神たる彼女は氷点下の心地よさを満喫しているようだ。
「また、後で……来るから、ね」
 名残惜しいが、まずは着任のあいさつをしに南極支部へ行かなければ。六花はびくびくとこちらを窺っているペンギンたちに手を振り、その場を後にした。

 南極支部でひととおりのあいさつと業務の説明を受けた六花はアルヴィナと顔を見合わせる。
 東京でずいぶんと人里の気温に慣れたつもりだったが、この支部内は彼女たちにとって、息をすることすら辛いほどに暑苦しかったからだ。
「氷鏡さんとヴェラスネーシュカさんの部屋に案内を」
「……ん、あの、六花たち……」

「で、ここに戻ってくるわけね」
 どうやらペンギンのコロニーが形成されているらしい雪原で、アルヴィナはあいかわらず好奇心と警戒心でいっぱいいっぱいなペンギンたちを見やって肩をすくめた。
「どうするの? 冷戦が続いてるうちはいいけど、そのうち襲ってくるかもしれないわよ?」
「……ん、作戦、あるから」
 そう言った六花が取り出してみせたのは、ペンギン型着ぐるみ『スペシャルズ・ペンギンドライヴ』。
 共鳴すれば極寒地戦闘用スーツとして機能するこの着ぐるみも、非共鳴状態なら単なる“ペンギン”である。
「……ん、これで、仲間……だよね」
 得意げに胸を張る六花へ、アルヴィナはまた肩をすくめてみせ。
「六花って形から入る系だったのね……」
 こうしてペンギン六花とアルヴィナはふたりがかりで雪を掘り、大きなかまくらを造りにかかった。
「とりあえず部屋はひとつにして、必要に応じて増築ね」
「なるべく中、広くして……リビングに、するの」
「寝床はどこにする? 台所も決めないとね」
「お魚……獲ってこないと」
「ああ、それはできあがってからでいいわ。それよりも玄関よ。外から丸見えじゃ困るでしょう」
 ふたりで言い合いながら雪を盛り上げ、形を整えていく。
 おっかなびっくり見ているペンギンたち。その中から、小さなペンギンがよちよちと歩み出した。ふわふわの産毛に包まれた仔ペンギンだ。
 そしてつんつん、六花の脚をつつく。
「……ん、氷鏡 六花、だよ。東京から……引っ越してきたの」
 ぺこり。あいさつする六花。
 仔ペンギンは「アー」と首を傾げ、ぺこり。
 と。
 ヴァヴァアーファー!
 大小とりどりのペンギンが六花へ殺到し、ちょっとつついてみたり触ってみたりと大騒ぎを開始した。
「ちょっと六花!?」
「ん、大丈夫。……みんなみたいに、うまく、鳴けないけど……お友だちに、なりたいな」
 アーアー。ペンギンたちはしきりに首を傾げ、六花を見上げている。自分たちに似た姿となったこれは危ないものではないらしいが……解せぬ。
 そこへ一際太いペンギンの声音が響き。
 他のペンギンたちがのそのそ道を開けていく。
 その道を悠然と、危なっかしい足取りでのっしのっしとやってきたのは、他のペンギンより大きくて立派な個体。
「雄か雌かわからないけど――群れのボスかしら?」
 眉をひそめるアルヴィナに六花はかぶりを振って。
「ペンギンは、群れ、作らないから……ボスも、いないの」
 その間に六花の前へたどり着いたペンギンは「グアー」、厳かに言い。
 祈るようにひれを合わせ、その先を六花に当ててもう一度「グアー」。
「あ……」
 六花は思い出す。
 合唱の形に合わされた父の右手と母の左手の先が、幼い六花の額をつついたときのことを。あのとき、両親は言っていた。「ペンギンさんのこんにちはだよ」。
「パパと、ママのこと、知ってる……の?」
 ペンギンは応えない。まん丸の目に澄んだ光を湛え、六花を見つめている。
 でも、ペンギンの寿命はおよそ20年。この過酷な環境でそれほど生きられるはずはないけれど、十数年前に訪れたのだろう父母になにかを託されて、待っていてくれたのだとしたら。
 六花はひれとなった両手を伸べ、ペンギンをそっと抱きしめた。
「……ん、六花、きっと……帰ってきたんだね。ただいま……」

 この一件を経てペンギンたちに受け入れられた六花は、彼らと共に雪原をすべり、海へ潜り、氷雪を浴び、オーロラを見上げた。
 支部から野外観測員として認定された六花とアルヴィナは、日に一度の報告を除いては支部へ赴く必要もない。
 いつしか六花の体に『スペシャルズ・ペンギンドライヴ』がまとわれることもなくなり、彼女とアルヴィナはその体で南極の極冷を存分に味わうようになっていた。
「私は女神なんだからね。あなたたち、敬わないとだめよ?」
 アルヴィナの辛抱強い教育のかいあってか、毎日獲れたての魚が献上されるようにもなった。
「アルヴィナ、よかった、ね……」
 羽衣を翻し、アルヴィナは六花の言葉を振り切って。
「いいも悪いもないわ。このペンギンたちが六花と暮らしていこうっていうなら、私のことも正しく認識してもらわないといけないでしょう?」
 アルヴィナの意図は、ペンギンたちに敬意を払わせ、その友たる六花にも一目置くようにさせること。万が一にもペンギンたちが六花を傷つけないように。万が一にも六花がペンギンたちを嫌わなくてすむように。
 六花は守られている。氷雪の女神の果てなく冷ややかな力とそのあたたかな心に。それがわかるから、六花はアルヴィナに「うん」とうなずく。
「グアー」
 六花のとなりにいる「あいさつ」のペンギンもまた、重々しくうなずいていた。
 ――ペンギンにわかられても、ね。
 アルヴィナは苦い笑みを閃かせて胸中で独り言ちる。
 寄る辺なき六花の孤独は癒やされつつある。それがアルヴィナにはうれしい。この体と同じく凍てついていたはずの心がゆるんでいることを感じる。絶対の冬、それを司る女神たる私が、雪解けの時を迎えようというの? もしかすればそのまま溶けて消えてしまうのかもしれないのに。
 だとしても。
 誰もが目を逸らして、息を潜めてやり過ごした私を見つけて、手を取ってくれた六花が幸せになってくれるなら。
 いつでも笑って消えてあげる。
「アルヴィナ?」
 アルヴィナは自分を呼んだ六花の手を取った。
「寒いのは――冷たいのは、嫌い?」
「……ん、好き。大好き、だよ」
 いちばん欲しいものを私にくれた六花に、私は私を尽くして報いよう。それはけして口にしない、私の誓い。


 六花とアルヴィナは地球の果てに安住の地を得た。
 それはある意味で現世(うつしよ)を離れた妖精の国だったのかもしれない。
 しかし六花は美しい白の内に溺れはしない。自分の明日がこの楽園の外に広がる世界にあることを、彼女は誰よりも知っていたから。
「……ん、いってきます」
 ヴァーガーファー! ペンギンたちの声に送られ、六花はH.O.P.E.東京海上支部からの要請に応え、駆け出していく。
 アルヴィナと共鳴すれば、南極支部まで走って5分。引き継ぎと出動のあいさつをすませてワープゲートへ跳び込めば、そこはもう灼熱の東京だ。
『六花のそばにはいつだって私がいる。だから、恐れずに踏み出しなさい』
「うん!」


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【氷鏡 六花(aa4969) / 女性 / 10歳 / 氷華の魔法使い】
【アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001) / 女性 / 18歳 / 蒼の凛花】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 迷い子らは手を取り合いて楽園へと至る。――地獄へ踏み出すまでの一時、その心休める妖精の国へと。  
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年07月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.