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『夜半の邂逅』
レナード=クークka6613

「なあ、どうしてそういう喋り方なんだ?」
「んー?」

 友人と談笑していた時のこと。
 尋ねられ、レナード=クーク(ka6613)は小首を傾げた。

「いきなりどうしたん?」
「だからほら、それだよ」

 尖った耳、華奢な身体、まるで物語から抜け出たような端整な容姿――
 クリムゾンウェストのエルフの特徴をことごとく備えたレナードが、何故リアルブルーでいう所の関西弁を使っているのかと。

 レナードはあごに指を当て宙を仰いだ。

「そうやねぇ……」

 返事はそこで途切れた。
 勿体ぶるつもりはないが、仰いだ天井に重ねた懐かしい男の面影が、言葉と意識をさらっていってしまったのだ。




 暗い、昏い森の縁。

 獣達も眠りについた深夜、静寂と濃密な緑の匂いがあたりに満ちている。
 その中を、今より幼いレナードはひとりきりで彷徨っていた。踏みしめた下生えの感触を確かめながら、一歩一歩足音を忍ばせ歩く。
 仰げば、影と化した見慣れたはずの森が今にも覆い被さってきて、ちっぽけな自分を圧し潰してしまいそうに思えた。

 豊かで美しい故郷の森。
 自然を慈しむレナードにとって、緑溢るる『森』は愛すべきものだ。
 けれどその森に抱かれた『故郷』は。

 すんと鼻を鳴らす。
 昼間の父の説教が蘇る。

『笑顔など見せるな』
『安易に他者に心を寄せるな』

 排他的な父の方針、そして閉鎖的な郷の空気は、幼い胸を締めつけた。
 笑うことを禁じられ、自由に歌を口遊むことさえままならぬ日々。
 抑圧され続けた心はいつしか、少年が持っていて然るべき様々な感情を手放してしまった。
 それでも父に叱られた日などは、大好きなはずの森が巨大な檻のように感じられて、こうして両親の目を盗み抜け出すのだった。

 またすんと鼻を鳴らす。
 灰色の眼は潤まない。泣き方さえ忘れてしまったようだ。
 泣けないレナードの代わりとばかりに、下草に置かれた無数の夜露が、月明かりに綺羅と輝いていた。


 ――と。

 行く手の木々の合間に光が見えた。
 光は梢の間を踊るように舞ったかと思うと、今度はじっと一か所に留まっている。ランタンや松明の灯りではなさそうだ。

「……何だろう、」

 ふらふらとそちらへ引き寄せられていく。
 不思議と恐ろしさはなかった。

 そうして小さく開けた空間の手前で、レナードは足を止めた。
 そこにいたのは三十代後半と思しき見知らぬ男。エルフでさえなく、見慣れない衣服を身に着けている。
 男はレナードに気付かず、掲げた掌で光球を繰っていく。
 彼の指の動きに合わせ光が躍る。七色を帯びた光球は、宙を舞うたび鱗粉めいた光の粒子を振り撒いて、何とも美しい。知らず吐息が漏れた。

「誰かおるんか?」

 男が振り返る。
 彼は明らかに余所者だ。余所者と関わるなと父に強く言われている。
 けれどレナードは身を潜めていた木陰から出て、光の許に身をさらした。

「子供やないか! どないしたん、こんな夜中に子供がひとりで。危ないやろ!」
「危ない……?」

 その切羽詰まった声に、どうやら彼は本気で自分を案じてくれているらしいと知る。
 戸惑っていると、彼はそのまま棒立ちになっているレナードへずんずんと歩み寄って来た。そして大きな両手で肩を掴まれる。

「せや、親御さんはどないしたん? 迷子か?」
「親、は……」

 屈み込んで真っ向から見据えてくる瞳にたじろぎ視線を逸らすと、彼は「ははぁ」とにんまり笑った。

「分かったで、ハンコーキっちゅーヤツやろ? 俺にも覚えがあんでぇ。むしゃくしゃした日にゃ夜中そぉっと家抜け出して、通りをうろついたりしたもんや」
「……あなたも?」

 ぽつりと言ったレナードの顔を、彼はしげしげと眺めまわした。
 不躾な視線は居心地悪いが、肩に置かれた手のぬくもりは思いのほか心地よい。
 黙って見返していると、ややあって彼は首を捻った。

「でも何や、むしゃくしゃしとるっちゅー顔でもないなぁ? まるでお人形さんや。そない能面みたいな顔しとったら運が逃げてくで」
「……何を言ってるか、よく分からない……」
「ああ、気にせんでええ。俺はリアルブルーの出やから、ちょいちょいこっちの人に通じひん事あんねや」
「リアルブルー?」
 
 その単語に思わず目を瞬く。
 レナードが憧れて、でもその気持ちをずっと抑え込んできた来た外の世界――それも異世界の名だ。
 初めて反応らしい反応を見せたレナードに、彼は再びにんまり笑った。笑うと目が糸のように細まる。

「興味あるんか。ええで、お兄さん何でも話したる!」

 お兄さん? とレナードは思わず内心疑問符を浮かべかけたが、彼の表情が真剣なものに変わった。

「せやから、ええか? これ以上ひとりで夜の森ほっつき歩いたらあかん。まだ家に帰りたないならそれでも構へん。でも俺と一緒に居れ。なぁに、お兄さんこれでも魔法使いさんやから心配要らんで! 熊でも狼でも魔術でドーン、や!」
「あの光も、魔術なんだね」

 彼が消し忘れていた光球を目で示す。それは今も彼の傍らにふわふわと浮いていた。
 虹のように様々な彩を浮かべるそれは、静謐な森の闇の中にあって夢のように美しく、レナードの心を掴んで離さない。

「綺麗……」
「お、魔術にも興味あるんや。そんなら!」

 彼は再び笑顔を見せると両手を掲げ、新たにいくつもの光を生み出した。

「わぁ……!」

 指揮者のように腕を振る彼を取り巻き、光達が乱舞する。光は気ままに変える彩で周囲の葉を照らしては染め変えて、ますますレナードを魅了した。
 一通り見せ終えると、彼は芝居がかった仕草で一礼して見せる。気付けば手を叩いていた。
 彼は照れたように笑ったあと、近くの倒木へレナードを手招き、並んで腰かけた。


 それから彼は色んな話を聞かせてくれた。
 魔術とは何か。森の外には何があるのか。彼の生業の話や、彼が元いた世界のこと――

「それでどうなったの?」

 最初は彼が一方的に喋るばかりだったが、聞き慣れぬ口調で語られる話に引き込まれ、いつしかレナードは自ら話をねだるように問うていた。尋ねれば彼は目を細めて答えてくれる。


 そうして過ごしていると、だしぬけに頬をつつかれた。
 目を瞬くレナードを、彼は親しみの篭った目で見下ろす。

「ようやっと笑顔が出てきたな」
「あ、」

 父の言葉が思い出され咄嗟に頬を押さえたレナードだったが、

「何で隠すん? さっきまでの顔よりよっぽどええで」

 そう言われおずおずと手を膝の上に戻した。
 けれど東の空が白み始めたことに気付き、慌てて立ち上がる。

「もう行かないと」
「送ってくで」

 腰を上げかけた彼に、レナードは急ぎ首を振る。

「迷惑、かけたくないから」

 唇を噛む仕草に何がしか察したのだろう。彼は労わるようそっと頭を撫でてくれた。
 その手を離れ、レナードは森へ駆け込んでいく。名残惜しさに幾度も振り向くと、その度彼は大きく手を振って応えてくれた。
 段々小さくなるその姿に胸を締め付けられたが、その胸の内は温かだった。

 小さな胸に灯った火。
 彼が灯してくれた火。

 彼が見せてくれた見知らぬ世界や魔術への興味。もっと知りたい、見てみたいという欲求と希望とが、行く先を照らしてくれる。
 そして何より、外の世界には彼のように自らの笑顔を肯定してくれる人もいるのだと知れた。

 この時灯った火に導かれるようにして、後にレナードはこの森を飛び出して行くのだった。




「……また会えたらええなぁ」
「おい」

 友人の声に我に返る。どうやら長いことほったらかしにしてしまっていたらしい。
 怪訝そうな顔の友人に軽く頭を振って見せ、レナードは再び唇を開いた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6613/レナード=クーク/男性/17/魔術師(マギステル)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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レナード君の過去のお話、ようやくのお届けです。
依頼ではなかなか触れる事のできないお話を書く機会を頂け、大変嬉しかったです。
お任せ部分が多かったもので好き勝手書かせていただいてしまいました。
気になる点等ございましたらお気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命頂きありがとうございました!
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2017年06月26日

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