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『美術品よりも素敵なもの 』
ファルス・ティレイラ3733)&シリューナ・リュクテイア(3785)

 ある夜のこと。
 ファルス・ティレイラは、とある美術館の中にいた。
(美術品を盗むなんて、迷惑な魔族さんよね。私が絶対に捕まえなくちゃ)
 胸に呟き、彼女は思わず拳を握りしめる。
 竜族でなんでも屋でもある彼女が、この美術館の館長から、魔族捕獲の依頼を受けたのは昨日のことだ。
 展示してある美術品を盗んだり、時には監視カメラや照明、展示ケースを壊したりして荒らされることが何度かあったのだという。
 しかも、魔族であるせいか、対人間のセキリュティはほとんど役に立たないとあって、困り果てた館長が彼女に依頼して来たのだった。
 ティレイラがいるのは、その美術館の中でも一番大きな吹き抜けのホールの一画だ。その中央に設置された、ブロンズ像の影に身を潜めている。
 と。頭上に何かの気配を感じて、ティレイラは顔を上げた。
 暗闇に慣れた目に、天井の一画にある天窓が音もなく開くのが見える。
 むろんそこは、鍵がかかっているはずだったし、当然開けば警報が鳴るはずだった。
 だが、あたりは静まり返ったままだ。
 そんな中、天窓から姿を現したのは、一人の女だった。
 一見すると二十代ぐらいの人間の女と見える。だが、その金色の目は獣のように輝いており、背中には黒いコウモリのような翼があった。
(この人が、美術品泥棒の魔族さんね!)
 すぐにそれと気づいて、ティレイラは彫像の影から踊り出た。
「今夜は、泥棒はさせないわよー!」
 背には翼、頭には角、そして尻尾というもう一つの姿に変じて、叫びながら彼女はそちらに突進する。
 魔族の女は、一瞬ぎょっとしたように彼女を見やったあと、素早く身をひるがえした。
 ティレイラが追いつくより早く、今入って来たばかりの天窓から外へと飛び出すと、そのまま大きく翼をはばたかせた。
「逃がすもんですかー!」
 ティレイラも、同じく翼をはばたかせ、そのあとを追う。
 やがてなんとか追いついた彼女は、魔族の女に渾身の力で体当たりした。
「うわっ!」
 これにはたまらず、相手は体勢を崩してそのまま落下して行く。
 女が落ちたのは、美術館から少し離れたビルの屋上だった。
 ふいを突かれたせいか、女は背中をしたたか屋上のコンクリートの床に打ち付け、起き上がれないでいる。
 ティレイラは半ばその上に降りるように着地すると、女の体を手と足で抑えつけた。
「さあ、捕まえたわよ。大人しくしなさいね」
「つっ……! わかったから、ちょっと力を緩めてちょうだい。落ちた時に打った背中が痛くて……息が……」
 その下で、女は苦しげに顔をしかめて喘ぐ。
「え? ……大丈夫? どこか怪我とか……」
 驚いたティレイラが、思わず力を緩めた時だ。
「きゃっ!」
 思い切り下から跳ね飛ばされて、彼女は悲鳴を上げた。
 よろよろと起き上がった女が、その彼女めがけて胸元から取り出したペンダントを叩きつける。
「いや〜ん、何、これ〜!」
 思わず声を上げるティレイラ。
 弾けたペンダントの中から現れた、巨大な黒い風船のようなものの中に閉じ込められてしまったのだ。
 どうやら、女が投げたペンダントは魔法道具だったらしい。
「出してー! 出してよー!」
 なんとか出ようとティレイラはもがいたり、内側を叩いたりするが、ぽよんぽよんと弾むばかりで、まったく手応えがない。
「あなたも人間じゃなさそうだけど、私とでは年期が違うわね。おやすみ、お嬢ちゃん」
 女は嘲笑うように言うと、低く呪文を唱え始めた。
 すると、黒い風船はティレイラを閉じ込めたまま、急速に縮んで行く。
「ちょ……やめて……! 助けて……!」
 叫びながらティレイラは必死にもがくが、やがて人一人分よりも小さくなった風船の中で、動くことすらできなくなった。
 隙間がなくなったせいで、球形の黒い膜からはまるでイガのように彼女の翼や尻尾が突き出している。
 その彼女に歩み寄ると、女は黒い膜ごとぎゅっと抱きしめるようにした。
 それが、この魔法の総仕上げだったようだ。
 黒い膜は金属と化して、ティレイラの体をおおい尽くして行く。
 またたく間に彼女は、全身黒い金属で造られた彫像と化した。
 女は、そのティレイラを目の前に、小さく口笛を吹いた。
「なかなか、いい出来栄えじゃないの」
 呟いて、クスクスと笑う。
「これは案外、美術品よりもいいものを手に入れられたのかもね」
 そのまま女は、そちらに歩み寄ろうとした。
 だが、次の瞬間。
 女の体は石と化した。
 口元に満足げな笑みを浮かべ、一歩踏み出した姿のまま石の彫像となり果てたのだ。
 おそらくは、自分の身に何が起きたのかを、知る時間さえもなかっただろう。

 黒い金属と石――二つの彫像がただ佇む中に、ゆるりと舞い降りた一つの影があった。
 シリューナ・リュクテイアだ。
 ティレイラと同じ竜族で、彼女の魔法の師匠でもある。
 とはいえ、なぜシリューナがここにいるのか。
 実は、美術館の館長から秘密裡にティレイラのサーポートを依頼されていた。
 それで、気配を消してあの美術館のホールに潜んでいて、そのまま二人のあとを追ってここに来たのだった。
 ちなみに、その背には魔力で作り出した翼があった。これで、ティレイラたち同様に空を飛んで来たのだ。
 シリューナは、赤い瞳を石化した魔族の女に向けた。
「ふむ。……なかなか、悪くないな」
 上から下まで女の姿を見やって、その造形美に低く感想を漏らす。
 だが、彼女が女を見ていたのは、ほんのわずかの間にすぎなかった。
 ティレイラの方へと視線を巡らせた彼女は、大きく目を見張る。
「ティレ……!」
 低く叫んでそちらに駆け寄った彼女の目は潤み、頬には赤味が射していた。
「ティレ……なんて愛らしいんだ……!」
 感嘆の叫びを吐息と共に吐き出して、シリューナは両手で黒い金属の彫像と化しているティレイラの体に触れる。
 その感触は硬質でなめらかで冷たく、なんとも触り心地のいいものだった。
「ああ……!」
 その感触のすばらしさに彼女はなおも、吐息を漏らす。
「この感触……石とは違っていて、新しい味わいがある……」
 そうしてふと思いついて、うなずいた。
「封印を解いてあげる前に、もっとこのオブジェを堪能させてもらおう」
 そう、数多くの魔法を習得していて、治癒と呪術系の魔法を得意とする彼女にとって、ティレイラをこの状態から解放するのは、けして難しいことではない。
 けれど今は、解放よりも金属の彫像と化したティレイラの愛らしく美しい姿を堪能する方が先だ――と、シリューナの本能が告げていた。
 そんなわけで。
 彼女は、彫像と化したままのティレイラを連れて、自宅である魔法薬屋へと戻った。
 石化した魔族の女の方は、あのビルの屋上に放置して来た。
(ティレイラの封印を解いてから、館長に連絡しても、問題はないだろう)
 そう判断してのことだ。
 そのあとどうするかは、館長のすることで、彼女たちが考える筋合いではない。
 薬屋の奥にある自宅の一室に彫像のティレイラを置くと、シリューナは改めてじっくりとその姿を眺めた。
 それから、全身にゆっくりと両手を這わせて、そのなめらかで冷たい感触を楽しみ始める。
 髪の先から翼の先端、尻尾に指先、そして大きく目を見張り唇を開いたその面まで、シリューナはただじっくり、ゆっくりと、時間さえ忘れて黒い金属の彫像と化したティレイラを堪能するのだった――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/なんでも屋さん】
【3785/シリューナ・リュクテイア/女性/212歳/魔法薬屋】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ノベルのご依頼、ありがとうございます。
ライターの織人文です。

こんな形にまとめさせていただきましたが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会があれば、よろしくお願いします。
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2017年06月26日

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